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019,あなたこんなことしてたんですね

 その日は、いつもの静けさだった。

 メイドたちが庭を手入れし、クラリスは紅茶の香りに包まれながら新しいレシピに目を通していた。


 そこに、静かに届いた一通の封書。


 ユウト・ラグネア宛。


 王都の魔導学院より、ではない。差出人の名を見た瞬間、ユウトの指がわずかに止まる。


 ──シエラ・グランヴァイス


 クラリスが首を傾げた。


「……どうしたの? 少し顔色が」


「いや、なんでもない。ちょっと、懐かしい名前だっただけだ」


 封を切る音が、やけに大きく響いた気がした。


 拝啓、ユウト先生へ


 この手紙を読んでいるということは、まだ生きていてくれているのだと安心しています。


 あなたに教わったあの頃、私は“正しさ”しか見ていなかった。

 けれど、今になって分かります。


 あなたが“あえて見せなかったもの”が、どれほど深くて重いものだったのかを。


 どうか、もう一度お会いしたいのです。

 話したいことが、あります。


 来週、学園にて“実地講義”が行われるそうですね。

 招待状を受け取ったと聞きました。

 その場で、私は待っています。


 元・弟子として。そして、一人の後悔を抱えた人間として。


 ――シエラ・グランヴァイス


 読み終えたユウトは、目を伏せたまましばらく動かなかった。


 クラリスが静かに訊ねる。


「……その人、あなたの“弟子”だったの?」


「昔な。俺がまだ“ちゃんと働いてた頃”の話だ」


「今も、働いてるでしょう?」


「そうか?」


「少なくとも……私は、そう見てる」


 ユウトは小さく笑った。そして、手紙をたたみ、懐にしまう。


「来週、王都に行く」


「私も行く」


 即答だった。


「……いいのか? けっこう面倒な話になるかも」


「あなたの過去がどうあれ、私は今のあなたを見てる。だから――あなたの“過去”と会うなら、隣にいたい」


 一瞬、ユウトは視線をそらした。

 けれど、その言葉は嘘じゃなかった。


 懐かしく、少しだけ胸の痛む再会。


 “あの弟子”は、今も彼をどう見ているのか。


 クラリスは知らなかった。

 この手紙が、ユウトという人物の“核心”に迫る、扉の鍵になることを。


 王都・魔導学院。

 かつてユウトが教鞭をとっていた場所。今では伝説の“問題児教授”として、半ば神格化されつつも、教員記録からは完全に消されているという曰く付きの存在。


 その講義棟の裏庭――。

 ひと気のない静かな場所に、二人は立っていた。


「……久しぶりですね、先生」


 声の主は、銀灰の髪を後ろでまとめた女。凛とした目元と、それとは裏腹にどこか迷いのある表情を浮かべる。


 シエラ・グランヴァイス。

 かつての天才生徒。ユウトに魔導の本質を叩き込まれ、“天才”という言葉を本当に手にしかけた少女。


「もう“先生”じゃない。俺は引退済みだ。今は雑草みたいなもんだよ」


「でも、その“雑草”に今も答えを求めて、私はここに来たんです」


 ユウトは壁にもたれ、空を見上げた。


「答えってのは、自分で拾うもんだ。誰かにもらうもんじゃない」


「それは、昔から変わらないんですね……」


 シエラは小さく笑った。


「あなたが、私の論文に赤で“その先は?”と書いてくれた時。どんなに悔しかったか。

 でも、今ではあの一言だけで、私は前に進めた。あなたは――そういう人でした」


「今もそうだよ。変わってない。基本、口数も面倒ごとも減らしたい性分なんでね」


「……けれど、どうしてですか」


 ふいに、彼女の声が揺れた。


「あなたが突然、学院を去った本当の理由。

 あの研究成果も、講義ノートも、後輩たちへの指導も、すべて途中で放り出して――」


 ユウトの目が、少しだけ鋭く細まった。


 クラリスが少し離れた場所で、二人を見守っていた。

 けれど、近づくことはしなかった。

 “その時”だけは、ユウトに任せたかった。


「俺はただ、疲れただけだ。燃え尽きた、ってやつかもな」


「……それ、本気で言ってますか?」


「お前がどう受け取るかは、自由だよ」


 シエラは唇を噛みしめた。

 言葉が見つからなかった。いや、本当は山ほど言いたいことがあった。


 けれど、ユウトはそれをすべて静かに、沈黙で押し返してくる。


 問いかけに、返されるのは沈黙――けれど、その沈黙こそが答えだった。


「……やっぱり、あなたはずるい人ですね」


「よく言われる。褒め言葉として受け取っておくよ」


 静かな風が吹いた。


「ねえ、ユウト。ひとつだけ聞かせて」


「なんだ?」


「――今は、幸せですか?」


 ほんの一瞬、ユウトの肩が揺れた。


 それに気づいたのは、クラリスだった。


「……まあ、それなりにな」


 それだけ言って、ユウトはそっぽを向いた。


 でもその横顔は、かつて“指導者”だった男のものじゃなかった。

 誰かに寄りかかり、そして誰かに支えられて、ようやく人間になった――そんな顔だった。


「それなら、よかった。……きっと、その“誰か”が、あなたの仮面を剥がしてくれると信じてます」


 シエラは深く一礼し、その場を去った。

 涙は見せなかった。


 だが、彼女の足取りは確かに少しだけ軽くなっていた。


 ユウトはその背中を見送りながら、ポケットに手を突っ込んだまま、ぽつりとつぶやいた。


「“教師”ってのは、いつまでも卒業できねえもんだな……」


 その隣で、クラリスがそっとつぶやいた。


「――あなたが本当に何者でも、私は構いません」


 ユウトは、照れたような、困ったような顔をして――黙って空を見上げた。

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