表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

125/150

第125話 白い世界の中で

 ――そのとき、空を(おお)巨大(きょだい)浮遊(ふゆう)城の底部が、不気味な(かがや)きを放ち始めた。


 充填(じゅうてん)されている光が、明らかに(ふく)らみ(はじ)めているのが見えた。

 まるで巨大(きょだい)な水風船のように、城の底部全体が光で(ふく)()がっている。


「あれ……さっきよりデカくなってない?」


 シャルの声が、いつもの明るさを失っている。

 彼女(かのじょ)の緑色の(ひとみ)に、不安の色が()かんでいた。


 村の広場に立つ(わたし)たちの周りに、冷たい風が()()けた。落ち葉が()い上がり、不吉(ふきつ)(おど)りを始める。


 城の底部にある巨大(きょだい)魔法陣(まほうじん)のような模様が、青白い光を帯び始める。

 円形に刻まれた文様は、(わたし)には読めない古代文字で()()くされていた。


 その光はまるで液体のように波打ち、中心に向かって集まっていく。

 光の粒子(りゅうし)(うず)を巻くように収束し、その中心部分が徐々(じょじょ)(ふく)()がっていく。


 まるで、巨大(きょだい)大砲(たいほう)(たま)装填(そうてん)しているみたいだ。そう思った瞬間(しゅんかん)、背筋が(こお)る。

 太古の兵器が目覚めたような威圧感(いあつかん)が、全身を包み()む。


(やばい! あれ本当に大砲(たいほう)……!?)


 その考えは正しかったようで、浮遊(ふゆう)城の底部中央が大きく(ゆが)(はじ)めた。

 空気がゆがみ、光の向こうの景色(けしき)が波打つように()れている。


 魔力(まりょく)凝縮(ぎょうしゅく)されていく様子が、遠くからでもはっきりと感じられる。

 頭痛がするほどの魔力(まりょく)の密度に、()()すら覚えた。


「まずいぞ。屋内――あの遺跡(いせき)の中に避難(ひなん)するんだ!」


 ゴルドーの声が(ひび)く。その声には、普段(ふだん)の冷静さが(かす)かに(くず)れている。

 黒い甲冑(かっちゅう)に身を包んだ(かれ)の体が、一瞬(いっしゅん)強張(こわば)るのが見えた。


 (わたし)咄嗟(とっさ)遺跡(いせき)の方角を確認(かくにん)した。村の北側、(おか)の中腹にポッカリと開いた洞窟(どうくつ)

 まるで巨大(きょだい)(けもの)の口のように、黒々とした入り口が(わたし)たちを待ち受けている。


 そこまではおよそ900メートル。(わたし)たちの足で6分ほど。

 その距離(きょり)が、今は途方(とほう)もなく遠く感じられた。


 光の収束が加速していく。空気が振動(しんどう)し、耳鳴りのような音が聞こえ始める。

 まるで世界そのものが(きし)むような、不協和な振動(しんどう)音。


「急いで! 村のみんなも!」

「お、おお……?」


 シャルが(わたし)の手を(つか)み、走り出す。彼女(かのじょ)の手のひらが、いつもより熱い。

 その(てのひら)から伝わる(あせ)が、彼女(かのじょ)緊張(きんちょう)を物語っていた。


 ゴルドーも全速力で走り出した。(かれ)甲冑(かっちゅう)が、金属音を(ひび)かせる。

 重たい甲冑(かっちゅう)を身につけているはずなのに、その動きは(かろ)やかだ。

 さすがA級冒険者(ぼうけんしゃ)というか、この非常時でも無駄(むだ)な動きが一つもない。


 その後に、騒動(そうどう)に気づいた村人が数名続いているが、だんだんと()(はな)されていく。

 (かれ)らの(あら)息遣(いきづか)いと、(あせ)りの声が後方から聞こえてくる。


 天から、低い(うな)りのような音が(ひび)(はじ)める。

 まるで巨大(きょだい)な機械が始動するような、不気味な振動(しんどう)音。


 それは次第(しだい)に大きくなり、やがて耳を(つんざ)くような金属音へと変わっていった。

 音の波が体を(つらぬ)き、内臓が振動(しんどう)しているような感覚。


 (わたし)たちは、心臓が飛び出しそうなほどの速さで(おか)()()がる。

 足を()()すたびに太ももが悲鳴を上げる。


 (くつ)が石に当たり、砂利(じゃり)が転がり落ちる音が(ひび)く。

 時折足を(すべ)らせそうになりながらも、必死で前に進む。


 洞窟(どうくつ)の入り口まで、あと100メートル。古代の遺跡(いせき)が、(わたし)たちを待っている。


「くっ!」


 シャルが後ろを()(かえ)った。(わたし)も思わず()(かえ)ってしまう。(かみ)が風を切る音がする。

 村人の数は明らかに減っている。ついてこれているのは三人だけ。若い男性たちだ。


 子供や老人は早々に置いて行かれ、もう見えない。

 声すら届かないほどの距離(きょり)まで(はな)れてしまっている。


 浮遊(ふゆう)城の中心には巨大(きょだい)な光球が形成され、その周囲の空気が(ゆが)んでいた。

 光球は今や小さな月ほどの大きさまで(ふく)()がっている。


 まるで太陽を見ているよう。目が痛くなるほどの光量だ。

 (ひとみ)に焼き付いて、視界の(はし)紫色(むらさきいろ)に染まっていく。


「あと少しだ!」


 ゴルドーが(さけ)ぶ。洞窟(どうくつ)(はい)()んだ。

 足音が石の地面に反響(はんきょう)して、不規則な音を(ひび)かせる。


 遺跡(いせき)の入り口の(とびら)が目前に(せま)る。

 近づくにつれ、古い石の(にお)いが鼻をつく。(ほこり)(こけ)の混ざったような、独特の(かお)り。


 そのとき、背後で何かが(はじ)ける音がした。

 まるで巨大(きょだい)な風船が割れたような音。大気が()()かれるような轟音(ごうおん)が、耳(まく)(ふる)わせる。


 それと同時に、異様な重圧が背中に伝わってくる。

 まるで巨人(きょじん)()されているような、圧倒的(あっとうてき)な力。


「やばっ!」


 シャルが(わたし)()きかかえると同時に、遺跡(いせき)の入り口に全力で()()んだ。

 ゴルドーも、ギリギリのタイミングで(ころ)がり()む。

 黒い甲冑(かっちゅう)が石の(ゆか)を転がる音が、不気味に反響(はんきょう)する。


 途端(とたん)、世界が白く染まった。


 まるで目の前で太陽が爆発(ばくはつ)したかのような閃光(せんこう)

 網膜(もうまく)が焼き切れそうな、存在そのものを否定するような(まぶ)しさ。


 目を閉じていても、まぶたを通して(まぶ)しすぎて痛い。光が脳を焼くように(つらぬ)いてくる。


 耳をつんざくような轟音(ごうおん)(ひび)き、地面が大きく()れる。

 遺跡(いせき)天井(てんじょう)から砂埃(すなぼこり)が降り注ぎ、(のど)がむせる。


 (わたし)の体は宙に()いたかと思うと、シャルの体に強く()しつけられた。

 彼女(かのじょ)(よろい)がきしむ音が、断続的に(ひび)く。


「うっ……!」


 シャルの(うで)の中で、(わたし)は耳を(ふさ)ぎ、目を強く閉じる。

 心臓が早鐘(はやがね)を打ち、呼吸が苦しくなる。


 轟音(ごうおん)衝撃(しょうげき)が、何度も何度も()()せてくる。

 まるで世界の終わりのような、破壊的(はかいてき)振動(しんどう)の連続。


 おそらく、一分ほどだったのだろう。

 でも、その時間は永遠のように感じられた。時間の感覚が完全に麻痺(まひ)している。


 やがて振動(しんどう)が収まり、轟音(ごうおん)も遠ざかっていった。

 かわりに、耳鳴りのような音が(ひび)いている。

 頭の中で、金属が共鳴するような音が鳴り続ける。


「み、みんな大丈夫(だいじょうぶ)……?」


 シャルの声が、どこか遠くで聞こえたような気がした。まだ耳が正常に機能していない。


 彼女(かのじょ)(うで)の中で、(わたし)はゆっくりと目を開ける。

 視界が(かす)んでいて、輪郭(りんかく)がぼやけている。


 視界が徐々(じょじょ)にはっきりとしてくる。目の前の景色(けしき)が、少しずつ形を取り(もど)していく。


 薄暗(うすぐら)遺跡(いせき)の中、シャルとゴルドーのシルエットが見えた。

 2人とも無事なようだ。(ほこり)まみれになりながらも、大きな怪我(けが)はない。


「ああ、なんとかな。だが、村の(みな)は!?」


 素早(すばや)く立ち上がったゴルドーが外に出る。(かれ)の足音が、静寂(せいじゃく)()()く。


 シャルが(わたし)()きしめた状態のまま、ゆっくりと体を起こす。

 その動作に合わせて、(わたし)たちの体から砂埃(すなぼこり)(こぼ)()ちる。


「外の様子……見に行こっか」


 シャルの声が、普段(ふだん)よりも慎重(しんちょう)(ひび)く。

 その声には、これから目にするものへの不安が(にじ)んでいた。


 (わたし)たちはゆっくりと立ち上がり、入り口に向かった。

 足が(ふる)えて、まっすぐ歩くのも難しい。


 そこに広がっていたのは――かつて見たことのない光景だった。


 そこにあったのは、色を失った世界。


 空は真っ白で、雲も太陽も見えない。ただ均一な白色が広がっているだけ。

 まるで巨大(きょだい)な白い天井(てんじょう)が頭上を(おお)っているかのようだった。


 村の建物は形を留めているものの、すべてが白く漂白(ひょうはく)されたように色を失っていた。

 民家も、畑の作物も、遠くに見える森も、あらゆるものがモノクロの世界のよう。


 地面を()う草も白く、葉脈だけがかすかに灰色で()かび()がっている。

 近くの木々は白い彫刻(ちょうこく)のようで、風に()れる枝が不気味な(かげ)を投げかけていた。


「な、なにこれ……」


 シャルの(ふる)える声が(ひび)く。彼女(かのじょ)の赤い(かみ)と緑の(ひとみ)だけが、この白い世界で異様に(あざ)やかだった。


 ゴルドーの黒い甲冑(かっちゅう)も、この世界では()いて見える。

 (わたし)たち以外のすべてが、色を(うば)われてしまったかのようだ。


「村の人たちは!?」


 シャルが(さけ)ぶ。その声は、異様なほど空気に()()まれていく。

 まるで音が遠くまで届かないように、空間そのものが(ゆが)んでいるみたいだ。


 (わたし)たちは(おか)を下り、村の中へと向かった。

 歩くたびに、白くなった砂利(じゃり)(くつ)の下でかすかな音を立てる。その音が、やけに耳に残る。


 家々の窓は暗く、(だれ)もいる気配がない。

 開け放たれた(とびら)が、不規則に(きし)む音を立てていた。


「おーい! (だれ)かいませーん!?」


 シャルの大声が村中に(ひび)(わた)る。でも、返事はない。

 彼女(かのじょ)の声が、どこまでも反響(はんきょう)していくような不気味な(ひび)き方をする。


 広場に着くと、そこにはさっきまで避難(ひなん)しようとしていた村人たちの気配すら感じられなかった。


 地面には足跡(あしあと)が残されているのに、その先に人影(ひとかげ)はない。

 まるでその場で消えてしまったかのよう。

 シャルが民家の中を調べ始める。(わたし)も後に続く。


「……え?」


 家の中に入ると、さらに異様な光景が広がっていた。


 テーブルの上には、白くなった食事が置かれている。

 スープの湯気が止まったまま。

 パンに()えられたバターナイフは、まだ途中(とちゅう)で止まったような角度で()さっている。


 まるで時が止まったような、そんな不自然な配置。

 でも、人の姿だけがない。


椅子(いす)(たお)れてる……()()そうとしたのかな」


 シャルの(つぶや)きに、(わたし)は小さく(うなず)く。

 台所では、まだ白い火が消えていない七輪の上に、白く変色した(なべ)()っている。

 中のシチューは完全に白濁(はくだく)し、かすかに(うず)を巻いて固まっていた。


「ねえ、ミュウちゃん……」


 シャルが、(めずら)しく弱々しい声で(わたし)を呼ぶ。


「これって……人間、全部消えちゃったの?」

「……どうやら、そのようだな」


 (もど)ってきたゴルドーが重い声で答える。

 村人がいなくなったその光景は、(かれ)にとってはかなり……(から)い光景だっただろう。

 しかしあくまで冷静さを保ち、(かれ)は窓の外を見ながらゆっくりと続けた。


浮遊(ふゆう)城からの攻撃(こうげき)は、この世界から『人』を消し去った……。建物や物は残して、人間だけを」


 (わたし)たちは(だま)って、その言葉の意味を()みしめる。

 静寂(せいじゃく)の中、時折聞こえる風の音だけが、世界がまだ動いている(あかし)のようだった。


「見てみろ。鳥も、虫も、動物の気配すらない。生命を持つものが、すべて消されてしまった」


 ゴルドーの言葉に、改めて周囲を見回す。

 確かに、鳥のさえずりも、虫の音も、どこにも聞こえない。

 完全な静寂(せいじゃく)。それは、生命の存在しない世界の音だった。


 白い世界で、(わたし)たちだけが色を持って存在している。

 それは、まるで絵の具を(なが)()んだように不自然で、この世界に(わたし)たちがそぐわないことを示しているようだった。


「……それって、どうすればいいの?」


 シャルの声に、(わたし)たちは空を見上げる。

 巨大(きょだい)浮遊(ふゆう)城は、もはや見えなくなっていた。

 どうすればいいのか。……わからない。まったく、わからない。


 ……(わたし)たちはひとまず(おか)の上まで(もど)り、遠くを見渡(みわた)した。


 白く漂白(ひょうはく)された世界が、地平線まで果てしなく広がっている。

 木々も、野原も、山々も、空も――すべてが色を失い、まるで白紙の世界のよう。


 その光景に、(わたし)は深い絶望感を覚えた。

 もう二度と、あの(あざ)やかな風景は(もど)ってこないのかもしれない。

 草木の緑も、空の青さも、夕暮れの茜色(あかねいろ)も。

 何より、この世界にはもう何も――。


「……ん?」


 そのとき、シャルが目を細めた。彼女(かのじょ)は、北西の方角をじっと見つめている。


「あそこ、なんか(ちがい)くない?」


 (わたし)も目を()らす。地平線の彼方(かなた)に、かすかな色彩(しきさい)が見えた。

 白一色の世界の中に、ぼんやりと()かぶ青みがかった光。


「あの方角、まさか……アランシア王国か」


 ゴルドーの言葉に、(わたし)たちは息を飲む。


「そういえば、アランシアはなんかかったいバリアがあるんだったよね! アレで砲撃(ほうげき)()えたってこと!?」


 シャルの声が(はず)む。確かにアランシアには、強力な魔法(まほう)の結界が存在していた。

 その結界は、あのヴェグナトールの猛攻(もうこう)すら(しの)ぎきった。アレで浮遊(ふゆう)城の攻撃(こうげき)()えた……!?


「もしかしたら、アランシアなら……!」


 シャルの声が生気を()(もど)す。彼女(かのじょ)(ひとみ)が、かすかな希望の光を宿した。


「そうだ、アランシアなら何か分かる可能性はある。あの国の(おさ)は、魔導(まどう)王の弟子(でし)の血族だったはずだ」


 ゴルドーの言葉に、(わたし)も小さく(うなず)く。

 この色を失った世界の中で、アランシアだけが色を保っているということは、それだけの理由があるはずだ。

 そして、その中にいる人々は、この惨事(さんじ)から(のが)れられたのかもしれない。


「ミュウちゃん、行こう! アランシアに!」


 シャルが(わたし)の手を(にぎ)る。その手のひらが温かい。今はそれに(すが)るしかなかった。

 白い世界に染まりきらなかった、小さな色彩(しきさい)を目指して……(わたし)たちは新たに一歩を()()すことにした。

面白い、続きが気になると思ったら、ぜひブックマーク登録、評価をお願いします!

評価は下部の星マークで行えます! ☆☆☆☆☆を★★★★★にして応援お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ