第132話 千年前
朝日が差し込み始める前に、私は目を覚ました。
カーテンの隙間から、街の明かりがほのかに見える。
アヴァロンの夜明け前の空は、紫がかった青色をしていた。
隣のベッドでは、シャルが寝息を立てている。
普段からよく寝ているシャルだけど、昨日は特に疲れたのかもしれない。
(昨日の夜は……)
展望台でのことを思い出し、思わず顔が熱くなる。
それからホテルまでずっと手を繋いでいたこと。寝る前の「おやすみ」が、いつもより照れくさかったこと。
シャルの寝顔を見ていると、昨日の温もりを思い出す。
いつもは騒がしい彼女も、寝ているときは本当に静か。
長いまつげに、柔らかそうな唇。赤い髪が枕に広がっていた。
(って、見すぎだよね……)
慌てて視線を外し、ベッド脇のタブレットを操作する。
今日は買い物に行こうと思う。昨日フロントで、アヴァロンの専用通貨「クレジット」に両替できることを教えてもらった。
私たちの持っていた金貨は、かなりの額になったらしい。
「うーん……」
シャルが目を覚ます気配。彼女は大きく伸びをすると、まだ眠そうな目で私を見た。
「もう起きてたの? おはよ、ミュウちゃん」
「……うん」
シャルが髪をかき上げながらベッドから起き上がる。
パジャマ姿の彼女は、いつもの勇ましい剣士の印象とは違って見える。
私たちは身支度を整え、朝食を済ませると通りに出た。
建物の壁に浮かぶ文字が、ショッピングエリアまでの道を示している。
「ここの服、どれもオシャレでいいよねぇ」
シャルが店のショーウィンドウを覗き込む。その向こうには、様々な色や形の服が並んでいた。
薄い生地なのに保温性が高いとか、汚れが付きにくいとか。
ここの服は科学の力で、様々な工夫が施されているらしい。
私たちが見ている間にも、ホログラムの店員が現れて商品の説明を始めた。
「いらっしゃいませ。本日は特別割引デーです。お客様の体型に合わせて、最適な商品をご提案させていただきます」
ホログラムとはいえ、その仕草は自然で違和感がない。むしろ、人間よりも丁寧な接客かもしれない。
「すごい! ミュウちゃん、入ってみよう!」
シャルに手を引かれ、店内に入る。
ガラスのような素材でできた棚に、様々な服が並んでいた。手に取ると、布地が光を反射してきらきらと輝く。
「あ、これもミュウちゃんに似合いそう!」
シャルが取り出したのは、薄い水色のワンピース。裾には、波のような模様が刻まれている。
それを私に重ねてみせながら、シャルが目を輝かせる。
「あ、アクセサリーコーナーもあるみたい! 見に行こう!」
アクセサリーコーナーには、普通の宝石とは違う輝きを放つ装飾品が並んでいた。
その中でも特に目を引いたのは、首飾り。
中に小さな光が閉じ込められているような、不思議な輝きを放っている。
「わぁ……きれい!」
シャルが感嘆の声を上げる。その瞳に、アクセサリーの光が映り込んでいた。
「お客様、こちらは感情結晶のネックレスといいます。装着者の感情に応じて、色が変化する特殊な品となっております」
ホログラム店員が説明を始める。その声は、やわらかくて聞き心地が良かった。
「へぇ! じゃあ、これ買おうかな。ミュウちゃんにプレゼント!」
「え……!?」
突然の申し出に、私は慌てて首を振る。高価そうな品だし、そんなの受け取れない。
「いいの! せっかくこの街に来たんだもん。思い出になるでしょ?」
シャルの満面の笑顔に、断る言葉が出てこない。
彼女は両替したクレジットを取り出すと、ホログラム店員に手渡した。
「ありがとうございます。では、こちらでお包みいたします」
ホログラム店員の手元で、ネックレスが光に包まれる。
そして次の瞬間、透明な箱の中におさまっていた。
「はい、どうぞミュウちゃん!」
シャルがそれを取り出し、私の首にかけてくれる。
その仕草は優しくて、思わずドキドキしてしまう。
首元で光るネックレスが、淡いピンク色に輝いた。
ホログラム店員が小さく笑う。
「桃色は、幸せな気持ちを表す色となっております」
「わぁ! ほんとだ。ミュウちゃん、嬉しいんだね!」
シャルが嬉しそうに笑う。私は赤くなる顔を隠すように、小さく頷いた。
ネックレスは、より鮮やかなピンク色へと変化していった。
■
「この図書館も、すごいね……!」
買い物を終えた私たちは、中央図書館を訪れていた。
円柱状の巨大な建物で、壁一面が本棚になっている。
天井まで続く本の列は圧巻で、時折自動で動く棚から本が取り出され、読みたい人の元へ飛んでいく。
「本も全部ホログラムかと思ったけど、意外と紙の本が多いね」
シャルが本棚を見上げながら呟く。確かにその通りで、この街の他の場所と比べると、やけに古典的な雰囲気が漂う。
私たちは「アヴァロンの歴史」が並ぶコーナーで、いくつかの本を手に取った。
「アヴァロンが昔、魔法の街だったころの本だね」
シャルが読み上げる本には、かつて魔法文明だったアヴァロンが、科学技術への転換を選んだ歴史が記されていた。
「このプログレス? ってモノが、科学発展の節目になったみたいだね。その後、魔法は完全に姿を消して……」
歴史を追っていくうちに、私は違和感を覚え始めた。
手に取る本のほとんどが、千年前の同じような日付で出版されている。というか、だいたい100日くらいの期間に超大量の本が出版されている……?
それに、千年前のある日を境に、新しい本が一冊もない。
(なんで……?)
私が本の奥付を見比べていると、シャルが小さな声で呼びかけてきた。
「ねぇ、ミュウちゃん。あそこ、なんかおかしくない?」
シャルが指差す先には、一見ただの壁に見える場所があった。
でもよく見ると、壁の模様が他の場所と少しだけ違う。
周期的に光が走るその場所には、かすかに隙間が見えた。
(扉……?)
私たちは周囲を確認する。この時間、図書館にはほとんど人がいない。
司書も、別のフロアで忙しそうに動いている。
「ちょっと、見てみない?」
シャルの目が冒険心に輝いていた。
私も実は気になっていたので、小さく頷く。
近づいて壁を調べると、確かに扉のような隙間があった。
鍵がかかっているようだが、どうやら物理的な鍵らしい。この街では珍しいかもしれない。
シャルが何か細工をしている間、私は見張り役。
すると、カチッという小さな音と共に扉が開いた。
「よっしゃ! 東方大陸で覚えた小技、役に立ったね!」
(い、いつの間にそんなのを……?)
忍び込むように中に入ると、そこには無数の端末が並んでいた。
画面は消えているが、端末の電源は入っているみたいだ。
「なんだろう、これ……」
シャルが適当な端末の画面に触れると、謎めいた記録が次々と表示され始めた。
『1147回目:失敗。人員保存率87%。情報のサルベージに失敗した様子。アヴァロンの滅亡を確認』
『1148回目:成功。1147回目の失敗データのサルベージにも成功。都市、図書館データなどにも齟齬なし。アヴァロンの滅亡を確認』
『1149回目:部分的成功。一部セキュリティに問題あり。漂白砲により得たエネルギーを用いて滅亡阻止を試みたが、やはり根本的解決は不可能。
しかし、同エネルギーを用いて約600回分の再生が可能となる計算。ループ継続中に次なるエネルギーを探す必要がある』
意味ありげな記録の数々。私たちは息を呑む。
「これって何……? アヴァロンの滅亡を確認って。それに漂白砲って、あの城が撃ってきたやつだよね……?」
シャルの声が震えていた。ここに来て、私たちの世界とアヴァロンの記録が繋がる。
それに、何度も滅亡と書かれている……これはどう捉えたらいいんだろう。
千年前から同じ日付の本ばかりあるのは、その日からずっと同じ歴史を繰り返しているから……?
そう考えを巡らせていると――突然、けたたましい警報が鳴り響いた。
『警告。許可されていない侵入者を検知。セキュリティシステム起動』
「やばっ! 逃げよう!」
シャルが私の手を取り、走り出す。
背後では機械音が響き、何かが起動する音がした。
扉を飛び出し、全力で図書館を駆け抜ける。
本棚の間を縫うように走り、非常階段から一気に降りていく。
追ってくるものの姿は見えないが、警報音だけが響き続けていた。
「はぁ……はぁ……」
図書館から逃げ出した私たちは、噴水広場で息を整えていた。
夕暮れ時の広場は人も少なく、警報音もここまでは届かない。
「なんとか、逃げ切れたね……」
シャルが大きく息を吐く。私も小さく頷く。
噴水から立ち上がる水しぶきが、私たちの体の熱を冷ましてくれる。
「でも、あの記録って……」
シャルの表情が曇る。見つけてしまった真実は、私たちの想像を遥かに超えていた。
漂白砲――私たちの世界を白く染め、生命を消し去ったあの兵器。
その砲撃によって生み出されたエネルギーこそが、このアヴァロンを「再生」する力なのだと。
「つまり、この街は……」
「うん。あたしたちの世界を滅ぼすことで、存在し続けている、ってことだよね」
シャルの言葉に、私は重く頷く。
美しい未来都市の裏に隠された、残酷な真実。
ふと、街角の電子掲示板が目に入る。そこには日付が表示されていた。
(あれ……?)
タブレットを取り出し、確認する。
すると――それが。今が千年前の日付だと気付いた。
「……私たち、千年前にいる、みたい」
「え!?」
シャルが驚いて立ち上がる。噴水に散る夕日が、彼女の表情を赤く照らしていた。
「あの転移装置で、時を越えたのかも……。
私たちは今、千年前のアヴァロンにいる」
街を見渡す。
未来的に見えた技術は、実は千年前のもの。
そして、この街は千年もの間、同じ100日間を延々と繰り返している……。
だけど、繰り返すたびに文明は発展していく。だから、遺跡で見た記録とアヴァロンの実情が異なる。ここは未来都市となっている、のだろう。
「じゃあ、マーリンは……」
「……千年前のこの街を維持したい、んだと思う」
風が吹き、噴水の水しぶきが私たちにかかる。
ネックレスが青白い光を放った。不安な気持ちを表す色、とかだろうか。
シャルが、空を見上げながら言う。
「この街で暮らす人たちは、本当に幸せそうだよね。ここがどんな世界なのか、皆知ってるのかな」
彼女の言葉に、私も考え込む。
確かに、街を歩く人々の笑顔は偽りではないと思う。
「明日、マーリンに会ったら……きっと全部わかるよね」
シャルの言葉に頷く。マーリンとの再会まで、あと1日。
彼は何を企んでいるのか。そして、この街は何なのか。
夕暮れの空に、飛行艇が光の筋を描いていく。
その光は、まるで時を刻む針のように見えた。
「ミュウちゃん、お腹すいたでしょ? 晩ご飯食べに行こ!」
シャルが突然、普段の調子を取り戻したように声を上げる。
「この世界がどうなるにしても、とりあえず今は美味しいもの食べて、元気出そ!」
その言葉に、思わず笑みがこぼれる。
首元のネックレスが、ゆっくりと温かな黄色に変わっていった。
明日どんな真実が待っているとしても――今はただ、この時間を大切にしたいと思った。
シャルと手を繋ぎ、私たちは夕暮れの街へと歩き出す。
建物の明かりが、一つずつ灯り始めている。
その光は、千年前から変わらず、この街を照らし続けているのかもしれない。
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