表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/150

第39話 夢の中で

 暗闇(くらやみ)の中、(わたし)の意識は(ただよ)っていた。


 目を開けると、そこは(なつ)かしい風景だった。

 古びた木造の家。(かべ)には所々に亀裂(きれつ)が入り、(ゆか)(ゆが)んで(きし)む。

 窓から()()薄暗(うすぐら)い光が、(ほこり)っぽい空気を照らしている。


 そう、ここは……(わたし)の生まれ育った家。


「ミュウ! またお前は!」


 怒鳴(どな)(ごえ)と共に、重い足音が近づいてくる。

 (わたし)は思わず体を丸め、(ふる)えながら壁際(かべぎわ)()()う。


 がたんと音を立てて開いたドア。

 そこに立っていたのは、赤ら顔の大柄(おおがら)な男性――(わたし)の父だった。

 (かれ)の目は血走り、酒の(にお)いが部屋(へや)中に充満(じゅうまん)する。


「お前、また何も言わずにじっとしてただけなのか? 客に挨拶(あいさつ)もできんのか!」


 父の大きな手が、(わたし)の小さな体を(つか)む。痛みと恐怖(きょうふ)で目を(つぶ)る。


「ご、ごめ、なさ……」


 かすれた声で(あやま)ろうとするが、言葉が(のど)につまる。それを見た父の顔が、さらに(ゆが)む。


「何度言えばわかる! ちゃんと(しゃべ)れ!」


 父の手が()り上がる。(わたし)は反射的に目を閉じ、(おそ)いかかる痛みに備える。


 ……しかし、その痛みは(おとず)れなかった。


「あなた! やめて!」


 母の声だ。()()げられた父の(うで)を、母が必死に()さえつけている。


「チッ」


 父は舌打ちをすると、(わたし)(うで)(つか)んだまま引きずるように外へ連れ出した。


「もういい。こんな役立たずはいらん」


 父の冷たい言葉が、(よる)(やみ)()()まれていく。


 (わたし)抵抗(ていこう)する力もなく、ただ父に引きずられるままだった。

 足元はぬかるみ、冷たい(どろ)素足(すあし)にべったりとまとわりつく。


 しばらく歩くと、父は立ち止まった。

 周りを見回すと、そこは人気のない森の中だった。


「ここでいい」


 父はそう言うと、(わたし)(うで)を乱暴に放した。その勢いで、(わたし)は地面に(たお)()む。


「もう、家には(もど)ってくるな」


 そう言い残すと、父は()た道を引き返していった。

 その背中が、(やみ)()けていくのをぼんやりと見つめる。


 寒さと恐怖(きょうふ)(ふる)える(わたし)の周りを、(けもの)の鳴き声が取り囲んでいく。

 四足(よんそく)歩行の動物が近づいてくる音がする。しかし、立って()げることはできそうになかった。とてもお(なか)が空いていた。


(寒い……(つか)れた……お(なか)すいた……。ここで死ぬのかな……)


 (やみ)の中から(けもの)が歩み出てくる。グルグルと(のど)を鳴らし、(きば)()いている。

 ……もうだめだ。

 そう思った瞬間(しゅんかん)、不思議な光が目の前に現れた。


(……?)


 ふわりと、まるで(ほたる)のような光の(つぶ)が宙を()う。

 その光は徐々(じょじょ)に大きくなり、やがて人の形を成していった。


 現れたのは、長い白髪(しらが)を持つ若そうな人物だった。(かれ)が軽く手を()ると、光の(むち)のようなものが空中を走り、動物を遠ざけていく。


大丈夫(だいじょうぶ)かい? ひどいね、君の親は。相も変わらず、人間なんてろくなもんじゃないな」


 (かれ)――または彼女(かのじょ)(おだ)やかな、それでいて酷薄(こくはく)笑顔(えがお)()かべ、(わたし)に手を()()べる。


「君に力を(あた)えようか」

「……?」

復讐(ふくしゅう)する力だよ。君を傷つけたすべてが(にく)いだろう?」


 その声は、まるで太陽の光のようだった。

 温かく地を照らしながら、()れるものを焼き()がす烈日(れつじつ)――(わたし)(おそ)(おそ)る、その手を見上げる。


(わたし)はマーリン。魔導(まどう)王と人は(わたし)を呼ぶ。

 君が望むならば、世界を(ほろ)ぼす力を(あた)えよう。どうだい?」


 魔導(まどう)王と名乗る人物の目には、何も写っていない。その感情も思いも、何も読み取れそうにない。

 ……だけど、(わたし)は首を横に()った。


(おどろ)いたな。(にく)くないのかい、君を捨てた(やつ)らが」

「……(わたし)は……」


 (のど)()まって(かわ)いていた。しかし、(わたし)はなんとか言葉を(つむ)ぐ。


(わたし)が、うまくやれなかった、だけだから……。悪いのは、(わたし)で……」

(ちが)うよ。悪いのは君じゃない。君は(おこ)っていいんだ」

「…………」


 (わたし)は目を閉じて、また首を横に()った。(だれ)かを(にく)む気にはなれなかった。()いていうなら、(わたし)(きら)いなのは自分くらいだ。


 そんな思いを()めて、魔導(まどう)王を見つめる。すると、その人はフッと口元を(ゆる)ませた。


「……そうか。わかったよ。なら君に相応(ふさわ)しい魔法(まほう)を教えてあげる。君がいつか、1人でも生きていけるように」


 再び手が()()べられる。その手はさっきまでと(ちが)い、(やさ)しい温かさを感じた。

 (わたし)は何も言えず、ただその手をぎゅっと(にぎ)る。


「決まりだね。これからは(わたし)が君の師匠(ししょう)だ。さあ、行こうか」


 マーリンは(わたし)(やさ)しく()()げると、光の中へと歩み入った。


 その瞬間(しゅんかん)、夢の風景が(かす)んでいく。


 光の中を歩む(わたし)たちの姿が、それから次第(しだい)鮮明(せんめい)になっていく。

 やがてその光が(うす)れ、目の前に広がったのは、緑豊かな森の中にある小さな木造の家だった。


「ここが(わたし)の住まいだ。そして、これからは君の家でもある」


 マーリンはそう言って、(わたし)(やさ)しく地面に降ろした。

 家の周りには色とりどりの花が()き乱れ、小鳥のさえずりが心地(ここち)よく(ひび)いている。


「さあ、入ろうか」


 (とびら)を開けると、中は意外にも広々としていた。

 壁一面(かべいちめん)本棚(ほんだな)が並び、机の上には複雑な図形が(えが)かれた羊皮紙が広げられている。

 部屋(へや)(すみ)には、見たこともない奇妙(きみょう)な形の器具が並んでいた。


「ミュウ、君にはこれからは魔法(まほう)を学んでもらうよ。特に、(いや)しの魔法(まほう)をね。どうやら君は攻撃(こうげき)魔法(まほう)の才はないようだからね」


 マーリンは(やわ)らかな()みを()かべながら、本棚(ほんだな)から一冊の古めかしい本を取り出した。


「でも、その前に……」


 (かれ)は手をかざすと、(わたし)の体が青白い光に包まれた。

 すると、今まで感じていた空腹感や疲労感(ひろうかん)(うそ)のように消えていった。


「どうだい? 少しは楽になったかな」

「……うん」


 (わたし)は小さく(うなず)いた。体が軽くなり、呼吸も楽になった気がする。


「これが(いや)しの魔法(まほう)だよ。君も、こんな風に(だれ)かを助けることができるようになる」


 マーリンの言葉に、(わたし)は目を(かがや)かせた。

 (だれ)かを助ける力――それは、今の(わたし)には想像もつかないものだった。


 それから、(わたし)修行(しゅぎょう)の日々が始まった。

 最初は本を読むことから。魔法(まほう)基礎(きそ)理論や、様々な呪文(じゅもん)の意味を学んでいく。

 マーリンは(わたし)の無口さを全く気にせず、根気強く教えてくれた。


「言葉を発さなくても魔法(まほう)は使える。大切なのは、心の中で強く念じること。

 ま、最初は詠唱(えいしょう)とかもしたほうがいいけどね」


 そう教えられ、(わたし)黙々(もくもく)修行(しゅぎょう)(はげ)んだ。

 日々の鍛錬(たんれん)の中で、少しずつだが確実に力がついていくのを感じた。


 ……ある日、マーリンは(わたし)に小さな鳥を見せた。

 その鳥は(つばさ)を痛めており、飛ぶことができずにいた。


「ミュウ、この子を(いや)してあげられるかな?」


 (わたし)(おそ)(おそ)る手を()ばし、鳥に()れた。

 目を閉じ、心の中で強く念じる。

 すると、かすかな光が(わたし)の手から鳥へと伝わっていった。


 しばらくすると、鳥はパタパタと羽ばたき、空高く飛んでいった。


素晴(すば)らしい。ミュウ、やはり君には才能があるね」


 マーリンは満面の()みを()かべ、(わたし)の頭を(やさ)しく()でた。

 その瞬間(しゅんかん)(わたし)の胸に温かいものが広がった。


(わたし)にも、(だれ)かの役に立てる……)


 それからというもの、(わたし)魔法(まほう)(うで)飛躍的(ひやくてき)に上がっていった。

 怪我(けが)をした動物を(いや)したり、()れかけた植物に命を()()んだり。

 言葉を発することなく、ただ心で念じるだけで魔法(まほう)を使えるようになっていった。


 そんなある日、マーリンは(わたし)に言った。


「ミュウ、君にとっておきの魔法(まほう)を教えよう。それは『――――』という魔法(まほう)だ」


 (わたし)は目を丸くして、マーリンの話に耳を(かたむ)けた。



 ――時が流れ、(わたし)修行(しゅぎょう)佳境(かきょう)(むか)えていた。

 マーリンの教えの下、様々な魔法(まほう)を習得し、特に(いや)しの魔法(まほう)では目覚ましい成長を()げていた。


 ある朝、いつものように修行(しゅぎょう)を始めようとした(わたし)に、マーリンが声をかけてきた。


「ミュウ、今日(きょう)は特別な話がある」


 マーリンの表情は、いつもより少し厳しく見えた。(わたし)は静かに(うなず)き、その言葉に耳を(かたむ)ける。


「君の成長は目覚ましい。もう、(わたし)が教えられることはほとんどない」


 マーリンはそう言って、窓の外を見やった。朝日が()()み、白い(かみ)が金色に(かがや)いている。


「実は、(わたし)にはやらなければならないことがある。

 そして、そのためには旅に出なければならないんだ」


 (わたし)(おどろ)いて目を丸くした。マーリンが去る? そんなことは考えたこともなかった。ずっと一緒(いっしょ)だと思ってたのに。


「ミュウ、君はもう立派な魔法使(まほうつか)いだ。これからは自分の道を歩んでいってほしい」


 (かれ)の言葉に、(わたし)の胸に不安が広がる。

 同時に、さみしさも()()げてきた。


「……行っちゃう、の?」


 (わたし)は小さな声で(たず)ねた。マーリンは(やさ)しく微笑(ほほえ)み、(わたし)の頭を()でた。


「ああ、そうだ。でも、これは別れじゃない。いつか、また会えるはずだ」


 その言葉に少し安心する。しかし、同時に何か引っかかるものを感じた。


「でも……」


 マーリンは言葉を途切(とぎ)れさせ、遠くを見つめた。

 その(ひとみ)に、今まで見たことのない複雑な感情が()かんでいる。


「いつか君と(わたし)の道は重なるかもしれない。だけどそのとき、君と(わたし)は……」


 マーリンは言葉を(にご)した。(わたし)には、その意味が分からなかった。


「ミュウ、これだけは覚えておいてほしい。

 君の力は、人を救うためにある。決して、(だれ)かを傷つけるために使ってはいけない」


 マーリンは真剣(しんけん)眼差(まなざ)しで(わたし)を見つめた。その目には、何か深い悲しみが宿っているように見えた。


「はい……」


 (わたし)は小さく(うなず)いた。マーリンの言葉の意味を完全には理解できなかったが、その重要性は感じ取れた。


「よし、それじゃあ……」


 マーリンは立ち上がり、(つえ)を手に取った。その姿は、どこか(さび)しげに見えた。


「さようなら、ミュウ。それから、(わたし)のことは忘れなさい」


 そう言うと、マーリンは光に包まれ、姿を消した。

 残されたのは(わたし)と、(かれ)が残した数々の魔法(まほう)の本だけ。


 窓から()()()の光が、静かな部屋(へや)を照らしている。

 (わたし)は、マーリンがいなくなった空間をぼんやりと見つめていた。


(……あれ? 「師匠(ししょう)」、どこに……?)


 心の中で問いかけるが、答えは返ってこない。

 それと、自分の師匠(ししょう)の名前が何で、どんな人だったのかもいつの間にか忘れてしまっていた。


 その瞬間(しゅんかん)、夢の風景が再び(かす)(はじ)める。意識が浮上(ふじょう)し始めた――。



 ゆっくりと意識が(もど)ってくる。目を開けると、そこは薄暗(うすぐら)遺跡(いせき)の中だった。

 冷たい石の(ゆか)に横たわっていた(わたし)は、ゆっくりと体を起こす。


(夢、だったのかな……)


 頭の中が(もや)がかかったようにぼんやりしている。

 しかし、その(もや)の向こうに、今まで忘れていた記憶(きおく)鮮明(せんめい)(よみがえ)ってきた。


「マーリン……」


 その名前を口にした瞬間(しゅんかん)、今まで封印(ふういん)されていた記憶(きおく)が一気に()()せてくる。


 幼い(ころ)に捨てられた森。

 そこで出会った「魔導(まどう)王」マーリン。

 そして、(かれ)との修行(しゅぎょう)の日々。


(……魔導(まどう)王。マーリン。(わたし)師匠(ししょう)


 今までなぜその記憶(きおく)を忘れていたのか分からない。

 しかし、それが間違(まちが)いなく(わたし)の過去だということは確かだった。


(……そうだ、シャル!)


 ふと(となり)を見ると、シャルが横たわっていた。しかし、彼女(かのじょ)の様子がおかしい。

 顔は苦痛に(ゆが)み、体は()(あせ)()れている。時折、小さな(うめ)(ごえ)()れる。


「シャル? 大丈夫(だいじょうぶ)……!?」


 近づこうとした瞬間(しゅんかん)不吉(ふきつ)な気配を感じ取る。

 シャルの周りに、黒い(きり)のようなものが渦巻(うずま)いていた。


「よくぞ目覚めたな、小さな魔法使(まほうつか)いよ」


 どこからともなく、低く不気味な声が(ひび)く。

 ()()くと、そこには巨大(きょだい)な黒い(きり)(かたまり)――夢()らいがいた。


「お前の悪夢は、とても美味だった。だが、なぜか途中(とちゅう)()げられてしまった。面白(おもしろ)い」


 夢()らいの赤い目が、好奇心(こうきしん)に満ちて(わたし)を見つめている。


「――シャルを、返して」


 (わたし)(ふる)える声で言った。夢()らいは、くすくすと笑う。


「いやいや、彼女(かのじょ)の夢はまだ堪能(たんのう)していない。お前のように簡単には()がさんぞ」


 その言葉に、(いか)りがこみ上げてくる。(つえ)(にぎ)る力が強くなる。

 同時に、マーリンの言葉が頭をよぎった。


(君の力は、人々を救うためにある)


 ……そうだ。(わたし)には、人を救う力がある。

 深呼吸をして、(わたし)(つえ)を構えた。


「シャルを解放してもらう」


 (わたし)の声が、やけに力強く(ひび)く。夢()らいは少し(おどろ)いたように目を見開いた。


「ほう、面白(おもしろ)い。では、お前に彼女(かのじょ)を取り返せるか、見物させてもらおう」


 その言葉と共に、シャルの周りの黒い(きり)()くなる。

 彼女(かのじょ)の苦しそうな表情に、胸が痛む。


大丈夫(だいじょうぶ)。必ず助けるから)


 (わたし)は静かに目を閉じ、精神を集中させる。

 (つえ)から、(やわ)らかな光が(あふ)()す。


「――悪夢覚醒(かくせい)魔法(まほう)


 その言葉と共に、シャルの体が青白い光に包まれる。

 黒い(きり)が、その光に()されるように消えていく。


「なっ!? これは……!」


 夢()らいが(おどろ)きの声を上げる。

 その瞬間(しゅんかん)、シャルの目がパッと開いた。


「はっ! ……ここは? ミュウちゃん?」


 シャルは混乱した様子で周りを見回す。しかし、すぐに状況(じょうきょう)把握(はあく)したようだ。


「そっか、あの化け物と戦ってたんだ!」


 シャルは素早(すばや)く立ち上がり、背中の(けん)()く。

 魔力(まりょく)増幅(ぞうふく)(けん)を構えた彼女(かのじょ)と、(つえ)(にぎ)(わたし)

 (わたし)たちの前には、(いか)りに満ちた目で(にら)みつける夢()らいがいた。


「くっ、まさか2人とも目覚めるとは……面白(おもしろ)い。ならばお前たちの(たましい)、直接いただこうか!」


 夢()らいの体が大きく(ふく)らみ、部屋(へや)中に黒い(きり)が広がる。


 (わたし)とシャルは、背中合わせで立つ。

 お(たが)いの存在を温度で感じながら、(わたし)たちは戦う決意を固めた。

面白い、続きが気になると思ったら、ぜひブックマーク登録、評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ