第12話 大規模作戦
ギルドの扉を開けると、昨日と同じような喧騒が耳に飛び込んでくる。
剣や鎧がぶつかる金属音、冒険者たちの笑い声、そして依頼を受ける際の真剣な会話。
これらの音が入り混じり、活気に満ちた雰囲気を作り出している。
私たちの見てきたものに反して、地上は平和そのものだ。それだけに、背筋が寒くなる。
ギルド内に漂う焼きたてのパンの香りと、冒険者たちの体臭が混ざり合った独特の匂いが、鼻をくすぐる。
「おーい、マスター! 色々わかったから報告に来たー! 大変なことになってるよ!」
シャルの声が、ギルド内に響き渡る。その声は、周囲の喧騒をも上回る大きさだ。
すると、周囲の冒険者たちの視線が一斉に私たちに向けられた。
その重みに、少し身を縮めそうになる。背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
「おお、2人か。早速報告してくれ」
アルバートの声が聞こえ、彼が急いで近づいてくる。彼の足音が、木の床を軋ませる。
彼がどこまで事態を想定できているのかは不明だが、シャルの声色から緊急性を少し察したみたいだ。
アルバートの顔には、懸念の色があった。
私たちは素早く状況を説明した。
石の密議の目的、彫刻家のゼペットの拉致、そして巨大石像兵の存在。
話すたびに、アルバートの表情が厳しくなっていく。
彼の額のしわが、どんどん深くなっていくのが見える。
「なるほど……これは確かに深刻だな。思っていたよりも」
アルバートは眉をひそめ、しばし考え込む。その沈黙が、空気をさらに重くする。
ギルド内の喧騒が、一瞬静まったように感じる。気のせいだとは思うが……。
「何よりまずいのはその巨大な石像だ。だいたい何メートルほどだった?」
「ええ? うーん、そうだなぁ……10メートルくらいはあったかな? でっかい広場の中心でね」
「それで、その石像は通路を通れなかったんだな?」
「うん。お陰で助かったんだけどね! なかなか肝が冷えたよ~」
アルバートは何かを考え込んでいるようだった。石像のサイズ。通路を通れなかったこと。
……何かが引っかかる。彼の目が、遠くを見つめている。
「どしたのマスター、ミュウちゃんも。石像のサイズがどうかした?」
「いや。……その大きさの石像を地下で作って、奴らはどうやって地上に出すつもりなのかと思ってな」
……そうだ。私も、彼の発言と同時に思い至った。
唯一の通路を通れない巨大な石像。しかも、それが今の「石の密議」にとっての切り札。
彼らがもし、その力をノルディアス……そして外の勢力に示したいのであれば、自然と外に出すための手段が必要になる。
魔法でワープさせるか。あるいは――
「地下から天井を突き破って外に出す予定……とか?」
「……!?」
……いやいや、まさか。私も一瞬考えたけど、そんなことするわけがない。
その想像だけで、胃がキリキリと痛くなる。
「私も同じことを考えていた。
というのも、連中の目的はノルディアスを強くすることと言ってはいるが……だとすると、今のテロ行為の説明がつかない。
町の人間に被害を出しておいて、誰がそんな連中の目的に賛同する?
そう考えると……奴らはひょっとすると最初から、今のノルディアスに受け入れてもらうつもりなどなく。
まとめて今の体制を破壊し、武力で町を支配するつもりなんじゃないのか」
――――。
私は絶句してしまう。まぁ普段から喋ってはないんだけど、とにかく……。
もしアルバートの推理通り、「石の密議」は現体制を破壊するのが目的で、巨大石像兵で町を破壊するつもりだったとしたら。
それは――
「よし、決めた。今すぐにギルドで大規模作戦を展開する」
「大規模作戦?」
シャルが首を傾げる。その動きに合わせて、彼女の赤い髪が揺れる。
「ああ。複数のパーティーで同時に地下ダンジョンに侵入。石の密議の拠点を襲撃する。その巨大な石像ごと、一気に片付けてしまおう」
アルバートの声には強い決意が感じられた。
その声に、周囲の冒険者たちが反応し、小さなざわめきが起こる。
「へぇ~、なんかでっかい話になってきたねぇ! それってあたしたちも参加するの?」
「ああ、もちろんだ。君たちには重要な役割がある」
アルバートは私たちをじっと見つめる。その眼差しに、期待と信頼が込められているのを感じる。
「君たちには、彫刻家ゼペットの救出を任せたい。一度潜入した経験があるからな、我々が新たに探すよりいいだろう」
私とシャルは顔を見合わせる。確かに、地下ダンジョンの構造はある程度把握している。
シャルの目に、決意の色が浮かぶ。
「了解! 任せてよ、マスター!」
シャルが元気よく答える。私も小さく頷く。その瞬間、ギルド内が一気に騒がしくなった。
アルバートは大きく息を吐くと、ギルド全体に向けて声を上げた。
「諸君、聞いてくれ!」
その声に、ギルド内の喧騒が一瞬で静まり返る。全ての視線が、アルバートに集中した。
「我々の町、ノルディアスが大きな危機に直面している。石の密議という組織が、町の存亡を脅かす計画を進めているのだ」
アルバートの言葉に、ギルド内のざわめきがさらに大きくなる。冒険者たちのパーティーの間で、小さな議論が始まる。
「しかし、我々には先手を打つチャンスがある。
今すぐに、複数のパーティーで同時に彼らの拠点を襲撃する。この作戦に参加できる者は、すぐに準備を整えてくれ!」
アルバートの声は、私たちと話していたときとは別人のような覇気があった。
その言葉を聞いた冒険者たちの間に、緊張と興奮が走る。
「えっ、今すぐ!?」
「マジかよ……報酬は出るんだろうな?」
「ああ、参加した者には全員特別報酬を出そう」
「ソイツが聞きたかった!」
様々な声が飛び交う中、冒険者たちは急いで準備を始めた。
武器を手入れする音、鎧を身につける音、そして作戦を確認し合う声が、ギルド内に響き渡る。
そんな騒がしいギルドの中で、落ち着き払った人物が目に止まった。
切れ長の青い目をした男の人だ。細身の体ながら、巨大なハンマーのようなものを背負い、ゆっくり立ち上がる。
「あの人は? なんか強そうだけど」
私の肩に顎を乗せつつ、シャルが密かに彼を指さす。
「ああ……うちのギルドの数少ないA級冒険者だ。ゴルドー・エヴァンス。普段はソロ専門なんだが……さすがに来てくれるようだな」
「へー、ソロ専門かぁ。ミュウちゃんも前はそうだったよねー」
「……」
いや……アレと私とは全然違うっていうか……。「孤高」と「コミュ障」はまったく別物だから……。
そんな話をしつつ私とシャルも、急いで準備を整える。シャルは大剣を背中に固定し、私は杖を握りしめる。
■
作戦の詳細が決まり、準備を整えた私たちは、再び地下ダンジョンへと向かった。
今度は他の冒険者たちに紛れての侵入になる。
ダンジョンの入り口に到着すると、そこには既に多くの冒険者が集まっていた。
前にも後ろにも、大柄な冒険者が武器を構えていた。
き、緊張する……まるで戦争でも始まるみたいだ……。冒険者たちの息遣いや、武器が触れ合う小さな音が聞こえる。
「ミュウちゃん、緊張してる?」
シャルの声に、私は首を何度も縦に振る。正直吐きそうなくらいだ。宿に帰って寝たい。
「大丈夫。そういうときはね……!」
シャルがそう言うと、突然私に抱きついてきた。
視界がシャルの鎧で埋め尽くされ、非常に歩きづらい!
「っ……!?」
「こういうふうにハグすると緊張が薄れるらしいよ! まぁ歩きながらじゃなかなか難しいけど! あはは」
まったくだよ。歩きながらハグとか聞いたことないよ。
……だけど、かえって緊張はほぐれたような気がした。MPも回復したかも。
シャルの体温と、彼女特有の匂いが、少し安心感を与えてくれる。
地下ダンジョンに入ると、すでに戦闘の音が聞こえてくる。
私たちよりも前の列にいた他のパーティーが、石の密議のメンバーと戦っているのだろう。
金属がぶつかり合う音、魔法の発動音、そして叫び声が、ダンジョンの壁に反響して聞こえてくる。
「こっちだよ、ミュウちゃん」
シャルの声に導かれ、私たちは列を抜けて別の道に入る。
途中、壁や床に戦いの跡が見られる。石くずや、血痕。誰かが戦ったようだ……。
その光景に胸が締め付けられる。血の生臭い匂いが、鼻をつく。
「さて。ゼペットさんはどこかな~っと」
地下ダンジョンはやけに入り組んでいて、扉もあちこちにあった。石の密議が改造したんだろうか?
そしてある部屋に入ったとき、私たちは足を止めた。
「あれは……!」
部屋の中央に、人型の石像が立っている。
よく見ると、それはカールしたヒゲを持つ男……カールそのものだった。
石化されている……!? 石像からは、かすかに魔力の残滓が感じられた。
「うーん、まぁあたしらにべらべら喋った挙句こんな襲撃の原因にもなってるオッサンだし。見せしめってことかな」
シャルの声にかすかな同情が混じる。
たしかに。正直、「石の密議」からすれば彼は戦犯もいいところだろう。
「ミュウちゃん、この石化解除できないかな?」
シャルの提案に、私は少し考える。この石化はおそらく、魔法や呪術によって発動している状態異常だ。
なら、私の魔法を使えば解除できるはず。
(状態異常回復魔法)
私は杖を掲げ、魔力を込める。青白い光がカールの石像を包み込む。その光が、薄暗い部屋を明るく照らす。
すると、表面から徐々に石が剥がれ落ち、中からカールの姿が現れた。石が剥がれ落ちる音が、ゴロゴロと耳に届く。
「は……はっ! おわああっ!?」
カールが大きく息を吸い込む。その目に、驚きと恐怖の色が浮かぶ。
彼の体からは、石の粉が舞い上がっている。
「落ち着いて。あたし達だよ。いま外すっごいことになっててさ~」
シャルが優しく語りかける。カールは混乱した様子で辺りを見回す。彼の呼吸が荒く、震えているのがわかる。
「あ、ああ……君たちか。な、なぜ僕を……?」
「別に、ミュウちゃんなら治せると思ってさ。せっかくなら治してあげようかなって。ね、ミュウちゃん」
シャルは事もなげに私に視線を合わす。私も同じ気持ちだ。たとえ敵でも、治せるなら治したい。
カールはそれから一瞬躊躇したが、やがて小さく頷いた。彼の表情に、少しだけ安堵の色が浮かぶ。
「……わかった。感謝の印として教えよう。あの壁が見えるか?」
「どれ? ……あっ! ちょっと壁の色が変わってるとこある!?」
「ああ。そこを抜けると、ゼペットのいる部屋に繋がっているはずだ」
カールの言葉に、私たちは顔を見合わせた。
……これは驚きの展開だ。情けは人の為ならず、というやつだろうか。
「まったく。僕はもうついて行けんよ。どいつもこいつもイカれた奴ばっかりだ」
「いやいやー、あたし達からすればあんたも五十歩百歩だって」
カールはブツブツと文句を言いながら去っていく。
……そっち冒険者が雪崩込んでる最中なんだけど、大丈夫なのかな。彼の足音が、哀愁とともに遠ざかっていく。
しかし、とにかく……これからが本当の勝負だ。
私たちは隠し扉を開け、その先の通路へと足を踏み入れた。扉を開ける際の軋む音が、緊張感を高める。
薄暗い通路は、どこか不吉な雰囲気を醸し出していた。湿った空気が、肌に触れる。
「なんかワクワクするね! 秘密基地って感じ……まぁマジで秘密基地なんだけどさ。
一応あたしの後ろにいてね。何が出るかわかんないよ!」
シャルの声に頷きながら、私たちは慎重に前に進む。
足音を立てないよう気をつけながら、一歩一歩進んでいく。通路の先に扉が見えてきた。
「ここか……」
シャルが呟く。さすがに声量も控えめだ。
私たちは深呼吸をし、お互いに目配せをする。心臓の鼓動が、耳の中で大きく響く。
「行くよ、ミュウちゃん」
シャルの声に、私は小さく頷いた。そして、私たちは同時に扉を押し開けた。
扉が開く際の軋む音が、静寂を破る。中にいたのは――。
「おっ、おお! 助けが来たのか!?」
「……また君たちですか」
モジャモジャの白髪のお爺さんと……さっきのローブの男。リュークだった。部屋に流れ込んだ光で、彼らの姿がはっきりと見える。緊張感が、一気に高まる。
「よくこの部屋に気付きましたね。だが、もう遅い」
リュークの声には、冷たい確信が滲んでいた。彼はゆっくりと手を上げ、青白く光る魔法石を掲げる。
「あ! それタンマ!」
シャルが叫ぶ。しかし、リュークの動きを止めることはできなかった。
魔法石が強く輝き始める。その光が、部屋中を青白く照らす。
突然、遠くから低い轟音が聞こえてきた。まるで大地そのものが唸っているかのような音だ。
その音は次第に大きくなっていく。床が微かに揺れ始める。
「ちょっとちょっと! またアレ動かしてるわけ!?」
シャルの声に、私は息を呑む。広場の巨大石像が動き出したのだ。
轟音はさらに大きくなり、今や部屋全体が揺れている。壁から砂埃が落ちてくる。
「フッ、これで集まった冒険者どもも一網打尽です。ゼペットの珠玉の彫刻。未完成とはいえ、冒険者風情が束になって敵う相手ではない」
「ウーン……照れるが迷惑……!」
リュークの声には、勝利の確信が込められていた。一方のゼペットさんは……なんか元気そうだな……。
その瞬間、さらに大きな音が響き渡った。地面が揺れ、倒れそうになる。
「ミュウちゃん!」
姿勢を崩した私をシャルの腕が支えてくれる。
まるで大砲が炸裂したかのような轟音。そして、その後に続く石がぶつかり合う音。
(戦闘が始まったみたい……)
私の背筋が凍るのを感じた。一緒に突入した冒険者は……数えてないが、20人くらい。彼らでアレを倒せるのだろうか……?
恐怖に支配されそうな私の肩を、シャルが掴む。
「大丈夫! あんだけいるんだし、あっちはなんとかなるよ。それより、あたし達はゼペットさんをなんとかしよ!」
その言葉に、私は意識を集中させる。それに、魔法石を持っているのはリュークだ。
あれを奪えば、巨大石像の制御を奪えるかもしれない。
リュークの前に立ちはだかるシャル。そして、杖を握りしめる私。
戦いの火蓋が切って落とされた。
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