第140話 魔導王の軌跡④
神殿の前には、松明の光が並び始めていた。
夜風に揺れる炎は、不吉な影を大理石の床に落とす。
「全員、包囲陣を敷け!」
号令の声が響く。甲冑の音と、武器のぶつかり合う音。
それらが神殿の静寂を打ち破っていく。
「神殿の守りは薄いようだ。早く巫女を確保しろ」
先頭には、金の装飾が施された鎧を着た男がいた。ヴェセル王国の将軍だろう。
彼は手を掲げ、部下に指示を出す。百人ほどの兵士たちが、整然と神殿を囲んでいく。
月明かりの下、彼らの鎧がギラギラと光る。
「あ、あの……将軍。ここは神聖な場所です。武力は……」
神官の一人が、震える声で訴える。
「黙れ。これは王の命だ」
将軍は冷たく言い放つ。その声には、どこか焦りが混じっている。
「巫女の力があれば、我が国は無敵となる。兵士の傷を即座に治せるのだからな」
彼は神殿を見上げ、鼻で笑う。
「巫女様! ここにおいでください! 我が国に力を貸していただきたい!」
将軍の声が、神殿に響き渡る。しかし返事はない。
静寂が流れる中、マーリンは仲間たちと共に、神殿の中で作戦を立てていた。
「正面玄関と裏口、それに側面の窓から侵入してくるはずよ」
「ああ。しかし奴らは、この神殿の構造を知らないはずだ。それを利用できる」
エイダの提案に、ガレスは頷きながら大剣を構える。
「僕は、泉の間を守ろう」
マーリンの声には、迷いがなかった。
瞳の奥には、実験への期待が潜んでいるようにも見える。
「よし。ウィルは屋根から弓で援護を。エイダは側面、俺は正面を受け持つ」
ガレスの指示に、全員が頷く。
その瞬間、将軍の声が再び響いた。
「時間切れだ。突入を開始する!」
「行こう、みんな」
マーリンが杖を構える。その手から、先ほど習得したばかりの回復魔法の光が漏れ出していた。
仲間たちは頷き、それぞれの持ち場へ。
ウィルは軽やかに屋根へと駆け上がり、エイダは斧を手に影に潜む。
ガレスは最後にマーリンの肩を叩いた。
「お前の力は本物だ。信じてるぞ」
その言葉に、マーリンは小さく微笑む。
「ありがとう。必ず、みんなを守ってみせよう!」
玄関に激しい衝撃が走る。扉が軋むような音を立てる。
兵士たちの掛け声と、扉を叩く音が混ざり合う。それは、まるで戦いの前奏曲のようだった。
「突撃!」
扉が開かれ、兵士たちが雪崩れ込んでくる。
月明かりと松明の光が交錯する中、剣と槍が光る。
戦いの火蓋が切って落とされた。
「迎え撃つ!」
ガレスの声は神殿の天井まで響き渡り、まるで雷のように轟く。
神殿に流れ込む兵士たちが、彼の大剣を前に足を止める。
巨大な刀身が、松明の光を反射して禍々しく輝いていた。
刃に浮かぶ紋様が、不気味な影を床に落とす。
「うおおっ!?」
「何だこいつは!? 巫女の護衛か……突き破れ!」
将軍の号令で、兵士たちが一斉に突進する。
鎧が触れ合う金属音が、神殿に響き渡る。しかし――
「疾空閃!」
ガレスの剣が、渦を巻くように振るわれる。荒々しい剣風が渦巻となって兵士たちを吹き飛ばした。
甲冑が軋む音と悲鳴が交錯する。神殿の床に兵士たちが転がり、一瞬の静寂が訪れる。
一方、側面の窓から侵入しようとした兵士たちは、エイダの斧の前に阻まれていた。
重厚な武器とは思えない速度で、彼女の斧は舞う。
月明かりに照らされた刃が、光の軌跡を描く。
「フッ、通れないわよ!」
斧が大きく振り下ろされる。床に亀裂が走り、兵士たちが後退する。
大理石の砕ける音が鋭く響き、それは彼らの士気をも砕くかのよう。
屋根からは、ウィルの放つ矢が狙いすまして飛んでいく。
直接の致傷は避けながら、兵士たちの動きを阻害していく。
矢は武器を弾き、動きを止め、隊形を乱していく。彼の狙いは、殺傷ではなく混乱だ。
将軍は歯噛みする。その顔には焦りの色が浮かび始めていた。
「なにをしている……たった4人相手に!」
しかし、戦況が一変する。
正攻法ではガレスやエイダを突破できないと見て、兵が引き上げていく。
「全軍、魔法部隊を前に! 一気に叩け!」
号令と共に、十数人の魔法使いが前に出る。彼らの掲げた杖から、火球が放たれた。
夜の闇を裂くように、赤い光が神殿内を照らす。
「くっ……!」
ガレスが剣で火球を弾くが、その隙を突いて兵士たちが突進してくる。
剣と槍が一斉に振り下ろされ、光の帯となって襲い掛かる。
彼の腕に、槍の切っ先が触れた。血が滴り始める。
鎧の隙間を突いた一撃は、確実な傷を残した。
「ガレス!」
マーリンの声が響く。その瞬間、ガレスの傷から青白い光が漏れ、傷が瞬時に塞がっていく。
光は生命力そのもののように温かく、傷痕さえも残さない。
「こ、これは……!」
兵士たちが驚愕の声を上げる。
その光景は、巫女の力に似ていた。しかし、より鋭く、より洗練されている。
側面でエイダも同じように傷を負うが、即座に回復した。傷が閉じる速度は、目を見張るほどだ。
「ありがとう、マーリン!」
エイダの掛け声に、マーリンは新たな術式を展開する。
空気中に魔法陣が浮かび上がり、神秘的な文様を描く。
回復魔法の原理を利用し、傷の有無を感知する魔法陣。
これにより、仲間が傷を負った瞬間に治癒が可能となるようだ。
魔法陣は美しく、しかし冷たい輝きを放っている。
……すごい。習得したばかりで、もうこれほどの応用をするなんて。
「お前たちの攻撃は、もう通用しない」
マーリンの声が静かに響く。直後に笑みを浮かべた。
「面白い! もっと実験してみようか」
彼の手から放たれる光が、形を変えていく。魔力が渦を巻き、新たな姿を現す。
回復の光は、次第に炎となって宙を舞い始めた。
兵士たちの足元は、あっという間に業火に包まれる。
青白い炎が床を這うように広がり、逃げ場を封じていく。
「ぐわあああああっ!」
兵士たちがたまらず後退する。その隙に、ガレスとエイダは呼吸を整えた。二人の動きは、さらに鋭さを増している。
「いいぞマーリン!」
ガレスが声を上げる。マーリンの魔法は、攻防一体となって戦場を支配していく。
まるで指揮者のように、戦いの流れを操っている。
「将軍! このままでは……!」
副官の声に、将軍は顔を歪める。布陣は崩れ、兵士たちは戦意を失いつつあった。
彼らの動きには、もはや統制が失われている。
「くそっ……撤退しろ! 全軍撤退だ!」
号令と共に、兵士たちは神殿から逃れ出していく。
松明の光が、夜の闇に飲み込まれていった。足音は次第に遠ざかり、静寂が戻ってくる。
「よっしゃ! ざまぁみろってんだい」
「何とか追い払えたようだな……まったく、依頼でもないのにこんな大立ち回りをすることになるとは」
仲間が勝利に喜ぶ傍ら、マーリンは戦いの余韻に浸りながら、新たに手に入れた力の可能性に思いを馳せる。
治癒と攻撃。相反する力を手に入れた。これからさらに魔法の力を高めていくことができるだろう……。
彼の目は、かつてないほどの輝きを放っていた。
■
戦いの痕跡が残る神殿に、朝日が差し込み始めていた。
損壊した柱や壁に朝の光が当たり、長い影を作る。
床には昨夜の戦いの跡が、無数の傷跡となって刻まれている。
剣の跡、魔法の痕、それらが大理石の床に永遠の記憶として残されていた。
「巫女様は……いないみたいだね。どこ行ったんだ?」
ウィルが静かに言った。
泉の間には誰もおらず、ただ水面が朝日に輝いているだけだった。
水面は穏やかに揺れ、その音だけが静寂を破る。
「なんだって? 昨日は確かに……」
「ちゃんと探したのか? 宿とかにはいないか?」
「いや……魔力を感じない。この近くにはいないようだ」
その頃、神殿の外では、巫女を求めて訪れた人々が困惑の声を上げている。
朝早くから集まってきた人々の声が、次第に不安に染まっていく。
「……僕が応対しよう」
状況を把握しきれていないながらも、マーリンが神殿の外に出る。
朝露に濡れた石段を降りていくと、すると年老いた男性が、震える声で訴えかけた。
「巫女様は……巫女様はどこに……?」
「私の孫が、病で……もうここしか頼る場所がないんです」
「あー、ちょっと待った皆! 巫女は今どうもいないっぽくて!」
次々と声が重なる。マーリンはその声に、先日の村を思い出していた。誰も助けられなかった、あの無力感。
しかし、今の自分には力がある。
「僕が治療しましょう」
マーリンの声は静かだが、確かな意志が込められている。その声には迷いはなかった。
「い、いいのか……!?」
「本当に? 巫女でなくても治せるの……?」
希望に満ちた声が上がる。マーリンは頷き、早速治療を始めた。
朝日が彼の姿を照らし、その影は神殿の階段を覆う。
巫女から盗み学んだ魔法は完璧だった。
老人の病は癒え、子供の怪我は治り、重病人の命は救われる。
青白い光が次々と病を浄化していく。
「すごいぞ、マーリン。完全に巫女の力を引き継いでいるじゃないか……!」
ガレスが、誇らしげな表情で見守っている。
エイダもウィルも、温かな目で彼を見つめていた。その目には、親しい友への信頼が満ちている。
それから、彼は少し考え込む。朝風が髪を揺らし、遠くから鳥の声が聞こえる。
「……なぁ。皆が良ければ、しばらくここに留まらないか?」
「え?」
突然の申し出に、ガレスは首を傾げた。その動きに、鎧がかすかに音を立てる。
「巫女がいなくなった……だけど、その噂は消えていない。助けを求めて多くの人がこれからもやってくるだろう。
だったら、僕がここに留まってその人たちを助けるべきじゃないかと……思うんだ。どうだろう?」
そんなマーリンの言葉に、仲間たちは肩を竦める。
彼の人となりを知っているためだろう。その表情には、温かな諦めと期待が混ざっている。
「ああ、いいぞ!」
「もちろんよ」
「マーリンは一回そういうこと言い出したら、動かないからなぁ」
仲間たちの返事に、マーリンは心から笑顔を浮かべた。
これが、この地が、後の理想郷アヴァロン。その始まりの瞬間だった。
まだ誰も、この選択が千年もの時を超えて続く物語の幕開けだとは知らない。
救いを求める人々の声が、次第に大きくなっていく。
朝日は神殿を黄金色に染め、新たな一日が始まろうとしていた。
その光は、まるで未来への道を照らすかのように、神殿の階段を黄金の帯で飾っていた……。
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