第149話 世界を救った英雄
白い光が消えると、そこには古めかしい石造りの天井が広がっていた。
私たちはアランシア王国の地下、転移装置の部屋に戻っていたのだ。
(この場所……最初にアヴァロンに行ったときの……)
天井からぶら下がった松明の光が、石壁に揺らめく影を作る。
そのオレンジ色の明かりは、アヴァロンでよく見た青白い光とは違って、どこか懐かしい温かみがあった。
私の隣で、シャルがゆっくりと体を起こす。
「ミュウちゃん……大丈夫?」
シャルの声には、まだ少し疲れが混じっていた。
私は小さく頷く。体は少し重かったが、それ以外に異常は感じない。
シャルと私は、転移装置の台座の上に横たわっていた。
大理石でできたその台座は、アヴァロンに向かう前と違い、光を失っていた。
(本当に……戻ってこられたんだ)
冷たい石の感触が、これが現実だと教えてくれる。
アヴァロンでの出来事が、まるで夢のようにも思えた。
でも、それは確かに起きたことだ。マーリンとの決着。アヴァロンの消滅。そして、未来の修正。
すべては確かな現実として、私とシャルの記憶に刻まれている。
「おーい! 誰かいないー!?」
シャルの声が、地下空間に響き渡る。その声に驚いて、私は思わず体を縮める。
相変わらず大声だ……。
「シャルさま! ミュウさま!」
階段から足音が響き、衛兵たちが駆けつけてくる。
彼らの足音が石の床に反響し、部屋中に木霊する。
「無事でしたか! 陛下がずっと心配していて……!」
衛兵たちは私たちを見つけると、安堵の表情を浮かべた。
その瞳には、尊敬の色も浮かんでいる。きっと、何か感じ取っているのだろう。
「うん! ミュウちゃんと一緒に、ちゃーんと解決してきたよ! アヴァロンのこととか、世界が白くなるのとか、全部!」
シャルは元気よく立ち上がり、衛兵たちに笑顔を向ける。
その明るい声に、衛兵たちも自然と表情を緩める。
「陛下に、すぐに報告を……!」
衛兵の一人が階段を駆け上がっていく。その足音が遠ざかっていった。
「さ、ミュウちゃん。あたしたちも行こう?」
シャルが手を差し出してくれる。
その手を取ると、しっかりと引き上げてくれた。シャルの手のひらは温かく、力強い。
「……うん」
私は小さく返事をする。
戻ってきたばかりなのに、会話でMPを消費するのはちょっと勿体ない気もするけれど。
でも、シャルには返事をしたくなる。それくらいの価値は、絶対にある。
ゆっくりと階段を上がっていく。
石の壁に立てかけられた松明が、私たちの行く手を照らしている。
階段を上りながら、私はアヴァロンでの出来事を思い返していた。
マーリンとの戦い。彼の仲間たちとの出会い。そして、最後の別れ。
(きっと、この世界は……)
そう考えていると、シャルが私の手をぎゅっと握った。
「ねえ、ミュウちゃん」
振り返ると、シャルが柔らかな笑顔を向けてくる。その表情には、親しい仲間としての信頼が満ちていた。
「あたしたち、すっごいことやっちゃったね」
その言葉に、私は小さく頷く。
確かに、私たちは「すごいこと」をしてきた。世界を救うなんて、まさか自分たちにできるとは思っていなかった。
でも、それは一人ではできなかったことだ。
シャルがいたから。そして、マーリンや彼の仲間たちとの出会いがあったから。
階段を登りながら、私たちの冒険は新しい一歩を踏み出そうとしていた。
アランシア王宮の大広間に足を踏み入れると、まぶしい光が目に飛び込んでくる。
■
高い天井に連なるステンドグラスから、陽の光が降り注いでいた。
その光は七色のプリズムとなって床に散り、まるで虹のじゅうたんを敷き詰めたかのよう。
窓の外には、青い空が広がっている。もう、あの白い世界は存在しない。
雲が風に流され、鳥たちが自由に羽ばたいていく。
木々は緑を取り戻し、花は再び咲き誇っていた。
「よく戻った、英雄たちよ」
ルシアン王が玉座から立ち上がる。若き王の声には、心からの感謝が込められていた。
「アヴァロンでの戦い、そして世界の回復。すべてを、この国は知っている」
広間には多くの貴族たちが集まっており、私たちを見る彼らの目には尊敬の色が浮かんでいる。
……そんな注目を集めて、私のMPはみるみる減っていく。
「ありがとう! ミュウちゃんが頑張ってくれたんだよ!」
シャルが明るく返す。相変わらず人前でも物怖じしない。
というか、私の緊張を和らげようとしてくれているのかもしれない。
「ああ。詳しくはまたぜひ聞かせてもらいたい。世界を救った英雄の話は、未来永劫語り継ぐことになるだろう」
ルシアン王の温かな微笑みに、貴族たちが頷く。
私は思わずシャルの後ろに隠れそうになる。
「人々は既に、君たちの偉業を讃えている。城下町では祝祭が始まっているようだ」
王の言葉通り、窓の外からは賑やかな音楽が聞こえてくる。
人々の笑い声、踊りの音、そして歌声。街全体が、祝福に包まれているようだった。
「では、二人をお連れしよう。民も、救世主たちに会いたがっているはずだ」
「……!?」
私は思わず後ずさりしそうになる。
だが、シャルが私の手をぎゅっと握ってくれた。その手のひらから、温かな安心感が伝わってくる。
城の外に出ると、まるで別世界のような光景が広がっていた。
街路には色とりどりの旗が翻り、噴水広場では楽団が演奏を奏でている。
道端には屋台が立ち並び、甘い香りや、焼き物の香ばしい匂いが漂う。
子供たちは歓声を上げて走り回り、大人たちはグラスを掲げて談笑している。
花びらが風に舞い、まるで私たちを歓迎するかのように降り注ぐ。
「わぁ! すごーい! めっちゃ豪華なお祭りだね!」
シャルが目を輝かせる。彼女の赤い髪が、陽の光を浴びて燃えるように輝いていた。
人々は私たちに気付くと、一斉に歓声を上げる。その声に私は思わずシャルの背中に隠れる。
「英雄様ー!」
「聖女様、ありがとうございます!」
「世界を救ってくれて、本当にありがとう!」
感謝の言葉が、波のように押し寄せてくる。
その声の一つ一つが、温かく、純粋な喜びに満ちていた。
「へへー、ありがとねー! でもほら、ミュウちゃんも挨拶してよ?」
シャルが私の背中を押す。
私は思わずごくりと唾を飲み込んだ。うう……こういうの、苦手なんだけど。
「……ど、どういたし……まして」
やっと絞り出した言葉に、さらに大きな歓声が沸き起こる。
その声に圧倒され、私は再びシャルの背中に隠れる。MPがゴリゴリ減っていく……。
「あはは、ミュウちゃんったら! ほら、あっちで何か美味しそうなの売ってるよ? 行ってみよ!」
シャルは私の手を引いて、人ごみの中を進んでいく。
彼女の明るさが、まるで盾のように私を守ってくれる。
――そんな祝祭の興奮が少し落ち着いた頃、私たちは再び王宮に呼ばれた。
今度は謁見の間ではなく、小さな応接室だった。
大きな暖炉が、部屋を柔らかな光で満たしている。窓からは、まだ祝祭の音が聞こえてくる。
「さて、二人への褒賞のことを話したい。構わないかな」
ルシアン王は、私たちの前の机に地図を広げた。
羊皮紙に描かれた地図には、アランシア王国の詳細な地形が記されている。
「この辺りの領地を、二人に与えたいと思う」
「うぇ!?」
ルシアンが指差したのは、森に囲まれた肥沃な場所。小さな町と、美しい湖があるようだ。
「そこで、二人は爵位を持つ貴族として――」
「いやぁー、それはちょっと!」
シャルが口を挟む。その声には、珍しく真剣な響きがあった。
「申し訳ないけど、それは断るよ」
「えっ」
ルシアン王が驚いた表情を浮かべる。私もまた、シャルを見つめた。
シャルは、まっすぐな瞳で王を見返している。
「なぜだ? 二人の功績に相応しい……というか、これでも足りないくらいだと思うが」
「だって、あたしたちはまだまだ旅を続けたいからさ」
シャルの声には、迷いがなかった。むしろ、どこか楽しそうだ。
「あたしとミュウちゃんの冒険は、まだ終わってないと思う。だって、まだまだ世界には行ったことない場所もあるし、また会いに行きたい人もいるし!」
彼女の言葉に、私は小さく頷く。まさに、その通りだった。
東方大陸や魔界……いろんな場所を旅してきた。しかし、まだこの世界のすべてを知ったわけじゃない。
「そうか……なるほど。君たちらしい考えだ」
ルシアン王は少し考え込むと、やがて静かに微笑んだ。
「では、代わりの褒賞を用意しよう。アレを」
王が合図すると、侍従が二つの箱を持ってきた。
重厚な木箱には、アランシア王国の紋章が刻まれている。
「まず、二人に『アランシア救世卿』の称号を授けよう」
「救世卿?」
「あぁ。その名の通り、世界を救った英雄に授けられる称号だ」
箱を開くと、中から二つの紋章が姿を現した。
銀と金で作られた美しい紋章。中央には、アランシアを象徴する水晶が嵌め込まれている。
……すごい高そうだなあ。
「そして、これを」
もう一つの箱が開かれる。
中には見事な装備の数々。シャルのための新しい剣と、私のための水晶の杖。
どちらも、見たことのないほど見事な出来栄えだった。
「これらは、王立錬金術師たちが心を込めて作り上げたものだ。二人の装備をもとに改良した」
「おぉー! すご!」
シャルは目を輝かせながら、新しい剣を手に取る。
刀身が、まるで月光のように美しく輝いている。
「わぁ……これ、魔力増幅剣と同じ?」
「ああ。アレと同じ機能を有しているが、その効率はますます高まっている。……本当はアヴァロンに行く前に渡したかったんだが、開発が間に合わなかった」
私も、新しい杖を受け取る。
手に取った瞬間、魔力が優しく共鳴するのを感じた。まるで、古くからの友人と再会したかのような感覚。
「そちらの杖は、初代王の記述をもとに、彼の杖を再現したものだ。同じマーリンの弟子である君なら、きっと使いこなせるだろう」
「……!」
ルシアン王の言葉に、シャルは嬉しそうに剣を掲げた。
私もまた、小さくお辞儀をする。
「ありがと! 大切に使わせてもらうね!」
「……ありがとう、ございます」
シャルが新しい剣を背中に括り付けながら、私に向かってウインクする。
「ねぇ、ミュウちゃん。ちょっと休憩したら、また冒険に出ようよ。今度はもっともっと遠くまで!」
その言葉に、私は頷いた。
……マーリンとの戦いで、私は多くのことを学んだ。
一人で抱え込まず、仲間と共に歩むことの大切さを。
(……私には、シャルがいてくれる。シャルと一緒なら、どこまでだって……)
私は新しい杖を握りしめる。
その先端の水晶が、まるで私たちの未来を映すように、柔らかな光を放っていた。
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