第48話 なんかガラが悪くて優しいやつら
「くっ……奴らを迎え撃て!」
神聖騎士団の男の声が、冷たい空気を切り裂く。
木々の間から差し込む陽光が、騎士たちの甲冑に反射して眩しい。
森の中で、重装備の騎士たちが一斉に剣を抜く音が響く。
金属の擦れる音と共に、甲冑のきしむ音が聞こえる。
混乱していた彼らはいつの間にか隊列を組み直し、統率を取り戻していた。
対するは、シャルが率いる冒険者たち。
彼らの姿は木の影に揺らめき、まるで幽霊の軍団のようだ。
風に揺れる木々の葉擦れの音が、緊張感を高める。
(あの人たち……シャルが集めてきたの? え? 何者?)
私は少し離れた場所から、息を潜めてその様子を見守っていた。
リンダとロイドも、私の近くで身を隠している。樹皮の粗い感触が背中に伝わる。
シャルの赤い髪が風に揺れる。彼女は剣を構え、冒険者たちに向かって叫んだ。
「さぁ、みんな! あたしの大切な友達を助けるときだよ! やってやろう!」
その声に呼応するように、冒険者たちが雄叫びを上げる。
その声は森全体に響き渡り、小鳥たちが驚いて飛び立つ。
「おうよ! お前の話を聞いて、ここまで来たんだからな!」
「今助けてやっからなァ! ミュウちゃんよォ!」
彼らの叫び声が、森の静寂を破る。私は思わず目を丸くした。
(なななななななな……なんであの人たち私のこと知ってるの!?
シャル、なんて言ってこの人たち集めたの!?)
しかし、考えている暇はない。両軍が激突し、戦いが始まった。
剣戟の音が響き渡り、魔法の光が空を彩る。
森が戦場と化す中、私はできる限り戦闘を避けながら、負傷した味方を回復していく。
周囲には血の匂いと、焦げた臭いが漂い始めていた。
「くっ……!」
冒険者の一人が、騎士の剣に腕を切られた。血が飛び散り、雪に赤い斑点を作る。
(中回復魔法……!)
私が素早く木の枝の杖を向けると、青白い光が彼を包み込む。
傷が瞬時に癒えていく。魔法の温かな光が、一瞬周囲を明るく照らす。
「お、おお……! これが噂の聖女様の力か……!」
彼は驚きの声を上げたが、すぐに戦いに戻っていった。
MPはもう残り少ない……。頭がズキズキと痛み始める。
「ちょっと、無茶はやめなさい。回復なら私がやるわ!」
「……」
リンダの言葉に私は頷く。たしかに、この場はもう任せたほうがよさそうだ。
激しい戦いの中、シャルの姿が目に入る。
彼女は相変わらず華麗な剣さばきで騎士を相手に戦っていた。汗が彼女の額から滴り落ちる。
「ふんっ! はぁっ!」
シャルの大剣が空を切る。
その一撃を避けたはずの兵士の一人が、魔力増幅剣で放たれた波動に吹き飛ばされる。
空気が振動し、耳が痛くなるほどの衝撃音が響く。
そんな中、シャルと目が合った。
「ミュウちゃん、ちょっと待っててね! すぐに終わらせるから!」
そう叫ぶと、シャルは更に激しく戦い始めた。その姿を見ていると、胸が温かくなる。
(シャル……。元気そうだし、怪我もなさそう。本当に良かった……)
……が、同時に頭が痛む。
いや、その。助けに来てくれたのは嬉しいんだけど――この人たち誰なの?
なんで私の名前も知ってるの? 怖いんだけど……。
戦いは激しさを増していく。
兵士たちは数で上回るものの、シャルたちの勢いに押されていた。
地面を踏みしめる音と、悲鳴が入り混じる。
そして――
「くそっ! 撤退だ!」
騎士の怒りの叫び声が響く。残された兵士たちは、急いで後退していく。
……足音が遠くに行き、冒険者たちが勝鬨を上げる。
まだ体がふわふわしている気がするが、とにかく……勝った。助かったんだ……!
戦いが終わると、シャルは一目散に私のもとへ駆け寄ってきた。
彼女の足音が、雪を踏みしめる音と共に近づいてくる。
「ミュウちゃーん!」
「ぐっ……!」
彼女は勢いよく私を抱きしめる。その力の強さに、思わず息が詰まる。
支えきれずに、2人して雪の中に転がってしまう。冷たい雪が服の中に入り込み、背中がびっくりする。
「大丈夫だった? 怪我はない? ごめんね、もっと早く来れなくて……!」
シャルの声には、安堵と申し訳なさが混ざっている。
彼女の体温が伝わってくる。シャルの髪から、汗と雪の混じった匂いがする。
「……」
私は小さく首を横に振る。大丈夫、という意思表示だ。
あと意識飛びそうだから離してほしいという意思表示も兼ねているよ!
「そっか……良かった」
シャルはホッとした表情を見せると、ようやく私を離してくれた。
私は首をさすり、一息つく。冷たい空気が肺に入り、少しずつ意識が戻ってくる。
「あ、そうだ! 紹介するね!」
シャルは、冒険者たちを呼び寄せた。
「みんな、この子がミュウちゃんだよ! ほら、挨拶して!」
冒険者たちが、おずおずと近づいてくる。
彼らの足音が、雪を踏みしめる音と共に近づいてくる。
彼らの目には、好奇心と畏敬の念が浮かんでいるようだ。
「ゲヘヘ! 初めまして聖女様!」
「うわ、ホントに小せえじゃねぇか。こんな子供が、あれほどの偉業を?」
「おい、失礼だぞ! 聖女様になんてことを言いやがる!」
彼らの会話と、突然始まった殴り合いの音を聞きながら、私は困惑していた。
彼らは身なりからして冒険者だと思うが、全員やけにガラが悪い……。
片目が潰れてたり、すごい傷跡があったり、凄まじく人相が悪かったりする。
鎧や武器からは、錆びや血の匂いがする。
(冒険者っていうかその、チンピラ――い、いや。助けてくれた人に失礼だよね)
そんな私の疑問と困惑を察したのか、シャルが説明を始めた。
「ミュウちゃんと離ればなれになってからさ、あたし必死にミュウちゃんを取り返そうとしててさ。
でも1人じゃ無理だし、普通の冒険者ギルドは帝国の監視が厳しくてさ。だからあたし、いわゆる闇ギルドに入ったの!」
「はぁ!?」
思わずリンダが声を上げる。私も驚きのあまり、口をポカンと開けてしまった。
「そしたらそこで出会ったのがこの面々! 最初は怪しまれたけど、あたしの熱意とミュウちゃんについてのトークの結果、みんな協力してくれたんだ!」
シャルは照れくさそうに頭をかく。
冒険者たちも、なぜか顔を赤らめている。目頭を押さえる人もいた。
「2人の冒険、しかと聞かせてもらったぜ……」
「シャルもミュウも頑張ってるよなあ……!」
「ゲヘヘ……帝国に引き裂かれた2人をよォ、なんとか再会させたくってよォ……!」
(め、めちゃくちゃ優しい人たちだ――!)
私は愕然としつつ、罪悪感に襲われていた。
見た目と「闇ギルド」ってところで判断して怖い人たちだと思っていたら、すごい人情派だった……!
そんな中、リンダとロイドがポカンとした顔で近づいてきた。
彼らの足音が、雪を踏みしめる音と共に近づいてくる。
「あなたがシャルね? ミュウから聞いてたわ。それに、グラハムのギルドで何回か会ったわよね」
リンダが眉を下げ、優雅に挨拶する。ロイドもぎこちなく頭を下げた。
「おおっ、久しぶり!? なんでここに!? ていうか、もしかしてミュウちゃんを助けてくれたのってリンダなの!?」
「ちょ……う、うるさっ! 何この勢い、よくミュウが平気だったわね」
「あたしとミュウちゃんは強い絆があるからね! 今さらマシンガントークくらいじゃ引かないよ! ねぇミュウちゃん!?」
「…………」
「ミュウちゃんっ!?」
目をそらした私の顔を掴んで無理やり目を合わせるシャル。
まぁ、うん。慣れたよ。未だに引いてはいるけど……。
和やかな空気が辺りを包むが、まだ安心はできない。これからどうするか、話し合わなければ。
「あー……では改めて、町に向かおうか。まずは体制を立て直そう」
グダグダになりかけた空気をロイドが引き締める。
私たちは皆、どこか落ち着ける場所に向かうことになった。
■
町の外れにある小さな広場のベンチで、私たちは今後の行動について話し合っていた。
周囲には古びた建物が立ち並び、遠くから市場の喧噪が聞こえてくる。
石畳の隙間から生えた雑草が、風に揺れていた。
「まずは服だな」
ロイドが私とリンダを指差す。
私たちが着ている囚人服は、あまりにも目立つ。
灰色の粗末な布地は肌に張り付き、不快な感触を与えていた。汗と埃の匂いが鼻をつく。
思い返してみたらこれ、死体が着てたやつだし……。背筋が寒くなる。
「そうね。このままじゃ怪しまれるわ」
リンダが同意する。彼女の声には少し疲れが混じっている。
「よーし! じゃあ服を買いに行こう!」
シャルが元気よく叫ぶ。その声に、近くにいた野良猫が驚いて逃げ出す。
猫の足音が石畳を軽く叩く。
「ちょっと、大声出さないで」
リンダが眉をひそめる。シャルは少し照れくさそうに頭をかく。彼女の赤い髪が陽光に輝く。
「あ、でもさ。このままじゃ店に入れないよね」
シャルの言葉に、全員が顔を見合わせる。
確かに、囚人服姿では店に入るのも難しい。通報されてしまいかねない。
「う~ん……」
シャルが腕を組んで考え込む。その瞬間、彼女の目が輝いた。
「ハッ! ならあたしが買ってくるよ! ミュウちゃんの服のサイズなら把握してるし!」
そうだね、それがいいかも……なんて思っていたがちょっと待って。
サイズを把握してるって……いつの間に?
「助かるわ。私の分はなにか適当に買っておいて。ロイドと作戦でも立てておくから」
リンダが頷く。ロイドも同意の意を示す。
「じゃ、行ってくるね!」
シャルは勢いよく走り出す。彼女の足音が、石畳を叩く音と共に遠ざかっていった。
しばらくして、シャルが大きな紙袋を抱えて戻ってきた。
彼女の顔には満足げな笑みが浮かんでいる。紙袋からは新しい服の香りがする。
「はい、これ! ミュウちゃんの分ね! こっちのがリンダの!」
シャルが紙袋を差し出す。中から柔らかな布地の感触が伝わってくる。
「着替えはあそこの路地裏とかでどう? あたしが見張っててあげるから!」
シャルが指差した場所は、建物の陰になった狭い路地だった。私は小さく頷き、そこに向かう。
路地の行き止まりまで入ると、シャルが後ろを向いて立った。
彼女の背中が、まるで盾のように私を守っているようだ。
とりあえず、これで誰にも見られないはずだ……。
紙袋から服を取り出す。薄い青色のワンピースと、白いカーディガン。布地に触れると、柔らかさが指先に伝わる。
そして……レースの付いた下着?
(な、なんで下着まであるの……)
顔が熱くなるのを感じながら、急いで着替える。
布地が肌に触れる感覚が、久しぶりの解放感を与えてくれる。
囚人服は体にあってなかったせいで、何をするにもちょっとした不快感に襲われていた。
サイズの合っている服っていいなあ……。
「終わった?」
「……うん」
シャルの声が聞こえ、私は小さく返事をした。
「おぉ~! ミュウちゃん似合ってる!」
シャルが振り返り、目を輝かせる。その目には、まるで宝物を見るような輝きがあった。
「ねえねえ、ちょっとくるって回ってみて!」
「……」
私は恥ずかしさを堪えつつも、言われるがままにゆっくりと回る。
やや短めのスカートが風で持ち上がり、慌てて押さえる。生地が肌に触れる感覚がある。
「きゃー! 可愛い! やっぱりミュウちゃんにはこういう感じも似合うよね!」
シャルが両手を頬に当てて喜ぶ。
その様子は、まるで人形遊びを楽しむ少女のようだった。
(シャル、楽しそう……)
心の中でため息をつき、私は苦笑した。
リンダも新しい服に着替えたあと、私たちは再び広場に集まった。
ロイドが地図を広げ、今後の行動について説明を始める。
地図の紙は日に焼けて黄ばんでおり、端が少し破れている。
「ここから亡命するべきだ。幸い、この辺りはいくらか国境に近く、首都からも遠い」
「亡命か~。まぁしょうがないよね。逃げ込むとしたらアランシアとかかな?」
私はシャルの提案に頷く。ルーク……じゃなく、ルシアン王なら私たちを受け入れてくれるはずだ。
そういえば勲章、取り上げられたままだなぁ……。
「ここからアランシア王国との国境まで、およそ2日の行程だな。しかし……」
ロイドの声が途切れる。彼の表情に、不安の色が浮かぶ。
「しかし?」
リンダが問いかける。ロイドは深いため息をつく。その息には、緊張感が漂っている。
「途中、帝国軍の検問所がいくつかある。そこを通過するのは、かなり困難だろう」
その言葉に、場の空気が重くなる。
風が吹き、木々のざわめきが静寂を破る。遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。
「そっか……普通に行くのは無理か」
シャルが腕を組み、考え込む。その表情には、珍しく真剣な色が浮かんでいる。
私は黙って地図を見つめる。
そこには、私たちの行く手を阻む赤い点がいくつも打たれていた。それぞれが検問所を示している。
インクの色が少し薄くなっているが、はっきりと見える。
(どうすれば……)
考えに没頭していると、突然シャルが声を上げた。
「あ! そうだ! 闇ギルドのコネを使えば、なんとかならないかな?」
全員の視線がシャルに集中する。彼女は少し得意げに胸を張る。
「闇ギルドって、国境を越える裏ルートとかあるんじゃない?」
「なるほど……それは良いアイデアかもしれん」
ロイドが頷く。彼の目に、希望の光が宿る。
「でも、それって危険じゃない? 闇ギルドでしょ? 代わりに何を要求されるか……」
リンダが心配そうに問いかける。
確かに、闇ギルドの人たちを完全に信用していいのか、私にも不安があった。
「大丈夫だよ! あの人たち、ホントはいい人たちだから!」
シャルが力強く言う。その声には、強い信頼が込められていた。
そ、そうかもしれないけど……。ホントにぃ……?
とはいえ、他に手があるわけでもない。私たちは再び、闇ギルドの面々のもとに向かうことになった。
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