第19話 謎めいた遺跡
村を出て鉱山への道を進むにつれ、山中の景色が徐々に変化していった。
かつて生い茂っていたであろう草木は色褪せ、枯れ果てた姿へと変わっていた。
風に揺れる枝葉の音も、乾いた軋みへと変わっている。
足元を踏みしめると、乾いた土がパサパサと音を立て、細かい埃が舞い上がる。
風に乗って運ばれてくる硫黄の刺激臭が、徐々に強くなっていく。
その匂いは、私たちの鼻腔をくすぐり、不快感を覚えさせた。
「この鉱山は、昔から村の生命線だったんだ」
ゴルドーの低い声が、静寂を破る。
彼の目は、遠くを見つめ、過去を回想しているようだった。
「鉄や銅、時には金さえも産出された。村の繁栄は、すべてこの鉱山のおかげだった」
「そっか……それなのに、今は封鎖されちゃってるんだね」
シャルが興味深そうに聞き入る。彼女は村の歴史に思いを馳せているようだ。
「だが採掘が進むにつれ、良質な鉱脈は枯渇していった。新しい鉱脈を探す中で、あの遺跡を発見したんだ」
彼の声には悔恨のような重みがあった。遺跡の存在が、この災いの始まりだったのだろう。
やがて、鉱山の入り口が見えてきた。
その姿は、まるで大きな獣の口のようだった。
洞窟の中から、はっきりとした白い煙が漂い出ている。その光景に、思わず足が止まる。
煙は、まるで生き物のように蠢いているように見えた。
「ここからは気をつけろ。煙の影響で、呼吸が困難になるかもしれない」
ゴルドーの警告に、私たちは頷く。深呼吸をして心を落ち着かせると、ひとまず冷静に煙の発生を眺める。
「すんごい煙の量……。中が見えないレベルじゃん。こんなの入れる?」
「何らかの魔法による対策は必須だろうな。ミュウ、どうだ?」
どう、と問われたものの、遠くから見ているだけでは何もわからない。
私は意を決し、おそるおそる鉱山の中へと足を踏み入れた。
「えっ!? ちょ、ミュウちゃん! 危ないってば!」
そんな私の肩を掴もうとしたシャルが、ゴルドーに止められる。
ごめん、シャル……でも大丈夫なはずだから。
内部は煙のせいで予想以上に湿っていた。そして、煙が濃すぎてほとんど前が見えない。
壁にはうっすらと掘りかけの鉱石の痕跡が見え、その冷たいゴツゴツした感触が指先に伝わってくる。
放置されたツルハシの量が、かつての繁栄を物語っているようだった。しかし今は、白い煙だけがこの鉱脈を支配していた。
さらに数歩進んだところで、突然、激しい咳が込み上げてきた。
喉が焼けるような痛みと共に、呼吸が苦しくなる。
肺が焼けるような感覚に襲われ、目に涙が溢れる。
「……っ! げほっ、がはっ……!」
「ミュウちゃん!」
シャルの声が外から聞こえる。
目の前が霞んで、うまく焦点が合わない。
体が熱くなり、意識が遠のいていく。全身が重く感じられ、足元がふらつく。
「くっ……状態異常回復魔法……!」
必死に意識を保ちながら、状態異常回復魔法を自分にかける。
すると、徐々に視界が晴れ、呼吸も楽になってきた。
体の熱も引いていき、正常な感覚が戻ってくる。
……よし。体調は万全になった。
身を持って体験したことで、状態異常回復ができるようになったみたいだ。
とはいえ、長居していたらまた病気になる……。
私は急いで煙の中から出て、シャルたちのもとに戻った。
「ミュウちゃん大丈夫!?」
「……」
「もう~、心配させないでよ! こんな無茶しちゃダメだからね!」
シャルの怒りの中に、深い心配が滲んでいるのがわかる。
申し訳ない気持ちと同時に、少し嬉しさも感じる。
「ごめん……」
「それで。成果はあったのか?」
ゴルドーの問いに頷く。
今ので、この病気に対する状態異常回復魔法が発動できるようになった。
村に戻れば、みんなを治せるはずだ。
だけど、この煙の発生を止めない限り、病気になる人は出続けるだろう。
それじゃ意味がない。私がずっと村にいて治し続けるのも……できなくはないかもしれないけど、あんまり現実的じゃない。
つまりやっぱり、この煙の発生源を突き止めた上で止めなければ、この村を救うことはできないのだ。
(状態異常……防護壁)
私は無詠唱魔法を発動させ、私と2人を薄い球体のバリアで包み込む。
青白い光の膜が煙を遮断する。
バリアが展開される瞬間、かすかに空気が振動するのを感じた。
「あれ……!? 匂いがなくなった! これ、ミュウちゃんの魔法!?」
私は頷く。バリアの中は涼しく、呼吸の苦しさも感じない。
有害な硫黄の匂いも消え、清浄な空気だけが残っていた。
「すごーい! これなら安全に進めそうだね!」
シャルの声が弾む。ゴルドーは……すごく目を見開いていた。そんな顔できるんだ!?
「規格外だな、つくづく……。極地活動用魔法なのか?
温度まで制御されている……これがあれば火山などの場所であっても活動できる可能性すらあるな……」
ゴルドーがぶつぶつ呟いているが、そんなに大したものなのだろうか。
あくまで状態異常に対処するだけのつもりなんだけど……。
バリアを展開しながら、3人で慎重に内部へと進んでいく。
足元は滑りやすく、時折小石を踏む音が響く。
その音が、静寂の中で異様に大きく聞こえる。
ついでに煙による視界の悪化もバリアによって対策されている。
ようやくはっきりと見えた床を慎重に歩いていく。岩肌の質感や、採掘の跡が生々しく見える。
しばらく進むと、鉱山の通路が突然広がり、そこに整然とした廊下が現れた。
壁には不思議な文字が刻まれ、床には幾何学模様が描かれている。
その光景に、私たちは思わず足を止めた。壁面からは、かすかに魔力の残滓が感じられる。
「これが遺跡? すごいね……思った以上に遺跡だよ、これ。こんなのが山の中に埋まってたんだ」
シャルの声が、静寂を破る。ゴルドーは慎重に壁の文字を観察している。
「見たことのない文字だ。いつの時代のものだろうな」
廊下をさらに進むと、大きな円形の部屋に出た。その中心には、巨大な機械のような装置が鎮座していた。
その装置から、白い煙が噴き出している。
装置はまるで、生き物のように脈動しているように見える。
「あれだ。あの装置が煙の源だ……!」
ゴルドーの声に、私たちは装置に近づく。しかし、その瞬間、遺跡全体が振動し始めた。
床が揺れ、壁から小さな砂が落ちてくる。体勢を崩した私はその場にコケてしまう。
「……っ!」
「な、何!? おっと、ミュウちゃん平気?」
シャルの驚きの声が響き、彼女が手を差し伸べてくれる。その手に掴まってなんとか立ち上がる頃には、揺れは収まっていた。
その代わり、装置から噴き出す煙が急激に増加している。
バリアが揺らぐのを感じ、私は必死に追加の魔力を注ぎ込む。バリアの表面が煙に押されて歪んでいたのが、元に戻った。
「わわわ……! バリアが揺れてる! ミュウちゃん、大丈夫!?」
シャルの声が聞こえるが、返事をする余裕はない。全神経を集中して、バリアの維持に努める。
バリアがなくなったら煙でまともに動けなくなる……! ううっ、胃が痛くなってきた……。
――そのとき、部屋の隅から重々しい足音が聞こえてきた。
見ると、そこには巨大なゴーレムの姿があった。先日の巨大石像ほどではないが、少なくともゴルドーの2倍ほどの背丈のようだ。
「防衛兵器か? この遺跡はいったい何なんだ」
ゴルドーが呟く。彼は大きなハンマーを構え、ゴーレムに向かって身構える。
ハンマーを握る手に、力が入る。
同時に、別の方向から獣のような唸り声が聞こえてきた。
ドチャドチャという地面を駆ける音とともに、犬のような魔物が現れる。その姿は煙に溶け込むように曖昧だ。
「何この犬!? 煙が効いてないの!?」
「そいつも防衛機構の一種だろうな。油断するな」
「オッケー。こっちは任せて! ミュウちゃん、装置を何とかできる!?」
何とかって……! 私は慌てるが、なんとか頷く。とにかく煙さえ止めてしまえば、あとは脱出すればいいだけだ!
頷きを見届けたシャルが剣を抜き、魔物に向かって突進する。
剣を抜く音が、緊張感を高める。
私は深呼吸をして、装置に意識を集中する。
煙の中から、かすかに魔力の流れが感じられる。
その流れを読み解き、装置を止める方法を見つけなければ。
装置から放たれる魔力の波動が、私の全身に伝わってくる。
私たち3人、それぞれの戦いが始まった。
ゴルドーの重いハンマーがゴーレムに振り下ろされる音、シャルの剣が空を切る音。
金属と岩がぶつかる音、獣の唸り声。これらの音が入り混じる中、私は目の前の装置に向き合った。
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