第70話 倉庫の激闘
倉庫内の緊張感が高まる中、ボスらしき男が一歩前に出た。
彼の目には残忍な光が宿っている。床板が軋む音が、静寂を破る。
「■■■■■■！」
彼の叫びと共に、盗賊たちが一斉に襲いかかってきた。
刃物や棍棒を振りかざす音が、倉庫内に響き渡る。
金属がぶつかり合う鋭い音と、木製の武器が空を切る鈍い音が入り混じる。
「でええぇいっ！」
シャルが剣を振るい、二人の盗賊を一気に吹き飛ばす。金属と肉が衝突する鈍い音が響く。
吹き飛ばされた盗賊たちが壁にぶつかる音が、倉庫中に反響する。
「シャルさん、気をつけてください！」
リンの警告の声。彼女も刀を抜き、目にも止まらぬ速さで盗賊たちを切り伏せていく。
刀身が空気を切る音が鋭く耳に届く。
切られた布地が裂ける音と、盗賊たちの悲鳴が混ざり合う。
リンが戦う姿を、私は初めて見た。
これがサムライの戦いなのだろうか、身の丈ほどの刀身を彼女は軽々と振り回す。
その動きには無駄がなく、背中にも目が付いているかのようだった。
彼女の動きに合わせて、着物の袖が風を切る音がする。
私は二人の背後から、絶えず回復魔法を発動する。
青白い光が彼女たちを包み込み、受けた傷をすぐさま癒していく。
魔法の光が放つ微かな温もりが、倉庫内の冷気を押し返す。
「！ 痛みと疲れが消える……これは一体！？」
「ありがと、ミュウちゃん！」
シャルの声に力強さが戻る。彼女の動きが更に俊敏になり、次々と敵を倒していく。
鎧がぶつかり合う音と、シャルの勇ましい掛け声が響く。
しかし、敵の数は圧倒的だ。倒しても倒しても、新たな敵が現れる。
汗と血の匂いが充満し、息苦しさを感じる。倉庫内の空気が、徐々に重くなっていく。
しかしそれでも、戦いは私たちが優勢だった。
理由は単純。
シャルとリンはいずれも傷を負ってもすぐに回復するからだ。
いかに数で圧倒していても、私のMPが続く限りは彼女たちは万全の状態で戦い続ける。
盗賊団の顔に焦りが見え始めた。彼らの息遣いが荒くなり、動きにも乱れが出てくる。
その時、ボスが不敵な笑みを浮かべながら近づいてきた。
彼の手には、巨大な斧が握られている。
斧の刃が、油ランプの光を不気味に反射する。
「■■■！ ■■■■■■■■」
ボスの声に、残りの盗賊たちが一斉に後退した。
彼は明らかに、自分の腕一本で私たちを倒せると思っているようだ。その足音が重々しく床を震わせる。
「ふーん、やる気満々って顔だね。そう簡単にやれるかな！」
「うおおおおおっ！」
雄叫びとともにボスが襲いかかってきた。巨大な斧が空気を切り裂く音が響く。
風圧が、そこそこ離れた位置にいる私の髪をも激しく揺らす。
「ううっ！？」
シャルが剣身で斧を受け止めるが、その衝撃で彼女の体が大きく後ろに弾き飛ばされる。
彼女の体が壁に叩きつけられる音が、痛々しく響く。
「シャルさん！」
「パ……パワーはすっごいね」
リンの声が響く。
彼女が素早くシャルの元へ駆け寄ろうとした瞬間、ボスの斧が再び振り下ろされる。
斧が空気を切り裂く音。
「危ない！」
リンは咄嗟にシャルと刃の間に体を挟み込んだ。
斧の刃が彼女の腕を掠め、血が飛び散る音が聞こえる。
鮮血の匂いが、一瞬倉庫内に広がる。
「リン！ 大丈夫！？」
（中回復魔法！）
シャルが叫ぶ。
リンが傷を押さえながらゆっくりと立ち上がるころ、その腕の傷はすでに消えていた。
回復魔法の青白い光が、一瞬倉庫内を照らす。
「大丈夫です、ミュウさんの回復がありますから。しかし、これは……」
「■■■■■■。｜■■■■■■■■■■■■■■■■■■■《先にそっちの子供を眠らせなきゃだめか》」
ボスが何か呟きながらこちらを鋭く睨む。私の体が硬直する。
そのとき、リンの声が途切れる。彼女の目つきが、突然変わった。
……その瞳に、今までにない凶暴な光が宿る。
空気の温度が、一瞬で下がったかのように感じる。
「もう、容赦をしている場合ではなさそうです」
リンの声が低く響く。その瞬間、倉庫内の空気が一変した。
凄まじい殺気が、リンの体から放たれる。その威圧感に、盗賊たちが思わず後ずさりする。
「り、リン……？」
シャルの声が震える。
私も、この異様な雰囲気に戸惑いを隠せない。背筋に冷たいものが走る。
リンはゆっくりと刀を構え直す。射抜くような瞳がボスに叩きつけられた。
刀身が静かに鞘から抜かれる音が、異様な緊張感を生み出す。
「参ります。覚悟――」
「■■■……」
彼女の声には感情が欠けている。まるで先ほどまでとは別人のようだ。
ボスが再び斧を振り上げる。
しかし、一瞬の閃き。
リンの姿が消える。
次の瞬間、ボスの胸に深い切り傷が現れた。それがゆっくりと開き、血が迸る。
彼は驚きの表情を浮かべたまま、その場に崩れ落ちる。
床に倒れる重い音と、血が滴る音が空々しく響いた。
「な、何、だと……」
ボスの声が震える。他の盗賊たちも、恐怖に満ちた表情でリンを見つめている。
彼らの息遣いが荒く、恐怖で体が震えているのが見て取れる。
リンは次の獲物を探すように、ゆっくりと周囲を見回す。
その目には、人間味のかけらもない。彼女の刀から、血が滴り落ちる音が聞こえた。
（これは、まずい……！）
私は咄嗟に判断した。
このままでは、リンが取り返しのつかないことをしてしまう気がする。
（精神回復魔法！）
私が杖を向けると、青白い光がリンを包み込む。
彼女の体が一瞬強張り、そして力が抜けていく。
「はっ……！？ わ、私、何を……」
リンの目に、再び理性の光が戻る。彼女は自分の手を見つめ、震えている。
刀を握る手に、力が入ったり抜けたりを繰り返す。
「リン！ 大丈夫！？」
「ご、ごめんなさい。私、つい……」
リンの声に混乱と後悔の色が混じる。
しかし、状況を嘆いている暇はない。
ボスは倒れたものの、まだ大勢の盗賊たちが私たちを取り囲んでいる。
彼らの息遣いと、武器を構える音が聞こえる。しかし、もうこちらに攻撃してくる様子はなかった。
「と、とにかく！ ここはもう脱出しないとね！」
シャルの声に、私とリンは頷く。
シャルが大剣と共に、出口へと向かって突進する。
剣が風を切る音、盗賊たちの悲鳴が混ざり合う。
出口まであと少し――その時、背後から思わぬ声が上がった。
その声は今まで聞いていた言葉とは違い、私たちにも理解できる言葉だった。
「待ってくれ！ 頼む、親方を助けてやってほしい！」
その声には魔力の波動が感じられる。彼も翻訳魔法を使っているのだ。
「えっ……？」
シャルが困惑した声を上げる。彼女の剣を構えた手が、わずかに震えている。金属が微かに音を立てる。
「実は……我々は本当は盗賊ではない」
「えええ！？ どっ、どういうこと！？ 命乞いにしてはだいぶ妙な角度から来てるけど！」
「嘘じゃない。証拠に……と言えるかはわからないが、ほら。室内に盗品の類は1つもないだろう？」
「……！？」
ほ、ほんとだ……！ 倉庫がからっぽ……というか、ええ？ ど、どういうことなんだろう……？
「じゃ、じゃあ『灰の手』っていうのは……？」
「私たちは、将軍が霧の谷討伐隊志望者の実力を測るために配置した兵士だ」
「なっ！？」
リンが驚愕を顔に貼り付ける。うん、まぁそうなるよね。
私もさすがに驚きを隠せない。口が開いてしまう。
「試験の参加者が出ると、我々が街のあちこちで噂を流すフリをするんです。情報収集能力を測るために」
その言葉を放ちつつ、男の1人が灰の手ぬぐいを顔からどける。
それは、酒場で盗賊団「灰の手」のうわさ話をしていた男だった。
「あー！ その顔見たことある！」
「すまない。これは将軍の命令でね。霧の谷討伐隊の候補者たちの実力を、実戦で試すためにしたことだったんだ」
男の声は震えている。
背後では、他の「盗賊」たちも武器を下ろし始めていた。
金属と木が床に触れる鈍い音が、あちこちで聞こえる。
「でも、こんなことになるとは……。親方が……親方が重傷を……」
彼の視線の先には、床に倒れ込んだボスの姿があった。
ボスの胸から血が流れ出し、床に小さな血だまりを作っている。
その匂いが鼻をつく。金属的な臭いが倉庫内に漂う。
「お願いだ、親方を助けてくれ。彼は将軍の側近で、この作戦の責任者なんだ」
男の懇願する声に、リンの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「わ、わ、わわ……私、将軍のお付きの方になんてことを……っ！？」
リンはすぐさま刀を傍らに置き、正座して頭を深々と下げる。いわゆる土下座だ。
刀が床に触れる音と、彼女の額が床に打ち付けられる音が響く。
「こ、この罪は私の命を持って償う所存です！」
「いや～、これはそんな命令出す将軍が悪いっしょ。
それに、そんなに気にしなくて平気だって。ね、ミュウちゃん？」
シャルの信頼のこもった声がこちらを向く。
私は口元だけ微笑んで、ボスへと歩み寄った。
そう酷い状態じゃない。冒険者ならこれくらい結構あるし。
足音が静かな倉庫内に響き、私は杖で床を軽く叩く。
（大回復魔法）
青白い光がボスの体を包み込む。あっという間に彼の胸の傷が塞がっていく。
血の流れが止まり、肌が再生していく様子が見て取れる。
やがて光が消えると、ボスがゆっくりと目を開いた。その呼吸が徐々に安定していく。
「う、ぐ……■■……」
彼は混乱した様子で周りを見回す。
そして、私たちの姿を認めると、急に身を起こそうとした。布地がこすれる音が聞こえる。
「全部聞いたよ、オヤカタ。演技はもういいって」
「すみません、すみません……！ そんなこととは露知らず！ ご無理はなさらないでください！」
リンも必死に何度も頭を下げていた。
ボスは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに諦めたように肩を落とした。
「そ、そうか……バレてしまったか。申し訳ない。
確かに、これは将軍の命による試験だったのだ」
彼の言葉に、倉庫内にいた全員がホッとしたような溜め息をついた。
緊張が解けていく空気が感じられる。肩の力が抜けていく音が、あちこちで聞こえる。
「しかし、まさかここまでの実力者たちだとは……特に、お嬢さん」
ボスの目が、リンに向けられる。
「あなたの剣術は、尋常ではない。特にあの一瞬の攻撃は……」
リンは褒められているにもかかわらず、どこかバツが悪そうに視線を逸らした。
彼女の手が、わずかに震えている。
「申し訳ありません。私、少し……興奮してしまって」
「いや、これはむしろ、私が自らの未熟を恥じるべきだ。
討伐隊の実力を測る任を受けておきながら、私が死にかけていては笑い話にもならん」
ボスの言葉に、リンは複雑な表情を浮かべた。彼女の息遣いが、少し乱れる。
「さて、不格好だがこうなってしまっては試験は終了だ。君たちは見事に合格。
将軍に報告し、正式に討伐隊への参加を認めてもらうとしよう」
そう言うと、ボスは立ち上がろうとした。
しかし、まだ体が完全には回復していないらしく、よろめいてしまう。床板が軋む音がする。
「あ、大丈夫？ 無理しないでよ」
「ありがとう。まだ少し、ふらつくようだ」
「ほ、本当に無理はなさらないでください。ゆっくり休んでから、将軍のもとへ行きましょう」
リンが冷静に提案する。彼女の声には、まだ少し動揺が残っている。
ボスは少し考え込んだ後、頷いた。
「そうだな。では、少し休ませてもらう。
すまないが、癒し手の君。皆にも怪我の手当てをしてやってくれないか？」
私は頷く。
杖を軽く掲げ全体回復魔法を発動させると、彼らの受けた傷も瞬く間に塞がった。
青白い光が倉庫内を満たし、傷が癒えていく音が微かに聞こえる。
「うお！？ も、もう痛くないぞ」
「驚いたな……侍もそうだが、癒し手の君も相当だぞ。ここまで一瞬で傷を癒やすなんて」
「ふふん。でしょー？」
私の隣で、なぜかシャルが誇らしげだった。彼女の声には晴れやかな響きがある。
一方のリンは、やはり浮かない表情を浮かべて皆の輪から離れていた。
彼女の足音が静かに遠ざかっていく。
……戦いの一瞬で見せた、彼女の恐ろしいほどの殺気。
あれは一体何だったのだろう。その時の彼女の目に宿った冷たい光が、まだ私の脳裏に焼き付いている。
（……聞かなきゃ）
成り行きで同行してもらっているが、そもそも私たちはリンのことを何も知らない。
私は杖を強く握り、彼女について知ろうと決意する。杖を握る手に、少し汗が滲む。
倉庫内に漂う埃っぽい空気と、魔法の残り香が混ざり合う。
私は戦いのときよりもよほど心臓が高鳴るのを聞きながら、リンの後を追った。
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