第127話 開かれる理想郷の扉
豪華な夕食が、長いテーブルに並べられている。
窓から差し込む夕陽が、白いテーブルクロスを赤く染める。
シャンデリアの光が、上品な陰影を作り出していた。
「さあ遠慮なく。疲れているだろう?」
ルシアンは私たちを席に案内した。
彼の笑顔が、この城の重い空気を和らげている。
私は緊張しながらも席に着く。シャルは慣れた様子で、隣の席に腰を下ろした。
彼女が椅子を引く音が、部屋に響く。
「ゴルドーも、かけたまえ」
「……お言葉に甘えよう」
ゴルドーは迷いながらも、席に着いた。黒い甲冑が、豪華な椅子とミスマッチだ。
彼はまだ、事態の深刻さを考えているように見える。
「まずはスープを。アランシアの誇る、漢方スープだ」
給仕が運んできたスープから、香り高い匂いが立ち昇る。
スープの表面に映る炎の色が、ゆらゆらと揺れていた。
シャルは早速スプーンを手に取り、スープを啜る。
その仕草は上品さには欠けるが、誰も気にする様子はない。
「うまっ! これ結構効くね。なんか体の芯から温まる!」
「ふふ、そうだろう? この国に伝わる秘伝のレシピなんだ」
私もおそるおそるスープを口に運ぶ。……本当に美味しい。なんか、いろんな匂いと味。
温かな液体が喉を通り、疲れた体に染み渡っていく。
「それで、アヴァロンの話なのだが」
ゴルドーが切り出す。彼のスプーンは、まだ手つかずのまま。
「ああ、そうだった。君たちの見つけた遺跡について、詳しく聞かせてくれ」
「んぐぐ。うん、えっとね」
シャルがスープを飲み干しながら、私たちの冒険を説明し始める。
ラーナ村で見つけた遺跡のこと。そこにあったかつての記録のこと。
そして、マーリンとアヴァロンの関係。また、魔界に行っていたことや、魔界でマーリンと戦ったことも。
給仕たちが次々と料理を運んでくる。
ローストした肉や、蒸し野菜。白ワインのソースをかけたパスタ。
どれも見た目も香りも素晴らしかった。こんな緊急事態であることを忘れてしまうほどに。
「なるほど……」
ルシアンは、シャルの話に真剣に耳を傾けている。
ワインを注ぐ音だけが、静かに響く。
「浮遊城は、やはりアヴァロンの技術なのだろうな」
「空に浮かぶ城……か」
私は黙って食事を続ける。絶品のパスタが口の中で溶けていく。
でも、外の白い世界を思い出すと、この豪勢な食事に罪悪感を覚えてしまう。大丈夫なのかな、こんなの食べてて……。
「実は、この城にもアヴァロンに関する何かがあるかもしれないんだ」
ルシアンが切り出す。彼の声が、少し弾んでいた。
「この城の地下には、まだ調査されていない遺構がある。
初代王が残したものらしいのだが……」
「地下遺構……!?」
シャルの目が輝く。冒険者本能が刺激されたのだろう。
彼女のフォークが、皿の上で小さな音を立てた。
「皆には、ぜひ協力してほしい。明日から、その遺構の調査を始めよう」
ルシアンの提案に、ゴルドーが小さく頷いた。
彼もまた、何か思うところがあるようだ。
ルシアンが側近に目配せをすると、何人かが席を立った。
彼らの足音が、大理石の床に響く。
食事が進むにつれ、夜が深まっていく。
窓の外には、満天の星空が広がっていた。
外の世界が白く染まっても、ここアランシアでは、まだ夜空を見ることができる。
けれど、その光景は妙に儚く感じられた。いつ消えるかもわからない、曖昧な夜空だ。
「ミュウちゃん、デザートも食べなよ」
シャルがプリンを差し出してくる。その上で揺れる生クリームが、月明かりに照らされて輝いていた。
(アランシアの地下……きっと何か見つかるはず)
私は小さく頷きながら、スプーンを手に取る。
明日からの調査に向けて、今は力をつけておかなければ。
「あ……おいしい」
「でしょ? このプリン、あたしも好き! 全部終わったらもっとたくさん作ってもらおう!」
シャルが嬉しそうに笑う。彼女の明るさに、私も釣られて少し笑顔になる。
こんな状況でも、彼女の存在が心強かった。
こうして私たちは、アヴァロンの謎に迫る前夜を過ごしていた――。
■
翌朝、私たちは王城の地下へと案内された。
石段を下りていくにつれ、空気が冷たくなっていく。松明の灯りが、古い石壁に揺らめく影を作る。
「この先は、あまり人が来ない場所でな」
ルシアンの声が、狭い通路に響く。先導する衛兵の足音と共に、石壁に反響していく。
「下りてってどのくらい?」
「そうだな……地下三層目まで行く」
「三層!?」
シャルの声が裏返る。私も、少し気が遠くなる。すでにかなりの深さまで来ているはずなのに……!?
「城を建てる時に発見された遺構なんだ。初代王はここを調査するなと言い残したらしく、実際その扉は封じられている」
「え、封じられてるの? じゃあ今も……?」
「いや。時期が来たのだ」
王は立ち止まり、振り返った。松明の光が彼の横顔を照らす。
「初代王の遺した言葉に、『世界が白く染まるとき、この扉は開く』とあった。
まさに、この現象のことを指していたのだろう」
私たちは黙って頷く。千年という時を経て、今になって。
初代王の先見の明。それと、マーリンの強い執念を感じてしまう。
そうこうしているうちに、たびたび体力を回復しつつ、私たちは地下三層に到着した。
そこには巨大な扉が私たちを待ち受けていた。
「これは……!」
シャルが息を飲む。私も思わず目を見開いた。
扉は、ラーナ村の遺跡で見たものと同じ模様で覆われている。
幾何学的な文様の中に、謎めいた文字列が刻まれていた。
「これが、アヴァロンの遺構……か」
ゴルドーが静かに呟く。彼の甲冑が、かすかに震えているのが見えた。
彼が扉を押すと、その巨大な扉はすんなりと開いていく。もともと開いていたかのように。
「おお! これが封じられたとび……ら?」
扉の先に現れた光景に、シャルが首を傾げた。無理もない。中は、案外狭かった。
扉の先の部屋には、中心に円形の台座が据え付けられている。
それ以外には柱くらいしかなく、端から端まで歩いても一分もかからないだろう。
円形の台座の上には、まるで祭壇のような物があった。
「祭壇の上の模様……あれ、なんだか見たことあるよ?」
シャルが首を傾げる。確かに、見覚えのある文様だ。あれは……アヴァロンの国章?
「初代王のメッセージがここにある。……これが転移装置だと?」
台座を確認していたルシアンが静かに告げる。私たちの背後で、松明が揺らめく。
「転移って……どこかに繋がってるってこと?」
「うむ。おそらく……アヴァロンに」
その言葉に、私たちは息を飲んだ。
アヴァロンに繋がっている? 千年前に消滅したはずの国に?
「しかし、起動方法がわからないな」
ルシアンは祭壇に手を載せた。その表面が、かすかに光を放つ。
「研究班を呼ぼう。文様の解析から始めないとな」
ルシアンの言葉に、衛兵が地上へと戻っていく。
その足音が、階段を上がるにつれて遠ざかっていった。
私たちは黙って、謎の台座を見る。
そこには千年の時を超えて、アヴァロンの意思が眠っているのかもしれない……。
「ねぇミュウちゃん」
シャルが私の手を握る。彼女の掌が、冷たい空気の中で温かい。
「なんかワクワクしない? アヴァロンだよ? あの映像で見た国に、もしかして行けるのかな……?」
シャルの目が輝いているのが見えた。冒険者の血が騒ぐのだろう。
私も、それどころじゃないけど……少しだけ期待に胸を膨らませる。
その後、地上から戻ってきた研究班による調査が始まった。
地下の空気は冷たいまま、時間だけが過ぎていく。私たちも手分けして調査に加わっていた。
「魔力のラインが……ここで切れているな」
ゴルドーが装置の一部を指差す。私も、付近の文様を観察する。……よくわからない。
「この円はおそらく、魔力の貯蔵部です。でも、千年の時を経て枯渇してしまった」
研究班の魔導師が呟く。彼は首を振りながら、装置の文様を確認していた。その眉間には深いしわが刻まれている。
「そもそも、壊れているんじゃないか? 魔力の流れる経路が、ところどころ欠けている」
「ああ、そのようですね。単なる魔力不足ではない。この装置、完全に機能を失っています」
「……修復は?」
ルシアンが尋ねる。研究班の長は、ゆっくりと首を振った。
「申し訳ありません。我々の力では、この装置を直すことはできません。
これは相当に高度な魔導機器です」
がっかりしたような溜息が、地下室に響く。こんな所で行き止まりか……。
「でも、これマーリンが作ったんでしょ?」
シャルが声を上げる。私の師匠の名前に、研究班の面々が顔を上げた。
「ミュウちゃんなら、もしかして直せるんじゃない?」
(え……私!?)
私は思わず後ずさる。でもシャルの目が、期待に満ちて輝いている。
「そうか! 聖女様の回復の魔法なら……!」
「装置を、治せるかもしれない」
その言葉に、私は息を飲んだ。確かに……私のヒールは、物にも効く。
でも、問題は魔力だ。この大きな装置を修復するとなると、相当な魔力が必要になる。
(あ……でもよく考えたら、今の私はMP無限だったっけ)
東方大陸での修行で、私は自分のMPを無限に回復できるようになっていた。
つまり、使える魔力は無限大。理論上は、どれだけでも魔力を注ぎ込める。
「や、やってみる……」
私は小さく頷いた。シャルが満面の笑みを浮かべる。
「よーし! 任せた!」
私は装置の前に立ち、深く息を吸う。冷たい空気が、肺に染みる。
まずは、装置の状態を確認する。……うん。確かに至る所が壊れている。
千年の時を経て、錆びついて、擦り切れて。
(でも、これぐらいなら……!)
私は目を閉じ、杖を掲げる。集中して、装置を「診断」する。
損傷箇所が、次々と頭の中に浮かんでくる。
「大回復魔法……!」
私の声が、地下室に響き渡る。
青白い光が、巨大な扉を包み込んでいく。
魔力を注ぎ込むたび、損傷が修復されていく。
でも、まだ足りない。もっと、もっと魔力を。
「す、すごい……! 魔力の濃度がどんどん上がっていく……!」
研究班の誰かが叫ぶ。でも、私にはその声も遠く感じられた。
意識は修復に集中している。次々と回復魔法を重ねていく。
MPが消える前に、精神回復魔法でMPを回復。これでさらに回復魔法が撃てるようになる。
額から汗が流れる。体が熱い。でも、まだ終われない。
もう一息、あとほんの少しで。
「ミュウちゃん、頑張って!」
シャルの応援が聞こえる。その声に力をもらい、さらに魔力を注ぎ込む。
そして――ついに、最後の傷が癒えた。
「はぁ……はぁ……」
大きく息を吐き、私は膝をつく。体中から汗が噴き出している。
「ミュウちゃん! 大丈夫!?」
シャルが駆け寄ってきた。その腕に支えられながら、私は装置を見上げる。
文様が淡く光を放ち、魔力が巡り始めていた。
ゆっくりと、千年の眠りから目覚めるように、装置が動き出す。
「や、やった……! 装置が作動し始めました!」
研究班から歓声が上がる。私は、ほっと息をついた。
シャルの腕の中で、ようやく体の力が抜ける。
そのとき――突然、その場の空気が大きく揺らぐ。
「な、なに!?」
シャルの腕の中で、私は慌てて顔を上げる。
私の修復に反応して、装置の正体が徐々に姿を現していく。
祭壇の奥の空間が、まるで水面のように波打ち始めた。
歪んだ空気の中に、映像が浮かび上がってくる。
「これは……アヴァロン、なのか?」
ルシアンが息を呑む。そこに映し出されているのは、私たちの想像を遥かに超えた光景だった。
黄金の大地から、巨大な建造物が空へと伸びている。
まるで巨人の指のように、いくつもの塔が雲を突き抜けていた。
塔の表面は、大きな窓で埋め尽くされている。その窓からは、不思議な青い光が漏れ出していた。
まるで星空のような無数の輝きが、塔の表面を彩っている。
建物と建物の間には、水晶のような通路が架かっていた。
その中には人影のようなものが見える。遠すぎてはっきりとはわからないけれど、動いているのがわかる。
空には、大きな金属の塊が浮かんでいる。鳥のように、自由に空を駆けているようだ。
たくさんの光を放ちながら、街の上を優雅に移動していく。
「これが……黄金郷? なんか映像よりもさらに凄いことになってるけど」
シャルの声が、驚きに満ちている。いつも冒険者として慣れているはずの彼女も、この光景には圧倒されているようだった。
「すごい……想像以上に、その、すごい……」
私の言葉も続かない。何て表現していいのかわからないほどの光景。
私たちの知っている世界とはまるで違う。
「浮遊城と同じ……いや、その上を行く技術だ」
ゴルドーが呟く。確かに浮遊城も物凄い技術だったが、この塔や空を飛ぶ物体と比べると……まだ理解できるものに思えた。
そして何より驚くべきは、その風景が「生きている」ということだ。
映像の中の光は揺らめき、人影は動いている。今この瞬間も、向こうで何かが起きているのだ。
「でも、アヴァロンは千年前に消滅したんじゃ……」
「いや、『消滅』ではなかったのかもしれない」
ルシアンの言葉に、私たちは顔を上げる。
「マーリンは『再建』ではなく『維持』と言った。
つまり……アヴァロンは、どこかに存在し続けているのではないか?」
その言葉を聞いた時、私たちは衝撃的な事実に気づいた。
決して「滅びた」わけではない。今も、確かにそこにある。
「あれ? 映像が……!」
シャルが声を上げる。私も慌てて目を凝らす。
映像が、次第に薄れ始めていた。装置の光が弱まり、空間の歪みが消えていく。
「魔力が……足りない?」
「いえ、これは……時間制限、です」
研究班の魔導師が、静かに呟く。
「扉は開いた。あとは、コレが消える前に私たちが行くだけです」
「やっぱり……向こうに行けるってこと!?」
シャルが目を輝かせる。研究班の面々が頷いた。
「装置は完全に修復された。門は開かれています。
魔力を通せば、扉の先に――アヴァロンに行けるはずです」
地下室に沈黙が訪れる。誰もが、この状況の重大さに息を呑んでいた。
「ミュウちゃん」
シャルが私の肩を握る。その瞳に、迷いはなかった。
「行こう。絶対、あの場所にマーリンがいるよ」
私は小さく頷く。そうだ。マーリンは、きっとあの黄金郷にいるはず。
そして、世界を白く染めた理由も、きっとそこにある。
私たちは、不思議な光景を目に焼き付けながら、次なる一歩を考えていた。
目の前には、千年の時を超えて、扉が開かれていた――。
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