第129話 アヴァロンの暮らし(前編)
目が覚めると、壁一面の窓から柔らかな朝日が差し込んでいた。
昨晩、エリスに案内された宿泊施設の一室。
白を基調とした広々とした部屋は、明るい日差しを受けて温かい雰囲気に包まれている。
壁には淡い青色の光の帯が装飾として走り、朝の光と調和している。
「うーん、朝ー……? あれ、ミュウちゃんもう起きてる?」
シャルがベッドから顔を上げる。朝日に照らされた彼女の赤い髪が、燃えるように輝いていた。
その向こうに見える白いベッドは、まるで雲の上で眠っていたかのように柔らかそうだ。
私は頷く。窓辺に立ち、外の景色を眺めていた。
昨夜は夕闇の中で星のように光っていた街並みが、今は朝の光に照らされて、まるで違う顔を見せている。
建物の表面が朝日を反射し、淡い虹色に輝いていた。
輝く建物の合間を、銀色のバスやドローンが行き交う。
昨日は不思議な光景に驚いたが、なんだか少しだけ慣れてきた気がする。
バスの中には、朝の通勤らしい人々の姿が見える。
その合間に、緑の木々が美しい。建物の間には公園のような場所があり、子供たちが遊ぶ姿も見える。
思っていたよりも、ここは自然豊かな場所なのだ。
中には噴水もあり、朝日に照らされて虹を作っている。
「へぇー、朝もすごいねぇ。それに、思ったより木とか多いんだ」
シャルも私の隣に来て、窓の外を眺める。
彼女の大剣は、昨日ベッドの脇に置いたままだ。
この宿泊施設は、エリスが紹介してくれた「ビジター用の宿」。
タブレットのような装置で登録さえすれば、誰でも無料で利用できるのだという。
部屋の壁には薄い光のパネルが埋め込まれており、好みの明るさに調整できる。
部屋は広々として清潔で、ベッドも柔らかい。
シャワーは好みの温度で水が出て、タオルや着替えも用意されていた。
浴室の壁には温度を示す数字が浮かび上がり、まるで魔法のようだ。これが無料なんて信じられない……。
私たちの世界では、かなりの金を出してようやく得られるクオリティだと思う。
そのとき、ドアが開く音がした。音もやけに静かで、まるで空気が切れるような感じ。
「おはよう! よく眠れた?」
エリスだ。彼女は昨日と同じような白衣を着ている。
手には例のタブレットを持っていた。髪の緑が朝日に照らされ、まるで若葉のように輝いている。
「うん! あのね、この部屋すっごく快適! ホントに無料でいいの!?」
「そう、良かった。朝食に行かない? 食堂では色んな料理が楽しめるわよ」
「マジ!? 行く行くー!」
エリスの案内で、私たちは食堂へと向かう。
清潔感のある白い廊下を歩きながら、エリスが説明を続ける。
床は一歩踏むごとに淡く光り、私たちの足跡が光の軌跡として残っていく。
「この世界の科学技術は、人々の幸せのために使われているの。あなたたちの知ってる魔法と同じように」
エレベーターに乗って下層階へ。
昨日はウィーンという音と揺れにびっくりしたけれど、今日はもう慣れた。
「ほら、ここが食堂よ」
扉が開くと、そこは広々とした空間だった。
大きな窓からは朝日が差し込み、室内を明るく照らしている。
窓の外には庭園が見え、木々の間を小鳥が飛び交っている。
白を基調とした内装に、所々青や緑のアクセントが効いていた。
天井からは柔らかな光が降り注ぎ、まるで森の中で食事をしているような雰囲気だ。
テーブルには既に何人かの人が座っていて、朝食を楽しんでいる。
テーブルの表面には淡い光で時刻や天気が表示されている。
昨日見かけたような銀色の制服を着た人もいれば、なんだかラフな、派手な格好をした人もいる。陽キャの気配……!
「好きな料理を注文してね。タブレットで選べるわ」
エリスに言われるまま、テーブルに置かれた小さな板を操作する。
画面に触れると、心地よい振動が指先に伝わってくる。
「わぁ! 画面に料理が浮かんで見えるー!」
シャルが目を輝かせながら、次々とメニューを送っていく。
表示される料理の映像は、まるで目の前にあるかのように鮮やかだ。
私も恐る恐るメニューを眺める。見たことのない料理がたくさんある中、比較的普通そうなパンと卵料理を選んでみた。
画面をタッチすると、小さな音と共に注文が確定した、らしい。
するとほどなくして、銀色の……ロボット、だろうか。
それが料理を運んできてくれた。動きは人間のように自然で、お盆を持つ仕草も優雅だ。
「このロボットたちも、全て科学技術の産物なの。昔は魔法で動く人形とかもあったみたいだけど、今は全部機械よ」
エリスの説明を聞きながら、目の前の料理を見つめる。
見た目は普通のパンと卵だけど、香りが違う。より芳醇で、食欲をそそる。
「ここの料理は全て、栄養バランスが最適化されているの。美味しいだけじゃなくて、体にも良いのよ」
「へー! おっ、あたしのも来た! 何これ!?」
シャルは既に、目の前のカラフルな料理にフォークを突っ込んでいた。
紫や青、緑など、見たことのない色彩の食材が美しく盛り付けられている。
……なんだろう、あれホントに。
「うまっ! これホントに……なんだっけ、てくのろじー? で作ったの!?」
「もちろん。工場で作られたものよ。そこにも多くの人が働いてるの」
私も一口食べてみる。確かに、今まで食べたことのないような美味しさだ。
パンはふんわりとして、でも適度な歯ごたえがある。
卵は黄身がとろけるように柔らかく、白身は上品な味わい。
口の中で溶けていくような食感に、思わず目を見開いてしまう。
「おいしいでしょう? ここアヴァロンは、そういう意味では本当に住みやすい場所なの」
私は頷いた。パンと卵は、あっという間に食べ終えてしまった。
「――アヴァロンは、千年前から少しずつ変化してきたの」
エリスは食後のお茶を飲みながら、静かに語り始めた。
カップからは淡い紫色の蒸気が立ち上り、花のような香りが漂う。
「昔は魔法文明だったけど、マーリン様の指導で、徐々に科学技術へと移行していった。人々は最初、戸惑ったみたいだけどね」
食堂の窓から見える朝の光景。庭園では赤や青、黄色の花々が咲き乱れ、噴水の周りで子供たちが楽しそうに遊んでいる。
その上空をドローンが静かに飛び、時折光る点を描きながら何かを計測しているようだ。
「魔法は便利だけど、使えない人もいる。でも科学技術なら、誰でも恩恵を受けられる。マーリン様はそう考えたんだと思う」
エリスの言葉に、シャルが首を傾げる。
彼女のフォークがカラフルな料理の最後の一片を突く。銀色の食器が、朝日を受けて輝いている。
「でも……科学技術も勉強しないと使えないんじゃないの?」
「ええ。だから教育を無償化したの。誰もが、学びたいことを学べるように」
エリスはタブレットを操作し、街の様子を映し出す。
画面が空中に広がり、まるで窓から外を見ているかのような鮮明な映像が浮かび上がる。
映像の中では、子供から大人まで、様々な人が学校や研究所で学んでいた。
教室には光る板が壁一面に広がり、その上に立体的な図形や文字が浮かんでいる。
生徒たちは熱心にメモを取りながら、時には笑顔で議論を交わしている。
「教育を受けて、自分の得意分野を見つけて、それを活かせる仕事に就く。シンプルでしょ?」
それを聞いて、私は少し考え込む。
ギルドでは、戦えない人は使えないしクビになることもよくあった。
でもここでは、誰もが自分の道を選べるのか……。
食堂のテーブルに映る私の顔が、物思いに沈んでいる。
「ねえ、そのマーリンに会いたいんだけど」
シャルが切り出す。エリスは少し目を見開く。緑色の髪が、その動きに合わせて揺れる。
「マーリン様に?」
「うん。ミュウちゃんはマーリンの弟子でね。あと、まぁ……説明しづらいんだけど、直接会いたいんだ」
シャルは言葉をぼかす。
マーリンが魔界と、私達の元いた世界を滅ぼしたから、その真意を問いただしたい……。
と、この平和な世界に生きているエリスに直接伝えるのはなかなか厳しいものがある。
彼女のタブレットに映る数値や文字が、静かに流れ続けていた。
「わかったわ。じゃあ、マーリン様の研究所に案内するわね」
「えっ! あ、うん。ありがとう!?」
……お、思ったよりあっさり!?
シャルも驚いているみたいだ。そりゃそうだ。私も驚いた。
私たちは食堂を出て、街の中心部へと向かう。
道行く人々は皆、穏やかな表情をしている。
通りの両側には木々が植えられ、小鳥のさえずりが聞こえる。
建物の谷間を通り抜けると、ひときわ大きな建造物が見えてきた。
他の建物が銀色や白を基調としているのに対し、この建物はうっすら虹色に輝いている。
全面が光を反射する素材でできており、まるで空に溶け込んでいるかのよう。
建物の周りには庭園が広がり、様々な色の花が咲き乱れている。
その花々は、私たちの世界では見たことのない種類のものばかりだった。
「ここが、マーリン様の研究所」
中に入ると、そこは私たちの想像をはるかに超える空間だった。
天井が見えないほど高く、壁一面に様々な装置や計器が並んでいる。
それらは絶え間なく光り、時折音を立てている。
計器の表面には数字や文字が流れ、時折色を変えながら明滅を繰り返す。
床には複雑な模様が描かれており、よく見ると魔法陣のようにも見える。
でも、それは魔力ではなく光で描かれていた。足を踏み入れると、その模様が淡く光を放つ。
「あー……残念ながら、マーリン様は今日はいらっしゃらないみたい。でも、ちょっと待ってね」
エリスが装置に触れると、突如として空間に光が満ちる。
まるで空気そのものが発光しているかのよう。光の粒子が、緩やかな渦を描いて舞い始めた。
そして、そこにマーリンの姿が浮かび上がった。
その姿は実物のように立体的で、まるで本当にそこにいるかのよう。シャルが剣の柄を掴む。
「マーリン……!」
「これは映像メッセージ。マーリン様が残されたものよ。再生者に応じて相応しい言葉を残してくれているわ」
光の中のマーリンは、私の知っている姿そのままだった。
白色の長い髪、穏やかな笑みを浮かべる表情。白い衣服は、この研究所の内装と不思議と調和している。
『やぁ、君は誰かな? このメッセージは、もし私の弟子がここを訪れることがあったときのために録音している』
私は息を呑む。これは、私に向けられたメッセージなのだろうか。
エリスも同様に驚いていた。彼女の手が、思わずタブレットを強く握りしめる。
『もし君が、あの世界から来たのならば……私が世界を白く染めたことについて、説明する義務があるだろう』
シャルが私の手を握る。その手に力が入っているのが伝わってきた。
「世界を白く……?」
『だがそれは時期尚早かな。もう少し、君……あるいは君たちに、このアヴァロンという国について知ってもらいたい』
「は?」
『そうだな……今から三日後。再びこの建物に来てくれ。そうすれば、事情を話すとしよう』
マーリンがそう語ると、映像が途切れる。
光の粒子が、まるで砂のように床へと降り注いでいく。……三日後?
「んー……そういうこと、みたい。映像にロックがかかってる。それにしても、世界を白くってなんのこと?」
エリスが装置を確認しながら尋ねる。
複雑な模様が浮かぶ画面に、アクセス拒否を示すらしい赤い文字が点滅している。
シャルは少し気まずそうにしていた。
「えーっとね。まぁ、それはいずれ……あはは」
シャルと顔を見合わせる。
メッセージの内容が気になる……が、今見れないなら仕方ない。しばらく待つしかないだろう。
研究所の壁面を流れる数字と文字が、静かに時を刻んでいく。
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