4.赤毛の美女に出会ったら檻にぶち込まれました
前話と同様拙い文章ですが、読んでいただけると嬉しいです。
「領主様、来てくださったのかにゃ!」
やっとお出ましになった「領主様」に、アデラは歓喜の声を上げる。この一瞬で今しがたの苛立ちは消え去ったようだ。
「ええ、こんな早朝から頑張ってくれていたんだもの。たまには私から出向かないとね」
口元だけ微笑んで、少し首をかしげる少女の声は透き通る沼のようだった。
「申し訳ございません、ラブカ様。実はまだこの者の名前を聞けておらず…」
領主の名前はラブカというらしい。しかしこんな二十歳にも満たなそうな女性が領主とは、さすが異世界である。
「構わないわ。私が知っているもの」
「は?」
「にゃ?!」
「左様ですか」
ラブカの一言に一同は驚愕する。勿論、一番驚いたのはサチである。この少女とは面識も交流も無いのだから。
「デライラ伯からの預かりものよ。だから縄を解いて丁重に扱ってくださる?」
極めて丁寧な「お願い」だったが、そこには明らかに静かな圧があった。それを察したのか、アデラの表情が徐々に強張ってゆく。
「どうして何もしないの? 縄を解いてあげて欲しいと言ったのだけれど」
「も、もちろん解きますにゃっ。でもあぶにゃいかも…」
「危ない? あの方から預かったものが、私に害を与えると?」
「い、いえ! デライラ様を疑っているわけではありませんが、そいつは先ほど馬車を襲っていて―」
「…入れたお茶が冷めちゃう」
アデラが言い終わる前に、ラブカは冷たい視線を彼女に投げた。と同時に、自身の胸元から金色のネックレスを取り出した。
「し、失礼いたしました…」
小さく震える手でアデラはサチを縛っていた縄を解いた。
その瞬間、サチは訳も分からずラブカにとびかかった。彼女の首できらめくネックレスが見えた途端、収まって来たはずの声が再び木霊し始めたのだ。しかも前回より強く。
『欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ欲せよ』
「…欲しい…欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!」
また挙動がおかしくなり始めたサチを止めようとするアデラを、ラブカは右手をあげて制止した。
「何が欲しいの?」
「金だ…金…そのネックレス…高いんだろ?」
特に根拠も証拠もない。しかし、今の彼にはそれが物凄く価値のあるものに見えて仕方がなかった。
「随分と目利きじゃない。流石邪神の《《生贄》》ね」
『欲せよ』
「あああああ!!」
けたたましい叫び声を上げ、サチはラブカのネックレス目掛けて飛び込む。あと数ミリでチェーンに届きそうだと思ったとき、彼の身体は勢いよく地面へと舞い上がった。
「なッー」
何が起こったのかも分からないうちに、彼の口から泡が出てきた。いや、気絶する際などによく吐く泡ではない。それは正真正銘「水」だった。
「ゲホッ、ゲホッ」
おかしい。今までそこにあった酸素が、全て消えてしまったようだった。衣服がずっしりと重く感じるのに対して、身体はゆっくり上へ上へと上がってゆく。肌に触れる空気は酷く冷たかった。
(まるで地上じゃないみたいだ…)
今しがたの欲も忘れて、サチはこの不思議な感覚に没頭してしまった。苦しい。けれど、どこか心地が良い。いつの間にか、例の声は聞こえなくなっていた。
◇
それからの彼は、ほぼ意識がないも同然だった。文字通り夢見心地で、ぼーっとしている割に変に冷静なのだ。おそらくラブカにかけられた術のようなものの仕業だと考えられる。
(まさか異世界に来て、最初に自分が魔法を喰らう羽目になるなんて思わなかったな…)
因みに今のサチはというと、やたら高い天井からかかるキューブ状の檻の中に、数時間前から閉じ込められている。
あのあと、言われるがままに屋敷に入り、この牢屋まで歩かされた。泥酔時のようにほぼ記憶は無いが、全く抵抗しなかったことだけは覚えている。ラブカー彼女には逆らっても無駄だと、本能的に感じてしまったのだ。
「薄暗いなあ…」
独り言を漏らすとしてもそれぐらいだった。出口も話し相手もいないため、居心地は悪くないが酷く退屈なのだ。ただ、頭を使うのも嫌だった。
檻の中にあるものといえば、二つの椅子に挟まれたテーブルだけである。
「窓を開けてあげましょうか」
「うわっ!?」
唐突に響く彼女の声に、サチは心臓を跳ねさせた。
「いつからそこに…?」
「ずっと」
サチの問いにラブカはさも当たり前のように答える。
(監視されていたのかー)
気まずそうにするサチを横目に、ラブカは壁についている木製のレバーを下ろして窓を開けた。片手には小さなトレーの上にティーカップとポットが乗せられている。
「少しは明るくなったかしら」
「ああ、まあ結構」
「良かった」
ラブカは鍵を使って音もなく檻の中に入って来た。中央に置かれた小さなテーブルにトレーを乗せて、硬そうな椅子に腰掛ける。サチにも座るように促した。
2人分のカップにお茶を注ぎ、一口飲んでから口を開く。
「イシネサチ、今から全部教えてあげる」
青緑色にゆらめく両目は、もちろん笑ってはいなかった。
毎度毎度ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。次回は明日の21時40分頃に投稿しようと思っているので、どうぞ4文字だけでも読んでいただけると幸いです。