表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

108/150

第108話 サキュバスだーーーー!!

 大地に横たわるヴォルグの体から、金色の光が()れ出している。


 (くだ)けた銀色の甲冑(かっちゅう)の傷から、まるで光の血液のようなものが流れ出す。

 その光は大気中で蒸発し、(うず)を巻きながら黒い空に向かって消えていく。

 まるで(ほたる)のように、光の粒子(りゅうし)(おど)るように上昇(じょうしょう)していく。


 砂埃(すなぼこり)()い、粘性(ねんせい)のある空気が光を屈折(くっせつ)させ、幻想的(げんそうてき)な光景を作り出していた。

 光の粒子(りゅうし)は空気の粘性(ねんせい)によって(ゆが)められ、不思議な軌跡(きせき)(えが)く。


 青色の太陽が、その光景を見守るように空に()かんでいる。

 その青い光は、ヴォルグから()()す金色の光と混ざり合い、一瞬(いっしゅん)だけ緑色の光帯を作り出した。


(このまま消えちゃうのかな……)


 (わたし)は思わず(つえ)(にぎ)りしめる。

 (つえ)水晶(すいしょう)に、ヴォルグの()()す光が反射して(かがや)く。

 敵とはいえ、なかなか(いさぎよ)い人だったと思う。人じゃないけど。


「……ふ」


 ヴォルグの口から、かすかな()みのような声が()れる。

 グレートヘルムの隙間(すきま)から、金色の光がこぼれ出した。

 その光は(かれ)の呼吸のように、ゆっくりと明滅(めいめつ)している。


「見事な戦いだった。人間の(むすめ)よ」


 その声は、先ほどまでの(とどろ)くような声とは(ちが)い、静かで落ち着いたものだった。

 まるで遠くで鳴る(かみなり)のような、深い(ひび)きを持っている。


 ぎしり、と甲冑(かっちゅう)(きし)む音。

 砂地に横たわった巨体(きょたい)(きし)みを上げ、(かれ)(わず)かに首を動かし、(わたし)たちの方を向く。

 傷ついた甲冑(かっちゅう)が月明かりを反射し、銀色の(かがや)きを放っている。


「勝者よ。()最期(さいご)の礼義を()くさせてもらおう」


 ヴォルグはシャルを見ていた。彼女(かのじょ)は頭の後ろで手を組み、リラックスしている様子だ。

 赤いポニーテールが、生温かい魔界(まかい)の風に()れている。


「お前たちが向かうべき道……そこには四天王が一人、氷姫(ひょうき)リリアンが待ち構えている」


 ヴォルグの声が、さらに弱くなっていく。

 その体からは、より激しく光が()れ出していた。

 光の(つぶ)が空中で(うず)を巻き、まるで金色の竜巻(たつまき)のように見える。


「氷雪の谷、そこに彼女(かのじょ)(ひそ)んでいる。策に()けた女だ……警戒(けいかい)するがいい」

「氷雪ねえ。なんか寒そう」

「氷雪の谷……(なつ)かしい(ひび)きだ」


 イリスの声が(ふる)える。

 (かれ)記憶(きおく)の中で、何かが(よみがえ)ってきたようだった。彼女(かのじょ)の長い銀髪(ぎんぱつ)が、風に()れている。


魔王(まおう)イリスよ、その谷には……」


 ヴォルグが何かを言いかけたその時、(かれ)の体が大きく(くず)(はじ)めた。

 甲冑(かっちゅう)のあちこちから金色の光が()()し、まるで砂時計(すなどけい)の砂のように、その巨体(きょたい)が光の粒子(りゅうし)となって空へと(のぼ)っていく。


「ここまで、か……クロムウェル様、ご武運、を……」


 最後まで言葉を(つむ)ごうとする忠義の四天王。

 しかし、その声は光と共に消えていった。空気中に(ただよ)う光が、徐々(じょじょ)(うす)れていく。


 そうして、残った甲冑(かっちゅう)から(とが)ったクリスタルが飛び出してくる。

 まるで地面から生えるように、青白い結晶(けっしょう)()()した。

 (かれ)の死体が、クリスタルとなったのだ。


「ヴォルグ……か。敵ながら見事な忠誠だった。()しむらくは、従うべき相手を見誤ったことか」


 イリスの声が、風に消えていく。

 彼女(かのじょ)の表情には深い悲しみの色が()かんでいた。その(ひとみ)(うる)んで見える。


 シャルは(けん)(さや)に収め、(わたし)(つえ)を下ろす。

 戦いの余韻(よいん)が、まだ空気中に残っているようだった。


「次なる目的地は氷雪の谷か。幸か不幸か、クロムウェルの(やつ)の城に向かう道中がその谷だ」


 イリスは「氷雪の谷」の方角を指差す。

 そちらには、暗闇(くらやみ)の中でうっすらと青白く光る山々が見える。


 その頂は雲に(おお)われ、まるで幽霊(ゆうれい)のような姿をしていた。

 山肌(やまはだ)には無数の氷柱(つらら)が張り付き、月明かりを反射して不気味に(かがや)いている。


「リリアン……我の記憶(きおく)の中でも、その名は聞き覚えがある。父上に仕えていた魔族(まぞく)だったはずだが」

「えー、それじゃ裏切り者ってこと?」

「そうなるな。力も()(もど)している今、容赦(ようしゃ)はせんぞ」


 イリスは手の中に赤い光を(ほとばし)らせる。

 まるで小さな(ほのお)のような光が、彼女(かのじょ)(てのひら)(おど)っている。

 その力は確かに、ヴォルグ撃破(げきは)前とは比べ物にならないほど強まっているように見えた。


 (わたし)は新たに生まれたクリスタルを見つめる。

 魔族(まぞく)死骸(しがい)から生まれるという、この世界特有の現象。

 クリスタルの内部では、かすかな金色の光が脈動している。


 (ほか)魔族(まぞく)よりも(はる)かに大きな、(わたし)の身長の倍ほどもある結晶(けっしょう)

 その中に、まるでヴォルグの(おも)いが残されているかのような錯覚(さっかく)を覚えた。


「よーし、とりあえずその谷に向かおっか!」


 シャルの声が、重たい空気を打ち破る。いつもの明るい調子に(もど)っていた。

 その声に、(わたし)は少し安心する。


「あ、でもその前に……」


 シャルはヴォルグが変化したクリスタル、その(とが)った先端(せんたん)を折る。

 (するど)結晶(けっしょう)がキラキラと(かがや)いている。その断面からは、かすかに金色の光が()れ出している。


「せっかくだし、ちょっと(もら)ってくよ。強敵の遺品ってね」

「フ……なるほど、いい考えだ。クリスタルには生前の魔族(まぞく)の意思が少なからず宿るとされる。いずれお前の助けになるかもしれんな」

「そうなんだ! じゃ、よろしくねヴォルグ!」


 いや、どうかなぁ……いい戦いをしたとはいえ敵だし、助けてはくれないんじゃ……。

 (わたし)はそう思いつつも口にはせず、歩き出した二人(ふたり)のあとに付いていった。



 ()てつく風が(ほお)()でていく。

 まるで氷の針で()されるような痛みを感じる。

 その冷気は皮膚(ひふ)()()すだけでなく、呼吸するたびに肺の中まで(こお)りつかせるようだった。


「さ、さささ寒いね……」


 (わたし)と同様、シャルの歯が小刻みに(ふる)えている。

 彼女(かのじょ)()く息が白く(こお)り、空中で小さな氷の結晶(けっしょう)となって落ちていく。

 氷雪の谷に近づくにつれ、(わたし)たちは異常な寒さを感じ始めていた。


 足元には白い(しも)が降り、一歩進むごとにキュッという音を立てる。

 その音は(かわ)いた砂を()むような感触(かんしょく)で、歩くたびに足の裏に違和感(いわかん)を覚える。

 どことなくグレイシャルの景色(けしき)を思い出すが、あれよりもさらに厳しい寒さだ。


(人間界の雪とは(ちが)うんだ……)


 (わたし)は足元の(しも)を観察する。青白く光る結晶(けっしょう)は、まるでガラスの破片(はへん)のよう。

 その結晶(けっしょう)は光を屈折(くっせつ)させ、まるで小さな宝石のように(かがや)いている。


 ()むと(くだ)け散り、青い粉となって空中に()()がる。

 その粉は風に乗って(うず)を巻き、不思議な模様を(えが)く。


「ミュウちゃん……その、MPとか余ってない?」


 シャルが()()ってくる。彼女(かのじょ)の体が小刻みに(ふる)えているのがわかる。

 赤い(かみ)も、寒気で固くなっているようだった。


 なるほど、と(わたし)は思い当たる。

 (わたし)の回復魔法(まほう)なら、この寒さからの「ダメージ」も防げるかもしれない。

 (つえ)水晶(すいしょう)が、その考えに呼応するように(かす)かに温かみを帯びる。


(寒冷回復魔法(まほう)


 (つえ)(にぎ)り、魔力(まりょく)を通す。温かな光が三人を(つつ)()む。

 その光は(やさ)しく脈打ち、まるで春の日差しのような暖かさを(あた)えてくれる。


 はあぁ、あったかい……!

 グレイシャルのときは思いつかなかったなぁ。これが当時あればどれだけ快適だっただろう……。


「なんと……寒さを『回復』しおったか」

「あったかーい! さすがミュウちゃん!」


 シャルが両手を広げ、歓声(かんせい)を上げる。

 その声に(おどろ)いたのか、近くの虫のような魔物(まもの)たちがボソボソと文句を言い始める。

 (かれ)らの体には青白い(しも)が付着し、動きが(にぶ)くなっているようだった。


「寒いんだよチクショウ……」

(こご)える! (こご)える!」

「あの女ァ、許せねぇぞ……」


 不平不満を言いながらも、(かれ)らは(わたし)たちに(おそ)いかかってこない。

 ()(とお)った(はね)(ふる)わせながら、襲ってくるようなことはなく……本当にただ(ふる)えているだけだ。おそらくこの寒さで、戦う気力もないのだろう。


「ふむ。しかしこの寒さ、明らかに異常だな」


 イリスが空を見上げる。三つの赤い月が、青い(きり)の向こうにぼんやりと()かんでいる。

 その光は(きり)(さえぎ)られ、まるで血に染まったような色を放っていた。


「リリアンの仕業か。ヤツは氷雪の術に()けていたはずだ」

「ねえイリス。リリアンって、もしかしてそこそこ昔からの知り合いなの?」


 シャルの質問に、イリスは少し(かんが)()素振(そぶ)りを見せた。

 その表情には、何か思い出そうとする苦悶(くもん)の色が()かんでいる。


「確かに……記憶(きおく)の中で、彼女(かのじょ)の姿は鮮明(せんめい)に残っている。だが、なぜだろうな……、っ!?」


 しばらく考えこんでいたイリスが声を上げる。

 その目が大きく見開かれ、何かを思い出したような表情を()かべる。

 銀髪(ぎんぱつ)が風に()れ、その動きが一瞬(いっしゅん)止まったかのようだった。


「そうか……そうだったのか。父上が仕留められ、(われ)封印(ふういん)されたとき……その場にヤツもいた!」


 彼女(かのじょ)の声が(ふる)える。記憶(きおく)(よみがえ)ってきたのか、イリスは両手で頭を(かか)える。

 その指先がこめかみを強く()さえている。


「父上を(たお)し、我をも封印(ふういん)した魔法使(まほうつか)い。人間の勇者……」


 続けて何かを思い出していくイリス。

 しかし、それ以上は何も思い出せないようだった。

 その(ひとみ)が宙を彷徨(さまよ)い、記憶(きおく)欠片(かけら)を追いかけている……。


魔法使(まほうつか)い……って、もしかして……)


 (わたし)の頭に()かぶのは、やはりマーリンの姿だ。

 (かれ)は行く先々の出来事に(かか)わっている。

 千年前のこととなれば、ますます(かれ)の関連を疑ってしまう。


「……リリアンは、(われ)封印(ふういん)される瞬間(しゅんかん)を見ていたはずだ。ヤツに問いただせば、もう少し当時のことを思い出せよう」


 彼女(かのじょ)の表情には、困惑(こんわく)(あせ)りが混ざっていた。その紅色の(ひとみ)には、どこか迷いの色が()かんでいる。


「なるほど。じゃ、力を()(もど)しつつ、記憶(きおく)()(もど)しつつ……あと城にも向かいつつで、一石三鳥ってわけだね!」


 シャルの明るい声に、(わたし)(うなず)く。イリスは(かた)(すく)めて苦笑(くしょう)した。その表情には、かすかな安堵(あんど)の色が見える。


 風が強くなり、青い(きり)(わたし)たちを(つつ)()んでいく。

 その(きり)は生き物のように(うごめ)き、まるで(わたし)たちを(さそ)うかのように前方へと流れていく。


 ……だんだんと、(いや)魔力(まりょく)が近づいてきている。


 ――その時。


 青い(きり)の中から、不吉(ふきつ)魔力(まりょく)が一気に加速して(せま)ってくる。

 その魔力(まりょく)(はだ)()すような冷たさを帯びていた。


 シャルが(けん)を構え、イリスの手には赤い光が宿る。(わたし)(つえ)を強く(にぎ)りしめた。

 手のひらに伝わる(つえ)感触(かんしょく)が、なぜか心臓の鼓動(こどう)と同期しているように感じる。

 寒冷回復魔法(まほう)を強め、(こご)えないように注意する。


「来るぞ!」


 イリスの警告の直後、(きり)(うず)を巻き始めた。

 青白い(きり)は、まるで生き物のように(うごめ)き、中心から外側へと広がっていく。

 その中心から、ゆっくりと人影(ひとかげ)が現れる。


「まぁ、ご丁寧(ていねい)に自らお()しくださるとは。氷姫(ひょうき)リリアン、参上いたしましたわ」


 氷の(すず)を鳴らすような(あで)のある声が、()てつく大気に(ひび)く。

 その声には(あま)(ひび)きがあり、聞いているだけで背筋が(こお)るような感覚を覚える。


 (きり)が晴れ、その姿が明らかになる。イリスの体が強張(こわば)るのを感じる。

 シャルも一瞬(いっしゅん)息を()んだ。(きり)の向こうから(ただよ)魔力(まりょく)が、(わたし)たちの体を(つつ)()む。


(……!?)


「リリアン……やはり、お前か」

「お久しぶりですわね、イリス様。いえ、元()王様、かしら? フフフ」


 ……リ、リリアンは氷で作られた玉座に(こし)かけていた。

 ()(とお)る氷の玉座は、まるで宝石細工のように光を屈折(くっせつ)させ、幻想的(げんそうてき)(かがや)きを放っている。


 その表情には、余裕(よゆう)と打算が混ざり合っている。……真紅(しんく)(くちびる)が、優雅(ゆうが)()みを形作る。


 彼女(かのじょ)が軽く指を鳴らすと、空間が()てついた。

 氷が空中に形成され、それが階段の形に変わる。

 まるでガラスのような透明度(とうめいど)を持つ氷の階段が空中に()かぶ。


「わたくし、魔王(まおう)クロムウェル様にお仕えする忠実なる四天王が一人(ひとり)……昔とは(ちが)いますわよ」


 そう言いながら、リリアンは氷の階段を一歩ずつ降りてくる。階段を()むたびに、氷の結晶(けっしょう)()い散る。

 ……長い……長い、(あし)が、氷のように()(とお)って見える。

 その(はだ)は月明かりのように白く……。


 ……ていうか、あの。


 ()(とお)るような白い(はだ)(ゆる)やかなカーブを(えが)く角。大きく広げられた黒い(つばさ)

 その(つばさ)は夜空のように漆黒(しっこく)で、(はし)から青い(ほのお)のような模様が()かび()がっている。


 そして――ほとんど布とは呼べないような薄衣(うすぎぬ)

 白い布が最低限の部分だけを(おお)い、まるで雪の結晶(けっしょう)()()ちたかのような装飾(そうしょく)(ほどこ)されている。


 その布の下には、なんかもう……すごく、大きな胸が……()しげもなくアピールされていた。

 むしろ「布で(かく)していない部分」の方が多いかもしれない。

 氷のような白い(はだ)がどこもかしこもあらわになっている。


(え――えええ、えっちな恰好(かっこう)してる……!!!)


 (わたし)はリリアンからできるだけ目を()らす。ちょ、直視できない……!


(やつ)は四天王であり、もともと強力なサキュバスでもある。気を()くなよ!」

大丈夫(だいじょうぶ)! そういう状態異常系の敵はミュウちゃん得意……ミュウちゃん?」

「…………!!」


 視線を彷徨(さまよ)わせ、何を見ればいいのかわからなくなる。氷の階段? (つばさ)? 顔? 胸……!?


 戦闘(せんとう)が始まろうとしていた。のに、(わたし)は敵の服装が気になりすぎていた……。

 しょうがないじゃん! こんなえっちな服装の人見たことないんだから!!

面白い、続きが気になると思ったら、ぜひブックマーク登録、評価をお願いします!

評価は下部の星マークで行えます! ☆☆☆☆☆を★★★★★にして応援お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ