第69話 誘い込まれた者たち
図書館を後にした私たちは、リンに導かれて将軍の屋敷へと向かっていた。
どうやらその人物はアズールハーバーにいるそうだ。
街の喧騒が徐々に遠ざかり、静けさが増していく。
街の中心部に近づくにつれ、建物はより豪華になり、通りを行き交う人々の服装も洗練されていく。
石畳の道は滑らかで、歩くたびに靴音が心地よく響く。
「へぇー、こっちの方が都会っぽいね」
「そうですね。ここは上級武士や商人たちが住む地区なんです。将軍の屋敷もすぐそこですよ」
リンの声には、少し誇らしげな響きがある。
程なくして、私たちは大きな門の前に立っていた。
私たちの身長の数倍はあろうかという門には見たこともない紋章が刻まれており、その存在感に圧倒される。
門からは、古木の香りがほのかに漂ってくる。
「ここが将軍の屋敷です! 失礼のないよう気をつけてくださいね」
「だってさ! 気をつけとこう、ミュウちゃん」
(シャルもね……)
シャル、結構な権力者相手でも基本タメ語だからなぁ。
大丈夫かな……将軍が気難しい人じゃないといいけど……。
門をくぐると、広大な庭園が広がっていた。
手入れの行き届いた木々や花々、そして小さな川までもが絵画のように美しく配置されている。
草花の香りが鼻をくすぐり、小川のせせらぎが耳に心地よい。
「うわぁ……すっごい。なんか芸術品みたいだね」
「そうなんです。こういった庭を作り出すことを生業としている者もいるんですよ」
「じゃあ、もうホントに作品なんだね! キレイだな~」
私も同感だった。それにこんな広大な敷地を個人が所有しているなんて……。
将軍というのは、私たちで言うところの王様なんだろうか。
屋敷の玄関に到着すると、私たちは靴を脱いで上がるように言われた。やっぱり脱ぐらしい。
植物っぽい床――畳の上を歩く感触が新鮮だ。足の裏に畳の冷たさと柔らかさが伝わる。
広間に通されると、そこには威厳のある中年の男性が、床に直接置かれたクッションの上に座っていた。
彼の目は鋭く、私たちを見つめている。
部屋には香木の香りが漂い、静寂が支配している。
顔の彫りが深く、艶のある黒髪を見たことのない髪型に纏めていた。
身につけた衣服も、シンプルながらどこか高級そうな布地だ。
その質感が、光を柔らかく反射している。
「将軍様。お初にお目にかかります。我々は……」
「うむ……霧の谷を探す者か」
彼の声は低く、落ち着いている。しかし、その一言一言に重みがあるのを感じる。
声が部屋に響き渡り、私たちの体に振動として伝わってくる。
「うん! あたしたちも霧の谷捜索隊に参加させて!」
(さっそくタメ語ーッ!)
だ、だだだ大丈夫かなぁ!? 無礼だから怒られたりしない!?
それとも私たち海外の人だから許されるかな!?
将軍は眉をひそめた。その表情を見て、私の背中に冷や汗が伝う。
「なぜ霧の谷を探そうとするのだ?」
「ええと……実は、こっちのミュウちゃんの師匠を探してるんだ。マーリンって言う人で……」
「マーリン!?」
将軍の声が部屋中に響き渡る。彼の目が大きく見開かれ、私たちを凝視している。
「そうそう! 知ってるの?」
「……伝説の魔導王マーリンか。まさか、その名前をここで聞くとは思わなかった」
彼は立ち上がり、窓際へと歩み寄る。衣擦れの音が静かに響く。
外の景色を眺めながら、静かに語り始めた。
「霧の谷は、この国の長年の謎だ。多くの探検隊が向かったが、それを見つけた者はいない。辿り着いたとされるのは、遥か古代の『魔導王』マーリンのみ……」
将軍は私たちの方を振り返る。彼の目に、鋭い光が宿る。
「待て。マーリンの弟子と言ったか? どういうことだ?」
「あっ、あっ、その、ホンジツハオヒガラモヨク……」
急に話を振られたので敬語らしき何かを喋ってしまった。
将軍はますます眉をひそめる。部屋の空気が凍りつくのを感じる。
「ど……どういうことだ?」
「あ、違っ、あのその……ヘヘッ」
「なぜ笑う……?」
「う、うーん、話せば長くなるっぽいんだよね。とにかく、ミュウちゃんはマーリンを名乗る人と会ってて、魔法を教わったみたい」
将軍をめちゃくちゃ困惑させてしまった……。
シャルのフォローでとりあえず事なきを得たけど、やっぱり会話嫌い……。
「オホン。お前たちの目的は分かった。だが、霧の谷は危険だ。簡単に行かせるわけにはいかん」
「えー! でも、絶対に行きたいんだよ! キレイなとこらしいし!」
「そんな気概で行くやつ始めて見た……」
将軍はずっと困惑している。
それでも不敵な表情が維持されているのは将軍の威厳というやつだろうか。
彼は再び咳払いをして仕切り直す。
「そうか……では、お前たちの実力を見せてもらおう」
「実力……ですか?」
その言葉を聞いたリンが首を傾げる。彼女の髪飾りが、かすかに音を立てる。
「うむ。近頃ここアズールハーバーの周辺で盗賊団が暗躍している。奴らを討伐できれば、霧の谷捜索隊への参加を認めよう」
「やった! 任せて! いくらでもやってみせるよ!」
シャルの声が弾む。私は内心で溜息をつく。また危険な目に遭いそうだ……。
「これは単なる力試しではない。霧の谷に向かうなら、お前たちにはこの国の平和を守る義務がある」
「義務……ですか?」
「ああ。霧の谷には、この国の命運を左右する力が眠っているという。それが悪用されれば、大変なことになるだろう。
ゆえに私は、その力を正しく使える者の手に渡すため、捜索隊を組織しているのだ」
なるほど。つまり、ただの力自慢じゃないことを証明しろということだろうか。
シャルは真剣な表情になる。彼女の目に決意の光が宿る。
「分かった。あたしたち、絶対クリアしてみせるよ!」
私も小さく頷く。
マーリンを探すことと、この国の平和を守ること。多分、いくらか後者のほうがマシだろう。
「よろしい。では、お前たちの活躍を期待しているぞ」
私たちはリンの真似をして将軍に礼をして部屋を後にした。
廊下を歩きながら、リンが小声で話しかけてくる。足音が静かに響く。
「将軍様は普段あんなに饒舌ではないんです。きっと、あなたたちに何か特別なものを感じたのでしょう」
(困惑してたんじゃない……?)
「当然だよ! あたしたち、こう見えてもすっごく強いんだから!」
シャルの声が、少し大きく響く。
私はそっと頷きながら、これから始まる新たな冒険に向けて心の準備を始めていた。
「ところで、リンまで討伐に協力してくれるの? 流れでずっと一緒にいるけど、リンにも用事とかない?」
「あ……ああ。平気ですよ! しばらく予定はありませんから」
(……?)
リンの声に、かすかな動揺が混じる。でも、リンってアズールハーバーの守護のサムライって言ってなかったっけ。
まあ、今回の挑戦も街を守ることだしいいのかな。
私は少しの疑問を抱きつつ、2人の後ろを歩いた。
■
将軍の屋敷を後にした私たちは、街の喧騒へと戻っていった。
夕暮れ時の街は、昼間とは違う雰囲気に包まれている。
通りには、夜の営業を始める店々の灯りが一つずつ灯り始めていた。
チョウチンの柔らかな光が石畳に揺らめき、通りに独特の影絵を作り出している。
「さて、どこから情報を集めようか」
「まずは酒場に行ってみましょう。そういった場所には様々な情報が集まりますから」
「酒場! いいね――あっ、お酒は控えるからね!」
シャルは喜んだ直後に、何かを思い出してこちらを見た。そうだね。それが望ましいよ。
相変わらず酒場は苦手だけど仕方ない。任務のためだ。
小さく頷くと、私たちは酒場へと向かった。
足音が石畳に響き、徐々に酒場の喧騒が聞こえてくる。
酒場に入ると、濃厚な酒の匂いと煙草の煙が私たちを出迎えた。
喧騒の中、酔客たちの笑い声や怒鳴り声が飛び交っている。
グラスが触れ合う音、椅子が軋む音が混ざり合う。
「すいませーん、お酒ちょうだいー!」
テーブルに着くと、シャルが大きな声で酒を注文した。するんだ……。
シャルは受け取った酒をとりあえず一口飲みつつ、テーブルに体を預ける。
「ねえリン、この辺りの盗賊団ってどんなのがいるの?」
「ううん、そうですね……正直なところ、あまり聞いたことがないんです。ここ最近の、盗賊の噂は」
リンの声には少し困惑が混じる。
その話を聞いていると、隣のテーブルの会話が耳に入ってきた。
何を言っているかはわからないが……リンが口元を隠し、小声で通訳してくれる。
「おい、聞いたか。昨日の夜、また『灰の手』が暴れたらしいぜ……」
「マジかよ。あいつら、どこに隠れてるんだろうな……」
「さあな。でも、港の東にある廃倉庫あたりをうろついてるって噂だぜ……って言ってます」
私たちは顔を見合わせた。これは貴重な情報かもしれない。
テーブルの下で、シャルが興奮して膝を揺らしているのが伝わってくる。
しばらくして酒場を出ると、既に夜の帳が下りていた。
街灯の明かりが、石畳の道を柔らかく照らしている。
夜の空気が肌を冷やし、かすかに潮の香りが漂う。
「港の東の廃倉庫かぁ。行ってみようよ!」
「で……でも、夜の港は危険です。明日の朝にしませんか?」
興奮するシャルに対して、リンは冷静にそう提案した。彼女の声には心配が滲む。
しかし、シャルの冒険心は抑えられない。いつものことだ……。
「大丈夫だよ! 三人もいるんだし。それに、夜の方が盗賊は集まってるでしょ?」
(それはそうかもしれない……)
結局、私たちは夜の港へと向かうことになった。
潮の香りが強くなるにつれ、人通りは少なくなっていく。足音が静寂の中で際立つ。
やがて人通りが消え、ずいぶんと海に近くなってきたとき、朽ちかけた大きな倉庫が見えてきた。
「あれかな?」
シャルが小声で言う。私たちは慎重に倉庫に近づいた。
中からかすかに人の気配がする。木の軋む音や、低い話し声が聞こえる。
「よし、中に入ってみよう」
「待ってください。罠かもしれません……!」
リンはシャルを制止しようとしたが、彼女は既にドアに手をかけていた。
ゆっくりとドアを開けると、中は意外にも明るかった。
油ランプの灯りが、内部を照らしている。しかし、その瞬間――
「■■■■■! ■■■■■、■■■■■■!」
突如、大きな声が響き渡る。同時に、私たちの周りを十数人の男たちが取り囲んだ。
全員が口元に灰色の布を身につけている。彼らの体から、汗と埃の匂いが漂ってくる。
「『灰の手』!」
リンが叫ぶ。私たちは背中合わせで立ち、周囲を警戒する。
シャルは剣を抜き、リンも刀を構えた。金属の擦れる音が響く。
私は不安をごまかすように杖を握りしめた。手のひらに汗が滲む。
「■■、■■■■■■■■■。|■■■■■■■■■■■■■《こりゃあ面白くなりそうだな》」
そこから一人の大柄な男が前に出てきた。どうやら、彼がボスらしい。
彼の声は低く、威圧感がある。
「■■■■、|■■■■■■■■■■■■■■■■《俺たちの情報を探ってたみたいだな》。■■、|■■■■■■■■■■■■■■■《そっちがカモになったってわけだ》」
ボスの言葉に、他の盗賊たちが下卑た笑いを上げる。
何を言っているのかわからないが、なにか侮辱的なことを言っているのは確からしい。
「あちゃー……まさかホントに罠だったなんて」
シャルが悔しそうに呟く。彼女の声に、少し震えが混じっている。
私は必死に状況を把握しようとしていた。出口は塞がれ、敵の数は圧倒的に多い。
これは確かに、罠にはまってしまったようだ。私たちが来ることを彼らは知っていたのだろうか?
倉庫の湿った空気が、緊張感をさらに高める。
「■■■、■■■■■■■。■■■■■■■■■■? ■■■■……」
ボスが意味ありげな笑みを浮かべる。
その目つきに、私は背筋が凍るのを感じた。
私たちは思わぬ窮地に陥ってしまった。
果たして、この状況をどう切り抜ければいいのだろうか……?
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