表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/150

第75話 守護獣を撃破せよ

「あああああぁーー!」


 暗闇(くらやみ)の中を落下する感覚。冷たい風が(ほお)を切り、耳をつんざくような風切り音。

 シャルの悲鳴が反響(はんきょう)する。そして――


「いったぁ!」


 追加のシャルの悲鳴と共に、(わたし)は冷たく(かた)い地面に(たた)きつけられた。

 衝撃(しょうげき)一瞬(いっしゅん)呼吸が止まり、全身に(にぶ)い痛みが走る。

 頭がぐわんぐわんと鳴り、目の前で星が散るような感覚。口の中に土っぽい味が広がる。


「くっ……(みな)さん、大丈夫(だいじょうぶ)ですか……?」


 リンの声が、どこか遠くから聞こえてくる。

 彼女(かのじょ)の呼吸も乱れているようだが、着地の衝撃(しょうげき)をうまく()がしたのか、声にはまだ力強さが残っている。

 (わたし)も受け身くらい勉強しておくべきだったかな……。


「うぅ……ミュウちゃん、ちょっと回復お願い……」


 シャルの弱々しい声に、(わたし)は急いで(つえ)を構える。

 暗闇(くらやみ)の中で、かすかに(つえ)が温かみを帯びるのを感じる。

 (つえ)水晶(すいしょう)部分が(わず)かに青白く光る。


(全体回復魔法(まほう)


 青白い光が一瞬(いっしゅん)(わたし)たちを(つつ)()む。その光で、自分たちが広い地下空間にいることが一瞬(いっしゅん)だけ見えた。

 痛みが一気に消え去り、体が軽くなる。頭のぼんやりとした感覚も晴れていく。


「おお! さすがミュウちゃん!」

「ありがとうございます、ミュウさん」


 シャルとリンの声に、小さく(うなず)く。

 まぁ、即死(そくし)するような深さじゃなくてよかったと考えるしかない。


「でもまっ暗だね。どうしよっか……」


 シャルの声には(めずら)しく迷いと不安が混じっている。手を()ばしても何も見えない(やみ)の中だ。


「ご安心を。(わたし)松明(たいまつ)を持ってきていますので」


 リンの声の後、カチカチという(かわ)いた音。そして、小さな(ほのお)(とも)る。

 リンが携帯(けいたい)していた火打ち石で松明(たいまつ)に火をつけたようだ。


 (ほのお)に照らされ、広間が姿を現す。

 天井(てんじょう)は見えないほど高く、(かべ)には無数の彫刻(ちょうこく)や文字が刻まれている。


 (ゆか)石畳(いしだたみ)で、所々に緑色の(こけ)が生えている。

 湿(しめ)った空気が(はだ)に張り付き、カビのような(にお)いが鼻をつく。


「わぁ……すごい場所」


 シャルの声が(ひび)(わた)る。彼女(かのじょ)の目は(かがや)いていたが、すぐに(うつむ)いてしまった。


「ごめんね、二人(ふたり)とも。あたしが軽率(けいそつ)だったよ……」


 (めずら)しく申し訳なさそうな表情を()かべるシャル。

 確かに彼女(かのじょ)の行動で(わたし)たちは落ちてしまったのだが……。


「ちょっと……最初の宝箱でめっちゃテンション上がっちゃって……!」

「……」

「それはわかりますけど……」


 苦笑(くしょう)するリン。(わたし)も首を横に()った。


 ここに()たのは(わたし)たち全員の意思だし、ダンジョンで(わな)にハマるのは……まぁ、ある意味不可抗力(こうりょく)だし。

 それに、シャルの好奇心(こうきしん)のおかげで今まで色々な発見があったのも事実だ。


「まだ道も続いているようですし、探索(たんさく)を続けましょう」


 リンが冷静に言葉を(つむ)ぐ。その言葉に、シャルの表情が明るくなる。


「そっか! よーし、せっかくだし探検しちゃおう!」


 シャルの声が広間に(ひび)(わた)る。

 その元気な声に、(わたし)も安心する。シャルはあんまり、(しず)んでいるのは似合わないと思う。


 (わたし)たちは慎重(しんちょう)に広間を歩き始めた。

 リンが持つ松明(たいまつ)(ほのお)()らめき、(かべ)彫刻(ちょうこく)に不思議な陰影(いんえい)を作り出す。

 足音が石畳(いしだたみ)(ひび)き、時折水滴(すいてき)の落ちる音が聞こえる。あちこちに水源がある様子だ。


「ねえねえ、これ何て書いてあるの?」


 シャルが(かべ)の文字を指さす。確かに見覚えのない文字だ。複雑な線で構成された、絵のような文字。


「古代東方語みたいですね。できる限り読んでみます」


 リンが(かべ)に近づき、文字を辿(たど)る。彼女(かのじょ)の指が、長い年月を経た石の表面をなぞる。

 リンは咳払(せきばら)いをして、それを読み始めた。


「『我ら翠玉(すいぎょく)王朝の(たみ)、天変地異を()けんがため、()の地に聖域を築く』……とあります」

「へぇー! 翠玉(すいぎょく)王朝ってなに?」


 シャルが首を(かし)げる。(わたし)も気になって、リンを見つめる。


「古代東方文明のひとつですね。約3000年前に栄えた王朝で、高度な魔法(まほう)技術を持っていたと言われています」


 リンの解説に、(わたし)とシャルは(おどろ)いて顔を見合わせる。

 3000年前の遺跡(いせき)なんて、(わたし)たちが今まで見たこともないような代物(しろもの)だ。

 今さら、空気の中に歴史の重みを感じる。……ような気がする。


「すごい! 3000年前かぁ。マーリンがいたのすら1000年前なんだよね!?」


 シャルの目が(かがや)く。そのとおりだ。

 何度聞いてもしっくり来ないが、(わたし)師匠(ししょう)であり恩人のマーリンは大昔の人物らしい。


 じゃあどうして7年くらい前に(わたし)の前に現れることができたのか……それは(なぞ)のままだ。


「でも、避難所(ひなんじょ)を作ったってことは、何か危険があったってこと?」

「そうですね。(ほか)の部分も読んでみましょう」


 リンが(かべ)に沿って歩きながら、文字を読み上げていく。

 松明(たいまつ)の光が文字の上を照らし、(かげ)が動くたびに文字が()かび()がる。


「『大地震(だいじしん)洪水(こうずい)、我らが(たみ)(おそ)う。されど我らは(くっ)せず、魔法(まほう)の力を(もっ)()の地に堅牢(けんろう)なる(とりで)築かん』……どうやら、自然災害から身を守るために作られたみたいです」

「ほんとだ! なんかそれっぽいものが()いてあるね」


 シャルが少し(はな)れた位置にある壁画(へきが)を見る。

 そこには高い波と、大勢の人間らしいものが(えが)かれていた。


「でもさ、避難所(ひなんじょ)にしては広すぎない?」


 シャルの言葉に、(わたし)も同意見だった。

 ここまで大規模な施設(しせつ)を、単なる避難所(ひなんじょ)として造るだろうか。


「ええ、その通りです。(ほか)の目的もあったみたいですね」


 リンが別の(かべ)の前で立ち止まる。そこには、より複雑な文字が刻まれている。


「『()の地にて、我らは(さら)なる高みを目指さん。翠玉(すいぎょく)の鏡、これこそ我らが叡智(えいち)結晶(けっしょう)なり』……ここは研究施設(しせつ)でもあったのかもしれません」

翠玉(すいぎょく)の鏡? それって宝物?」


 シャルの声が(はず)む。しかし、リンの表情は厳しくなる。


「おそらく、ただの宝物ではないですね。強大な力を持つ魔法(まほう)道具でしょう。何しろ、この文明の叡智(えいち)結晶(けっしょう)だそうですから」


 その言葉に、(わたし)は身を()()める。

 そんな貴重なものが、この遺跡(いせき)にあるかもしれないのか……。

 空気が一瞬(いっしゅん)()()めたように感じる。


 (わたし)たちは広間を(さら)に進んでいく。(かべ)には様々な彫刻(ちょうこく)(ほどこ)されている。


 自然災害の様子、人々が避難(ひなん)する姿、そして魔法使(まほうつか)いらしき人物が何かの研究をしている場面。


 そして広間の中央に()()かったとき、巨大(きょだい)な石像が(わたし)たちの前に立ちはだかった。

 その存在感に、思わず足を止める。


「うわっ! なにこれ!?」


 シャルが(おどろ)いて後ずさる。

 石像は獅子(しし)のような顔に、細い四足(よつあし)(けもの)胴体(どうたい)(たか)(つばさ)(へび)()を持つ不思議な姿をしている。


(これは……キマイラ?)


 その名前と外見は聞いたことがある。複数の(けもの)が合わさった魔物(まもの)だ。

 その目は宝石がはめ()まれているようで、(ほのお)に照らされてきらりと光る。

 宝石の(ひとみ)が、(わたし)たちを見つめているような錯覚(さっかく)を覚える。


守護獣(しゅごじゅう)……」


 リンがつぶやく。石像の台座に刻まれた文字を読んだようだ。


守護獣(しゅごじゅう)? ってことは、この遺跡(いせき)を守ってるってこと?」

「そうみたいですね。おそらく、部外者の侵入(しんにゅう)を防ぐために置かれたんでしょう」


 (わたし)たちはその巨大(きょだい)な石像を見上げる。不気味な存在感に、背筋が(こお)る思いがした。空気が重く、息苦しくなる。


 そのとき――


「ん?」


 石像が(ふる)えていた。その体の表面から細かな砂や小石が落ちてくる。

 パラパラと(ゆか)に落ちる音が静寂(せいじゃく)を破る。


 それだけではない。

 石像の足に力が()もり、筋肉らしき部分が(ゆが)む。石がこすれ合う音が(ひび)(わた)る。


 石像が、動き出したのだ。


()けて!」


 リンの切迫(せっぱく)した声と共に、巨大(きょだい)な石の(つめ)(わたし)たちの頭上を(かす)める。

 風を切る(するど)い音が耳を(つんざ)き、(つめ)が通り過ぎた後に冷たい風が(ほお)()でる。

 (たお)れそうになる体を(つえ)で必死に支える。


「なんで動くの! 石像でしょ!?」

大概(たいがい)いつも動いてる気もするけどね……)


 シャルが(さけ)びながら(けん)()く。

 (さや)から()かれる金属音が(ひび)(わた)り、松明(たいまつ)の光が()に反射して一瞬(いっしゅん)まばゆく光る。


「この遺跡(いせき)魔法(まほう)が――!」


 リンの言葉を(さえぎ)るように、守護獣(しゅごじゅう)()える。

 獅子(しし)咆哮(ほうこう)のような声が地下空間に(とどろ)き、(かべ)反響(はんきょう)して何倍もの音量になって耳を()す。

 胸が振動(しんどう)するほどの轟音(ごうおん)に、思わず手で耳を()さえる。


 その声と共に、守護獣(しゅごじゅう)の体から青白い光が放たれる。

 石の表面に、複雑な文様が()かび()がった。

 その光で広間全体が不気味に照らし出される。


魔法(まほう)で動いてる系か! なら、動力源がどっかにあるんじゃないかな!?」


 シャルが(けん)を構え、守護獣(しゅごじゅう)に向かって突進(とっしん)する。彼女(かのじょ)の足音が石畳(いしだたみ)(たた)く。だが――


「せいっ!」


 (けん)が石の体に当たる。(するど)い金属音が(ひび)くが、石の表面に傷一つ付かない。火花が散る。


(かた)っ! ただの石なのに!?」


 シャルの攻撃(こうげき)を受け流した守護獣(しゅごじゅう)は、(つばさ)を大きく広げる。

 その動きで巻き起こった風が、松明(たいまつ)(ほのお)()らし、一瞬(いっしゅん)暗闇(くらやみ)が広がる。

 (つばさ)から落ちる砂埃(すなぼこり)が、目に入りそうになる。


「シャルさん、下がって! 尻尾(しっぽ)()ます!」


 リンの警告の直後、守護獣(しゅごじゅう)()(むち)のように()るわれる。空気を切り()く音が(ひび)く。


 シャルは咄嗟(とっさ)に身を(ひるがえ)すが、かすかに(うで)(かす)められ、そのまま絡め取られる。

 シャルの体は(かべ)に向かって投げつけられ、大きな音と共に(かべ)(たた)きつけられた。


「いてっ!」

(シャル!)


 (わたし)即座(そくざ)に回復魔法(まほう)を放つ。青白い光がシャルを(つつ)()み、傷は瞬時(しゅんじ)に消えた。

 しかし守護獣(しゅごじゅう)の動きは止まらず、攻撃(こうげき)の手を(ゆる)めない。

 地面を()みしめるたびに、振動(しんどう)が伝わってくる。


(この調子じゃ、いくら回復しても意味がない……なんとかアレを(たお)さないと)


 (わたし)たちは後退しながら、守護獣(しゅごじゅう)の動きを観察する。

 その目に()()まれた宝石が、青白く(かがや)いている。

 光の強さが、不規則に変化しているようにも見える。


「ミュウさん、シャルさん。(わたし)に考えがあります」


 リンの声が落ち着いている。周囲の喧騒(けんそう)とは不釣(ふつ)()いな静かな声色(こわいろ)

 彼女(かのじょ)守護獣(しゅごじゅう)から目を(はな)さず、冷静に続ける。


「あの目の宝石。あれが動力源のように見えませんか?」

「なるほど、そうかも! じゃあ、あれを(ねら)えばいいってこと!?」


 シャルが声を上げるが、すぐに難しさに気付いたようだ。

 何しろ守護獣(しゅごじゅう)の目は地上から優に4メートルはある。

 シャルの(けん)もそこまでは届かないし、魔力(まりょく)の波動を放っても綺麗(きれい)に当てられるかどうか……。


(わたし)が……」


 リンが一歩前に出る。足音が静かに(ひび)く。その声には、強い決意が(にじ)んでいた。


(わたし)があれを(ねら)います」

「え!? できるの、リンちゃん!?」


 シャルが(おどろ)いた声を上げる。

 (わたし)はリンの決意に満ちた表情から、彼女(かのじょ)が「鬼人化(きじんか)」を使うつもりなのだと察した。


 だが、あれは危険な力だとリンは言っていた。

 制御(せいぎょ)を失えば、味方も敵も分からなくなるらしい。果たして制御(せいぎょ)しきれるのだろうか……? 不安感に(おそ)われる。


大丈夫(だいじょうぶ)です。力を(おそ)れていては、使えるものも使えませんから」


 リンの声に迷いはない。むしろ、これまでで一番しっかりとした口調に聞こえる。

 彼女(かのじょ)の背筋が一層()び、全身から決意が()れ出ているように感じる。


「シャルさん、守護獣(しゅごじゅう)の注意を引いてもらえますか? ミュウさんは、もしものときは(わたし)を治してください」


 (わたし)たちは(うなず)く。今は彼女(かのじょ)を信じるしかない。

 リンの呼吸が落ち着いていて、普段(ふだん)のような緊張感(きんちょうかん)がないのが伝わってくる。


「任せて! おーい、こっちだよ! キマイラもどきー!」


 シャルが守護獣(しゅごじゅう)の前で挑発(ちょうはつ)する。彼女(かのじょ)の声が広間に(ひび)(わた)る。

 守護獣(しゅごじゅう)彼女(かのじょ)に注目し、前足を()り上げる。(つめ)松明(たいまつ)の光に照らされて不気味な(かげ)を作る。


 その(すき)に、リンが目を閉じる。彼女(かのじょ)の体から、赤い(きり)のようなものが()(のぼ)り始めた。

 オーラは徐々(じょじょ)()くなり、周囲の空気が重くなっていく。


(……出た。すごい殺気だ……)


 (わたし)はリンの背後で(つえ)を構える。いつでも回復できるように。

 赤いオーラが()くなるとともに、彼女(かのじょ)の体から放たれる殺気に思わず息を()む。

 空気が張り()め、呼吸がしづらくなる。


「行きます……!」


 リンの声は低く(ひび)いた。その声には人間(ばな)れした力強さが宿っている。


 次の瞬間(しゅんかん)彼女(かのじょ)の姿が消える。


 いや、消えたのではない。信じられない速度で守護獣(しゅごじゅう)に接近したのだ。

 残像のように、赤い(きり)の帯が空中に(えが)かれる。


 (するど)い風切り音。

 リンの体が、守護獣(しゅごじゅう)の首に向かって閃光(せんこう)のように走る。

 彼女(かのじょ)の姿は、まるで赤い彗星(すいせい)のようだった。


 守護獣(しゅごじゅう)は反応しようとするが、シャルの攻撃(こうげき)に気を取られている。その一瞬(いっしゅん)(すき)()いて――


「はぁっ!」


 リンの刀が、守護獣(しゅごじゅう)の目の宝石を(とら)えた。

 ()が宝石に()()み、石像の体が大きく()らぐ。

 金属と宝石が(こす)()う音が、不快なほど耳に(ひび)く。


「今だ! せやぁっ!」


 シャルは守護獣(しゅごじゅう)の足元に(すべ)()み、その(あし)(けん)で強く打ち付ける。

 金属音が(ひび)(わた)る。バランスを(くず)した守護獣(しゅごじゅう)が、大きく(かたむ)く。

 (ゆか)()みしめようとして、足が(すべ)振動(しんどう)が伝わってくる。


 宝石に()さったリンの刀にさらに力が加わった。

 刀を(にぎ)彼女(かのじょ)の手に、筋が()()がっている。


「――はああぁぁっ!」


 キィィィン――という金属音と共に、宝石に亀裂(きれつ)が走った。

 まるでガラスが割れるような()んだ(ひび)き。それとともに宝石が(くだ)け散る。


(こわ)れた!」


 シャルの声が(ひび)く直後、守護獣(しゅごじゅう)の体から青白い光が()れ出す。

 その光は次第(しだい)に強くなり、目が(くら)むほどの(かがや)きとなる。


「って、危ないミュウちゃん! 下がって!」


 (わたし)とシャルは急いで距離(きょり)を取る。

 守護獣(しゅごじゅう)の体が光に包まれ、大きな轟音(ごうおん)と共に(くず)()ちていく。


 石がぶつかり合う音が重なり、地面が()れる。

 空気が振動(しんどう)し、耳鳴りがするほどの轟音(ごうおん)(ひび)(わた)った。


 轟音(ごうおん)が収まり、砂埃(すなぼこり)が静かに()()ちていく。

 空気中に(ただよ)う石の粉が(のど)をくすぐり、思わず()()みそうになる。


「み、みんな無事?」


 シャルの声が地下空間に反響(はんきょう)する。

 (わたし)は立ち上がりながら、ゆっくりと(うなず)く。

 降ってきた石のせいで体のあちこちが痛むが、大きな怪我(けが)はないようだ。


 守護獣(しゅごじゅう)は完全に(くず)()ち、(ゆか)一面に大きな石の破片(はへん)が散らばっている。

 足元を照らす松明(たいまつ)の光で、石の表面が不規則に(かがや)いて見える。

 青白い光はすでに消え、代わりに重苦しい静寂(せいじゃく)が辺りを包む。


「リンは……?」


 (わたし)たちはリンを探す。

 彼女(かのじょ)守護獣(しゅごじゅう)から少し(はな)れた場所に、まだ刀を構えて立っていた。

 赤いオーラに包まれた姿は、まるで血に染まったように見える。


大丈夫(だいじょうぶ)かな……制御(せいぎょ)、できてる?)


 (わたし)(つえ)を構えながら慎重(しんちょう)に近づこうとする。

 リンの体からは、まだ強い殺気が放たれていた。その圧迫感(あっぱくかん)に、呼吸が苦しくなる。


 しかし――


(だい)丈夫(じょうぶ)、です……」


 リンの声が聞こえる。いつもの落ち着いた声だ。

 彼女(かのじょ)の手が、ゆっくりと刀から(はな)れる。


「今回は、自分の意思で鬼人化(きじんか)できました。だから……」


 彼女(かのじょ)の体から赤いオーラが徐々(じょじょ)(うす)れていく。

 まるで朝(きり)が晴れていくように、ゆっくりと消えていった。

 (きり)が消えるにつれ、空気が軽くなっていくのを感じる。


制御(せいぎょ)できた、みたいです」


 リンは小さく微笑(ほほえ)む。その表情には安堵(あんど)の色が()かんでいる。

 手の(ふる)えはあるものの、目は()んでおり、意識は完全に正常なようだ。

 額に()かんだ(あせ)が、松明(たいまつ)の光に照らされて光る。


「うん! よくわかんないけどすっごかったよ、リン! まるで赤い光みたいだった!」


 シャルが()()り、リンの背中を(たた)く。

 その衝撃(しょうげき)でリンが少し前のめりになる。(ゆか)に落ちた石が、カラカラと音を立てる。


「あ、ありがとうございます。でも、お二人(ふたり)のサポートがなければ……」

「いやいや、リンが頑張(がんば)ったんでしょ! ねえ、ミュウちゃん!」


 (わたし)は小さく(うなず)く。(わたし)たちは補助的な役割しかしていない。

 リンが自らの力と向き合い、それを制御(せいぎょ)したからこそ勝てた戦いだ。


「さてと」


 シャルが守護獣(しゅごじゅう)残骸(ざんがい)に近づく。彼女(かのじょ)の足音が、(くだ)けた石の上で反響(はんきょう)する。


「宝物とかないのかなー? 守護獣(しゅごじゅう)ってそういうの守ってるでしょ?」


 そう言って瓦礫(がれき)を退けていくと、石像の台座の下に階段が現れた。

 湿(しめ)った空気と共に、カビっぽい(にお)いが(ただよ)ってくる。さすがに古いだけあってあちこちカビてるみたいだ……。


「あ! やっぱり何かある!」


 (わたし)たちは階段を降りていく。石段は所々(こけ)むしており、(すべ)りそうになる。

 そこには小さな祭壇(さいだん)のような空間があった。空気が(よど)んでいて息苦しい。


 祭壇(さいだん)の上には台座があり、そこに何かが置かれていた形跡(けいせき)がある。

 しかし今は、何も置かれていない。

 表面には(あつ)(ほこり)が積もっているが、中央部分だけ丸く(ほこり)が薄くなっていた。


「あれ? この遺跡(いせき)翠玉(すいぎょく)の鏡とかいうのがあるんじゃないの?」

「……(すで)に持ち去られたのでしょうか」


 リンが台座を調べる。

 そこには黄ばんだ布が残されており、その上に何かが書かれていた。布からは古い紙の(にお)いがする。


「これは……地図? 印がつけてあるね」


 シャルが布を広げる。パリパリとした音が(ひび)く。

 それは確かに地図のようだ。この辺りの詳細(しょうさい)な地図で、いくつかの遺跡(いせき)の位置が示されている。

 インクは()せているが、まだ十分に判読できる。


「ここが『蒼龍(そうりゅう)殿(でん)』……ここは『朱雀(すざく)宮』……(ほか)遺跡(いせき)の場所が記されているようです」


 リンが地図を(のぞ)()む。

 一番大きく(えが)かれた建物に、「蒼龍(そうりゅう)殿(でん)」という文字が記されている……ようだ。(わたし)には読めないが。

 建物の周りには、(りゅう)のような模様が(えが)かれているように見える。


「しかし、蒼龍(そうりゅう)殿(でん)という建物は聞いたことがありませんね。それにこの位置――」

「ん? どうかしたの?」


 リンは(ふところ)から将軍からもらった地図を取り出した。

 羊皮紙の()れる音が(ひび)く。それを、遺跡(いせき)の地図と照らし合わせる。すると――


「この蒼龍(そうりゅう)殿(でん)という建物。次の(きり)の谷候補地と場所が同じです!」

「え!? ってことは……どういうこと!? そっちの(きり)の谷が本命ってことかな!?」

「可能性はありますね。事実、ヒスイドウには不老不死の泉というのはありませんでしたし……」


 シャルとリンが会話を()わす。

 蒼龍(そうりゅう)殿(でん)……それが次の目的地だろうか。空気が期待に(ふる)えているように感じる。


「よーし! じゃあ次はそこに行こう!」


 シャルの声が(はず)み、(わたし)(うなず)いた。

 しかし、リンは少し(かんが)()んでいる。彼女(かのじょ)眉間(みけん)に、しわが寄る。


「鏡が(すで)に持ち去られている、ということは……どういうことなんでしょう?」

「当時の人が場所を移したのか、あるいは……(だれ)かが先に()てる可能性もあるってことだよね」


 その言葉に、一瞬(いっしゅん)空気が重くなる。

 もし先客がいるとすれば、それは一体(だれ)なのか。


 それがマーリンなのだろうか。それとも(ほか)(だれ)かが……?


「ま、それは考える必要が出たら考えよう!」


 シャルが明るく言う。

 彼女(かのじょ)の声で、重くなった空気が一気に晴れる。その明るさは、まるで太陽のようだ。


「そうですね。まずは地上に(もど)りましょう」

「うん。でも……どうやって? ジャンプする?」

「さすがに、それはミュウさんが無理かと……」

「……!」


 苦笑(くしょう)するリンに、(わたし)は何度も(うなず)く。無理。当然無理だよ。そんな運動神経ないし。


「あ! こっちに通路があるよ!」


 シャルが祭壇(さいだん)(おく)を指さす。そこには、(ゆる)やかな傾斜(けいしゃ)の通路が続いているのが見える。(かべ)には(こけ)が生え、湿(しめ)った空気が(ただよ)う。


「きっと地上につながってるはず!」


 シャルの楽観的な予想に、(わたし)とリンは苦笑(くしょう)する。でも、(ほか)選択肢(せんたくし)もない。


 (わたし)たちは通路に入り、地上を目指して歩き始めた。

 ()れた石の上を、足音が(ひび)く。暗い通路の先に、かすかに光が差し始めた。

面白い、続きが気になると思ったら、ぜひブックマーク登録、評価をお願いします!

評価は下部の星マークで行えます! ☆☆☆☆☆を★★★★★にして応援お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ