表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

011,この紅茶なぜか落ち着く……?

静かな午後。

クラリスは屋敷の書斎で書類の束と格闘していた。王都から送られてきた資料の精査、次回の学院復学準備、そしてラグネア家再建の小さな一歩――。


「まったく……どうして私がここまで……」


溜息をつきながらも手は止めず、神経を張り詰めていたその時――


コトン


扉もノックもなく、机の脇に湯気の立つティーカップが置かれた。


「……?」


クラリスが顔を上げると、そこには

半分寝ぼけたような目をしながらも、どこか妙に落ち着いたユウト・ラグネアの姿があった。


「一応、失敗じゃない……はず。飲めそうなら飲んでいい」


「……これ、あなたが?」


「他に誰がいるんだよ、こんな時間に茶葉と格闘してるやつ」


クラリスは思わず息をのむ。

ティーカップから立ちのぼる香りは、昨日フェリアが淹れたものに近い。だが、わずかに違う。どこか、素朴で、あたたかい。


「……珍しいですね、あなたがそんな手間を」


「手間っていうか……まあ、“やってみようかな”と思っただけ」


そう言って、ユウトはぽりぽりと後頭部をかく。


「……別に大した理由じゃない。ただ、クラリスが……いつも真面目にやってんの、見ててさ」


「っ……!」


言葉に詰まるクラリスをよそに、ユウトは紅茶の入ったポットを軽く持ち上げた。


「まあ、味は保証しないけど。毒じゃないし。多分な」


「その“多分”がすごく不安なんですけど……」


「じゃあ飲まなくても――」


「……飲みます」


クラリスはそっとカップを持ち上げた。


唇をつける瞬間、少しだけ指が震えたのは気のせいではない。


――香りは控えめ。でも、きちんと温度も整っていて、苦味が出すぎず、ほんのりと花の香りが漂う。

少しだけ不器用。だが、それが妙に、心地よかった。


「……どう?」


「……まずくはないです。合格点……いえ、思った以上に、悪くありませんでした」


「そっか。じゃあもうちょい練習しとくわ」


そう言って、ユウトはくるりと背を向け、書斎を後にしようとする。


「ユウト」


呼び止めると、彼は振り返りもせずに立ち止まった。


「……その、“やってみようかな”って、思ってくれてありがとう」


沈黙。


返事はなかった。


でも、ほんの少し――

彼の肩が揺れた気がしたのは、きっと気のせいではなかった。




ラグネア邸の厨房、早朝。


「……で? わたくしに、極秘任務を頼みたいと?」


メイド長イネスは、いつも通り無駄のない動きで紅茶を淹れながら、意味深な視線をクラリスに向けていた。


「……ええ。誰にも知られずに調べてほしいの」


クラリス・アーデルヴァインは、テーブル越しに身を乗り出して囁いた。

背筋は凛と伸び、完璧な姿勢。だが、その頬はわずかに火照っている。


「対象は?」


「ユウト・ラグネアが昨日、私に淹れてくれた紅茶の――“作り方”」


イネスの眉がピクリと跳ねた。

あれは昨日の午後。クラリス様の気が妙に緩んでいたのは気のせいではなかったのか。


「……確認ですが、“どこが”知りたいのです?」


「茶葉の種類、蒸らし時間、水温、そして……なぜあの味になったのか。完璧な技術ではなかった。けれど、妙に落ち着く味だったの」


「なるほど。つまり、“再現したい”と?」


「再現は……いえ、検証です。あれが偶然なのか、意図なのか。なんとなく……あの人、無意識に最適解を選んでしまってるように見えるから」


イネスは心中でため息をついた。

――なるほど。もう“落ちてる”じゃありませんか、クラリス様。


「では、厨房班に聞き込みと、ユウト様の茶葉棚の状況をこっそり調べましょう」


「頼むわ。……くれぐれも、彼に気づかれないように」


「かしこまりました。“紅茶作戦・仮称:傾いた令嬢の執着心”を開始します」


「その名称、あとで変えてちょうだい」




数時間後、ユウト私室前。

イネスは音もなく戸口に立ち、そっと中を覗いた。


――ユウトは机に座り、紙に何かを書いている。どうやら魔導理論の整理らしい。

一方、部屋の隅には空のティーカップと、使用済みのティーポット。


(ふむ……香りは、アーデルフォード産の二番摘み。水温はやや低めに淹れられている形跡……ただ、注ぎ方が独特。多分――“あの男なりの手抜き”だ)


手抜きなのに、なぜか絶妙。

合理的怠惰の極致。


(……やはりこの男、やばい)


イネスはそっとノートに記した。


調査報告書(機密扱い)

件名:ユウト・ラグネアが淹れた紅茶の成分分析


茶葉:アーデルフォード産・二番摘み(フェリアの私物より抜き取った形跡あり)


水温:約78℃(魔導温水器使用)


蒸らし時間:短め(2分未満と推定)


特記事項:

 ・茶葉の量を「適当に掴んだ」と見られる痕跡あり

 ・カップを“温めていない”にも関わらず飲みやすい温度

 ・なぜか、クラリス様の好みに近い香味バランス


結論:

“天性の感覚”による偶然の傑作の可能性。再現性低し。

本人が意図的にやったかは不明。ただし――心のこもり具合はMAX。


「……やっぱり、ただの“怠け者”じゃないのね」


報告を受け取ったクラリスは、そっとカップを見つめた。


次は――彼が何も言わずとも、「また淹れて」と頼んでみるのも、悪くないかもしれない。


ただし、その顔を見て言える自信は――まだない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ