5.例の美女の口から衝撃の事実が発覚しました
少し短くなりました。拙い文章ですが、読んでいただけると嬉しいです。
サチは何故だか手の震えが止まらなかった。ティーカップを持つことすらままならない。今からこの土地の領主―――ラブカに教えてもらう事実が怖いのか。はたまた彼女そのものに恐怖を感じているのかは分からない。
「デライラ伯にはもう会ったでしょ? ダムの上で」
ラブカは微動だにしないポーカーフェイスで口を切る。
「あの婆さん...デライラハクっていうのか」
「ハクは伯爵の伯よ。低脳」
サチは自身の記憶を辿ってみる。昨晩、借金取りに家を尋ねられ、やけくそになって嵐の中山に逃げ込んだ。そこで、人生最大にして最後にも成り兼ねない選択をしようとしたときに、胡散臭い老婆から声をかけられたのだ。
「彼女が貴方を川底に落とした。邪神の餌にするためにね」
「え?」
サチは一瞬思考が停止した。
「待て待て待て待て、待ってくれ! その、俺は誰かに落とされたわけじゃないんだ。札を受け取ろうとしたら、橋が勝手に崩れて…」
「それも彼女がやったって言っているのよ。あまり騒がないで。鬱陶しい」
ラブカは表情一つ変えずに淡々とカップにお茶を注ぐ。そして、いつの間に用意したのか。小さなビスケットを2枚一緒にかじっていた。
「それに邪神っていうのがイマイチよく分からないんだが。俺のことを食った化け物は神だったのか? ていうか餌って、ゴフッ」
混乱して止まらないサチの口に、ラブカはビスケットを1枚突っ込んだ。
「一つ一つ説明するから、ずっと食べていてくれると幸いだわ」
そうは言ってもビスケットの数はそこまで多くは無かった。要するに「黙っていろ」ということなのだろう。ただ甘い菓子なんて久しぶりだったので、サチは大人しく彼女の話を聞くことにした。
「邪神は、精霊が人々の欲に汚されて堕ちた存在。生物を殺す『疫』を出すから、祠に閉じ込めているの」
「ほお...」
(随分、中二病じみた話だな)と、思ったが勿論口には出さなかった。
「邪神の数は今確認されているもので70体。その中でも貴方のことを食べたのは、災害級に指定されている『金銭欲の邪神』。普段は金や宝石なんかを捧げて鎮めていたのだけれど、今回は異例だったわね。いくら捧げても鎮まらなかったの」
「何で鎮まらなかったんだ…?」
「さあね。お堅いデライラ伯は市場の不安定が原因だと言っていたけど、多分そんな理由じゃない。恐らく何処かの泥棒山羊が、邪神のアレを盗んだからでしょうね」
サチの動揺を気にも留めず、ラブカの口角は全く上がりもしない。
「法律で彼らへの品の献上は決まった時期に固定されている。あまり力をつけないようにね。でも今回はそれでは足りなかったから、邪神自らが食べ物を取りに行けるようにしたの」
「は? それって―」
「今の貴方は邪神の器。彼女の空腹を満たすために、これからも人を襲うことになるかもね」
感情からか室温からか、背筋が凍るような感覚に襲われる。
「い、いや。俺は邪神とやらに乗っ取られてない。ほら、今だって普通に喋れてる」
全てをつまらない作り話だと笑い飛ばすこともできた。しかし、どうにも信じ込んでしまいそうな自分がいる。それを否定するように苦笑いを向けてみたが、彼女は首を横に振った。
「貴方のここにはね、邪神が居るの」
気付かないうちに背後に移動したラブカは、耳元で囁きながら彼の腹を服の上からなぞる。
「邪神は貴方の胃袋を使って空腹を満たそうとする。今の彼女には『胃袋』が無いから。でも安心して、邪神が満足すれば貴方は解放されて土に還るわ。完全に乗っ取られでもしない限り、それまでは決して死なないから――」
そういうと彼女は頬杖をついて、初めて薄っすらと笑みを浮かべた。
「貪欲な貴方とこの国にぴったりじゃない」
自分のカップを飲み干して、ラブカは静かに出て行った。サチは自分が置かれている状況に唖然とし、現実逃避のために残されたと思われるビスケットを乱暴に飲み込んだ。それが彼の胃袋まで届いても、全くの無意味なのかもしれないが。
またここまで読んでくださり本当にありがとうございます。次回も明日の20時40分頃に投稿予定なので、5文字だけでも読んでいただけると幸いです。
(今回はかなり話がややこしくなってしまったので、分からない設定等あったら聞いてください)