第150話 エピローグ
アランシア王国を後にする日、空は限りなく澄んでいた。
遠くの山々まで、くっきりと輪郭が見える。
雲ひとつない青空の下、新緑の季節を迎えた街は活気に満ちていた。
城門を出ると、人々が私たちを見送るために集まっていた。
シャルは元気よく手を振り、私はその後ろで小さく頭を下げる。
新しい装備に身を包んだ私たちの姿に、人々から歓声が上がる。
「聖女様、また来てくださいね!」
「英雄様、気をつけて!」
「お二人の冒険、神様が見守ってくださいますように!」
祝福の声が、朝の空気に溶けていく。
シャルが背負う新しい剣は、まるで月光を閉じ込めたかのように銀色に輝いている。
柄には繊細な模様が刻まれ、グリップ部分には柔らかな革が巻かれていた。
私の背中の新しい杖もまた、見事な出来栄えだ。
透明な水晶の先端から、幾何学模様の刻まれた白銀の柄へと繋がる優美なライン。
それは実用的な武器であると同時に、芸術品としても通用しそうなほどの美しさを持っていた。
杖が魔力に呼応するように温かみを帯びる。
まるで、これから始まる冒険を後押ししてくれているかのように。
「ねえ、ミュウちゃん」
街道に出て少し歩いたところで、シャルが立ち止まった。
彼女の赤い髪が、朝日に照らされて輝いている。
シャルが身につけた軽装の革鎧は、動きやすさを重視した新調のもの。
肩当ては銀の装飾が施され、胸には「アランシア救世卿」の紋章が輝いていた。
「南の国、行ってみない?」
「……?」
突然の提案に、私は首を傾げる。薄い朝靄の中で、シャルの笑顔が一層輝いて見えた。
「覚えてる? あたしたちが出会って最初のころ、あの行商人たち。果物がたくさん採れる国から来てたって」
私は小さく目を見開いた。
あの頃のことは、今でもよく覚えている。ギルドを追放され、途方に暮れていた私。
重たい革の鞄を片手に、ギルドの前で立ち尽くしていた時。
そこへ現れた、まぶしいほどの笑顔を持つ剣士。
「あの人たち、南の国まで2ヶ月以上かかったって言ってたよね? 結構遠いけど……どう?」
シャルの瞳が、期待に輝いている。
その緑色の瞳は、今咲き誇る若葉と同じ色をしていた。
(遠いのに……でも)
むしろ、だからこそ。
私は小さく頷いた。シャルと一緒なら、どこまでだって行ける。
「やった! 南の国、きっと楽しいよ! お店もいっぱいあるみたいだし、美味しい果物も食べられるし!」
シャルは両手を広げて、まるで踊るように回る。彼女の姿は、まさに私が初めて出会った時と同じ。
ただし、あの時とは違い、今の私には強い「仲間」という実感があった。
それは、共に戦い、支え合ってきた確かな証。
私たちは歩き始める。
新しい剣を背負ったシャルの足取りは軽やかで、私もその横を小さな一歩で進んでいく。
革靴が街道の石畳を踏む音が、心地よいリズムを刻んでいた。
道端には、色とりどりの花が咲いていた。
若草色の茎の上で、白やピンク、青や黄色の花びらが風に揺れる。
白い世界から解放された大地は、まるでその自由を祝うかのように、生命の息吹に満ちている。
小鳥たちのさえずりが、私たちの旅立ちを祝福するように木々の間から響いてくる。
なだらかな坂道を上っていくと、アランシアの街並みが徐々に小さくなっていく。
振り返ると、朝日に照らされた白い城壁が、まるで巨大な宝石のように輝いていた。
城壁の上を飛ぶ鳩の群れが、銀色の点となって空を舞う。
太陽は少しずつ高度を上げ、私たちの影が短くなっていく。
新しい一日の始まりを告げるように、若葉の香りを含んだ風が私たちの頬を撫でていった。
「そうだ、ミュウちゃん」
シャルが、また思いついたように声を上げる。彼女の赤い髪が風に舞い、陽光を反射して輝く。
「アヴァロンの話、誰にも言わないでおこうよ。あたしたちだけの秘密として」
私は少し驚いて、シャルを見上げる。彼女の背後では、朝もやが晴れていく様子が見えた。
シャルはニッと笑った。その笑顔には、親しい仲間だけが共有できる秘密を持つ喜びが溢れている。
「だって、言っても誰も信じないでしょ? 千年前の世界にある理想郷とか、白く染まった世界を救ったとか。
それに……マーリンのことは、あたしたちだけの思い出として、残しておきたいんだ」
その言葉に、私は静かに頷く。
確かに、マーリンとの戦いと別れは、私たちだけが知る大切な記憶だ。
(……ううん。大切な、宝物だ)
私は心の中でそう思いながら、新しい杖を握り直す。
その先端の水晶に朝日が反射し、七色の光が地面に踊る。
「さぁ、行こう!」
シャルは南の地平線に向かって腕を伸ばす。朝日を背に、彼女のシルエットが輝いて見える。
遥か彼方には、まだ見ぬ世界が広がっている。深い緑の森、果てしない砂漠、そして豊かな南国。
きっとそこには、私たちの助けを必要としている誰かがいるはずだ。
私は大きく深呼吸をする。
新鮮な朝の空気が、肺いっぱいに広がった。草花の香りと、遠くから運ばれてくる海の匂い。
体の中を満たしていくその感覚は、まるで新しい冒険への期待のよう。
黙って杖を握る私と、きらきらと瞳を輝かせるシャル。
コミュ障のヒーラーと、うるさい陽キャの剣士。
出会ってからずっと、私たちは共に歩んできた。
そしてこれからも――。
朝露に濡れた街道に、私たちの足跡が続いていく。
新しい物語は、まだ始まったばかり。
本作は完結いたしました。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!!
ちなみにまったく毛色違いますが、現在サイバーパンクざまぁ小説も連載中です!!
よろしければ一度ご覧ください……!
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