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016,友情とは尊いものである.

夜更け。

屋敷の廊下を、重い足音がひとつだけ響かせていた。


歩いていたのは、かの誇り高き騎士――オズワルド・バルトゥル。


(……なんで、俺がこんな深夜に、厨房に……)


きっかけは些細なことだった。

クラリスから「少し休むように」と言われ、居場所を失ったオズワルドは、

空腹に耐えかねて、こっそり厨房を目指したのだった。


しかしそこに、すでに“先客”がいた。


「……あ。よう。腹減ったの?」


「……貴様かッ!?」


湯気を立てるマグカップを片手に、椅子に座っていたのは、

布団姿のまま現れた怠惰の男、ユウト・ラグネアだった。


「……何してる」


「夜食。たまに無性にホットミルクが飲みたくなること、あるじゃん?」


「ないッ!」


「まあまあ、そんなに剣を構えないでよ。ほら、これ。マシュマロ入り、あっためたやつ。飲む?」


「…………」


まるで敵に毒を勧められた気分だったが、

空腹に負けて、オズワルドは不承不承マグカップを受け取る。


「……うまい」


「でしょ」


沈黙がしばし続いた。


だが、不思議なことに、嫌な感じはしない。

ユウトはただ、やる気なさそうな表情で湯気を眺めているだけなのに、

なぜか空気は……妙に、落ち着いていた。


「……なぜ、お前は戦える」


オズワルドが、ぽつりと口を開いた。


「剣も、礼儀も、騎士の誇りも持たない男が……なぜ、俺を、あそこまで」


ユウトは目を細める。しばし考えて、そしてゆっくり言った。


「うーん。たぶん……努力の方向が違うだけ、じゃない?」


「……は?」


「君は、まっすぐ前に向かって走ってくタイプ。誇りとか信念とか、自分の中に“ちゃんとした正義”がある。そういうの、わりと好きだよ」


「……ならば」


「俺は、なるべく座って進める道を探すタイプ。たぶん、君と同じゴールを、できれば寝ながら目指したい。……けど、それでもゴールにたどり着くつもりではいるよ」


オズワルドは、驚いたようにユウトを見つめる。


「お前……本当に、“怠けてるだけ”じゃないのか……?」


「ね? 疑ってたでしょ? まあ、怠けてるのも事実だけど」


「……最悪だ」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


肩をすくめたユウトに、オズワルドはふっと息を吐いた。


そして、しばらくの沈黙のあと。

ぽつりと、低く、真面目な声で言った。


「……俺は、クラリス様のことが、好きだ」


「うん。知ってるよ」


「……だが、あの方が笑っていられるなら、たとえその隣にいるのが貴様でも……いずれ、納得できるよう努めるつもりだ」


ユウトは驚いたように目を見開き、

そして、少しだけ微笑んだ。


「へえ……じゃあ、俺も努力しなきゃな」


「……何をだ」


「君に、ちゃんと認められる努力。クラリスを泣かせないって、信じてもらえるように」


それは、ユウトが滅多に見せない“誠実”の顔だった。


オズワルドは、黙ってマグカップを一口すすり、

そして、ほんのわずかに笑みを浮かべた。


「……次は、剣ではなく紅茶で勝負を挑んでやる」


「それ、フェリアとクラリスの戦争に巻き込まれるけどいいの?」


「……やめておこう」


こうして、深夜の厨房で生まれた静かな絆。

いつしかそれは、「相容れない男同士の、妙な友情」となって根を下ろすことになる。


※ただし翌朝、「なんで二人で紅茶の勉強会してるんですか?」とクラリスに問い詰められるまでがセットである。




「騎士と料理人と怠け者、深夜に集えば――それはもう戦場である」


時は深夜。

屋敷の灯りが落ち、静寂が広がるなか、厨房だけが、こっそり灯っていた。


「……なあ、オズ。なぜ俺は、お前とフェリアと一緒に夜食を作ってるんだ?」


「こちらの台詞だ。何故この私が、深夜にスープをかき回している……」


「それはッ!」

鍋の前で仁王立ちしていた少女――フェリアが、振り返る。


「この屋敷における料理番であり、“紅茶弟子”筆頭である私が! 一度この二人の味覚を鍛えてやらねばと思い立ったからであります!」


「勝手に弟子にされてるし……」


「そもそも騎士に料理の技術は不要だ」


「おい、オズ。じゃあ今お前が剥いてるそのジャガイモは何だ」


「……修行だ」


「修行じゃねぇよ」


――そして、夜食会は混沌の幕開けを迎えた。



「――味が、足りんな」


「いやいや、オズ。そこに“紅茶をひとさじ”って書いたの俺だけど、それ実験であってレシピじゃないから」


「む……?」


「入れるなよ!? おい入れるなよ!? おい!? なぜ入れた!!?」


「……騎士は後退を知らぬ」


「まじで勇者すぎる……」


そして、

試しに味見したフェリアの口からは、


「……え、なにこれ、意外とイケるんだけど!?」


という恐ろしい一言が飛び出した。



鍋を囲み、スープと焼いたパン、ついでにミルクティーという謎の食卓が完成した三人。

その中心で、ユウトは湯気の向こうにぽつりと呟いた。


「……なんか、いいな。こういうの」


「ほう?」


フェリアがパンを頬張りながら言う。


「珍しいですね、ユウトさんが“いい”とか感情を口にするなんて」


「いやだって……この感じ。戦うでもなく、怒るでもなく、誰も気を張ってないっていうか」


「……貴様のせいで誰も気を張れないのではないか?」


「黙れお前はジャガイモの皮を厚く剥きすぎる」


「皮は防具だ。薄くしてどうする」


「いや何の戦場の話だよ……」


フェリアはくすっと笑い、

マグカップを掲げた。


「じゃ、今夜は“不可解なる縁”に乾杯ということで!」


「乾杯」


「まあ……いいか、乾杯」


三つのカップが、静かに音を鳴らす。



クラリスがこの話を知ったのは、翌朝のことである。


「……で、結局あなた方は何をしていたんですか?」


「ジャガイモに紅茶を入れて煮込んでた」


「ちょっと!? ユウト、説明の仕方というものがあるでしょ!?」


「……クラリス。私の忠誠心が、今まさに試練に立たされている」


「ほんとだよ」


クラリスは深いため息をつきつつ、

しかしその目元には、微かな安堵の色があった。


――誰かと過ごす夜の温もりを、彼が少しでも「心地いい」と思えるなら。

それは、ほんの少しだけど確かに、進んでいる証だから。


(……にしてもジャガイモに紅茶って何よ)


その部分だけは、全力で忘れたいと願った。

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