017,料理対決に私が呼ばれなかった理由を教えてください。
「夜明け前、胃袋に捧ぐ騎士道――クラリス様を唸らせろ!屋敷内・非公式料理大会、開幕!」
発端はフェリアのひと言だった。
「ユウトさんもオズワルド様も、もうちょっと料理覚えたほうがいいと思うんですよ!」
「俺はしてるぞ?」
「焼くだけとか煮るだけじゃ“してる”とは言わないんですよ!」
「む……私も武の研鑽に忙しい」
「そ・こ・で!」
フェリアが両手を叩いてにっこり笑った。
「勝負です!
テーマは“クラリス様に食べてもらいたい料理”!
三人で作って、どれが一番“おいしい”と言われるか決めましょう!」
「えー……寝たい……」
「聞いてません!出場確定です!」
「……騎士の矜持にかけて、断れんな」
「お前も意外と乗り気だな!? じゃあ俺は何だ、かもられるだけのポジションか!?」
こうして、真夜中。
屋敷の厨房にて、異色の三人による“クラリス様胃袋選手権”が幕を開けた。
【エントリーNo.1:フェリア】
料理名:「クラリス様のティータイムに捧ぐ、焼き林檎の紅茶ソース添え」
可愛らしいデコレーション、香り高い紅茶の風味に林檎のやさしい甘み。
紅茶マイスターを目指すだけあって、盛り付けも抜かりなし。
「余裕です。だってこれは“クラリス様専用”に練習してきた味ですから!」
【エントリーNo.2:オズワルド】
料理名:「静かなる誇りの鶏肉と、騎士団風ポタージュ」
豪快に焼き上げた肉料理と、意外にも繊細なスープの組み合わせ。
「戦場の飯は力の源」と語る男が生み出した、真っ直ぐで真摯な一皿。
「……このスープには、私の誓いの味が込められている」
「どんな味だよ」
【エントリーNo.3:ユウト】
料理名:「思いつきで作ったけどなんか形になったオムレツ(仮)」
謎の材料から奇跡的に成立した、ふわふわトロトロの黄金の一皿。
思いつきでチーズを隠し味に入れたら、まさかの激うま。
「……うっかりバター入れすぎたけど、逆に良かったのか……?」
「何も考えてないのに美味しくなるのやめてください! こっちは血と汗で味作ってるんですよ!」
翌朝――クラリス私室にて
三皿並んだ料理を前に、クラリスは眉をひそめた。
「これは……なんの茶番ですか?」
「“愛の試練”です」
「騎士の誇りです」
「俺が寝てる間に勝手に提出されてたんだけど」
「黙ってください」×3
クラリスは息をつき、スプーンを手に取る。
一口、フェリアの林檎。
二口、オズのスープ。
そして最後に、ユウトのオムレツ。
……五秒、沈黙。
「――ユウト、あなた。なんですかこの味は」
「え、やっぱマズかった? バター入れすぎた?」
「逆です。完璧です。悔しいですが」
「うわ、フェリアに負けたっぽい空気がすごい!」
「だが、私のスープも……」
「ええ、誠実で力強い味でした。いい意味で、“誰かに守られている”気がしました」
「クラリス様……!」
「うわもう……この騎士、ちょろいな……」
最終的に順位はつけられなかったが――
三人の料理は、クラリスの心をきちんと満たしていた。
それを見たユウトは、最後にぽつりと。
「……まあ、たまには頑張るのも悪くないな」
「え?」
「いや、なんでもない。寝る」
そう言って立ち去る背中に、フェリアがこっそり呟いた。
「……ああいうのが“ズルい”って言うんだなぁ……」
「同感だ」
オズワルドまでが頷いていたのは、きっとクラリスだけが気づかなかった。
朝食後の紅茶が、いつになく静かだった。
ユウトが珍しく自分で淹れた――と聞いていた紅茶は、香りこそ立っていたが、どこか“気配”がなかった。
ぬるいわけでも、味が薄いわけでもない。ただ、妙に“距離”があった。
クラリスはそっとカップを置いた。
「……ユウト。あなた、昨日の夜、何をしていたの?」
「うーん? 寝てた……ような、起きてたような?」
「あいまいすぎます。フェリアが“出張料理対決”とか言っていましたが」
「言ってたかも」
「オズワルドと一緒に? 厨房を貸し切って?」
「まあ、そんな感じ」
「……私だけ、誘われなかったのは?」
ユウトはそこでやっと視線を上げる。
「あー……クラリスは忙しそうだったし」
「そうですね。帳簿を片付け、書簡に目を通し、あなたの申請書を修正していました。確かに忙しかったです」
「だよな。だから気を使って――」
「気を使われた覚えはありません」
ぴしゃりと、冷ややかな声。
クラリスはティースプーンを指で弄びながら、そっと目を伏せた。
「私が、あの場にいたら……その“楽しそうな空気”を壊してしまうとでも?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「オズワルドやフェリアは、あなたと並んで笑っていられる。でも私は?」
その言葉に、ユウトの動きが止まる。
クラリスの声は、低く、少し震えていた。
「私だけ“主”だから? “完璧”であらねばならないから? だから誘えなかったの?」
「……クラリス」
「――べ、べつに、いいんですけど! 楽しそうで、良かったなってだけで!」
唐突に声を張って立ち上がる。
紅茶のカップが、かすかに揺れた。
「私は、暇ではありませんので。失礼します」
そして、早足で部屋を出て行った。
ユウトはしばらく呆然と座っていたが、次の瞬間、ぽつりと呟いた。
「……あれ、今のって……拗ねてた?」
すると、扉の向こう――すでに去ったはずの足音が、
階段の角で一瞬止まって、また小さく遠ざかっていった。
それが答えだった。




