第135話 魔導王の真意
轟音と共に、街が揺れる。
窓の外では、未来都市の景色が歪んでいく。
空に亀裂が走り、そこから白い光が漏れ出している。
光は渦を巻き、まるで時空そのものを飲み込もうとするかのようだ。
「なんなのこれ!?」
シャルの声が響く。その声には焦りが混じっている。
「ループの終わりだよ」
マーリンは静かに告げる。その表情には、いつもの温和な微笑みが浮かんでいた。
「100日が経過し、世界が再起動しようとしている。まぁ、今回は少し早いかな」
彼は腕に巻いた時計のような装置を確認する。その動作には慌てた様子はない。
まるで、日常的な出来事を見ているかのようだった。
「でも、まだ100日じゃないでしょ!?」
「ああ、これは誤差の範囲内だよ。毎回、多少の時間のズレは生じる」
マーリンの言葉に、私たちは目を見開く。
窓の外では、高層ビルが崩れ始めていた。ガラスが割れる音が、遠くから次々と響いてくる。
「街の人たちは!?」
シャルが叫ぶ。通りでは人々が逃げ惑い、パニックが起きている。
空から降り注ぐ白い光の粒子が、建物を、道路を、そして人々を飲み込んでいく。
「心配いらないよ。彼らにとって、これは千回目か、一万回目かもしれない『終わり』なんだ」
マーリンは淡々と語る。その声には、どこか諦めのような響きがあった。
「さて、こうなった以上、システムの管理室に行かないといけない。
君たちも来るかい? そこなら、このループの真実を全て見ることができる」
マーリンはそう言うと、部屋の隅にある扉に向かって歩き出す。
その足取りは優雅で、まるで散歩にでも出かけるかのようだった。
「ミュウちゃん……」
シャルが私の手を握る。その手には力が込められていた。
「うん。行こう、シャル」
私たちは小さく頷き合い、マーリンの後を追う。
廊下に出ると、そこはすでに別世界のようだった。
天井や壁に亀裂が走り、床は不規則に揺れている。
白い光が、廊下の端から這うように近づいてきていた。
「この建物の地下に、管理室があるんだ」
マーリンは先導しながら説明する。
彼の白いローブが、不気味な光に照らされて揺れている。
「地下? でも、このビルももうすぐ崩れそうだよ!?」
確かにシャルの言う通りだ。このままでは、私たちは建物もろとも飲み込まれてしまう。
頭上では建材が軋む音が響き、いつ崩れ落ちてもおかしくない。
「大丈夫。管理室は特殊な空間なんだ。この世界が崩壊しても、最後まで残る」
マーリンの言葉が本当かどうかはわからない。
それでも、今は彼に付いていく以外に選択肢はない。
階段を降りていく。足元は不安定で、何度も転びそうになる。
天井からは小さな破片が落ちてきて、シャルが剣で払い除ける。
そうして地下に着くと、そこには巨大な扉が私たちを待っていた。
扉には複雑な魔法陣が刻まれており、かすかに青白い光を放っている。
「さあ、入ろうか」
マーリンが扉に手をかざすと、魔法陣が明滅し、重い扉がゆっくりと開いていく。
その向こうには――
「これが、アヴァロンの心臓部」
無数の光が渦巻く、広大な空間が広がっていた。
まるで星空のような光景。その中心には、巨大な水晶が浮かんでいる。
水晶の中では、白い光が脈動していた。
その光は、この街の全てを支配する力の源なのだろう。
私たちはただ、その光景に見入る。
世界の崩壊すら忘れるほどの、圧倒的な光景だった。
マーリンは、ゆっくりとその中心へと歩み出す。
「ここで、全てを話そう」
彼の声が、広大な空間に響き渡った。
「この水晶には、アヴァロンの全てが詰まっている」
マーリンの声が、光の渦巻く空間に響く。古い歴史を語るような重みで。
無数の星のような光が、私たちの周りを漂っている。それぞれの光は、まるで意思を持つかのように不規則に動き回る。
時折、光の粒子同士がぶつかり合い、小さな火花のような輝きを放つ。
「ループを維持するためのシステム。漂白された未来のエネルギー。そして、人々の記憶」
巨大な水晶の中で、白い光が鼓動を打つように明滅している。
その光は、水晶の表面を通して虹色に分散し、幻想的な景色を作り出していた。
「そして、もう一つ。このシステムには、非常停止機能がある」
上空では、崩壊していく世界の轟音が響いている。
金属が軋むような音、石が砕ける音、そして人々の叫び声が、遠くから聞こえてくる。
私たちの頭上では、アヴァロンが少しずつ白い光に飲み込まれていっているのだ。
「このループを強制的に停止させれば、漂白されたエネルギーを未来に還元することができる――」
マーリンの言葉に、シャルが身を乗り出す。彼女の目が輝いている。その瞳には、新たな希望の光が宿っていた。
「じゃあ、あたしたちの世界を元に戻せるってこと!?」
「ああ、その通りだ。未来に光を取り戻すことはできる」
マーリンはゆっくりと振り返り、私たちを見つめる。
その瞳には、深い悲しみと決意が浮かんでいた。
「だが、それはアヴァロンの完全な消滅を意味する」
私は息を呑む。消滅。この美しい街が、この理想郷が、完全に消え去ってしまう。
光の渦の向こうで、水晶がかすかに震えているように見えた。
「ここに住む人々は、100日のループの中で幸せに暮らしている。彼らの命を、君たちは消し去ることができるか?」
その問いに、私は言葉を失う。水晶に反射する光が、まるで私たちを裁くかのように照りつける。
この街で暮らす人々。彼らは確かに、幸せそうだった。
子供たちは笑顔で走り回り、大人たちは穏やかに日々を過ごしていた。
争いも、苦しみも、この街にはないように見えた。
そんな人々を見殺しにすることが、正しい選択なのだろうか。私の胸が締め付けられる。
「そんなの当たり前でしょ! 外の世界には、もっとたくさんの人が……!」
「でも」
私は小さく言葉を挟む。シャルの腕を掴む。彼女の体温が、手のひらに伝わってくる。
(……この街の人たちにも、命はある……)
「ミュウちゃん? どうしたの?」
シャルが心配そうに私を見つめる。その目には、私を案じる色が浮かんでいた。
「確かに、命の数という目で見ればそうだ」
マーリンが静かに頷く。彼の白いローブが、光の渦に揺られて揺れている。
「だが、幸せに生きる彼らを殺す資格が……君たちに果たしてあるのか?」
頭上の轟音が大きくなる。金属が歪む音が、私たちの背筋を震わせる。
アヴァロンの崩壊は、着実に進んでいる。
「……マーリン」
私は一歩前に出て、マーリンに声をかける。無数の光の粒が、私の周りを舞う。
「どうして、わざわざ教えてくれたの。私たちの世界を救う方法を」
私は、マーリンを見つめる。彼は少し寂しげに目を逸らす。その表情には、何か言いたげな色が浮かんでいた。
「マーリンだって本当は、こんなのおかしいって。止めてほしいって、思ってるんじゃないの……?」
「…………」
マーリンの沈黙が、この空間に重く響いていった。
「どうだろうね、ミュウ。もう私自身にもわからない」
マーリンの声が、不気味な響きを持って広がる。
光の渦が、彼の周りを激しく回り始めた。
「このループは間違っているのかもしれない。魔界を、未来の人の世界を踏みつけにして過去がのさばることは間違いなのかもしれない」
彼の瞳から、それまでの優しさが消え失せていく。
その目は、もはや私たちの師のものではなかった。
「でも――もう止まれない。止まれないんだ」
マーリンの周りに、無数の魔法陣が浮かび上がる。
それは白く輝き、まるで歯車のように連動して回転を始める。
「千年もの間、私は人々を救おうとしてきた。理想郷を作ろうとしてきた。この国は、私のすべてだ」
魔法陣が重なり合い、さらに大きな魔法陣を形作っていく。
水晶の中の光が、マーリンに呼応するように激しく明滅する。
「たとえ間違いだと知っていても、私には変えられない。この手で作り上げた世界を、私自身で壊すことはできない」
「……マーリン!」
シャルが叫ぶ。彼女は既に剣を抜いていた。
剣身が、周囲の光を反射して輝いている。
私も、必死に杖を握りしめる。
これまでで最大の戦いになることは、誰の目にも明らかだった。
マーリンの手から、純白の杖が出現する。
その先端には、私の杖と同じように水晶が付いていた。
「理想を守るため、私は本気で戦わせてもらう。君たちを、止める」
天井から崩落する破片が、マーリンの展開する結界に弾かれていく。
私たちの周りの空間だけが、まるで別世界のように静かだった。
「私が教えた以上の力を見せてくれ。そうでなければ、未来を救うことなどできないぞ」
その言葉と共に、マーリンの周りの魔法陣が眩い光を放つ。
「来るよ、ミュウちゃん!」
シャルが私の前に立ち、剣を構える。その背中が、頼もしく感じられた。
(シャル……ごめん。でも、私も戦う)
私は一歩前に出る。
今の私はもう、戦いを後ろで見ているだけではない。
ネックレスが、決意の色に輝きを増す。
「マーリン」
私は、精一杯の声を振り絞る。
「あなたは、私に魔法を教えてくれた。人を癒やす力を与えてくれた」
杖を掲げる。魔力が、体の中を駆け巡るのを感じる。
「だから――その力で、あなたを止めてみせる」
私の宣言と同時に、マーリンの魔法陣が光の矢となって放たれる。
シャルが剣を振るい、光の矢を弾き返す。
光と光がぶつかり合い、空間が歪む。
戦いの火蓋が切って落とされた。
私たちの戦いと共に、頭上では世界が終わりを迎えようとしていた。
理想と現実、過去と未来を賭けた戦いが、今始まろうとしている――。
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