第15話 再来
石像兵との戦いが終わり、地下広場は興奮冷めやらぬ冒険者たちの歓声で溢れていた。
埃と汗の匂いが漂う中、人々は互いを抱き合い、勝利を祝っている。
金属の鎧がぶつかり合う音と、安堵の笑い声が入り混じる。
「ミュウちゃん! シャル! 君たち本当にすごいよ!」
「命の恩人だ。まだ子供だってのに、どうやってあんな魔法を学んだんだ?」
次々と寄せられる称賛の声に、私は戸惑いを隠せなかった。
シャルは満面の笑みで応えているが、私は俯くばかり。頬が熱くなり、地面しか見られない。
こんなに多くの人に囲まれ、褒められるのは初めての経験だ。
全身がむず痒く、背中に汗が流れる。
その時、リュークの連行を終えたギルドマスター、アルバートがダンジョンに戻ってきた。
彼の足音が近づき、周囲が静まり返る。彼の眼差しは優しく微笑んでいる。
「ミュウ、シャル。君たち2人の活躍のおかげで、ノルディアスは大きな危機を免れた。心から感謝する」
アルバートの声には威厳が感じられる。彼は私たちを見つめ、口元を緩めた。
「まずは特別報酬として、君たち2人をA級冒険者に昇格させよう。
ま、本来A級の実力だったのに事情でBにしてたってのが実情だからな。
改めてこれからも、ノルディアスのために力を貸してほしい」
「やったね! ありがとうございまーす!」
シャルは歓喜の声を上げたが、私はただ呆然としていた。
A級冒険者? 私が? 信じられない気持ちで一杯になる。
頭がクラクラし、足元がふらつく。
「やったね、ミュウちゃん!」
シャルが私を抱きしめる。彼女の体温が伝わってきて、少し現実感が戻る。
「どしたの、ぼーっとしちゃって。ミュウちゃんは強いんだから、これくらい当然だよ。もっと自信持って!」
シャルの言葉は優しく、励ましに満ちている。でも、私の心の中は複雑だった。
本当に自分にこんな称賛を受ける資格があるのだろうか。
これは私が見ている都合のいい夢なんじゃないだろうか。
周りの喜びの声が遠のいていく。胸の中に不安が広がる。
私は本当にそんなに凄いのだろうか。
たまたま上手くいっただけなんじゃないかな……。
■
微妙な気分でギルドに戻ると、さらなる祝宴が待っていた。
酒と料理の香りが立ち込め、冒険者たちの笑い声が響き渡る。
グラスがぶつかり合う音、皿の触れ合う音が耳に入る。
シャルは周りの人々に囲まれ、楽しそうに話している。彼女の声が、時折はっきりと聞こえてくる。
しかし、私にはこの雰囲気が重荷だった。
多くの人々の視線が私に注がれ、それぞれが私に話しかけようとする。
その度に、全身がざわざわしてMPが急激に減っていく……!
「今何歳なんだっけ? 親とかは?」
「あっ、あの……」
「奢ってやるよ。好きな食い物はあるか?」
「アッ、アッ……!」
……その度に、私は言葉に詰まり、うまく応えられない。喉が乾き、舌が重くなる。
やっぱり、かろうじて会話ができるのはシャルくらいだ。
でも、酒の入ったシャルはご機嫌で、さすがにこちらには気付いていないようだ。
そりゃしょうがないよね……。
(……こんな場所にいても、空気悪くするだけだ……)
そう思い、私はひっそりとギルドを抜け出した。
喧騒が遠ざかっていき、屋内の明かりに別れを告げる。
扉を開ける時、冷たい取っ手の感触が手に残る。
外に出ると夜の空気が肌に触れ、少し落ち着きを取り戻した。
涼しい風が頬を撫で、緊張していた体がほぐれていく。
宿へ向かう道すがら、私は自分の気持ちを整理しようとしていた。
足音が、静かな夜道に響く。
突然の昇格、人々の称賛、そして自分の力への不安。
全てが混ざり合い、頭の中は混乱している。
「なあ」
そんな時、突然声をかけられた。
体格の大きな2人。街灯が逆行になり、顔がよく見えないが……。足音が近づいてくる。
「――よう、ミュウ。久しぶりだな」
目が慣れてくると、それは見覚えのある人間だった。
1人は前のギルドマスター……グラハム。
そしてもう1人は、前のギルドの……誰だったっけ?
よく覚えていないが、豊満な体格をした女性だ。
纏う魔力から、彼女がヒーラーであることがわかる。魔力の波動が、かすかに空気を震わせている。
グラハムは相変わらずの威圧的な態度で、女性は冷ややかな目で私を見ている。その視線に、思わず身を縮める。
「で、リンダ。どうだ?」
「……一目見ただけで分かったわ。この子よ」
ため息とともに吐き出されたその言葉に、私は思わず身を縮める。
ど、どういうこと。何の話……?
「そのー、な。お前にもう少し、ギルドでチャンスを与えてもよかったかもしれないな、と思ってな?」
グラハムの声が、夜の静けさを破る。その言葉は、一見優しげに聞こえるが、不自然さ極まりない。
街灯の黄色い光が彼の顔を照らし、浅ましい笑みが浮かんでいるのが見えた。
その光に照らされた彼の瞳には、欲望の色が宿っている。
「B級冒険者として戻ってこないか? 昇格だ。ギルドには色んなやつがいたほうがいいからな」
彼の言葉に、私は思わず後ずさる。
靴底が砂利を踏む音が、カリカリと耳障りに響く。
冷たい夜気が、私の首筋を撫でる。
そんなグラハムの様子を見て、女性が鼻で笑う。
その笑い声は、夜の静寂を切り裂くように鋭い。
「まあ、随分と手のひらを返すのね。この子を追い出したのはあなたじゃなかったの?」
彼女の声には、明らかな苛立ちが滲んでいる。
夜風が吹き抜け、その長い髪が揺れる。その髪の揺らぎはまるで炎のようだ。
「うるさいぞリンダ。後にしろよ」
グラハムは、リンダの言葉を鬱陶しそうにしながら私に近づいてくる。
彼の足音が、重く地面を踏みしめる。
その音が、私の心臓の鼓動と同調しているかのようだ。
「どうせ喋れないお前じゃ、どこのギルドでも大して役には立てないだろう?
だったら俺のギルドで役立ててやる」
その言葉は、まるで刃物のように私の心を切り裂く。
喉が締め付けられるような感覚に襲われ、言葉が出てこない。
口の中が乾き、舌が動かなくなる。
(違う……私は、シャルと一緒なら……!)
心の中で叫んでいるのに、声にならない。
体が小刻みに震え、冷や汗が背中を伝う。
グラハムの大きな手が、私の腕を掴んだ。その感触に、恐怖で全身が凍りつく。
彼の手の荒い力が、私の肌を通して心まで侵食してくるようだ。
同時に、嫌な現実感が私の全身を蝕んでくる。
戦いに貢献して自分が認められる、夢のような感覚ではなく。
こんなふうに適当に、好き勝手に扱われることこそが、現実であるような――。
「さあ、行くぞ」
「……っ!」
彼の声が、夜の闇に溶けていく。
私は必死に抵抗しようとするが、体が言うことを聞かない。
足がすくみ、勝手に手を引かれるままに歩いてしまう。
――その時。石畳を弾くような、重々しい足音が近づいてきた。
「待て」
低く、しかし力強い声が響く。
振り返るとそこには細身の男、ゴルドーが立っていた。
彼の背負った巨大なハンマーが、月明かりに照らされて不気味に輝いている。
「その子の意思は? 聞いたのか?」
ゴルドーの言葉に、グラハムの顔が歪む。
彼の手の力が強くなり、痛みで顔をしかめる。
「お前に関係ないだろ? これは我がギルドの問題だ」
グラハムの声が低く唸る。彼の体から発せられる魔力が、空気を重くする。
その圧力で、呼吸が苦しくなる。嫌な空気だ。
ゴルドーは怯むことなく一歩前に出る。
彼の足が地面を踏みしめる音が耳に響く。
「先にその娘に依頼したいことがあってな。どいてもらおうか」
「しつこいな。誰だよお前は!」
グラハムの怒声が空を叩き、彼が腰に差した剣を抜く。
私は体ごと突き飛ばされ、リンダに受け止められた。彼女の体温が、私の冷えた体に伝わる。
「ミュウだったな。お前は自分がA級にふさわしくないと思うか?」
「……?」
ゴルドーがハンマーを構える。その瞬間、夜の静けさが一気に崩れ去った。
2人の魔力がぶつかり合い、風が渦を巻く。砂埃が舞い上がり、視界が悪くなる。
目を細めても、かすかにしか2人の姿が見えない。だけど、ゴルドーの声はまだ私に向いていた。
「アルバートはお前を信じ、このギルドの冒険者はお前に感謝している。それ故のA級だ。
――過ぎた謙遜は侮辱と知れ。俺たちの感謝を、ゴミに棄てるのはやめろ」
「……!」
私は、その場に立ち尽くしたまま呆然とその言葉を噛みしめる。その言葉が、心に深く刻まれていく。
その瞬間、私が受け取っていたはずの言葉が溢れ出す。
ギルドの人やシャルの、私を評価してくれる言葉が。
それらの言葉が、心の中で温かく響く。目尻が熱くなってくる。
「何をゴチャゴチャ言ってる! 俺のギルドにはこいつがいないとマズいんだよ!」
「……くだらん」
ゴルドーが脱力したままハンマーを持ち、対するグラハムは腰を落として剣を構える。
金属が擦れ合う音が、夜の空気を切り裂く。
夜の往来で、決闘が始まろうとしていた。
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