第131話 旅路を振り返って
目覚めると、窓一面に朝焼けが広がっていた。
高層階の部屋からは、アヴァロンの街並みが一望できる。
光を反射する建物の壁面がオレンジ色に染まり、まるで街全体が燃えているかのよう。
それは幻想的な光景で、童話に出てくる水晶の宮殿のようだった。
薄明かりの中、建物の間を縫うように飛び交うドローンの姿。
それぞれが青や緑の光を点灯させ、朝もやの中で点を描いている。
地上では既に無人バスが走り始めており、壁面には文字や映像が流れている。
そこには天気予報やニュース、観光案内が次々と表示され、時折鮮やかなホログラムの広告が浮かび上がる。
未来の街が、ゆっくりと目覚めていくところだった。
「うーん……おはよ、ミュウちゃん」
隣のベッドで、シャルが伸びをする。
「……おはよう」
起きたばっかりでMPも豊富な今、シャル相手なら普通に話せる。
考えてみれば、一緒に旅をしてかなり長い。シャル相手なら、いつの間にか全然緊張しなくなっていた。
「あ、ミュウちゃんの髪、すっごいことになってる!」
シャルが笑いながら近づいてくる。
ベッドがきしむ音がして、彼女の温もりが伝わってきた。
朝日に照らされた彼女の髪が、まるで燃えるように赤く輝いている。
「……!?」
「ちょっと直してあげる」
シャルの指が、優しく髪をとかしていく。
寝ぐせを直すついでに、頭皮をマッサージするような仕草。
その手つきは慣れたもので、まるで姉が妹の世話をするような自然さがあった。……ちょっと恥ずかしいけど。
気持ちよくて、思わず目を閉じてしまう。
窓の外からは、早朝の街の音が微かに聞こえてくる。
「ふふ、ミュウちゃん猫みたい。あ、そうだ。このホテルも朝食すごいらしいよ? 行ってみよ!」
シャルの提案に頷く。
この街に来て気付いたが、シャルは案外朝型だった。
いつも明るいから気付かなかったけど、朝は特に元気がいい。
私たちは身支度を整え、エレベーターで最上階のレストランに向かった。
エレベーターの壁面は透明で、上昇するにつれて街の景色が変わっていく。
レストランは回転式で、街を一望できる造りになっている。
天井にはホログラムで星空が映し出され、時折光が瞬いていた。
窓の外には雲が流れ、時折それを貫くように飛行艇が通り過ぎていく。
その機体は流線型で、朝日に照らされて銀色に輝いている。
「へぇ~! すごいねえ! 雲の上でご飯食べてるみたい!」
シャルが目を輝かせながら窓の外を眺める。
その横顔が、朝日に照らされて綺麗だった。
彼女の瞳には、街の光景が小さく映り込んでいる。
テーブルには見たことのない料理が並んでいた。
半透明のスープや、虹色に輝く果物。
パンは四角い結晶のような形で、ナイフを入れると中から温かい蜂蜜が溢れ出る。
皿の縁には、料理の説明を示すホログラムが小さく浮かんでいた。
「これ、アヴァロンの伝統料理なんだって。あ、これ美味しそう! ミュウちゃんも食べてみて!」
シャルが差し出したフォークには、青く光る何かが刺さっていた。
近づけると、かすかに電気を帯びたような音が聞こえる。
「あーん♪」
「……!」
突然の餌付けに戸惑いつつも、口を開く。
周囲のテーブルからは、クスクスと笑い声が聞こえた気がする。
口の中で広がる不思議な味。
甘くて、少し電気が走るような刺激がある。
一口食べるごとに、口の中で小さな光が走るのが見えた。
「どう? なんかシュワシュワするでしょ? ここの食べ物すごいね!」
シャルは自分も一口食べ、「うまっ!」と声を上げる。
その無邪気な表情に、思わず顔がほころぶ。
■
食事を終えると、私たちは街の探索に出かけた。
マーリンの映像が指定した三日後まで、やることがないからだ。
ホテルのフロントで受け取った案内用のタブレットを頼りに、適当に歩く。
タブレットの表面には、立体的な地図が浮かび上がっている。
街を歩くと、至る所でホログラムが目に入った。
道案内をする半透明の案内人や、建物の壁一面を使った広告。
それらは通行人に合わせて表示を変え、時には名前で呼びかけることもあるらしい。
空中に浮かぶ時計や、歩行者信号。
信号は人の動きを感知して、最適なタイミングで切り替わるという。
「おっ、見てあれ! でっかい馬車みたいな……バスだっけ?」
馬もないのにすごい速度で進む車、バス。
真っ白な車体には、場所によって風景が透けて見える特殊な加工が施されているらしい。私たちはそれに乗り込んだ。
無人で動くそのバスに乗って、建物の合間を縫うように進んでいく。
座席は体の形に合わせて変形し、完璧な乗り心地を提供してくれるみたいだ。
窓の外には緑があふれ、時折小鳥の姿も見える。
街路樹は特殊な品種改良で、大気浄化の機能も持っているという。
葉の緑が鮮やかで、光を受けると宝石のように輝いていた。
未来的な街並みの中に、自然が調和するように溶け込んでいた。
建物の壁には縦方向の庭園が設置され、時折水が流れる音も聞こえてくる。
「ふぁ~……なんかあったかいねぇ。眠くなってきたかも」
柔らかなバスの椅子に座りながら、シャルが大きなあくびをする。
彼女は私の肩に頭を乗せ、目を閉じた。赤い髪が私の頬をくすぐる。
その髪からは、宿のシャンプーの甘い香りがした。
(……重い)
でも、この重みも嫌いじゃない。むしろ、安心感すら覚える。
長い旅の中で、こんな風に寄り添える関係になれたことが、少し誇らしかった。
シャルの寝息を聞きながら、私は流れていく街を見渡した。
建物の間を縫うように、光のケーブルが張り巡らされている。
その光は七色に変化し、まるでオーロラのような模様を描いていた。
未知の街なのに、不思議と落ち着く。
それは、隣でぐっすり眠るシャルがいるからなのかもしれない。
三日後には、マーリンと再会する約束がある。
そこできっと、大きな真実が明かされるのだろう。
そして私たちは、また新たな戦いに身を投じることになるかもしれない。
でも今は――この穏やかなひとときを、ゆっくりと味わっていたかった。
街頭のモニターに映る時計が、ゆっくりと時を刻んでいく。
その音が、まるで子守唄のように心地よく響いていた。
■
目が覚めると、見慣れない景色が広がっていた。
「……あれ?」
薄暗くなった車窓の外に、さっきまでとは違う街並みが見える。
高層ビルの間から射す夕陽が、建物のガラス面で反射して輝いている。
建物の壁面を流れる光が、夕暮れの空に映えていた。
その光は建物から建物へと伝播し、街全体を光の網で包み込んでいく。
街灯が次々と点灯し始め、光の帯が街を覆っていく。
白や青を基調とした光が、徐々に暖色系へと変化していく。
建物の谷間を走る道路には、帰宅を急ぐ人々の姿が見える。
(あ……寝ちゃってた)
私の肩で、シャルがまだ寝息を立てている。
赤い髪が夕陽に照らされ、より鮮やかに見える。
重みで少し肩が痺れていたけれど、起こすのが惜しい。
シャルの寝顔は普段より柔らかく、どこか無防備だった。
私たちを乗せたバスは、ずっと街を巡回していたらしい。
窓の外には、さっきまでとは違う景色が流れていく。
建物の間から垣間見える庭園には、淡く光る花が咲いている。
タブレットを確認すると、もうすぐ終点とのこと。
画面には残り時間と共に、周辺の観光スポット情報が表示されていた。
人工知能は乗客の睡眠を妨げないよう、無言で運行を続けていたのだろう。
車の音さえ、さっきより小さくなっているような気がする。
「……むにゃ? あ、やばっ寝てた!」
シャルが目を覚まし、慌てて体を起こす。
その勢いで髪が乱れ、彼女は慌てて手で整える。シャルが離れた肩が、少し冷たく感じた。
「あはは、ごめんね。寝てる間ミュウちゃんの肩重かったでしょ?」
シャルが申し訳なさそうに笑う。その顔には、寝た跡がくっきりと残っている。
頬には、私の服の跡が少しついていた。
「……平気」
むしろ、心地よかった。そう言いかけて、恥ずかしくなって飲み込む。
代わりに小さく微笑むと、シャルも嬉しそうな表情を返してくれた。
バスが停留所に止まり、私たちは降りた。
停留所のホログラム表示が、優しく「お疲れ様でした」と告げる。
周囲を見渡すと、どうやら展望台の近くまで来ていたらしい。
その頂上部には、光を集めて放つような装飾が施されている。
「せっかくだし、上ってみない? 夜景きれいかもよ!」
シャルの提案に頷く。展望台へと続く階段を、二人で上っていく。
階段の手すりには、上る人の動きに合わせて光が灯る仕掛けが施されていた。
展望台からは、街全体が見渡せた。
360度見渡せる展望デッキには、客の姿がちらほら。
床面には透明なガラスがはめ込まれ、真下を見下ろすことができる。た、高い……!
日が沈み、建物の輪郭がライトアップされ始める。
それぞれの建物が独自の光のパターンを持ち、街全体でリズミカルな輝きを作り出していた。
光の帯は建物と建物の間を行き交い、まるで生命体のように街を循環している。
壁面を流れる文字や映像が、暗闇の中でより一層鮮やかに浮かび上がっていた。
広告や案内の合間に、アヴァロンの歴史や文化を紹介する映像も織り交ぜられている。
展望台のガラス面には、見ている方向の建物や施設の解説が自動的に表示された。
「ねえ、ミュウちゃん。この街ってすごいよね」
シャルが柵に寄りかかりながら、ぽつりと呟く。
彼女の横顔が、街の光に照らされて柔らかく浮かび上がる。
「……あたしたちが最初に会ったときのこと覚えてる? ミュウちゃん、全然話してくれなかったよね!
でも今は、こうやって普通に話せてる。嬉しいよ」
シャルの言葉に、私は少し驚く。
懐かしい記憶が、まるで映像のように脳裏に浮かび上がる。
たしかに、今の私は昔ほど会話に苦労していない。
むしろ、シャルとなら自然と言葉が出てくる。
いつの間にか、MPの消費も気にならなくなっていた。
「あの時は、あたしたちこんな街に来ることになるなんて、思ってもみなかったよね」
シャルの声には懐かしむような色が混じっている。
彼女の目には、街の光が星のように映り込んでいた。
広い世界を旅してきた私たちだけど、今日のような穏やかな時間は久しぶりかもしれない。
目の前に広がる景色は、まるで夢の中の出来事のようだった。
「……うん」
私も柵に寄りかかり、夜景を見つめる。
街を往来する光の流れは、まるで大きな生き物の血流のよう。
「逮捕されたり、東方大陸に行ったり、魔界に行ったり……色んなことがあったね」
「うん。シャル……ずっと一緒にいてくれて、ありがとう」
思わず口から出た言葉に、シャルが目を丸くする。
夜風が私たちの間を吹き抜けていく。建物の明かりが、彼女の驚いた表情を柔らかく照らしていた。
シャルは何も言わず、ただそっと私の手を握った。
その手は少し震えていて、でも温かかった。
二人の指が自然に絡み合う。
「……シャルといると、話すのが怖くないんだ」
小さな声で付け加える。顔が熱くなるのを感じる。
展望台のガラスに映る私の顔は、完全に赤くなっていた。
すると突然、シャルが私を抱きしめた。
強い力で引き寄せられ、彼女の鼓動が伝わってくる。
シャルの体温と、懐かしい香りに包まれる。
「ミュウちゃ~ん……!」
シャルの声が少し震えていた。普段の明るさの中に、何か切ないものが混じっている。
その声には、言葉にならない感情が詰まっていた。
街の明かりに照らされながら、私たちはしばらくそうしていた。
展望台に吹き抜ける風が、二人の髪を優しく撫でる。
言葉にできない何かが、二人の間で共有される。
それは長い旅の中で育まれた、特別な絆のようなものだった。
やがて展望台を降り、ホテルに戻る道を歩き始める。
帰り道の街並みは、来た時とは違う表情を見せていた。
昼間の無機質な印象は消え、柔らかな光に包まれた街が広がっている。
シャルと手を繋いだまま、光で彩られた街を歩く。
夜の街を歩く人々の間を、私たちはゆっくりと進んでいく。
ホログラム広告が作る光の帯が、二人の周りを静かに流れていく。
時折すれ違う人々も、私たちの関係を不思議そうに見ることはなかった。
この未来の街では、誰もが自分の形で幸せを見つけることを許されているのかもしれない。
……マーリンとの再会まで、あと二日。
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