表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/150

第6話 ふたりの協力

 (せま)(へび)の口。(はげ)しい衝撃(しょうげき)


 ……だが(いた)みはない。

 それと同時に、シャルの声が耳に()()んできた。


「ミュウちゃん!」


 おそるおそる目を開けると、シャルの顔がすぐ近くにあった。

 彼女(かのじょ)の赤い(かみ)が風に()れ、(わたし)(ほお)をくすぐる。

 どうやら(わたし)()きかかえてくれているようだ。


 その状態で、勢いよく飛んだり()ねたりして、大蛇(だいじゃ)攻撃(こうげき)から(のが)れていた。


 シャルの動きに合わせて、周囲の景色(けしき)が目まぐるしく変わる。


 彼女(かのじょ)(うで)の中で、(わたし)は自分の心臓(しんぞう)(はげ)しく鼓動(こどう)しているのを感じる。耳元では風切り音が()(ひび)いている。


大丈夫(だいじょうぶ)? 怪我(けが)はないね? 毒とかも浴びてない?」


 シャルの声には(あせ)りが混じっている。息遣(いきづか)いも(あら)い。


 (わたし)は何度か小さく(うなず)いた。彼女(かのじょ)の体温が伝わってくる中、(つえ)(かか)えたまま(ちぢ)こまることしかできない。


「よかった……でもまだ油断しないで!」


 彼女(かのじょ)の言葉通り、大蛇(だいじゃ)(すで)に次の攻撃(こうげき)の構えを取っていた。


 その巨体(きょたい)が、再び(わたし)たちに向かって突進(とっしん)してくる。地面を()う音が不気味に(ひび)く。


「くっ!」


 シャルは(わたし)(かか)えたまま、何とか大蛇(だいじゃ)攻撃(こうげき)をかわす。しかし、その動きは以前より(にぶ)くなっている。


 疲労(ひろう)蓄積(ちくせき)しているのだろう。彼女(かのじょ)呼吸(こきゅう)(みだ)れ、(あせ)(にお)いが鼻をつく。


疲労(ひろう)回復魔法(まほう)!)


 (わたし)がその魔法(まほう)を発動させると、青白い光がシャルを(つつ)()む。

 シャルの額の(あせ)が消え、苦しげな顔色も回復し、(おどろ)いた表情を見せた。


「え!? 何コレ、(つか)れが全部消えた!? すごっ!」


 シャルの動きが精彩(せいさい)()(もど)す。

 木から木へ()ねるように大蛇(だいじゃ)翻弄(ほんろう)し、距離(きょり)(はな)していく。

 木の葉が()れ、その音が周囲に(ひび)く。


「けど、このままじゃマッズイねー。

 明らかに段違(だんちが)いの強さだよ、あいつ。A級冒険者(ぼうけんしゃ)のパーティが必要と見たね」


 シャルは(わたし)を安全な場所に下ろすと、再び(けん)を構えた。(けん)(にぎ)る手に力が入り、筋肉(きんにく)()()ている。


「……!?」

撤退(てったい)しようにも、まずどうにか興味を外さないとね。

 あたしが引きつけるから、ミュウちゃんは安全な場所で待機してて!」


 そう言うと、シャルは大蛇(だいじゃ)に向かって突進(とっしん)していった。彼女(かのじょ)の足音が、地面を()みしめる。


「はあぁっ!」


 彼女(かのじょ)(けん)大蛇(だいじゃ)(うろこ)(とら)える。

 金属音と共に、(うろこ)の一部が(くだ)け散る。破片(はへん)が飛び散り、地面に落ちる音が聞こえる。


(やった……!?)


 しかし、その喜びもつかの間。(うろこ)()がれた部分が、みるみるうちに再生していく。

 あっという間に、()げた装甲(そうこう)が元に(もど)る。再生する際、かすかに光る様子が見えた。


「なにこれ! マジ!? 再生能力持ちか!」


 シャルの(おどろ)きと苛立(いらだ)ちの声が(ひび)く。その声と戦闘(せんとう)(さわ)ぎに、周囲の小動物たちが()()す音がする。


 (わたし)は少し(はな)れた場所から、必死に状況(じょうきょう)を観察する。

 大蛇(だいじゃ)の動き、攻撃(こうげき)のパターン、そして……赤い模様(もよう)


 大蛇(だいじゃ)の頭部にある赤い模様(もよう)。それは何らかの紋様(もんよう)のようにも見えた。

 攻撃(こうげき)を受けるたびに、その光が一瞬(いっしゅん)()らめくような気がする。

 模様(もよう)から、かすかに熱を帯びた空気が立ち(のぼ)っているのが見える。


 何より、シャルの攻撃(こうげき)でダメージを受けたとき。


 模様(もよう)は明らかに(はげ)しい光を放ち、その直後に再生が始まるのだ。その瞬間(しゅんかん)、その周りの空気が(ゆが)む。


(もしかして、あれがこの(へび)の力の(みなもと)?)


 (わたし)はシャルにそれを伝えようとした。

 しかし、その瞬間(しゅんかん)大蛇(だいじゃ)尻尾(しっぽ)が地面を強く(たた)き、衝撃波(しょうげきは)が走る。


 地面が大きく()れ、周囲の木々が(きし)む音がする。

 土煙(つちけむり)が地面を(はじ)()ばし、視界(しかい)(ふさ)がれてしまった。


 シャルが見えない……! 目を()らすが、煙幕(えんまく)の向こうは完全に視界(しかい)が通らなかった。


「……シャルっ!」


 思わず大きな声が出る。しかし、シャルには(とど)かない。

 (わたし)が大きな声を出したところで、この大音量の中では(とど)かない様子だった。


 しばらくして(けむり)が晴れると、シャルの姿(すがた)が見えた。


 彼女(かのじょ)大蛇(だいじゃ)()()められ、窮地(きゅうち)(おちい)っている。

 (けん)を構えるその(うで)が、わずかに(ふる)えているのが見えた。

 彼女(かのじょ)の表情には、明らかな疲労(ひろう)の色が()かんでいる。


 (わたし)は決意した。こうなれば、自分が(おとり)になるしかない。


 深呼吸(しんこきゅう)をして、(わたし)大蛇(だいじゃ)に向かって石を投げる。

石が大蛇(だいじゃ)(うろこ)に当たり、カンという(かわ)いた音がする。


 大蛇(だいじゃ)はゆっくりと(わたし)の方を向いた。

 その目には、一度()がした獲物(えもの)を再び()らえようという喜びが()かんでいる。

 瞳孔(どうこう)が開き、(わたし)捕食(ほしょく)しようとする意思が見て取れる。


「ミュ……ミュウちゃん!? 駄目(だめ)だって、(あぶ)ないよ!」


 シャルの悲鳴のような声が聞こえる。


(今だ……!)


 (わたし)(つえ)(にぎ)りしめ、精神を集中させる。(つえ)が温かみを帯び、魔力(まりょく)が全身を()(めぐ)るのを感じる。


 勇気を()(しぼ)っても何をしても、(わたし)にできることはヒールしかない。

 ヒールをかける相手は――この(へび)だ。


(精神回復魔法(まほう)


 即座(そくざ)に、青白い光が大蛇(だいじゃ)(つつ)()む。大蛇(だいじゃ)の動きが(にぶ)くなった。


 獲物(えもの)を見失い、興味をなくしたように頭を下げる。

 その目つきが、明らかに変化していく。


 馬を落ち着かせたものと理屈(りくつ)は同じだ。大蛇(だいじゃ)の心を(しず)め、戦闘(せんとう)状態を強制的に解除(かいじょ)する。

 うまくいった……あとは!


「……シャル! 頭の赤い模様(もよう)! あれが弱点っ!」


 (のど)(いた)くなるほど大きな声で(さけ)ぶ。

 シャルは一瞬(いっしゅん)(おどろ)いた顔をしたが、すぐに状況(じょうきょう)を理解したようだ。彼女(かのじょ)の目に、希望の光が宿る。


「わかった! ナイスアシスト、ミュウちゃん!」


 シャルは素早(すばや)大蛇(だいじゃ)の頭部に飛びかかる。

 (けん)が赤い模様(もよう)(とら)えた。(やいば)()()さり、大蛇(だいじゃ)(はげ)しく(いた)がる。体を起こし、頭を(はげ)しく()る。


 それに(したが)って、シャルもまた(はげ)しく()さぶられた。大蛇(だいじゃ)の悲鳴が森中に(ひび)(わた)る。


「うわーっ! すっごい反応! ほんとにココ弱いみたいだね! でもちょっと(はげ)しすぎー!」


 シャルも叫んでいるように、大蛇(だいじゃ)の反応が(はげ)しすぎる。

 シャルは何度も木や枝に衝突(しょうとつ)し、そのたびに(きず)を負っていく。

 木の枝が折れる音、シャルの(いた)みの声が聞こえる。


 それに何より、(けん)()さりはまだ浅い。頭の傷口(きずぐち)も、再生が始まっているように見える。


(このままじゃまた……!)


 (わたし)は再び(つえ)を構える。魔力(まりょく)を集中させ、(つえ)が再び温かくなる。


「……もう一度、チャンスを作る……!」


 シャルは(うなず)いた。距離(きょり)は遠いが、その目に宿る(わたし)への信頼(しんらい)ははっきり見えた。


痛覚(つうかく)遮断(しゃだん)、精神回復魔法(まほう)!」


 今度は2つの光が(へび)(つつ)()んだ。(へび)は再び頭をゆっくりと地面に下げる。


 その頭に(けん)()()さっているというのに、そのことに気付いていないようだ。

 大蛇(だいじゃ)の目が(うつ)ろになり、周囲への警戒心(けいかいしん)を完全に失っている。


「すご……! これなら、もう一撃(いちげき)行ける!」


 シャルはニヤリと笑うと、大蛇(だいじゃ)の頭を跳躍(ちょうやく)した。

 その動きは、先ほどとは比べものにならないほど俊敏(しゅんびん)だ。風を切る音が(するど)(ひび)く。


「はあああッ!」


 空中から、シャルが()()さった大剣(たいけん)(つか)に向かってキックを放つ。

 大蛇(だいじゃ)の頭に、さらに深々と(やいば)()()さる。衝撃(しょうげき)音と共に、大蛇(だいじゃ)の頭部が大きく(ゆが)む。


「ギャアアアアアアアア――!!」


 大蛇(だいじゃ)(はげ)しい悲鳴を上げ、その巨体(きょたい)をくねらせる。

 しかし、今度は再生が間に合わない。回復の要を完全に破壊(はかい)されたのだ。

 大蛇(だいじゃ)の体から、生命力が急速に失われていくのが感じられる。


 そして――ひとしきり(もだ)えたあと、大蛇(だいじゃ)は地面に(くず)()ちた。


 大きな音を立てて(たお)れる大蛇(だいじゃ)。地面が()れ、周囲の木々が(ふる)える。


 森に静寂(せいじゃく)(もど)る。鳥のさえずりが、おそるおそる聞こえ始める。


 シャルは大きく息を()くと、(わたし)の方へよろよろと歩いてきた。

 彼女(かのじょ)の足取りは重く、疲労(ひろう)の色が見える。


「やった……! ねぇ、大金星だよこれ! こんなの、普通(ふつう)2人だけじゃ無理無理!」


 (つか)()った顔で、それでも彼女(かのじょ)笑顔(えがお)を見せる。その笑顔(えがお)に、安堵感(あんどかん)()()げてくる。


 (わたし)は小さく(うなず)いた。(むね)の中に、これまで感じたことのない感情が()()げてくる。達成感、そして喜び。


(な、なんとかなった……。シャルも無事みたいだし、よかったー……)

「ミュウちゃん!」

「……っ!」


 シャルが()()ってきて、(わたし)の体を(いだ)きしめる。(いた)いほど勢いよく、強く。

 その圧迫感(あっぱくかん)に苦しさと、(かす)かな安堵(あんど)を覚えた。

 シャルの体温と、(あせ)(にお)いが伝わってくる。それが心地よく感じる……。


「ミュウちゃん、ありがとう~! ミュウちゃんがいなきゃ、絶対勝てなかったよ!」


 その言葉に、(わたし)は思わず目を(うる)ませる。(のど)()まる感覚。


「……うん」


 (わたし)はそれに対して、小さな返事しか返せない。でも、それだけで十分だった。


 ……というか、限界だった。目の前が暗くなり、意識が遠のく……。体から力が()けていくのを感じる。


「え!? ミュ、ミュウちゃん!? 大丈夫(だいじょうぶ)!? ミュウちゃーん!?」


 ……そう。MPを、使いすぎた。

 もちろん回復魔法(まほう)にMPを使いすぎたんじゃなくて、シャルと話したり、大声出したり……コミュ(しょう)として慣れないことをやりすぎたのだ……。


 意識が(うす)れて、シャルの声が遠くなっていく。


「ミュウちゃーんっ!? 死なないで! いま村まで運ぶからー!?」


 シャルの声が、どこか遠くから聞こえてくる。そして、完全に意識が途切(とぎ)れた。

面白い、続きが気になると思ったら、ぜひブックマーク登録、評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ