第64話 出港前夜
強盗団を撃退してから数日が経ち、交易祭も佳境を迎えていた。
私たちの活躍はいつの間にか街中に広まり、行く先々で感謝の言葉をかけられる。
「ほら、ミュウちゃん。これ少し早いけど、報酬だって」
シャルが満面の笑みで、金貨の入った袋を見せてきた。かなりの重みがありそうだ。
「さあ、これで思う存分祭りを楽しめるね!」
シャルの声には期待が溢れている。
確かに、警備の仕事も一段落したし、少しくらいは祭りを楽しんでもいいかもしれない。
私が小さく頷くと、シャルは嬉しそうに私の手を取った。
「よーし、じゃあ行こう! まずはあっちの露店から見てみようよ!」
シャルに引っ張られるまま、私たちは祭りの中心部へと向かった。
通りには色とりどりの旗が翻り、至る所から音楽や人々の笑い声が聞こえてくる。
最初に立ち寄ったのは、キラキラと輝く宝石を並べた露店だった。
「わぁ、きれい……! ねえミュウちゃん、これ見て! この青い石、ミュウちゃんの目の色にそっくりだよ」
シャルがそう言って、サファイアのような青い宝石を手に取る。
そ……そう、かなあ!? そんなことないと思う! 私は首を横に振る。
「そう? 似合うと思うんだけどなぁ。でも高そうだし、もうちょっと見て回ろっか」
次は香辛料を売る露店。様々な色と香りの粉が、小さな袋に入れられて並んでいる。
「へぇ、これがあの有名なサフランかぁ~。金より高いってホントだったんだね!」
「ああ、そうなんだ。一キロのサフランを得るために、十万以上の花が必要でね……」
シャルは香辛料の値札を見てそう言った。
店主が軽く頷き、その希少性について説明してくれる。シャルは熱心に聞いていた。
その後も、私たちは様々な露店を巡った。
見たこともない形の果物、精巧な細工が施された木彫り、そして不思議な形をした魔法の道具たち。
シャルは興味津々で、あちこちの露店を覗き込んでは店主に質問をしていく。
私もつられて、珍しいものを見つけては首を傾げたりしていた。
「あ、ミュウちゃん! 小腹空いてない? あそこで何か食べよう!」
シャルが指さす先には、様々な国の料理を売る屋台が並んでいた。
香ばしい匂いと、ジュージューという音が食欲をそそる。
「うーん、どれにしようかな……あ、この葉っぱみたいなのにしよう! ミュウちゃんは?」
シャルが選んだのは、大きな葉っぱに包まれた蒸し物だった。
私は迷った末、見たことのない形の……角ばったパンを指さした。
「おお、いいチョイス! じゃあ、それぞれ半分こしようね」
私たちは近くのベンチに座り、買った食べ物を分け合った。
シャルの選んだ蒸し物は、中に甘辛いお肉が入っていて、葉っぱの香りと相まって独特の風味がある。
私が選んだパンは、外はカリカリで中はもちもち。ナッツのような香ばしさがあった。
「うん、美味しい! ねえミュウちゃん、こういうの久しぶりだね。楽しんでる?」
「……うん」
シャルの問いかけに、私は小さく頷いた。
確かに、見知らぬ街で珍しいものを見たり食べたり。戦争でドタバタしてたから、こういうのは心が休まる。
「よかった! ……ねえ、なんかさ。これってデートみたいじゃない?」
「……っ!」
その言葉に思わず息を呑み、咳き込む。パンが変なところに入った! デート? 私たちが!?
「あはは、顔真っ赤だよ、ミュウちゃん! 冗談だってば~」
シャルがそう言って笑い、背中を叩いてくれた。もう……!
食事を終え、私はシャルの手を握りながら再び祭りの喧噪に身を投じる。すると、大きな歓声が聞こえてきた。
「わっ、すごい人だかり! あれ、なんだろう?」
シャルが興味津々で人混みに近づいていく。私もその後を追った。
人々の間を縫って前に出ると、そこには大きな舞台が設置されていた。
舞台上では、華やかな衣装を身にまとった踊り子たちが、優雅な舞を披露している。
「おぉ……きれい!」
シャルが目を輝かせながら呟く。確かに、その舞は見とれてしまうほど美しい。
軽やかな足さばき、しなやかな手の動き、そして艶やかな衣装。
全てが一体となって、幻想的な世界を作り出しているようだ。
踊りが終わると、大きな拍手が沸き起こった。
司会者らしき人物が前に出てきて、声高らかに告げる。
「ご覧いただいたのは、東方大陸セレーネ王国の宮廷舞踊でした!
交易祭の目玉、世界芸能ショーはこれからも続きます!」
(東方……)
「へぇ、世界中の踊りが見られるんだ! ねえミュウちゃん、もうちょっと見ていかない?」
シャルの声には期待が溢れている。私も興味をそそられ、小さく頷いた。
私たちはそのまま、様々な国の芸能を楽しんだ。
勇ましい剣の舞、南国の情熱的な踊り、そして西方の華麗な歌唱。
どれも目を見張るような素晴らしいものばかりだった。
ショーの合間に、踊り子の一人が客席に降りてきた。シャルが思い切って話しかける。
「さっきの踊り、とても素敵だったよ! 東方大陸ってどんなところなの?」
踊り子の人は嬉しそうに微笑み、優雅な物腰で答えた。
「ありがとうございます。東方大陸は神秘の地と呼ばれています。
広大な大地に古代の遺跡が点在し、不思議な魔法や伝説が今も息づいているんですよ」
「へぇ! すごく行ってみたくなっちゃった! ねえミュウちゃん、絶対行こうね!」
私も興味をそそられた。マーリンの手がかりが、そこにあるかもしれない。
そうでなくても、その地を見に行く価値はありそうだ。
踊り子は続けて、東方大陸への行き方を教えてくれる。
「近くの港から東に向かう船に乗れば、約2週間で東方大陸に到着します。
ただ、航路の途中には危険な海域もありますから、信頼できる船を選ぶことが大切ですよ」
「ふむふむ……信頼できる船、かあ。あたし、あんまり大きな船とか乗ったことないなぁ」
私はシャルの呟きに同意して頷く。アランシアの飛行船に乗ったのが人生初めての船だ。
「そうそう、港の『海鳴り亭』という酒場で、船乗りたちから情報を集めるのもいいでしょう。きっと良い船が見つかるはずです」
踊り子はそう言うと、妖艶にウインクして次の演目のために舞台へと戻っていった。
「よーし、決まりだね! この祭りが終わったら、さっそく東方大陸を目指そう!」
シャルの声には、冒険への期待が溢れている。私も小さく頷いた。
再び始まった舞台を見上げながら、私は考えを巡らせていた。東方大陸、そこにマーリンの手がかりはあるのだろうか。
■
夕暮れ時、祭りの熱気もやや落ち着いてきた頃。私たちはサンクロスを少し離れて海沿いの港へと向かった。
潮の香りが漂い、遠くでカモメ? ……の鳴き声が聞こえる。
「海鳴り亭か……あった! あそこだよ、ミュウちゃん!」
シャルが指さす先には、古びた木造の建物が見える。
扉の上には、波に揺られる船を模した看板が掛けられていた。
看板が風に揺れ、軋む音を立てている。
中に入ると、独特の雰囲気が私たちを包み込む。
煙草の匂いと酒の香りが混ざり合い、粗野な笑い声が響く。
木の床が足音を吸収し、ほのかに湿った匂いがする。サンクロスの酒場より、いくらか治安が悪そうだった。
客はほとんどが日に焼けた男性たちで、私たちが入ってきた途端、一瞬静まり返った。
ドアが開いた音だけが妙に大きく聞こえる。
「あん? お嬢ちゃんたち、道に迷ったのかい?」
カウンターの男性が、怪訝そうな顔で声をかけてきた。
彼の声には、海風で荒れた独特のかすれた響きがある。
「いやいや、ちゃんと用があってきたんだよ! 東方大陸行きの船の情報が欲しくてね」
シャルが物怖じせずに答える。その声に、店内の視線が一斉に集まった。
「へっ、お嬢ちゃんたち、東方大陸に行きてぇのか? あそこは危険な海域だぞ。女の子には無理だな」
奥のテーブルから、からかうような声が飛ぶ。
海を渡る者特有の荒々しさというやつだろうか……。シャルは少し眉をひそめた。
「ふふん、それはどうかな? あたし達はこれでも結構有名な冒険者なんだからね!」
その言葉に、店内からどっと笑い声が上がる。グラスを叩く音や、椅子を引く音が混ざり合う。
しかし、その中に一つ、興味深そうな声が混じった。
「ほう、冒険者か。それなら話が早いな」
それは風格のある中年の男性が放った声だった。
日に焼けた肌に深いしわ、そして鋭い眼光。ベテランの船乗りであると感じさせる風貌だ。
「俺はガラン。東方航路の船長をしている。お嬢ちゃんたち、本気で東方に行く気かい?」
「うん! 東方に用があるんだ」
ガランは私たちをじっと見つめ、しばらく考え込んでいたが、やがて笑みを浮かべた。
彼の顔にある深いしわが、さらに深くなる。
「よし、わかった。丁度いい話がある。一週間後に出航予定の商船があって、護衛を探しているんだ。
お嬢ちゃんたちが本当に冒険者なら、腕前を見せてもらおうじゃないか」
「ほんと!? やった! ねえミュウちゃん、いいよね?」
私は小さく頷いた。ガランは満足そうに続ける。彼の声には、期待と興味が混ざっている。
「よし、決まりだ。詳しい話は明日、港の事務所で――」
その時だった。シャルが突然とともに手を上げる。
「よーし! これは乾杯しないとね! ねえ店主さん、お酒ちょうだい!」
「おいおい……」
ガランが制止しようとするも遅く、シャルは既にジョッキを手にしていた。泡立つビールの香りが、鼻をくすぐる。
「乾杯!」
ガランの持つ酒とジョッキを合わせて、一気に飲み干すシャル。
その姿に、店内から歓声が上がる。グラスがぶつかる音と、喉を鳴らす音が響く。
「おっ、お嬢ちゃんやるじゃないか!」
「こりゃあ凄腕冒険者ってのも嘘じゃねぇかもな! がはは!」
周囲からの声に気をよくしたのか、シャルは次々とジョッキを重ねていく。
アルコールの香りが、彼女の周りに漂い始める。
(ちょ、ちょっと……シャル……)
制止しようにも、もう手遅れだった。
あっという間にシャルの顔は赤く染まり、目がトロンとしてくる。
頬から首筋にかけて、紅潮が広がっていく。
「んふふ~、ミュウちゃ~ん。なんかフワフワするよ~」
シャルが私にしがみつく。その重みでよろめいてしまう。彼女の体温が服を通して伝わってくる。
「おおっと……やれやれだな」
ガランが心配そうに近づいてきた。彼の足音が、重々しく響く。
「俺は船の話をしておきたかったんだが……本人がこのざまじゃな。
お嬢ちゃん、悪いがこれから話すこと、お姉さんにも伝えておいてくれ」
なんか姉妹かなにかと勘違いされてる気がするけど……。
私は小さく頷き、シャルを支えながらカウンター席に座らせた。椅子がきしむ音がする。
「ミュウちゃ~ん、なんかね、部屋が回ってるよ~。くるくる~」
シャルが楽しそうに言う。その様子に、思わず苦笑してしまう。
彼女の呼吸は荒く、アルコールの匂いが強くなっていた。
ガランは前の席に座り、東方大陸行きの船について詳しく説明してくれた。
航路の危険性や、必要な準備、様々な情報。
私は真剣に聞き入りながら、時折シャルの体を支えたりジョッキを遠ざけたりしていた。シャルの体が、時折大きく揺れる。
「……というわけだ。護衛の仕事は簡単じゃないぞ。海賊や海の魔物に遭遇する可能性もある。それでも行く気があるか?」
ガランの問いに、私は迷わず頷いた。どんな危険があろうとも、これが私たちの選んだ道だ。
「ふむ。お嬢ちゃんは口数こそ少ないようだが、目は確かだ。お前たちなら、きっとやれるだろう」
ガランが満足そうに頷く。その時、シャルが突然立ち上がった。椅子が大きな音を立てる。
「あたしたち、絶対に……東方大陸に……行くんだからぁ! ねえ、ミュウちゃん!」
そう叫ぶと、シャルはそのまま私に倒れかかってきた。
慌てて受け止めるも、そのままバランスを崩し、二人して床に倒れこんでしまう。
床に体が打ち付けられる鈍い音がする。
「あいたぁ……」
「……っ!」
顔が近い。シャルの吐息が頬にかかり、どきりとする。
アルコールの匂いと、シャルの体温が直に伝わってくる。
周囲から笑い声が起こる中、慌てて体を起こす。
「はっはっは! 面白い二人だ。きっと良い航海になるぞ」
ガランが豪快に笑う。その笑い声に、店内の雰囲気が和らいだ。笑い声が酒場中に響き渡る。
結局、その日は酔いつぶれたシャルに肩を貸して宿に戻ることになった。
重いし、道中ずっとわけのわからないことを呟いているし、本当に大変だった……。
後衛職にこんなことをさせちゃだめだよ。
■
「う゛へ~……あったま痛ぁ……ここら辺の酒、ちょっと質悪いよ……」
翌日、二日酔いで苦しむシャルをなだめながら、私たちは再び港の事務所へと向かった。
シャルの顔色は悪く、目の下にクマができている。ちなみに私も筋肉痛だ。
そこで正式に、東方大陸行きの商船の護衛として契約を交わす。
紙の擦れる音と、ペンで書く音が静かに響く。
「よし、これで決まりだ。1週間後の出航を楽しみにしているぞ」
「あい……よろしくぅ……」
シャルはふらつきながらもガランと固い握手を交わした。
……締まらないが、これで私たちの次の冒険は正式に決まったのだ。
事務所を出ると、シャルが申し訳なさそうに私を見た。
「うう……ごめんねミュウちゃん……一週間前は我慢できてたのに……」
「…………」
「ぐうっ、そんな目で見ないで……!」
よよよ、とわざとらしく泣くシャル。
でも酒癖は……ほんと、どうにかしたほうがいいと思うんだ……。
私は大人になってもお酒はやめておこうと強く思った。
「……よし! これからの一週間、しっかり酒を抜いて準備しようね。東方大陸、楽しみだな~!」
シャルが自分の顔を叩いて気合を入れる。
その声には酔いの疲労が滲みつつも、期待と冒険心が溢れていた。
私は苦笑しながら、彼女の後ろを歩く。二人の足音が、石畳の上でリズミカルに響いていた。
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