表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

148/150

第148話 理想郷の終焉

 青白い光が、地下空間全体に広がっていく。


(これが、(わたし)の……オリジナル。完全救済魔法(エライシュタゴン)


 その光は、これまで見たこともないほど強く、温かい。まるで生命そのものが光となったかのよう。

 巨大(きょだい)水晶(すいしょう)の間を、光が波のように()らめきながら進んでいく。

 マーリンの体が、ゆっくりとその光に包まれる。


「あ……」


 (かれ)の口から、小さな声が()れる。その(ひとみ)に、(おどろ)きの色が()かぶ。

 (わたし)魔法(まほう)は、マーリンの心の最深部へと()()んでいく。

 光は、(かれ)の全身の細胞(さいぼう)一つ一つを(つつ)()むように広がり、その(たましい)にまで達する。


「マーリン……」


 エイダが、静かにその名を呼ぶ。彼女(かのじょ)の声には、(なつ)かしさと切なさが混ざっている。


 (わたし)の横で、シャルが小さく息を()む。

 魔法(まほう)の光の中、マーリンの顔に表情が(もど)っていく。

 長い時を過ごした(かれ)の心から、(やみ)()けていくのが感じられる。


(おれ)たちのことを……全部覚えていたんだな」


 ウィルの声が、やわらかく(ひび)く。(かれ)の目には、親しい友への思いが()かんでいた。


「もちろんだ。一瞬(いっしゅん)たりとも、忘れたことはない」


 マーリンの声が、(ふる)える。その目から、大粒(おおつぶ)(なみだ)(こぼ)()ちる。


「ウィルの死を。エイダとの約束を。ガレスの亡骸(なきがら)を。(すべ)てを……ずっと覚えていた」


 光の中で、マーリンがゆっくりと(ひざ)をつく。


「でも……それだけだった。(わたし)は、君たちの意志を()げなかった……」


 (かれ)の声が、か細くなる。その姿は、もはや(おそ)ろしい魔導(まどう)王のものではなく、ただの(さび)しげな魔法使(まほうつか)いのそれだった。


「時間を()(かえ)し、未来を否定してまで理想を守ろうとした。結局、(わたし)は……」

「マーリン」


 ガレスが一歩前に出る。(かれ)の足音が、光の(うず)の中に(ひび)く。

 かつて親友だった二人(ふたり)。アヴァロンの是非(ぜひ)(めぐ)って戦い、マーリンに命を(うば)われた男。

 その(かれ)が、静かにマーリンの前に(ひざ)をつく。


「もういい。お前は、十分すぎるほど戦った」


 ガレスの声には、(いか)りも(にく)しみもない。

 ただ、古い友への理解と、深い思いやりだけがあった。


 (わたし)魔法(まほう)を続けながら、その光景を見つめる。

 シャルの手を(にぎ)(わたし)の手が、少し(あせ)ばんでいるのを感じた。


(言葉じゃない。これが、(わたし)にできる精一杯(せいいっぱい)の……)


 光は(さら)に強さを増し、マーリンの心の傷を(やさ)しく(つつ)()んでいく。

 それは千年の時を()えて積もった後悔(こうかい)孤独(こどく)(すべ)てを洗い流していく。


(わたし)の望みは……ただ、(だれ)も死なない世界が()しかっただけなのに」


 マーリンの(つぶや)きに、エイダが近づき、その背中に手を置く。


「ずっと一人(ひとり)で、頑張(がんば)ってきたのね」


 その言葉に、マーリンの(かた)(ふる)える。

 ウィルも()()い、昔のように明るく笑う。


「もう大丈夫(だいじょうぶ)だ。(おれ)たちがついてる。もう、(かた)の荷を降ろせよ」


 青白い光の中、(かれ)らの再会を見守りながら、(わたし)(だま)って魔法(まほう)を続けた。

 この瞬間(しゅんかん)、言葉など必要なかった。

 (わたし)魔法(まほう)が、(すべ)ての思いを伝えていた。


 ――その時、大地を()るがすような轟音(ごうおん)(ひび)(わた)った。


 頭上で、巨大(きょだい)な何かが(くだ)け散る音。

 それは氷山が割れ落ちるような、世界の終わりを告げるような音だった。

 地下空間の(かべ)という(かべ)に、その(ひび)きが木霊(こだま)する。


「始まったか……」


 マーリンが顔を上げる。その表情には、千年の時を経た者だけが持ちうる静かな覚悟(かくご)が刻まれていた。


「今回のアヴァロンのループが、限界を(むか)えた。もう一度()(かえ)すか、それとも……ここで終えるかだ」


 天井(てんじょう)から、星屑(ほしくず)のような白い光の粒子(りゅうし)が降り始める。

 まるで空が流れ落ちてくるような光景に、(わたし)は息を()む。


 その光は、(わたし)たちの周りに林立する巨大(きょだい)水晶(すいしょう)を照らし出す。

 水晶(すいしょう)は共鳴するように低い(うな)りを上げ、その振動(しんどう)が足元から伝わってくる。


 マーリンは重々しく立ち上がり、この地下空間を見渡(みわた)した。


「もう終わりにしよう。このループを、(わたし)の手で解く」


 その言葉に、(わたし)は思わず目を見開いた。

 ループの解除――それは、この理想郷の消滅(しょうめつ)を意味する。


「おいおい、待てよマーリン」


 ウィルが声を上げる。


「よく知らないけど、それってそんな簡単にどうにかなるモンなのか? それに、解除したら国の(やつ)らは……」

「死ぬことになる。……仕方のないことだ。この国は、時の摂理(せつり)(ゆが)めて存在しているのだから」


 (わたし)は地上の光景を思い起こす。超高層(ちょうこうそう)建築が林立し、科学と魔法(まほう)融合(ゆうごう)した未来都市アヴァロン。

 しかし、その繁栄(はんえい)は未来という(えさ)を食らい続けることで成り立っていた。(まぎ)れもない事実が、重く胸に(ひび)く。


「解除自体はできるのか?」

「ああ。(わたし)の命を使えば、なんとかなるだろう」


 マーリンの静かな決意に、エイダが()()る。


「だめよ! せっかく(わたし)たちと再会できたのに!」


 しかし、マーリンは静かに首を()った。

 天井(てんじょう)から降り注ぐ光が、(かれ)の姿を神々しく照らし出す。


「これは(わたし)の責任だ。アヴァロンを作り、時間を(ゆが)め、多くの人々を苦しめた。

 (すべ)ては(わたし)(あやま)ちだった。だからこそ、(わたし)の手で終わりにしなければ」


 (かれ)(つえ)(かか)げ、古の言葉で詠唱(えいしょう)を始める。その声が、不思議な残響(ざんきょう)(ともな)って(ひび)(わた)る。

 次々と(くだ)け散る水晶(すいしょう)の音。頭上では、理想郷そのものが崩壊(ほうかい)を始めているのだろう。


「マーリン!」

「待ってくれ!」


 ガレスとウィルが(さけ)ぶ。しかし、マーリンの詠唱(えいしょう)は止まらない。

 (かれ)の体が、月光のような(あわ)(かがや)きを放ち始める。その光は、刻一刻と強さを増していく。


(このまま、マーリンを消させるわけには……!)


 (わたし)は反射的に前に出ようとする。でも、シャルが(わたし)(うで)(つか)んで止めた。


「ミュウちゃん、待って」


 彼女(かのじょ)の手がかすかに(ふる)えている。きっと(わたし)と同じように、マーリンを止めたい気持ちでいっぱいなのだろう。

 でも、それ以上に……。


「これは、マーリンの決意だよ。止めるべきじゃない」


 シャルの声は、(めずら)しく静かだった。

 彼女(かのじょ)の言葉に、(わたし)は足を止める。そうだ。これは、マーリンの贖罪(しょくざい)への(おも)い。


 マーリンの体から放たれる光は、(すで)に太陽のような(かがや)きを放っている。

 ……その光が(またた)き、(かれ)(ひざ)をつく。


「ぐっ……」

「マーリン!?」


 魔力(まりょく)()らいでいる。……おそらく、マーリン一人(ひとり)だけでは足りないのだ。

 (わたし)手伝(てつだ)えば、どうにかなる……かもしれない、けど。


 そのとき、(わたし)が足を()()すより先に、ガレスがマーリンに近付く。そして、(かれ)(かた)を貸した。


「相変わらず、一人(ひとり)で何でもやろうとするな」


 ガレスの(あき)れた声。(かれ)の体から、マーリンに同調するように光が()れる。


「ガレス、何を――」

(おれ)たちは仲間だ。……だから、協力する」


 その言葉に目を見開くマーリン。ウィルとエイダもまた、(かた)をすくめて笑った。


「しょうがねぇな、ったく」

「そうね。マーリン。(わたし)たちの魔力(まりょく)も使いなさい」


(みんな)、まさか……だめだ。そんな!」

「いいんだ。(おれ)たちはもう死んでる、幽霊(ゆうれい)みたいなものだろ」

「そうそう。一緒(いっしょ)に行こうぜ」


 マーリンとその仲間たちが、(みな)激しい光に包まれる。その光が、制御装置(せいぎょそうち)へと()()まれていく。


 激しい光の中、マーリンの厳しい表情が、(やわ)らかく()けていく。


「みん、な……」


 その声は、これまで(だれ)にも聞かせなかった、心からの安堵(あんど)に満ちていた。

 千年もの間、独りで背負い続けた重荷を、(かれ)は初めて仲間と分かち合おうとしているのだ。


「だけど君たちは……この世に、(よみがえ)ったのに」

今更(いまさら)なに言ってんだよ」


 ウィルが(ほが)らかな声で笑う。その顔には、太陽のような明るさと、親友への信頼(しんらい)(かがや)いている。


「お前が独りで(かか)()むから、(おれ)たちはずっと心配してたんだぜ。たまには手を貸させろよ」


 エイダもまた、まるで子供を(さと)すように微笑(ほほえ)んだ。


「そうよ。一人(ひとり)頑張(がんば)りすぎるのはよくないわ」

「お前は、完璧(かんぺき)を求めすぎていた」


 ガレスの声が、水晶(すいしょう)の間を(ひび)(わた)る。


「理想の世界を作ろうとして、(だれ)かを(たよ)ることを忘れていた。だが、それは(ちが)う」


 その言葉に、マーリンはゆっくりと目を閉じる。

 (かれ)の周りを包む光が、静かで(やさ)しい(かがや)きを帯び始めた。


「そうだな……ありがとう、(みんな)


 マーリンの声は、千年の重みから解放されたかのように清らかだった。


「理想の世界とは、きっと……こうして、仲間と支え合えることなのかもしれない」


 (かれ)らの体から放たれる光が一つの大河となり、制御装置(せいぎょそうち)へと(なが)()んでいく。

 頭上のアヴァロンを支えていた時間のループが、静かに、しかし確実に解かれていく。


 そのとき、マーリンが(わたし)たちの方を向いた。


「ミュウ」


 (わたし)は小さく(うなず)く。シャルの手を(にぎ)る力が、自然と強くなる。


「お前の魔法(まほう)は、本当に素晴(すば)らしい」


 マーリンの(ひとみ)に、師としての(ほこ)りが宿る。


「傷を()やすだけでなく、心まで()やすことができる。……(わたし)が教えた以上の力を、お前は身につけた」


 その言葉に、(わたし)の目に熱いものが()かぶ。シャルが、(わたし)(かた)()く。


「だが、それ以上に――お前は、仲間を大切にすることを忘れなかった」


 マーリンの体が、朝露(あさつゆ)のように透明(とうめい)になっていく。光の粒子(りゅうし)となって、少しずつその体が天井(てんじょう)へと(のぼ)っていく。


「……(わたし)のような(あやま)ちを、()(かえ)さないでくれ」


 エイダとウィルも、星屑(ほしくず)のように光となって消えていく。

 (かれ)らの顔には、安らかな微笑(ほほえ)みが()かんでいる。


「ミュウ、か」


 最後にガレスが、(わたし)たちに向かって手を()る。


「マーリンに、魔法(まほう)を教えてもらったんだってな。……あいつの弟子(でし)が、こんなに立派になってくれてよかった」


 その言葉と共に、ガレスの姿も光の(つぶ)子へと変わる。


 マーリンは最後に、千年前の、あの温かな笑顔(えがお)を見せた。


「さらばだ。……そして、ありがとう」


 光が(またた)く。

 理想郷を守ろうとした魔導(まどう)王と、(かれ)の仲間たちの姿が消える。

 残されたのは、静謐(せいひつ)な別れの余韻(よいん)だけ。


 頭上では、アヴァロンの街が(まばゆ)い光に包まれていく。

 人々の記憶(きおく)は、大河のように時の流れに(かえ)っていく。(うば)われたエネルギーは解き放たれ、白く染められた未来も、なかったことになるのだろう。


 (わたし)はシャルの(となり)で、(だま)って空を見上げた。

 目から(こぼ)れる(なみだ)が、止まることなく(ほお)を伝う。


「よく頑張(がんば)ったね、ミュウちゃん」


 シャルの声が、夜明けの光のように(やさ)しく(ひび)く。

 (わたし)は小さく(うなず)き、彼女(かのじょ)の手をぎゅっと(にぎ)り返した。


 光に包まれたアヴァロンは静かにこの世から消え……世界は、新たな朝を(むか)えようとしていた。

面白い、続きが気になると思ったら、ぜひブックマーク登録、評価をお願いします!

評価は下部の星マークで行えます! ☆☆☆☆☆を★★★★★にして応援お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ