第33話 決着と投獄
「天なる蛇よ、疾走れ。我が敵を穿て」
アーサーの低い詠唱が、静寂を破る。その声には、不気味な響きが含まれていた。
杖から、突如として青白い光が放たれた。その光は空気を震わせ、かすかな振動音を立てる。
まるで生き物のように蠢きながら、シャルに向かって突進する。
光の軌跡が、空気中に一瞬だけ残像を作る。
「くっ!」
シャルは咄嗟に身をかわした。彼女の赤い髪が、風を切る音を立てる。
光が彼女の頬をかすめ、壁に激突する。
衝撃で壁に大きな穴が開き、砕けた壁材が床に散らばった。
砕けた壁から立ち上る埃が、鼻をくすぐる。
「はぁっ!」
シャルが叫びながら、魔力増幅剣を振りかざす。
剣を振るう彼女の動きには迷いがない。剣身が空気を切る鋭い音が響く。
剣から放たれた魔力の波動が、空気を切り裂くように前進する。
波動が通り過ぎた後には、かすかに空気が歪んで見える。
「うわっなんか出た!?」
驚きと喜びの混じったような声を上げるシャル。
……彼女が遠距離攻撃を手に入れたのは喜ぶべきことかもしれない。
これまでは「空を飛んでる相手にはぴょんぴょん跳ねないと攻撃できない!」って嘆いてたからね……。
しかし、アーサーは軽々とそれをかわした。
彼の動きには無駄がなく、まるで全てを計算し尽くしているかのようだ。
彼の動きに合わせて、ローブがふわりと揺れる。
「ほう、なかなかやりますね。しかし、そんな程度では……」
アーサーが再び杖を構える。杖の先端が赤く輝き始め、熱を帯びた空気が周囲に広がる。
「饗炎よ、喰らえ。惰弱なる血を焼き払え」
今度は赤い光が放たれ、それが幾つもの火の玉となってシャルに襲いかかる。
火の玉が空気を焦がす音が、耳に届く。
シャルは剣を振るい、火の玉を払いのける。
しかし、その炎の数が多く、彼女は払い落とすだけで精一杯の様子だ。
汗が彼女の額を伝い落ちる。
そのうち、落としきれなかった炎が彼女を掠めた。
「くっ、熱っ!」
シャルの腕に火の玉が命中し、彼女が悲鳴を上げる。
焦げた布地と肉の匂いが鼻をつく。彼女の顔が苦痛で歪む。
(中回復魔法!)
私は咄嗟に魔法を発動した。青い光がシャルを包み込み、彼女の腕の傷が癒えていく。
光が消えると同時に、焦げ臭さも消えていった。
「ありがと、ミュウちゃん!」
シャルが感謝の言葉を投げかける。
その瞳に、新たな決意の色が宿る。シャルは再び彼に接近した。
どれだけの魔法の使い手であっても、剣士に接近戦を挑まれれば分が悪い――その原則からは逃れられない。
「無詠唱での回復だと……? 何なんです、それは――!」
アーサーの声に、いつの間にか焦りの色が混じっている。
シャルの攻撃を避け、杖で捌き、なんとか剣の直撃を避けている。
が、シャルの蹴りが彼の腹を直撃し、アーサーは吹っ飛ばされる。
「ぐお……!」
アーサーの悲鳴が響く。彼の体が床を転がる音が、耳に届く。
飛ばされたその先で、彼は懐からカプセルを取り出す。それを掲げた。
カプセルが、彼の手の中で不気味に光る。
「これで終わりにしましょう!」
カプセルが強い光を放ち始める。その光が、シャルの持つ魔力増幅剣に吸い込まれていく。
光が剣に吸収される際、かすかな吸引音が聞こえる。
「な、なに!?」
シャルの声が上ずる。剣が激しく震え始め、制御不能になったかのように暴れ出す。
刀身の光が急激に伸び、赤色になったり、紫になったりする。
剣から放たれる魔力が、周囲の空気を震わせる。
「シャル……っ!」
私は慌てて彼女に駆け寄ろうとするが、剣から放たれる魔力の波動に阻まれる。
シャルの周りに激しい風の障壁が生まれる。風の唸りが、耳を劈く。
「くっ、剣が暴れて……! なんか力が抜けるっ!」
シャルが必死に剣を抑えようとするが、その力に振り回されている。
剣から放たれる魔力が、周囲の実験器具を次々と破壊していく。
ガラスの砕ける音、金属のきしむ音が、部屋中に響き渡る。
「ふはは! どうです、この魔法暴走の威力は!
剣はあなたの魔力を吸い上げて暴れ続けますよ。その体が干からびるまでね!」
アーサーの狂気じみた笑い声が響く。彼の目は、異様な光を放っている。
彼の言葉の通り、シャルの魔力がどんどん減っていくのが見て取れる。
シャルの顔が、みるみる蒼白になっていく。
(まずい、このままじゃシャルが……!)
私は必死に考える。どうするべきか、どうすれば治せるか。咄嗟に杖を掲げる。
(状態異常回復魔法!)
強烈な青い光が、部屋中を包み込む。
その光は、シャルと剣を中心に渦を巻くように集まっていく。
光の渦が空気を震わせ、かすかな唸り声のような音を立てる。
「な、何だこれは!?」
アーサーが驚きの声を上げる。彼の顔に、恐怖の色が浮かぶ。
光が剣を包み込むと、剣の暴走が徐々に収まっていく。
シャルの体を振り回していた剣が、ゆっくりと静止し始める。
剣から放たれていた不規則な魔力の波動が、徐々に穏やかになっていく。
「と……止まった?」
シャルの声には、驚きと喜びが混じっている。彼女の顔に、少しずつ血の気が戻ってくる。
剣の暴走が完全に収まると、今度は剣の刀身が青白い光を放ち始めた。
その光は、穏やかでありながら、強大な力を秘めているように感じられる。
さっきまでよりも流れが安定し、力も増しているようだ。
「よし、まだいける……!」
シャルが叫ぶ。彼女の手が剣をしっかりと握りしめ、構える。
剣を構えた彼女の姿勢に、新たな自信が感じられる。
「そんな馬鹿な! 魔法暴走を生身で止めるなど、『あの男』以外にできるはず……!」
アーサーの声が震える。彼の顔から、先ほどまでの余裕と狂気が消え失せている。
額に浮かんだ汗が、彼の動揺を物語っている。
シャルが剣を振りかざす。再び剣から放たれた光の波動が、アーサーに向かって突進する。
波動が空気を切り裂く音が、鋭く響く。
アーサーは必死に杖で防御しようとするが、波動の勢いは止められない。
そのうちに杖は切断され、彼に波動が直撃した。
杖が砕ける音と、アーサーの悲鳴が重なる。
「ぐわっ!」
アーサーが吹き飛ばされ、壁に激突する。
彼の体が、力なくその場に崩れ落ちた。壁に激突する音が、部屋中に響き渡る。
……静寂が訪れる。
「や、やった……?」
シャルの声が、静寂を破る。彼女の顔に、少しずつ笑みが浮かび始める。
「よっしゃーっ! ざまぁ見なさい! あんたの悪事は全部明らかにするからね!」
私も、ほっと息をつく。しかし、その安堵もつかの間だった。
「くくく……」
アーサーが、不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。彼の口元から、血が滴り落ちる。
「たしかに、私は負けた。しかし……」
彼がポケットから何かを取り出す。それは、小さな笛のようだ。
銀色に輝くその笛は、不吉な光を放っているように見える。
「それでも、お前たちの負けだ」
アーサーが笛を吹いた。鋭い音が、部屋中に響き渡る。
その音は耳を刺すように鋭く、不快だ。
その音に呼応するように、階下から急ぐ足音が聞こえ始めた。
重厚な足音が次第に近づいてくる。
「警備隊だ。お前たちを不法侵入者として逮捕してもらおうじゃないか」
「はぁ!? 何言ってんの、犯罪者はそっちでしょ!?」
「それはどうでしょう。お前たちはただの冒険者で、私は魔法科学省の次官。
ここは魔法科学省で、私の仕事場。駆けつけた人間にとって、どっちが犯罪者に見えますかね?」
アーサーの顔に、勝ち誇った表情が浮かぶ。彼の目が、不敵な光を放っている。
私とシャルは顔を見合わせる。彼女の表情はとても焦っていた。瞳に不安の色が浮かんでいる。
今から部屋を飛び出して逃げても、アーサーが私たちの顔を見ている。
指名手配は免れないだろう。
そのとき、廊下から数人の走る足音が近付いてきた。
足音が近づくにつれ、心臓の鼓動が早くなる。
扉が開く。
そこに立っていたのは胸鎧を付けた数名の男たちだった。
彼らの鎧が、月明かりを反射して冷たく光る。
「通報を受け駆けつけました! 大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう……こいつらが不法侵入者です。挙げ句私にも暴行を」
アーサーの声には、演技じみた弱々しさが混じっている。
「違う! 先に仕掛けてきたのは――!」
シャルの必死の声が響く。
「待て、動くな!」
警備隊の男たちが剣を構えてこちらに向ける。剣を抜く金属音が、緊張感を高める。
……どう、しよう。心臓が激しく鼓動する。
この状況から、どう切り抜ければいいのか――。
緊張が頂点に達したその瞬間、鋭い足音が部屋中に響き渡った。
その音は、静寂を切り裂くように鮮明だ。全員の注目が一斉に入り口の方向へ向けられる。
逆光に照らされたシルエットが、優雅に部屋の中へ舞い降りる。
その姿は、まるで影絵のように輪郭だけが際立っている。
「そこまでだ」
聞き覚えのある声。ルークだった。
その声には、今までにない威厳が込められている。
その姿はまるで、あのふざけた画家とは別人のようだ。
彼の金髪が風に揺れ、月の光を受けて輝いている。
「ルーク!? なんでここに?」
シャルが驚きの声を上げる。その声には安堵と困惑が混じっている。
彼女の目は大きく見開かれ、驚きのあまり口が半開きになっている。
ルークはゆっくりと部屋の中へ歩を進める。
その足音は静かでありながら、不思議な重みを持っている。
床を踏みしめる音が、緊張感を高める。
彼の目は真剣そのもので、アーサーと警備隊を交互に見つめている。
「諸君、剣を納めたまえ」
ルークの声が、再び静寂を破る。別人のような声色。部屋の空気が、一瞬で変わる。
警備隊の男たちは困惑した表情を浮かべる。
彼らの剣を握る手に、わずかな震えが見える。
鎧がこすれ合う音が、かすかに聞こえる。
「あ、貴方は……」
警備隊の一人が、ルークの正体に気づいたようだ。その顔に驚きの色が浮かぶ。
彼の目が大きく見開かれ、息を呑む音が聞こえる。
アーサーは、まだ状況を把握できていない。
彼の顔には焦りの色が濃くなっている。額に浮かんだ汗が、月明かりに照らされて光る。
「何者だ! お前に何がわかる! この者たちは不法侵入者で――」
「アーサー・グリムソン」
アーサーの叫びを、ルークの一瞥が遮る。その目には冷たい光が宿っている。
アーサーの声が、途端に掻き消えたように静まる。
ルークの声が、静かに、しかし力強く響く。その声には、怒りと悲しみが混じっていた。
「残念だ。お前がこの国の平和を乱す者だったとは」
その言葉に、アーサーの顔から血の気が引いていく。
彼の目が大きく見開かれ、唇が震え始める。その震えは、次第に全身に広がっていく。
「ま、まさか、お前……いや、あなたは……!」
アーサーの声が震える。
彼の目に恐怖の色が浮かぶ。その瞳孔が、急速に開いていく。
ルークはゆっくりと歩み寄り、アーサーの目の前に立つ。
彼の姿勢からは、圧倒的な威厳が感じられる。
その存在感に、部屋の空気が重くなる。
「そうだ。予がこの国の王、ルシアン・ソレイユだ」
部屋の空気が凍りついた。警備隊の男たちが慌てて膝をつく。
彼らの鎧がこすれ合う音が、部屋中に響き渡る。
「へ、陛下……」
アーサーの声が掠れる。彼の顔は蒼白になり、冷や汗が額を伝う。
その汗が、床に落ちる音さえ聞こえそうだ。
「件の魔法暴走の原因がお前であることは、彼女たちの調査で判明した。
お前の野望は、ここで終わりだ」
ルークの……いや、ルシアン王の声に部屋の空気が震える。
アーサーは、その場にへたり込む。彼の目は虚ろだ。膝が床に当たる鈍い音が、響く。
「なぜだ……なぜ、王が宮殿の外に……ッ」
彼の悔しげな呟きが響く。その声には、絶望の色が滲んでいた。
「あの障壁には手を焼いたが、ひとまず予が単独で出る程度の穴は作れた。
だが大々的に予が暴走の解決に動いては、この件の犯人はただ隠れ潜むのみだろう。
ゆえにギルドに協力を頼み、密かに犯人を探っていたのだ。支払った代償も大きかったがな」
ルシアン王は苦虫を噛み潰したような顔を見せる。その表情には、深い後悔の色が浮かんでいる。
犯人を泳がせたことで、半ば国民の信頼を失う結果になったのだ。その苦しみは当然と言えるだろう。
シャルと私は、唖然とこの光景を見つめている。
ルークの正体、そして事態の急転回。全てが夢のようだ。
私の心臓が、激しく鼓動しているのを感じる。
ルシアン王はゆっくりと私たちの方を向く。その目には、温かな光が宿っていた。
「ミュウ、シャル。よくやってくれた。
お前たちの……蛮勇とも言うべき突入が、この国を救ったのだ」
その言葉に、私の心に温かいものが広がっていく。
緊張感が解け、事態が無事に終わったのだと実感する。
安堵の溜息が、自然と漏れる。
「警備隊。この男を……アーサーを連行せよ」
ルシアン王の命令が、静かに、しかし力強く響く。
「は、はっ……!」
警備隊の返事が、空気に再び緊張をもたらす。ガチャガチャと装備が鳴る。
「待て……離せッ! やめろお前たち、私を誰だと思ってる!?」
アーサーの悲痛な叫びが、部屋中に響き渡る。
そうして、アーサーは自らが呼んだ警備によって、無慈悲に連行されていった。
彼の足音と、警備隊の鎧の音が、次第に遠ざかっていく。
部屋に残された私たちは、まだ状況を完全に把握できずにいた。
しかし、戦いが終わったという実感だけは、たしかに心の中に広がっていった。
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