第20話 さらなる「回復」
遺跡の中心部、巨大な装置の周りで戦いが始まった。
湿った空気が肌を包み、かすかに金属的な匂いが漂う。
シャルは煙に溶け込むように動く魔物に向かって剣を振るい、ゴルドーは巨大なゴーレムと対峙している。
私は装置の解析を続けながら、2人の様子を見守る。
シャルの剣が空を切る鋭い音が響く。
犬のような魔物は煙の中を自在に動き、その姿を捉えるのが難しい。
シャルの剣が何度も空を切り、その度に風切り音が耳に届く。
「くそーっ、こいつ速すぎ! めんどくさいなぁ!」
シャルの苛立った声が石壁に反響する。魔物の爪がシャルの腕を掠め、鮮血が滴る。
その赤さが、煙の中で異様に目立つ。
「……!」
私は即座に回復魔法を発動する。青白い光がシャルを包み、傷が癒えていく。
その光の中で、シャルの肌が再生される様子が見える。
一方、ゴルドーは巨大なハンマーを振るって、ゴーレムに立ち向かっている。
金属と岩がぶつかる轟音が響き渡り、その衝撃で地面が震える。
「硬いな。適当な攻撃じゃ意味がない」
ゴルドーの額に汗が滲み、その滴が床に落ちる。
ゴーレムの拳がゴルドーの体を捉え、彼は壁に叩きつけられる。
壁が崩れる音と共に、埃が舞い上がる。
(大回復魔法!)
私は慌てて彼にも回復魔法を送る。
青白い光の中で、ゴルドーの砕けた鎧が元の状態に戻っていく。
彼は息を整え、再びハンマーを構えた。
「これは……。なるほど。恐ろしい速度の回復だ」
動けるようになったゴルドーが再びハンマーを構えたのを見て、私は再び装置に意識を向ける。
装置から放たれる魔力の波動が、次第に不安定になっている。
その波動が、肌に針で刺すような感覚を与えてくる。
煙の噴出も激しさを増し、バリアの維持が困難になってきた。
「ミュウちゃん、大丈夫!?」
シャルの心配そうな声が聞こえる。私は何とか頷くが、額には汗が伝った。
戦いは激化の一途を辿る。シャルは魔物の動きを何とか読み取ろうと必死だ。
剣と爪がぶつかり合い、火花が散る。その閃光が、煙の中で不気味に輝く。
「よーし……だんだん見えてきた! いつまでもチョロチョロできると思わないでよね!」
シャルの動きが徐々に魔物に追いつき始める。その剣が一匹の犬を切り裂いた。魔物の悲鳴が響き渡る。
一方、ゴルドーも粘り強くゴーレムと戦い続けている。ダメージもまだ受けていない。追加の回復はいらなそうだ。
「こいつにもどこかに弱点があるはずだ。コアのようなものが」
ゴルドーの目が、ゴーレムの体のあちこちを探る。
私も一緒に観察したいが、さすがに装置に集中したい……!
私は2人の怪我とバリアに目を配りながら、装置の様子を観察し続ける。
装置からは、規則的な振動が伝わってくる。まるで、心臓の鼓動のように。
そのとき、不意に気づいた。装置の魔力の動きが、まるで生き物のように不規則だ。
これは……もしかして暴走しているのではないだろうか?
(暴走……壊れてる……痛んでいる……?)
その瞬間、装置から大量の煙が噴出し、バリアが大きく揺らぐ。
煙の匂いが強くなり、目が痛くなる。だがそんな痛みを無視して、私の頭の中はある考えが支配していた。
「わっ! ミュウちゃん!」
シャルの声が聞こえる。残り少ないMPでバリアを強化し、揺らぎを抑え込む。バリアが輝きを増し、煙を押し返す。
そのとき、シャルの剣が魔物の急所を捉え、さらに1匹を仕留めた。
魔物が大きく鳴き、残る2匹が警戒して後退する。
「やった!」
同時に、ゴルドーも叫ぶ。
「――ここだ!」
ハンマーがゴーレムの左腕を捉え、大きな亀裂が走る。
そこから亀裂は段々と大きくなっていく。岩が砕ける音が、耳に響く。
2人の戦いが転機を迎えたその時、私は決意した。
この装置を「回復」させようと。
(人間や動物だけじゃない。石みたいな無機物でも、治そうと思えば治せる。
……なら、こういう装置だって、「治して」しまえるはず!)
私は大きく深呼吸し、魔力を装置に向けて集中する。空気中の魔力が、私の体に集まってくるのを感じる。
(……大回復魔法!)
強力な回復魔法が装置を包み込む。
眩い光が遺跡内を満たし、一瞬にして全てが静まり返る。
その光の中で、装置の「傷」が癒えていくのが見える。暴走した魔力のほころびが、少しずつ修復されていく。
煙の噴出が止まり、装置の動きが安定する。同時に、魔物とゴーレムの動きも止まった。
煙が消えると空気が澄んでいき、呼吸が楽になる。バリアを解除しても問題なさそうだ。
「え……? 止まった?」
シャルがピタリと動きを止めた魔物を見て、困惑した声を上げる。
ゴルドーも驚いた表情で周囲を見回している。
装置が正常に戻ると、遺跡内に柔らかな光が灯った。
壁に刻まれた文字が淡く光り始める。その光が、遺跡内を幻想的な雰囲気で包む。
「これは……正常動作に戻った、のか……?」
「なんかいいねぇ! この遺跡の中も探検してみたいな~」
シャルの目が輝く。私もちょっと興味はある……けど、正直もう疲れた。
MPを使いすぎて今にも倒れそうだ。体が重く、視界がぼやける。
「おおっと、ミュウちゃん!」
シャルが駆け寄って私の体を支えてくれた。
頭がぐわんぐわんする……。ちょっと集中しすぎたかも。
シャルの体温が、熱した私の体に混ざり込む。
「ミュウ、煙は止まった。お前のおかげだ」
ゴルドーの言葉は端的で、しかしそれだけに心底からの意見だということがわかった。
シャルに肩を借りながら弱々しく頷く。
「さあ、村に戻ろっか。あとはみんなを治したら、この事件も解決だよ!」
シャルの声に、私は頷いた。
……お姫様抱っこで抱えられながら。
シャルの腕の力強さを感じる。
(……何この持ち方!?)
驚愕と抗議の意味を込めてシャルを見つめる。
その視線に気付いたのか、シャルは微笑みかけてきた。彼女の赤い髪が、顔の近くで揺れる。
「ほら、背中は剣背負ってるからさ。ゴツゴツしてるでしょ」
かもしれないけど……! だからってもうちょっと他にないかな!?
顔が熱くなるのを感じながら、私たちは遺跡を後にした。
■
私たちは村への帰路についた。
シャルが私を抱え、ゴルドーが先導する形で進む。
疲労で視界がぼやける中、シャルの腕の温もりを感じながら、私の意識は朦朧としていた。
風が頬を撫で、かすかに草の香りが鼻をくすぐる。
「ミュウちゃん、大丈夫? もうちょっとで村だからね」
シャルの声が優しく耳元に響く。その声に含まれる心配が伝わってくる。
私は小さく頷くことしかできない。……というか、寝そうだった。瞼が重い……。
ゴルドーは早足で私たちの前を歩いていた。彼の足音が地面を刻む。
彼の背中からは、何か焦りのようなものが感じられる。
「急ぐぞ。村の状況がどうなっているか気になる」
その言葉に、シャルも足を速める。私の体が揺れ、周りの景色がぼやけて見える。
遠くに村の輪郭が見えてきた。屋根の形が少しずつはっきりしていく。
村に近づくにつれ、空気が変わっているのがわかる。
あの重苦しい雰囲気が薄れ、清々しい風が吹いていた。
煙の刺激臭も消え、代わりに草木の爽やかな香りが漂う。鳥のさえずりも聞こえ始める。
村の入り口に着くと、そこには多くの村人たちが集まっていた。
彼らの顔には期待と不安が入り混じっている。混乱した様子の話し声や衣擦れの音が聞こえた。
その中を、村長が私たちに向かって歩み寄ってきた。
村長の杖が砂を叩く音が規則的に響く。
「ゴルドー、無事だったか! そして、これは……!? 煙が消えたぞ!」
村長の目が、シャルとゴルドー……ついでになぜかお姫様抱っこされている私に向けられる。
見ないで……なんでお姫様抱っこされてんだみたいな目を向けないで……。
「ああ、村長。遺跡にある装置は停止した。彼女のおかげだ」
ゴルドーが簡潔に状況を説明する。
村長の顔に安堵の色が広がる。深いしわが少し和らぐ。
「そうか……本当によくやってくれた。では、その……村人たちの治療は、できるだろうか?」
「どう、ミュウちゃん。やれる?」
シャルが尋ね、私は頷いた。少しはMPも回復したし、お姫様抱っこも嫌だし……。
状態異常回復魔法はあまりMP消費も大きくないはずだ。
村の広場に、病人たちが集められた。
私はシャルに降ろされ、村人たちの前に立つ。足がふらつくのを感じる。
周りの期待に押しつぶされそうになりながらも、私は深呼吸をして集中する。
空気が肺に入り、少し力が湧いてきた。
(広域化……状態異常回復魔法)
私の構えた杖から、青白い光が広がっていく。
その光が次第に大きくなり、広場全体を包み込んでいく。
光の温かさが肌に触れ、村人たちの驚きの声が聞こえる。
光に包まれた村人たちの表情が、徐々に変わっていく。
苦しそうだった顔つきが和らぎ、目が輝きを取り戻していく。
皮膚の色が健康的になっていくのが見える。何より、ずっと目を閉じていたお爺さんたちも目を開き始めた。
「あ……? こ、これ、は……」
「息が……苦しくない。おお……いつぶりだろう」
「ここは……!? わっ、私はどうして……」
次々と喜びと当惑の声が上がる。中にはしばらく意識を失っていた人もいるのだろう。
村全体が、安堵と喜びに包まれていく。歓声が漣のように広場に響き渡る。
光が消えると同時に、私の視界が暗くなる。
体から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。足がふらつき、バランスを崩す。
「ミュウちゃん!」
シャルが慌てて私を支える。その腕の中で、私は力尽きていた。
あー……。やっぱりさすがにMPが枯渇していたみたいだ。
体が重く、目を開けているのも難しい。
「すごいよミュウちゃん! 皆起き上がってく……! 村を救ったんだよ!」
シャルの声が聞こえる。その声には、普段聞けないほどの大きな感動が滲んでいた。
「まさか、こんなあっという間にすべてが解決するなんて……! ありがとう、本当にありがとう!」
村長の声。そして周りから沸き起こる拍手。それらの音が、遠くなっていく。
耳鳴りのような音が聞こえ始める。
「ミュウちゃん、よく頑張ったね。もう休んでいいよ」
シャルの優しい声を最後に、私は意識を手放した。暗闇が私を包み込む。
■
目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
柔らかなベッドの感触と、窓から差し込む陽の光。鼻をくすぐる薬草の香り。
「あ、起きた?」
顔を向けると、そこにはシャルがいた。彼女の顔に、安堵の表情が広がる。
「……?」
「ミュウちゃん、まる一日寝てたんだよ。みんなすっごく心配してたんだから」
ぼーっとしている私に、シャルが水の入ったコップを差し出す。ガラスが光を反射して輝く。
私はそれを受け取り、喉を潤す。冷たい水が喉を通り、体に少しずつ力が戻ってくるのを感じる。
「ぷはっ……!」
「村のみんなは大丈夫だよ。みんな元気になったし、遺跡の煙も完全になくなったんだ。
これから村をどうやって復興するか、みんなで話し合ってるみたい」
シャルの言葉に、私は安心する。それならよかった。頑張ったかいがあったみたいだ。
部屋の外から、人々の話し声が聞こえてくる。村に来たときはなかった賑わいだ。
「村ではミュウちゃんを聖女だって崇めてる人がいたよ。面白かったなー!」
シャルの目が輝いている。
面白……くはないよ! 何その怖い話!?
「それより、ミュウちゃん。お腹すいてない? 何か食べる?」
シャルの言葉に、私は小さく頷く。たしかに、お腹は空いていた。胃がグルグルと音を立てる。
でも「それより」で流せる話題じゃないんだよね。なんなの聖女って……!?
「よーし、じゃあ美味しいもの持ってくるね! 待ってて!」
シャルが部屋を出ていく。ドアが開閉する音が響く。
その後ろ姿を見送りながら、私は思わず頬が緩むのを感じ、再びベッドに身を沈めた。
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