第6話 ふたりの協力
迫る蛇の口。激しい衝撃。
……だが痛みはない。
それと同時に、シャルの声が耳に飛び込んできた。
「ミュウちゃん!」
おそるおそる目を開けると、シャルの顔がすぐ近くにあった。
彼女の赤い髪が風に揺れ、私の頬をくすぐる。
どうやら私を抱きかかえてくれているようだ。
その状態で、勢いよく飛んだり跳ねたりして、大蛇の攻撃から逃れていた。
シャルの動きに合わせて、周囲の景色が目まぐるしく変わる。
彼女の腕の中で、私は自分の心臓が激しく鼓動しているのを感じる。耳元では風切り音が鳴り響いている。
「大丈夫? 怪我はないね? 毒とかも浴びてない?」
シャルの声には焦りが混じっている。息遣いも荒い。
私は何度か小さく頷いた。彼女の体温が伝わってくる中、杖を抱えたまま縮こまることしかできない。
「よかった……でもまだ油断しないで!」
彼女の言葉通り、大蛇は既に次の攻撃の構えを取っていた。
その巨体が、再び私たちに向かって突進してくる。地面を這う音が不気味に響く。
「くっ!」
シャルは私を抱えたまま、何とか大蛇の攻撃をかわす。しかし、その動きは以前より鈍くなっている。
疲労が蓄積しているのだろう。彼女の呼吸が乱れ、汗の匂いが鼻をつく。
(疲労回復魔法!)
私がその魔法を発動させると、青白い光がシャルを包み込む。
シャルの額の汗が消え、苦しげな顔色も回復し、驚いた表情を見せた。
「え!? 何コレ、疲れが全部消えた!? すごっ!」
シャルの動きが精彩を取り戻す。
木から木へ跳ねるように大蛇を翻弄し、距離を離していく。
木の葉が揺れ、その音が周囲に響く。
「けど、このままじゃマッズイねー。
明らかに段違いの強さだよ、あいつ。A級冒険者のパーティが必要と見たね」
シャルは私を安全な場所に下ろすと、再び剣を構えた。剣を握る手に力が入り、筋肉が浮き出ている。
「……!?」
「撤退しようにも、まずどうにか興味を外さないとね。
あたしが引きつけるから、ミュウちゃんは安全な場所で待機してて!」
そう言うと、シャルは大蛇に向かって突進していった。彼女の足音が、地面を踏みしめる。
「はあぁっ!」
彼女の剣が大蛇の鱗を捉える。
金属音と共に、鱗の一部が砕け散る。破片が飛び散り、地面に落ちる音が聞こえる。
(やった……!?)
しかし、その喜びもつかの間。鱗の剥がれた部分が、みるみるうちに再生していく。
あっという間に、剥げた装甲が元に戻る。再生する際、かすかに光る様子が見えた。
「なにこれ! マジ!? 再生能力持ちか!」
シャルの驚きと苛立ちの声が響く。その声と戦闘の騒ぎに、周囲の小動物たちが逃げ出す音がする。
私は少し離れた場所から、必死に状況を観察する。
大蛇の動き、攻撃のパターン、そして……赤い模様。
大蛇の頭部にある赤い模様。それは何らかの紋様のようにも見えた。
攻撃を受けるたびに、その光が一瞬揺らめくような気がする。
模様から、かすかに熱を帯びた空気が立ち昇っているのが見える。
何より、シャルの攻撃でダメージを受けたとき。
模様は明らかに激しい光を放ち、その直後に再生が始まるのだ。その瞬間、その周りの空気が歪む。
(もしかして、あれがこの蛇の力の源?)
私はシャルにそれを伝えようとした。
しかし、その瞬間、大蛇の尻尾が地面を強く叩き、衝撃波が走る。
地面が大きく揺れ、周囲の木々が軋む音がする。
土煙が地面を弾き飛ばし、視界が塞がれてしまった。
シャルが見えない……! 目を凝らすが、煙幕の向こうは完全に視界が通らなかった。
「……シャルっ!」
思わず大きな声が出る。しかし、シャルには届かない。
私が大きな声を出したところで、この大音量の中では届かない様子だった。
しばらくして煙が晴れると、シャルの姿が見えた。
彼女は大蛇に追い詰められ、窮地に陥っている。
剣を構えるその腕が、わずかに震えているのが見えた。
彼女の表情には、明らかな疲労の色が浮かんでいる。
私は決意した。こうなれば、自分が囮になるしかない。
深呼吸をして、私は大蛇に向かって石を投げる。
石が大蛇の鱗に当たり、カンという乾いた音がする。
大蛇はゆっくりと私の方を向いた。
その目には、一度逃がした獲物を再び捕らえようという喜びが浮かんでいる。
瞳孔が開き、私を捕食しようとする意思が見て取れる。
「ミュ……ミュウちゃん!? 駄目だって、危ないよ!」
シャルの悲鳴のような声が聞こえる。
(今だ……!)
私は杖を握りしめ、精神を集中させる。杖が温かみを帯び、魔力が全身を駆け巡るのを感じる。
勇気を振り絞っても何をしても、私にできることはヒールしかない。
ヒールをかける相手は――この蛇だ。
(精神回復魔法)
即座に、青白い光が大蛇を包み込む。大蛇の動きが鈍くなった。
獲物を見失い、興味をなくしたように頭を下げる。
その目つきが、明らかに変化していく。
馬を落ち着かせたものと理屈は同じだ。大蛇の心を鎮め、戦闘状態を強制的に解除する。
うまくいった……あとは!
「……シャル! 頭の赤い模様! あれが弱点っ!」
喉が痛くなるほど大きな声で叫ぶ。
シャルは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに状況を理解したようだ。彼女の目に、希望の光が宿る。
「わかった! ナイスアシスト、ミュウちゃん!」
シャルは素早く大蛇の頭部に飛びかかる。
剣が赤い模様を捉えた。刃が突き刺さり、大蛇は激しく痛がる。体を起こし、頭を激しく振る。
それに従って、シャルもまた激しく揺さぶられた。大蛇の悲鳴が森中に響き渡る。
「うわーっ! すっごい反応! ほんとにココ弱いみたいだね! でもちょっと激しすぎー!」
シャルも叫んでいるように、大蛇の反応が激しすぎる。
シャルは何度も木や枝に衝突し、そのたびに傷を負っていく。
木の枝が折れる音、シャルの痛みの声が聞こえる。
それに何より、剣の刺さりはまだ浅い。頭の傷口も、再生が始まっているように見える。
(このままじゃまた……!)
私は再び杖を構える。魔力を集中させ、杖が再び温かくなる。
「……もう一度、チャンスを作る……!」
シャルは頷いた。距離は遠いが、その目に宿る私への信頼ははっきり見えた。
「痛覚遮断、精神回復魔法!」
今度は2つの光が蛇を包み込んだ。蛇は再び頭をゆっくりと地面に下げる。
その頭に剣が突き刺さっているというのに、そのことに気付いていないようだ。
大蛇の目が虚ろになり、周囲への警戒心を完全に失っている。
「すご……! これなら、もう一撃行ける!」
シャルはニヤリと笑うと、大蛇の頭を跳躍した。
その動きは、先ほどとは比べものにならないほど俊敏だ。風を切る音が鋭く響く。
「はあああッ!」
空中から、シャルが突き刺さった大剣の柄に向かってキックを放つ。
大蛇の頭に、さらに深々と刃が突き刺さる。衝撃音と共に、大蛇の頭部が大きく歪む。
「ギャアアアアアアアア――!!」
大蛇は激しい悲鳴を上げ、その巨体をくねらせる。
しかし、今度は再生が間に合わない。回復の要を完全に破壊されたのだ。
大蛇の体から、生命力が急速に失われていくのが感じられる。
そして――ひとしきり悶えたあと、大蛇は地面に崩れ落ちた。
大きな音を立てて倒れる大蛇。地面が揺れ、周囲の木々が震える。
森に静寂が戻る。鳥のさえずりが、おそるおそる聞こえ始める。
シャルは大きく息を吐くと、私の方へよろよろと歩いてきた。
彼女の足取りは重く、疲労の色が見える。
「やった……! ねぇ、大金星だよこれ! こんなの、普通2人だけじゃ無理無理!」
疲れ切った顔で、それでも彼女は笑顔を見せる。その笑顔に、安堵感が込み上げてくる。
私は小さく頷いた。胸の中に、これまで感じたことのない感情が込み上げてくる。達成感、そして喜び。
(な、なんとかなった……。シャルも無事みたいだし、よかったー……)
「ミュウちゃん!」
「……っ!」
シャルが駆け寄ってきて、私の体を抱きしめる。痛いほど勢いよく、強く。
その圧迫感に苦しさと、微かな安堵を覚えた。
シャルの体温と、汗の匂いが伝わってくる。それが心地よく感じる……。
「ミュウちゃん、ありがとう~! ミュウちゃんがいなきゃ、絶対勝てなかったよ!」
その言葉に、私は思わず目を潤ませる。喉が詰まる感覚。
「……うん」
私はそれに対して、小さな返事しか返せない。でも、それだけで十分だった。
……というか、限界だった。目の前が暗くなり、意識が遠のく……。体から力が抜けていくのを感じる。
「え!? ミュ、ミュウちゃん!? 大丈夫!? ミュウちゃーん!?」
……そう。MPを、使いすぎた。
もちろん回復魔法にMPを使いすぎたんじゃなくて、シャルと話したり、大声出したり……コミュ障として慣れないことをやりすぎたのだ……。
意識が薄れて、シャルの声が遠くなっていく。
「ミュウちゃーんっ!? 死なないで! いま村まで運ぶからー!?」
シャルの声が、どこか遠くから聞こえてくる。そして、完全に意識が途切れた。
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