第124話 かつて在りし理想郷
「ここが入り口だったよね」
シャルの声が鉱山の壁に反響する。松明の光が、黒い岩肌を照らしていた。
私たちはゴルドーの案内で、鉱山の奥深くまで来ていた。
湿った空気に、カビの匂いが混ざっている。以前来たときと同じだ。
「ああ。この先に遺跡がある」
ゴルドーの声は落ち着いていたが、その手の松明は、少し震えているように見えた。
坑道は次第に広くなっていき、やがて大きな空洞へと続いていた。
その中心には、以前私達が暴走を止めた機械があった。そこからさらに奥に進んでいく。
天井からは水滴が落ち、ポタポタと静かな音を立てる。
「これ、人が作った空間だよね?」
シャルが息を呑む。確かに、この空洞は明らかに人の手で作られたものだ。
奥に進むほど壁は不自然に滑らかで、幾何学的な模様が刻まれている。
その模様は、かすかに青白い光を放っていた。まるで、私たちの存在を確かめるように。
「これは……魔力反応装置だ」
ゴルドーが壁に触れる。
すると、模様の光が強くなり、奥へと続いていく。まるで道案内のように。
「へぇ、マーリンってこんなの作れたんだ!」
「いや、マーリンだけじゃない。彼の……国の技術らしい」
ゴルドーの言葉に、私は立ち止まる。
国? マーリンの国? それって一体……。
光の道筋を辿っていくと、巨大な扉が現れた。
錆びついた金属でできているようだが、その表面にはどこかで見た紋章が刻まれている。
「……!」
私の息を呑む音に、シャルが振り返る。
「どうしたのミュウちゃん? あのマーク知ってるの?」
「うん……マーリンの杖に……同じ紋章が」
星と月を組み合わせたような紋章。中心には不思議な文字が刻まれている。
その文字は、私には読めない。でもおそらく、マーリンの国を表すものだろう。
「なるほど」
ゴルドーが扉に近づく。彼の黒い甲冑が、青白い光に照らされて輝く。
「この扉、魔力で開くはずなんだが……今まで反応したことはない。何が――」
彼が手を伸ばそうとした時、紋章が突然明るく輝き始めた。
「!?」
シャルが剣に手をかける。私も杖を構えた。でも、それは不要だった。
扉はゆっくりと、重い音を立てながら開いていく。向こう側から、冷たい風が吹き込んでくる。
「これは……ミュウの魔力に反応したのか?」
ゴルドーが呟く。詳細はわからないが、とにかく今まで開かなかった扉が開いた、らしい。
開ききった扉の向こうには、広大な空間が広がっていた。
天井は見えないほど高く、両側の壁には無数の装置らしきものが並んでいる。
それらは長い時を経て朽ちているが、かつての威容は想像できた。
「すっご……なにここ! 研究所? 工場?」
シャルが興奮気味に駆け出す。その足音が、静寂を破って響く。
「むやみに触るな。古代の魔導機械は危険だ」
ゴルドーの声が、厳しく響く。シャルは不満そうな声を上げたが、引き返してきた。
「でも見てよこれ! なんか動きそうな気がするよ!」
「ああ。おそらくここは研究施設だ。問題は、何を研究していたのかだがな……」
私たちはゆっくりと中に入っていく。松明の光が、朽ちた機械たちの影を壁に映し出す。
その姿は不気味で、まるで遠い過去の亡霊のようだった。
(マーリン……ここで一体、何を……?)
心の中で問いかける。でも、もちろん答えは返ってこない。
ただ、通路の奥に青白い光が見える。まるで私たちを誘うように。
私たちは通路の奥へと進んでいく。足音が反響し、どこか不気味な音を立てる。
「あれ? この先、なんか明るくない?」
シャルが指差した先には、ほのかな光が漏れていた。柔らかな明かりだ。
松明をつける必要もなさそうな空間。洞窟の中とは思えない。
「図書室のようだな」
ゴルドーの言葉通り、そこは大きな図書室だった。
天井まで届きそうな本棚が、整然と並んでいる。
驚くべきことに、部屋の明かりは水晶のような物質から放たれていた。
古代の遺跡なのに、まだ光を放ち続けているのだ。その光は優しく、目にも優しい。
空気は乾燥していて、古い紙の香りが漂う。
時折、どこからか流れ込む風が、埃を舞い上げる。くしゃみが出そうになる……。
「わぁ……」
シャルが本棚に駆け寄る。
その手が、背表紙を撫でていく。革装丁の本から、かすかな音が立つ。
「こんなにたくさんの本が……しかも、ほとんど傷んでない」
ゴルドーが呟く。確かに、千年前のものとは思えないほど保存状態が良い。
図書室からは辺り一面から魔力を感じた。おそらく、保存用の魔法か何かがかかっているのだろう。
「んんー、でもどれも古代語なのかな? 全然読めないよ~」
シャルが一冊の本を取り出す。表紙には、見覚えのない文字が刻まれていた。
「研究記録……か」
「えっウソ、読めるの!?」
「ああ。それなりに勉強したんでな。どれ……」
ゴルドーが覗き込む。シャルが本を開くと、中からかすかに甘い香りが漂う。インクを留めるための防腐剤だろうか。
「ふむ……これは面白い」
ゴルドーの声が、急に真剣味を帯びる。
「これらの記録は、マーリンの国のものらしい。その国の名は、黄金郷アヴァロン」
「アヴァロン? 聞いたことないな」
「ああ。現代では誰も知らない国だ。だが、この記録を見る限り、驚くべき文明を築いていたようだ」
ゴルドーは別の本棚から、大きな本を取り出す。その重みで、棚が軋む音が響く。
「これを見ろ」
開かれたページには、精巧な挿絵が描かれていた。
空に浮かぶ庭園、自動で動く機械、魔力で動く乗り物。まるで夢の世界のような光景だ。
「すっごい! こんなのあったの!?」
シャルの目が輝く。私も思わず見入ってしまう。
挿絵の細部まで丁寧に描かれていて、まるでその場にいるような錯覚を覚える。
「ここに、アヴァロンの人々の暮らしが記されている」
ゴルドーが別の記録を読み上げる。
「魔法と科学が高度に発達し、人々は豊かな生活を送っていたという。
空中庭園では一年中作物が育ち、自動機械が生活を支えていた」
「自動機械~? アランシアにちょっと似てるかも」
シャルは鋭い発言をする。確かに、アランシア王国はマーリンの弟子が建国したって言ってたような。
だから似てるのかも。とはいえ、アランシアはここまで凄まじい文明じゃなかったけど……。
「マーリンは……」
「ああ。この記録によれば、マーリンはアヴァロンの王だったようだ」
「魔導王、ってやつだよね。でも、そんな国があったなんて……」
シャルの言葉が、図書室に響く。
古い本の匂いが、私たちを遠い過去へと誘うかのようだった。
さらにページをめくると、そこにはより詳細な記録が現れる。
アヴァロンの日常を記した日記のようだ。文字の間から、かつての暮らしが浮かび上がってくる。
永久機関とよばれる魔力装置が街を動かし、空には数多の浮遊する建物。
地上には青く輝く水路が張り巡らされ、街は常に清浄な水で満たされていた。
人々は研究に勤しみ、新たな発見を重ねていく。
その傍らで詩や歌を愛し、多くの芸術作品が作り上げられた。
それはまさに、理想郷と呼ぶにふさわしい世界だったのだろう。
(こんな国が、本当にあったんだ……)
私は思わず、遺跡の天井を見上げる。
そこにはかすかに光る水晶が埋め込まれ、図書室を優しく照らしている。
それは、かつての繁栄の名残なのだろうか。
「あれ? 奥にも部屋があるみたい」
シャルが首を傾げる。確かに、書架の隙間から青白い光が漏れていた。
「行ってみよう」
ゴルドーの声に、私たちは頷く。
書架の間を抜けていくと、そこには円形の部屋があった。
中央には水晶のような巨大な装置。その表面には、見覚えのある魔法陣が刻まれている。
さっきの図書館に比べると部屋は薄暗く、そして狭い。なにか特別な部屋だろうか?
「これは……投影装置だな」
ゴルドーが装置に近づく。彼の甲冑が、水晶の放つ光に照らされて幻想的に輝く。
「とーえい? 動くのかな?」
シャルが興味深そうに装置を覗き込む。その瞬間、突然水晶が明るく輝き始めた。
「っ!」
目を細める私たち。そして、部屋の壁一面に映像が浮かび上がった。
「これは……」
私の声が、小さく響く。映し出されたのは、まさに理想郷そのものだった。
空に浮かぶ白亜の建物。青空を悠々と泳ぐように進む、艶やかな飛行船。
通りには整然と並ぶ水晶の街灯。マントを翻して歩く人々。
地上には碧玉のように美しい運河が張り巡らされ、小舟が行き来している。
建物の壁を縫うように伸びる植物の葉は、宝石のように輝いていた。
街角では自動人形が働き、人々の暮らしを支えている。
それらは滑らかな動きで荷物を運び、道路を掃除し、時には子供たちと戯れる。
通りの一角では、魔導士たちが新しい魔法の研究に勤しんでいた。
まるで光の芸術のような魔法陣が、空中に次々と描かれていく。
「こ、これが……アヴァロン?」
シャルの声には、驚きと憧れが混ざっていた。
映像は次々と切り替わり、黄金郷の様子を映し出していく。
王宮らしき建物も映る。純白の大理石で作られた柱。空中に浮かぶ噴水。そして、玉座に座る人物――。
「マーリン……!」
思わず声が漏れる。若かりし日のマーリン。とはいっても姿は私たちが見たものと変わらない。
白い髪に、白いローブ。握った魔法の杖は、魔界で見たものと同じだ。
その表情もまた、今のマーリンと同じ。どこか寂しげな影が宿っている。
「この映像、本当に千年前のものなの? マーリン変わらなすぎだし、そもそもこんなすっごい文明……」
シャルが声を震わせる。画面の鮮明さは、まるで昨日の出来事、または遙か未来のようだった。
「アヴァロンの技術だ。彼らにとってはこんな映像を写すことなど造作もなかったのだろうな。
そして映像もおそらく本物だ。数多くの書籍と内容が被っている」
ゴルドーが答える。その声には深い感慨が込められていた。
「だが、これほどの国が、なぜ歴史から消えたのか……」
彼は図書室から持ってきたと思われる別の本を取り出す。古ぼけた手帳のようなものだ。
「さっき見つけたこれは、研究者の日記らしい。最後の記述を見てくれ」
私たちは、黄ばんだページを覗き込んだ。そこには、乱れた文字でこう記されていた。
『警報が鳴り響いている。制御システムが突然の暴走を始めた。原因は不明。
マーリン陛下が緊急避難を呼びかけているが、もう手遅れかもしれない。
私たちの誇りであった魔法機械が、私たちを滅ぼすのか――。これが最後の記録になるだろう』
「これ以降の記録は……ない」
ゴルドーの言葉が、重く響く。
映像は相変わらず、アヴァロンの輝かしい日常を映し続けている。
まるで、その最期を記録することを拒んでいるかのように。
「じゃあ、アヴァロンは……やっぱり、滅んだんだね」
シャルの言葉に、私は黙って映像を見続けた。マーリンの姿は、もう映っていない。
■
「ただいまー!」
シャルの声が、村長の家に響く。外はすっかり夕暮れで、空は茜色に染まっていた。
「おかえりなさい。遺跡の調査は上手くいきましたか?」
「ああ。色々と、わかったことがある」
ゴルドーが静かに答える。その声には、深い思索の色が混ざっていた。
私たちは村長の家のテラスに腰掛けた。遠くには浮遊城が見える。
夕陽に照らされて、その白い外壁が金色に輝いていた。
「マーリン……彼は故郷を取り戻そうとしているのかもしれないな」
ゴルドーの言葉に、シャルが首を傾げる。
「どういうこと?」
「アヴァロンは突如として消え去った。その再建を、彼は目論んでいるのではないだろうか」
ゴルドーは空を見上げながら続ける。
「浮遊城の技術は、確かにアヴァロンのものと似ている。あれは新たなアヴァロンなんじゃないか?」
シャルは感心したように頷く。でも私は……何か違和感があった。
(再建とは……少し違う、気がする)
確かに浮遊城はアヴァロンの技術を使っている。でも、あの優美な黄金郷とは、どこか違う。
それに、アヴァロンの規模を考えると、あの浮遊城はかなり小さい。新たな国にするには、という話だけど。
それに……多分、マーリンは人が嫌いだ。自分の国民以外は何とも思っていない。
そんな彼が、この時代で国を新たに作るだろうか……?
そう考えていた時、シャルが突然立ち上がった。
「あっ! 見て!」
私たちが視線を上げると、浮遊城の輪郭が夕陽に浮かび上がっていた。
その底部から、不気味な光が漏れ始めている。
深い紫色の光が渦を巻き、まるで生き物のように蠢いていた。
「あれは……」
ゴルドーの声が震える。光は次第に強くなり、夕暮れの空に不吉な影を投げかけていた。
アヴァロンの記録の中に、あんな光を放つ技術は存在しなかった。明らかに違う何かだ。
浮遊城は相変わらず北に向かって進み続けている。その姿は美しく、でも底部の光は禍々しさを増していく。
(あれ、まさか……地上を攻撃するつもりじゃ……!?)
私の問いかけは誰にも届かない。
ただ、夕陽は徐々に沈み、空は暗さを増していった。
そして浮遊城の底部では、あの不気味な光が、まるで私たちを見下ろすようにゆっくりと明滅を繰り返していた……。
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