第74話 遺跡探索
私たちは息を呑みながら、遺跡の入り口をくぐった。
巨大な石門は、年月の風雨に侵食されながらも、威厳ある姿を保っている。
門柱には複雑な文様が彫り込まれ、かつての栄華を物語っているようだった。
足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
外よりも温度が結構下がった感覚だ。
湿った石の匂いが鼻をつき、遠くからは水の滴る音が聞こえてくる。
天井からは細い光の筋が差し込み、幻想的な雰囲気を醸し出している。
「うわぁ……すっごい」
シャルの声が、石造りの通路に響く。その声に続いて、私たちの足音が静かに反響していく。
足元の石畳は、長い年月で磨かれ滑らかになっているようだ。
通路の両側には、所々に古びた松明が取り付けられていた。
青銅製の松明立ては、緑青に覆われながらも、精巧な細工が施されているのが見て取れる。
リンがそれに、慎重に火をつけていく。
「こんなに古い遺跡なのに、まだ松明が残っているなんて不思議ですね」
リンの呟きに、私も同意見だった。
一体どれくらいの年月がここで過ぎたのだろう。想像もつかなかった。
松明の光が揺らめき、壁に描かれた壁画を照らし出す。
そこには、古代の人々の生活や、奇妙な儀式の様子が描かれていた。
色彩は褪せているものの、その精緻な描写は今なお鮮やかだ。
「ねぇねぇ、これ見て！」
シャルが興奮した様子で壁画を指さす。
そこには、巨大な獣と戦う勇者の姿が描かれていた。
勇者の手には、光り輝く剣が握られている。
「なんかカッコいいね。それに、この服装……どっちかっていうと、あたし達の大陸のものに近くない？」
シャルの言葉に、私は首を傾げる。
確かに、こちらの大陸で主に着られている着物とはデザインが違う。
壁画だからあんまり写実的に描かれているわけではないが、甲冑に見える。
鎧の形状や兜が、西方の様式を思わせる。
「不思議ですね。ミュウさんたちの大陸の人が、かつて渡ってきた……とかでしょうか」
リンが静かに言う。答えは出ない。ゴルドーとかがいたらわかったかもしれないけど……。
通路を進んでいくと、やがて広間に出た。
天井が高く、柱が立ち並ぶその空間は、荘厳な雰囲気に包まれている。
「わぁ……！」
思わずシャルの声が漏れる。広間の中央には、巨大な石像が鎮座していた。
人間の姿をしているが、その頭部は鳥のようだ。
像の表面には、かすかに光る鉱物が埋め込まれ、幻想的な輝きを放っている。
「これは……何かの神様かな？」
シャルが首を傾げながら石像を見上げる。
像の足元には、供物を置いたと思われる台座があり、古びた痕跡が残っていた。
「おそらく、この遺跡を守護する存在なのでしょう。遺跡には、こういった像が置かれていることが多いですよ」
リンの言葉に、私たちは頷く。
しかし、シャルの関心は既に別のところへ向いていた。
彼女の目は、広間の隅々を探るように動いている。
「ねぇねぇ、宝箱はどこにあるかな？ そろそろあってもよくない？」
「う、うーん……どうでしょうか、それは……」
（そもそも宝があるかどうかもわからないんじゃない？）
シャルは目を輝かせながら、広間の隅々まで目を走らせる。
その姿は、まるで宝探しに夢中になった子供のようだ。
彼女の足音があっちこっちに向かって響く。
「シャルさん、むやみに触れるのは危険です。罠が仕掛けられているかもしれませんよ」
リンが注意するも、シャルは既に広間の壁を調べ始めていた。
彼女の指が、石壁の凹凸を慎重になぞっている。
「大丈夫だよ、気をつけてるから！」
（絶対気をつけてない……）
シャルの声が、広間に響く。私は少し心配になりながらも、彼女の行動を見守ることにした。
もし何かあったらすぐに治療できるように、杖を握る手に力を込める。
広間の壁には、至るところに細かな彫刻が施されている。
人や動物、そして見たこともない奇妙な生き物たち。
そんな彫刻の隙間には、かつては宝石がはめ込まれていたと思われる窪みが見える。
「あれ？ これ、なんかボコッとしてる」
シャルの声に、私とリンは振り返る。彼女は壁の一部を指さしていた。
そこには、他の部分よりもわずかに突き出た石があった。
「ちょっと押してみよっと……」
「シャルさん、待って……！」
リンの制止の声も空しく、シャルは壁の突起を押し込んだ。
石が動く際、かすかに砂の落ちる音がする。
すると、ゴゴゴゴゴ……という低い震動音と共に、壁の一部が動き出す。
私たちは息を呑み、その様子を見守る。
壁が開くとそこに、小さな空間が現れた。その中に……。
「宝箱だー！ ほらね、ちゃんと見つけられたでしょ？」
シャルが得意げに笑う。確かにそこには、古びた木箱が置かれていた。
箱の表面には、複雑な金属細工が施されている。
「まさか本当に……」
リンの声には、驚きと警戒が混じっている。彼女の手が刀の柄に伸びる。
「開けていい？ 開けちゃうよ～？」
シャルは既に箱に手をかけていた。
私たちが何か言う前に、カチッという音と共に蓋が開く。
年月を経た蝶番が、かすかにきしむ音がする。
「うわぁ！ すっごい！」
箱の中には、きらびやかな装飾品が詰まっていた。
金の首飾りや、宝石をちりばめた指輪。そして、不思議な模様の彫られた小さな石板。
それらが松明の光を受けて煌めいている。
「最初っからこんなに見つかるなんて！ ラッキー！」
シャルは目を輝かせながら、装飾品を手に取る。
宝石のきらめきが、彼女の目に映り込んでいる。
「慎重に扱ってくださいね。これらは貴重な遺物かもしれません」
リンが注意深く言う。しかし、シャルの興奮は収まらない。
彼女の手が、宝物を次々と取り出していく。
「ねぇねぇ、これ見て！ この指輪、ミュウちゃんにぴったりじゃない？」
言われるまま、私はその小さな指輪を受け取る。青い宝石が、きらきらと輝いている。
指輪の表面には、細かな魔法の文字が刻まれているのが見える。
（確かにきれいだけど……）
一応、軽く指輪の魔力を見てみる。悪い気配は感じない。
私は少し躊躇しながらも、その指輪を中指につけてみた。金属の冷たさが、指に伝わる。
するとその瞬間、不思議な感覚が体を包み込む。まるで、体中を魔力が駆け巡るような感覚。
「あれ？ 指輪、なんか光ってる？」
シャルの声に、私は我に返る。
確かに、指輪をはめた指先からかすかな光が漏れている。その光は青い宝石を中心に広がっていく。
「これは……魔力を増幅する効果があるのかもしれません。ミュウさんの魔力が増えた、感じがします」
リンが驚いた様子で言う。
私も、体の中を魔力が心地よく巡るのを感じていた。体が軽くなったような感覚だ。
「すごいじゃん！ もしかしてミュウちゃん、うまく喋れるようになったりする？」
「……！？」
そ、それはたしかに！
もしMPが増えたのなら、もしかしたら会話してもそこまで減らない可能性がある……！？
私は意を決してシャルと向き合う。
……な、何を話せばいいんだろう。心臓の鼓動が、早くなるのを感じる。
「こ……こんにちは……！」
「はい！ こんにちはミュウちゃん！ 昨日のご飯はどうだった？」
「えっアッ、う……お、おいしかった……」
シャルは満面の笑みを浮かべている。……が、だめだ。
ギュンギュンMPが減っていく……200くらい減った気がする……。
体から力が抜けていくのを感じる。
私の顔色がリアルタイムで悪くなっていくのを見て、シャルも何かを察したようだ。
彼女の表情が、少しずつ苦笑に変わる。
「ダメっぽいね……」
「……」
そうみたいだ。どうも会話に使うMPは、全体のMPから割合で減っている感じがする……。
総量が増えたところで意味がないのだ。ため息が漏れる。
「でも、他にもお宝はまだあるかも！ もっと探してみよう！」
シャルの声に、私たちは少し困惑しながらも頷く。
確かに、この発見は大きな収穫だった。
しかし同時に、どの宝もこんなに簡単に手に入るわけはない、という予感がする。
私たちは期待と不安を胸に、さらに遺跡の奥へと進んでいった。
足音が石の床に響き、松明の光が揺らめく。
そうして遺跡の奥へと進むにつれ、通路は次第に狭くなっていった。
天井は低くなり、壁の石組みも粗くなる。
苔むした石壁からは、湿った冷気が漂ってくる。
足元には、所々に崩れた石がごろごろと転がっている。
それらの石には、かすかに光る鉱物の筋が走っているのが見えた。
「気をつけて。足元が悪くなってきました」
リンの警告に、私たちは頷く。彼女の声が、狭い通路に反響する。
シャルは相変わらず、壁や床を細かくチェックしている。
その目つきは、まるで獲物を狙う猟犬のようだ。
「ねぇねぇ、さっきの宝箱みたいなの、もっとないかなぁ！？」
興奮したシャルの声が、狭い通路に響く。
その声に、小さな石がカラカラと転がる音が重なる。
遠くからは、水の滴る音が聞こえてくる。
「シャルさん。さっきは良かったですが、むやみに触らないでください。危険ですよ」
「うーん、オッケー！」
（もう……）
リンが諭すように言うが、シャルの耳には届いていないようだ。彼女の目は、宝を求めて輝いている。
しばらく歩を進めると、突如として空間が開けた。
そこは大きな円形の部屋だった。
天井は高く、中央には巨大な石柱が立っている。
「おぉ……」
思わずシャルが声を漏らす。部屋の壁には彫刻が施されている。
それは、まるで物語を語るかのようにぐるりと一周していた。
彫刻の細部には、かすかに色彩の痕跡が残っている。
「これは……この遺跡の歴史を描いているのでしょうか」
リンが、壁面をじっくりと観察する。私も、その複雑な彫刻に見入ってしまう。
人が獣を狩る姿、そして流れ星を見つめるような姿が描かれている。
彫刻の質感は、触れずとも手に伝わってくるようだ。
「ねぇ、見てあれ！」
シャルの声に、私たちは振り返る。
彼女は、部屋の反対側を指さしていた。その声に、部屋の空気が震える。
そこには三つの通路が口を開けていた。
それぞれの入り口の上には、不思議な文様が刻まれている。
一つは鳥、一つは人、もう一つは……何かよくわからない動物。
それぞれの文様は、かすかに光を放っているように見える。
「どれが正解かなあ？ 古代語がわかれば予想もできそうだけど」
シャルの問いかけに、私たちは考え込む。
三つの通路は、それぞれ異なる方向へと伸びているようだ。
それぞれの通路からは、異なる空気が漂ってくる。
「慎重に選ばないと。何があるかわかりませんから」
リンの言葉に、私たちは頷く。
しかし、シャルの目は既に別のものに釘付けになっていた。
彼女の目が、何かを見つけて輝いている……！
「あっ！ あそこ見て！」
シャルが指さす先は、左側の「鳥」の通路。その奥に棚のようなものが見える。
その棚は、年月を経て風化しているが、かつての精巧な細工の跡が残っている。
そして、その上には……。
「宝箱だーッ！」
シャルの声が弾む。確かに、そこには小さな木箱が置かれている。
箱の表面には複雑な金属細工が施されており、かすかに光を放っている。
「待って、シャルさん！ そんな簡単に……」
リンの制止の声も空しく、シャルは既に駆け出していた。
彼女の足音が、部屋中に響き渡る。その足音に合わせて、小さな石が転がる音がする。
「やったー！ ほら見て、これ絶対宝箱だよ！」
シャルは得意げに箱を掲げる。
箱の中で、何かが転がる音がする。その瞬間、足元から不吉な音が響いた。
ゴゴゴゴゴ……。
「え？」
シャルの足元に亀裂が走る。その亀裂はみるみるうちに広がっていく。石の砕ける音が、耳を刺すように響く。
「シャルさん！ 危険です！」
リンの叫び声が響く。私は咄嗟に、シャルに向かって走り出す。
しかし、間に合わない。
バリバリバリ！ という音と共に、シャルの足元の床が崩れ落ちる。石の砕ける音が、部屋中に響き渡る。
「うわあああぁっ！」
シャルの悲鳴が響く。彼女の体が、闇の中へと落ちていく。
「シャルさん！」
リンが叫ぶ。彼女もシャルを追って駆け出す。
しかし、床の崩壊は止まらない。リンの足元も崩れ始める。
砕けた石が、深い闇の中へと落ちていく音が聞こえる。
「っ！ まずいっ……！」
リンは踏ん張るも、体勢を崩してしまう。
彼女の体も、闇の中へと消えていく。リンの悲鳴が、壁に反響する。
（ど、どうしよう……！）
私は一瞬、躊躇する。しかし、すぐに決意を固めた。心臓の鼓動が、耳元で響く。
私は走って、崩れゆく床に飛び込む。
闇の中へと落ちていく感覚。風を切る音が耳に響く。
周囲の空気が、急速に変化していくのを感じる。
そして――。
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