第92話 再追放!?
「――あなたたちの、ノルディアスギルドからの追放を言い渡す!」
ギルドマスターの声が、静寂を切り裂くように響く。
窓から差し込む夕暮れの光が、部屋を赤く染めていた。
華美な装飾のない石造りの部屋で、その光は不気味なほどの存在感を放っている。
……この場面、どこかで経験したことがあるな。
前回とは違う街だけど、状況がなんだか似てる。
「ちょっとちょっとー! 追放ってどういうこと!?
久しぶりに戻ってきた凄腕コンビに対してさぁ!」
「そうだそうだ、このメガネ野郎! シャルたちのことを知らねぇのか!?」
「ええい、黙れ黙れ! 個別面談中ですよ、散りなさい!」
部屋の外から茶々を入れてくるギルドメンバーたちが、ギルドマスターによって追い払われる。
皆、元気そうで何よりだ。パッと見たところ、ゴルドーはいないみたいだけど。
「そもそも、その『久しぶり』というのがおかしいんです!
長期不在、連絡なし。これはギルド規約違反第13条に明確に違反する行為ですよ!」
机の向こうでそう告げる男性は、私の知らない顔だった。
前ここにいたギルドマスターのアルバートとは違い、まだ30代半ばといった年齢で、規律を重んじる雰囲気が漂う。
黒縁の眼鏡の奥で、神経質そうな目が光っている。
「半年以上の無断不在は、重大な違反行為。それだけで追放に値します。ギルドの信用に関わる問題なのですよ!」
彼の後ろの壁には、ノルディアスギルドの紋章が掲げられている。
石造りの建物の中、その紋章だけが光を帯びているように見えた。
外から聞こえる街の喧噪も、この部屋では遠い音のように感じられる。
「んー、そりゃ確かに連絡はしてなかったけどさー。
そもそも東方大陸まで行ってたんだよ? そんな遠くからどうやって連絡取れってのさ!」
「規則は規則、です! 例外は認められません!」
ギルドマスターはメガネを光らせながら机を叩く。
なんだかイライラしているようだ……。机の上の書類が揺れ、インク壺が危うく倒れそうになる。
「我々は組織として機能しているのです。個人の都合で長期離脱されては、ギルドの運営に支障をきたし――」
その時、突然扉が開く音が響いた。
重厚な木の扉が勢いよく押し開けられ、廊下の冷気が部屋に流れ込んでくる。
「ギルドマスター! 大変です!」
飛び込んできた受付係の女性の声には、明らかな動揺が混じっていた。
彼女の手には一通の書簡。封蝋が慌てて剥がされた形跡が見える。
「なんですか。落ち着いて報告を」
ギルドマスターの声が、改めて神経質に放たれる。表情には緊張が浮かんでいた。
「北方の、その、ヴァルス村が……消えました」
「消えた? どういうことだ」
「黒い霧に包まれ……朝になったら、村が跡形もなく……!」
受付係の言葉に、ギルドマスターが眉を寄せる。
机の上の羽ペンが、震える手から転がり落ちた。インクが石の床に染みを作る。
「それだけではありません。他の村々からも同様の報告が。
黒い霧と共に、村ごと人が消えてしまったと。目撃者によると、霧の中に巨大な影を見たとか」
「巨大な影? 具体的に何が……」
「はい。目撃証言では、霧の中に城のような影が見えたそうです。そして、霧が晴れると人も村もなく……」
「何それ!? めっちゃ大変じゃない!?」
シャルが身を乗り出す。その動きに椅子がきしむ音が響く。
(……そういえば。前にここの事件を解決したとき……)
私は色々ありすぎた記憶を掘り返し、ここノルディアスでの出来事を振り返る。
私たちはグラハムのギルドを追放されてからここのギルドに所属し、地下組織「石の密議」の野望を阻止した。
組織の目的は、このノルディアスの現体制の破壊。
それに加え、石像兵を用いて「外敵」に備え、強いノルディアスに生まれ変わる……とか言っていたはずだ。
もしかしてこの騒ぎは、その「外敵」……なの?
「くそっ、厄介な事態に……これは、すぐに対応を」
ギルドマスターが、深く息を吐く。
その声には明らかな疲労が混じっていた。メガネの奥の目が、焦りを隠せない。
「他の近隣ギルドにも協力を要請しましたが、すぐには動けないとのこと。
この時期、皆、魔物の活発化に対応で手一杯で……」
「あの、それなら!」
シャルが勢いよく立ち上がる。その声には、どこか期待に似た響きが含まれていた。
「あたし達に任せてみない?」
「あなたたちに? 今まさに追放しようとしてるのにですか?」
「そうそう! でもほら、あたし達には実績があるでしょ? 石の密議との戦いのこともあるし!」
シャルの声に、私も小さく頷く。
その言葉に、ギルドマスターが考え込む素振りを見せた。どこか忌々しげな表情をしている……。
「……そうですね。確かに、あなたたちにはその件での功績がある。それに、ギルドメンバーもやかましいですし」
彼は一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
「いいでしょう。今から日没までに、初期調査の報告を。それができれば、追放の件は保留としましょう」
「やったー! ありがと! あたしとミュウちゃんに任せとけば万事解決だよ!」
シャルが声を上げる。その勢いに、受付係が思わず苦笑する。
「それにしても……」
ギルドマスターが、不思議そうに私たちを見る。
その目には、明らかな疑念が浮かんでいる。
「東方大陸から戻ってきたばかりだというのに、随分と元気ですね。本当に働けるのですか?」
「当然でしょ! ていうかあたし達は疲れてないしね!」
その言葉に、ギルドマスターの表情は怪訝なものに変わる。そりゃそうだよね……。
しかし、今の私のMPは実質的に無限。体力の回復もいくらでもできる。
あんまり無茶して連続で働かないようにお互い約束はしているけど、体力は基本いつでも満タンだ。
(考えてみたら、ずいぶん遠くまで来たな……)
ここで改めてギルドの冒険者になり、マトモに依頼を受けたりした。
あの頃はMPも今よりかなり少なくて、全体完全回復魔法だけで息切れしたりしてたっけ……。
ゆっくりかもしれないけど、私も成長してるんだ。
当然、それはシャルも。彼女の姿がいつになく頼もしい。
「い……行こう、シャル」
私の言葉に、シャルが満面の笑みで頷いた。
■
ギルドの厩舎で一頭の馬が嘶く。
純白の毛並みを持つその馬は、ギルドの中でも優秀な個体だという。
調査にあたって、ギルドのメンバーが紹介してくれたのだ。
冬の毛並みに変わり始めた体は、夕陽を受けて淡い金色に輝いていた。
「えっと……ほ、本当に、私も……?」
私は不安げに馬を見上げる。ずいぶん高い位置から、大きな黒い瞳が私を見下ろしている。
鞍まで地面から優に150センチはありそう……つまり、私の身長と同じか少し高いくらいの位置だ。
「もちろん! 徒歩じゃ色々遅いでしょ? ほら、あたしが後ろで支えてあげるから! この子、白雪って言うんだって」
シャルは磨き上げられた鞍に軽々と跨がると、私に手を差し伸べる。
装飾された鐙が光を反射し、白馬も相まって、その仕草はまるで舞踏会に誘うかのように優雅だった。
(……なんかかっこいい……)
「ミュウちゃん、足を掛けて。片足ずつでいいからね。鐙に乗せたら、あたしの手を掴んで」
シャルの声に促され、おずおずと馬に近づく。
白雪は大きな耳を私に向け、興味深そうに首を傾げている。
「ヒヒィィィン!」
「……っ!」
馬が少し動いただけで、思わず後ずさってしまう。声が大きいし体も大きい! 怖い!
「大丈夫、大丈夫! この子、とっても賢い子なんだよ。ほら、大人しいでしょ?」
シャルが馬の首筋を撫でながら言う。
たしかに、人の言葉が分かるような賢そうな目をしている。
長い睫毛の下で、黒目がきらきらと輝いていた。
「まずは左足を鐙に掛けて。そう、ゆっくりでいいよ。白雪も待ってくれてるよ」
シャルの指示に従い、震える足を鐙に掛ける。
金属が冷たい。革のにおいと、馬の体臭が鼻をくすぐる。
(うぅ……この時点で結構高い……)
シャルが手を差し出す。その手を掴み、体を引き上げる。反対の足を振り上げ――
「……! あっ……あわわ……!」
バランスを崩し、そのまま反対側に転げ落ちそうになる!
「よいしょっと」
シャルが素早く私の体を支える。
温かな腕の中で、私は安堵の息を吐いた。彼女の体温が、背中全体に伝わってくる。
体が引き上げられ、私はシャルの前で馬に跨った。
鞍は意外としっかりしていて、座り心地がいい。
「ふふ、ミュウちゃんってば。ついこの前はもっとヤバイのと戦ってたのにねぇ」
「……違うもん」
小さく抗議の声を上げる。戦闘と乗馬はまったく別の話だ。
それにあれは差し迫った危険だったし……!
後ろからシャルの腕が回され、私の体を優しく包み込む。
彼女の胸が背中に当たり安定感が増す。吐く息が首筋にかかって少しくすぐったい。
「これで落ちる心配はないよ。あとは白雪を信頼するだけ! ね、白雪?」
シャルが手綱を取り、馬はゆっくりと歩き始める。蹄の音が木の床を叩く。
厩を出ると、道行く人々が私たちを見上げる中、ノルディアスの出入り口に向かっていく。
うぅ、人目が気になってMPが減る……。
「行くよ!」
シャルの掛け声と共に、馬が駆け出した。
冷たい風が頬を撫で、髪が揺れる。
建物が次々と後ろに流れていき、やがて街の外へと出る。
舗装された道が土の道へと変わり、馬の蹄の音も柔らかくなる。
周りには広大な草原が広がり、遠くには森が見える。
黄昏時の空気は冷たく、白雪の息が白い煙となって漂う。
北方へと進むにつれ、空気がより冷たくなっていく。
グレイシャル帝国の気候をふと思い出す。
夕暮れの空が徐々に暗さを増し、遠くで雷鳴のような音が響いている。
「んー、たしかに村がなくなってる……ていうか、地図に書いてある場所に何もないね」
シャルは地図を確認しながら馬を器用に走らせる。
私の体を支える腕は緩めることなく、もう一方の手で手綱を操る。
白雪は主の意図を完璧に理解しているかのように、安定した足取りで進んでいく。
音信不通だという村をいくつか見て回るが、やはり跡形もなくなっていた。
本来なら民家や畑があるはずの場所に、ただ荒れ地が広がっている。
寒風が吹きすさび、シャルの髪が私の頬を撫でる。
思わず身を縮めると、彼女の腕がより強く私を抱きしめた。
「寒い? もうちょっとくっついてていいよ。白雪の体温も結構暖かいでしょ?」
言われてみれば、馬の体から伝わる温もりが心地よい。
白雪の呼吸に合わせて体が揺れる感覚にも、少しずつ慣れてきた。
「その黒い霧ってやつが村を消してるみたいなんだよねぇ。
となると、その霧を探さないと……あ、白雪も気配を感じてるみたい」
白雪の耳が立ち、首を北に向ける。何かを察知したようだ。
馬はやや小高い丘を登っていく。
石ころの多い悪路なのに、それを感じさせないほど足取りは軽やか。
長い脚が地面を蹴る度に、確かな力強さを感じる。
「あ! ミュウちゃん、見て!」
シャルの声に、私は目を凝らす。遠くに、黒い霧のようなものが見えた。
その中に、何か巨大な影が揺らめいているような……。
「あれが霧ってやつかぁ。けっこう不気味だね。白雪も警戒してるよ」
シャルの言葉通り、ただの霧にしては妙な雰囲気を放っている。
近づくにつれ、尋常でない寒気が背筋を走る。
白雪の足取りも慎重になり、時折不安げな息を漏らす。
「……魔力、を感じる。強い、魔力」
「そう? ミュウちゃんがそう言うってことは、ただの天候じゃないってことだよね」
馬の速度が少し落ちる。この子も霧に警戒しているようだった。
耳を後ろに倒し、全身の筋肉を緊張させている。
その時、シャルの腕の中で私の体が微かに震えた。
風が強くなり、霧の中から低い唸り声のようなものが聞こえる。
「ミュウちゃん? まだ寒い?」
「……ううん。ただ、その……落ちないか、心配で……」
「あはは、そっちなの? 大丈夫、あたしが絶対離さないから!」
シャルの明るい声に、少しだけ緊張が解ける。
彼女の腕の中は温かく、不思議と安心感があった。
このまま背中に寄りかかっていても、気恥ずかしさはない。
「……ありがと」
小さな感謝の言葉に、シャルはにっこりと笑う。
この距離なら――というか、最近はシャルと話すときだけはMPがあまり減らない。
慣れというより、安心感なのかもしれない。
私たちは馬に乗ったまま、ゆっくりと黒い霧へ近づいていく。
白雪の蹄の音が、不吉な霧に吸い込まれていく。
その中に潜む「何か」を、これから明らかにしなければならない。
シャルの腕の中で、私は静かに決意を固めていた。
彼女の温もりと、白雪の確かな足取りを心強く感じながら。
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