第11話 巨大石像兵
「さて、それじゃあ知ってること全部話してもらおっかな!」
シャルの声が、閉じ込められた空間に響き渡る。
その声は、湿った石壁に反射して、少し反響している。
倒れた男は、背中を冷たい壁にもたれかかっていた。
彼の黒いフードは床に落ち、恐怖に歪んだ顔が見える。額には冷や汗が浮かんでいた。
「ちょっ……ちょっと待て。こんなすぐ襲ってくることあるか……?」
男の声は震えていて、息も荒い。
「だってマスターから構成員捕まえてこいって言われてるし。
あんた構成員でしょ? じゃあもう……ね?」
シャルの口調は軽いが、その目は鋭く男を見据えている。
「ね? じゃないっ! 僕は荒事担当じゃないんだぞ……! いっててて……!」
そう……「石の密議」の一員を名乗るカールひげの男はあっという間にシャルにボコボコにされたのだ。
ちょっとは抵抗していたが、それも一瞬のことだ。
床に倒れた男の周りには、埃が舞い上がっている。
私は少し離れた場所から、警戒しながら2人を見守っていた。
杖を握る手に、少し汗がにじむ。冷たい空気が、その汗を冷やしていくようだ。
「しかしわかんないなぁ。なんでそんなんであたし達を閉じ込めようとするのかね。口封じでもしたかったの?」
「きょ、協力を依頼したかったんだよ……ゲホッ」
男が咳き込む。その咳の音が、空間に響く。
「協力ねぇ。でも悪いけど、犯罪者の依頼は請けられないな。
何の依頼がしたかったのかは知らないけど、先にこっちの質問に答えてもらうよ」
シャルは男に剣を突きつけた。金属の冷たい光が、男の顔を照らす。
ギルドに所属している冒険者が犯罪に手を染めた場合、当然ギルドはクビだ。
そんな危ない橋を渡るわけがない。依頼ってなんのことなんだろう……?
「く……だが、僕が話すわけないだろ! 僕はこの組織に忠誠を誓っているんだ……!」
男は吐き捨てるように言う。その声には怯えが混じっている。
シャルは男の襟首を掴み、顔を近づけた。
「へぇ、そうなの? でも、このままじゃあんたも一緒に閉じ込められちゃうよ? それでいいの?」
シャルの声は明るいが、その目は笑っていない。男の顔が青ざめていく。
「ち、違う! 僕には出る方法が……」
「あれ、出る方法があるんだ。じゃあよかった、教えてよ。ねぇ?」
「そ、それは……」
男は言葉を濁す。シャルは男の襟を離し、立ち上がった。
彼女の足音が、石の床に響く。
「ミュウちゃん、この人出る方法知ってるみたい。でも教えてくれないんだって」
「……」
シャルが私に向かって言う。その声には、からかうような調子が混じっている。
「――ちょっとやりすぎてもミュウちゃんならヒールできるよね!」
「……!?」
私は一瞬背筋が冷えたが、小さく頷く。そして、ゆっくりと杖を上げた。
青白い光が杖の先端から放たれ、男の体を包み込む。現時点での男の負傷を完全に治す。
「え……!? い、痛みが……消えた……」
男の声には驚きが混じっている。
彼の体から、傷の痛みと共に緊張が抜けていくのが見える。
「そう、そゆこと。でもいいお知らせじゃないよ。
いくらでも治せるってことは、いくらでもボコボコにできるってことでもあるんだからね。
さぁ、知ってること全部話しなさい!」
シャルが拳を握る。
その言葉の意味がわかったのだろう、男が小さく悲鳴を上げた。
その声は、少し甲高い。
「や、やめろ! 話す、話すから!」
シャルが満足げに笑う。その表情はようやく、いつもの明るい雰囲気に戻った。
こ、怖かった……。演技派だ……。
「そう。じゃあ、聞かせてもらうよ。
そもそも石の密議って、何がしたい組織なの?」
男は大きく息を吐き、諦めたように話し始めた。
その吐息が、冷たい空気に白い靄を作る。
「僕たちはな……ノルディアスを強くしたいんだ」
「強くって? どゆこと? 今でもギルドとかあるじゃん」
「それはそうだが、所詮は冒険者。町を守るのは本業じゃない。
この町は今、特別に危機に晒されているわけではないが……周りの情勢だって芳しくないだろ?」
芳しくない……のかな? 私は正直、かなり世間知らずだ。
町周りの情勢とか、危険とか、全然わからない。賊でもいるのかな。
「そんなとき我々のリーダーは、このダンジョンで特殊な魔法石を見つけたんだ。その石を使えば、石に生命を吹き込めるのさ」
私は思わず息を呑む。石に生命を――それって、すごい魔法なのではないだろうか?
「その魔法石の力を正しく使うことができれば、無敵の石像軍が作れる。不死身の、石の兵士だ。
それを大量に用意できれば、ノルディアスは他の街や国から干渉を受けない、強い存在となれるはずなんだ!」
シャルの目が大きく見開かれる。その瞳に、驚きの色が浮かぶ。
「不死身の兵隊……石でできた兵士? そんなの……」
ありえない、と否定することはできない。私たちは確かに、動く石像と戦ったのだから。アレは不死身ではなかったが……。
「広場のやつも、その魔法石で動かしたってことね」
「多分、そうだ。だが僕たちはまだ魔法石の真の力を使いこなせていない。
だから不完全だし、暴走してしまう」
「暴走ってさぁ……あたし達が止めなかったら怪我人出てたんだからね!」
まったくだ。男の言い分は身勝手極まりない。
町の防衛力を高めるのはいいことだろうが、そのせいで犠牲が出るのは絶対におかしい。
「多少の犠牲は仕方がないだろう。我々だって、まだ使い方がわかっていない。
数をこなして練習しないといけないんだよ」
男は冷静に語る。その目には狂気じみた光が宿っているようだ。その言葉に、私は寒気を覚える。
「……それで、彫刻家のゼペットっておじいさんはどうしたの? あんたらが攫ったんでしょ?」
シャルは静かに尋ねた。その声には、抑えた怒りが感じられる。
男はハッと眉をひそめて笑う。その笑い声は、少し高く、不気味だ。
「そうだ。バカな若い構成員は自己顕示欲が高くてね。
わざわざ我々の犯行だとアピールして行ったんだ」
「で。なんで攫ったの?」
シャルが低い声で言う。その声には威圧感がある。
「……より強い兵を作るには、より優れた彫刻が必要なんだ。
だからゼペットに作らせている。彼はこの町の彫刻家の中では随一の腕だからな」
「あの中央の大きな像も、もしかしてその人の作品?」
「ああ。あれが完成すれば、最強の兵になるはずだ」
私とシャルは顔を見合わせた。状況の深刻さが、徐々に明らかになってきた。
少なくとも、そのゼペットさんを救出するのは重大な任務だろう。
「はー、やれやれ……ところで、出口はどこ? さっきの道を塞いじゃったってことは、他にも道はあるんだよね?」
シャルが再び男に詰め寄る。その足音が、空間に響く。
「……あの端にある犬の石像の後ろだ。床に魔法陣がある。他の出口はないが、それを起動させれば、出入り口の岩を動かせるんだ」
「へぇー、なんか便利だね。それで出入り口をわからなくして今まで隠れてたってことか……」
私は男が指さした先を見る。確かに、小さめの犬の像があった。
その像は、どこか寂しげな表情をしているように見える。
「じゃあ次は、そのゼペットって人のところに案内して――」
その時、不吉な音が響いた。まるで石と石がこすれ合うような、ギシギシという音。
振り向くと、中央の巨大な人型の石像が、ゆっくりと動き始めていた。
その動きに合わせて、空気が揺れるのを感じる。
「なっ……!?」
私たちが驚いて振り向いた瞬間、石像の足元から黒いローブをまとった人影が現れた。
ローブの布地が風に揺れる音が、石像の揺れる音に混じってかすかに聞こえる。
「よくもまあ、ペラペラと喋ってくれましたね。カール」
低い声が響く。その声は冷たく、空気を震わせるように感じられた。その声に、男が震え上がる。
「リ、リューク……!」
男の声には恐怖が滲んでいた。冷や汗が彼の額を伝い落ちるのが見える。
……名前カールなんだ。だからカールひげなのかな。関係ないか。
それはさておき、リュークと呼ばれた男は、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その足音が、重く響く。足が地面に触れるたびに、小さな埃が舞い上がる。
「おや、また会いましたねお2人とも。
まさかこんなすぐに再会するとは思いませんでした」
リュークは私たちを睨みつけた。その目元はよくわからないが、痛いような視線を感じる。
その視線が、背筋に冷たい感覚を走らせる。
その姿と言葉が繋がる。彼は、私たちが暴れる石像を倒したときに現れた人物だ。
「へぇ、あんたがボスってわけ? じゃあ昨日はボス自ら混乱を見に来てたの?」
シャルが挑発するように言う。しかし、その声には緊張が混じっている。
彼女の手が、かすかに震えているのがわかる。彼自身も強いみたいだ……。
リュークは答えず、手の中の魔法石を掲げた。それは、赤い光を放っている。
その光が、周囲の空気を震わせているように感じる。
「秘密を知られた以上、君たちにはここで消えてもらいますよ」
魔法石が強く光る。その光が、目を眩ませるほどに。
同時に、巨大石像がゴゴゴ……と音を立てて動き出した。
ミシミシと動く音とともに、石像からは小石が漏れる。その音が、不気味に響く。
「消せるものならやってみなよ!」
シャルは好戦的に剣を抜き、石像へと飛びかかる。
立ち上がろうとしている石像の膝に大剣が命中し、石の表面が欠ける――だがそれだけだ。
さすがにサイズが違いすぎる上、相手は石。
シャルの剣では有効なダメージは与えられない!
「やはり素晴らしい。剣も矢も通さない巨大な兵。これこそノルディアスの新たな守護神です」
リュークの声には、狂気じみた喜びが混じっている。
「くっ……! ミュウちゃん、逃げよう! さすがにデカすぎる!」
シャルが叫ぶ。私たちは急いで出口に向かって走り出す。
足音が慌ただしく響く。心臓の鼓動が、耳の中で大きく響く。
「無駄だ!」
リュークの声と共に、石像の巨大な拳が私たちに向かって振り下ろされる。
巨大なものが空気を押しのける音が聞こえる。
「危なっ!」
「うおおお~!」
シャルが私を抱きかかえ、間一髪で避ける。シャルの体温と、彼女の荒い息遣いを感じる。
石像の拳が地面に叩きつけられ、大きな衝撃が走る。
その衝撃に巻き込まれ、カールと呼ばれた男も吹き飛んでいった。地面が揺れ、砂埃が舞い上がる。
「ミュウちゃん、あの魔法陣を!」
シャルの声に頷き、私は杖を掲げる。単純に杖から魔力を放ち、遠隔で魔法陣を起動させる。
「……!」
青白い光が犬の石像を包み込む。すると、石像の目が光り、魔法が起動した。
先ほどカールが塞いだ通路の岩がスライドし、道が開く。石がこすれ合う音が響く。
「させるか……! やりなさい!」
リュークが石像に命じる。石像が私たちに向かって突進してくる。その足音が、地面を震わせる。
「くっ……!」
シャルが剣を構える。私は石像の足元を見て、その足に踏まれて陥没した地面にヒールをかけた。
昨日の広場で行ったものと同じ要領だ。壊れた地面を治すことで足を拘束する――石像の動きが一瞬止まった。
「小賢しいですね。昨日と同じことをしようというわけですか?
しかし、アレとこの兵士を同じと見ないほうがいい」
足元の回復で巨大石像を拘束できたのはほんの一瞬だけ。
足の筋肉らしき部分が膨らみ、力が入ると地面が大きく揺れ、足が抜ける。地面が砕ける音が響く。
「マジ~!? 力持ちだなあ、こいつ! ミュウちゃん、こっち!」
シャルは私を再び抱え上げると、開いた通路に向かって走る。
その後ろから石像が迫り、巨大な手が近付いてくる。虫にでもなった気分だ……!
石像の動きで起こる風が、背中に当たる。
しかし、すんでのところで私たちは通路に入り込む。
その石像は巨大さ故に通路を通れず、腕を伸ばすばかり。
辛うじて逃げ出すことができたみたいだ。
地面が揺れ、砂や岩が落ちてくる。私たちは全力で走り、なんとか地上へと脱出した。
「はぁ……はぁ……!」
外の空気が肺に染みる。
新鮮な空気が、地下の湿った空気と対照的だ。
私とシャルの荒い息が混ざり合う。
「ミュウちゃん……大丈夫?」
シャルが心配そうに尋ねる。彼女の顔は汗でびっしょりだ。私は小さく頷いた。
「よし……すぐギルドに戻ろうか。あの連中、思ったよりやばいことしてるよ。
この情報、マスターに伝えないと」
シャルの声には決意が滲んでいる。
彫刻家ゼペットの救出。地下ダンジョンで派手に暴れる石の密議の行動の阻止。
この町を守るためにはそれが必要であろうことがわかった。
私とシャルは顔を見合わせ、小さく頷く。これから始まる戦いに、緊張で心臓が痛くなった……。
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