第10話 地下ダンジョンへ
朝日の光が窓から差し込み、私の目を覚まさせた。目蓋の裏に温かい光を感じる。
目を開けると、シャルの寝顔がすぐ目の前にあった。彼女の寝息が、かすかに耳に触れる。
(ーーっ!?)
驚いて体を起こそうとする。ところが、動けない。
どうやら私の腰をシャルが捕まえているようだ。彼女の腕の重みと温もりを感じる。
(寝相悪くないとか言ってなかった……!?)
思いっきり抱き枕にされてるんだけど! それにしてもいつの間に……!?
シャルの手は私の腰の後ろでがっちりと組まれていて、とても抜け出せそうになかった。
もぞもぞともがいていると、しばらくしてシャルが目を開ける。
「んー……おはよ、ミュウちゃん」
「アッ……お、お、おは……っ」
シャルが目を擦りながら起き上がる。同時に私は解放された。
彼女の長い髪が朝日に照らされて輝いている。
「いやー、よく寝た! ミュウちゃんも眠れた?」
「……」
「そりゃよかった! よーし、それじゃ朝ご飯食べたら依頼に出発しようか!」
赤く長い髪をポニーテールに結べば、いつも通りのシャルの姿だ。彼女が立ち上がり、歩いていく。私はその後をついていった。
朝食は1階の食堂で提供された。
木のテーブルに、焼きたてのパンと温かいスープが並ぶ。
パンは外がカリッとして中はふわふわしていた。昨日の石窯のパンほどではないが、これも十分に美味しい。
スープには地元の野菜がたっぷり入っているらしく、香り豊かだ。
野菜の甘い香りと、パンの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「うまっ! やるねぇおばあちゃん! たしかにこれが2シリングなら安いかも!」
シャルが口いっぱいにパンを頬張る。私も小さく頷きながら、スープを啜る。
温かいスープが喉を通り、体の芯まで温まる感覚だ。
食堂には他の冒険者と思われる男女が複数人いた。
昨日のギルドで見た人もちらほら見かける。冒険者ギルドとうまく提携しているようだ。
食器がぶつかる音や、人々の会話が入り混じって賑やかな雰囲気だった。
食事を終えると、私たちはいよいよ町の情報収集に出かけた。
ギルドマスターから渡された紙を確認しながら、町を歩く。
紙は少し黄ばんでおり、インクの匂いがかすかに漂う。
紙には過去数ヶ月の「石の密議」に関連する事件がまとめられていた。
地下ダンジョンでの不審な爆発事故。
石像商店からの魔法石の盗難。
地下ダンジョン管理会による、ダンジョンの一部封鎖。
彫刻家の失踪事件。
そして昨日の石像暴走事件。
これらの事件に共通するのは、すべて石や地下に関連していること。
そして迷宮の封鎖以外は、「石の密議」の名を聞いたり、不審人物を目撃した人間が現場にいることだった。
それゆえに、そもそもダンジョンの一部封鎖に「石の密議」は関わっていないというのが一般的な見解らしい。
だが、アルバートはこれも少し疑わしいことだと付記している。
町を歩きながら、私たちは地元の人々に話を聞いた。……もちろん聞いているのはシャルで、私はその近くにいるだけだけど。
多くの人が「石の密議」という名前を知っていたが、具体的な情報は少なかった。
「あぁ、石の密議ね。最近よく聞く名前だよ。でも正体は知らないし、誰がいるのかもわからないよ」
「ゼペットの失踪についてですか? 知りませんよ。あの爺さん、まだ多くの作品発表の〆切を抱えてるのにどこに行ったやら」
「地下ダンジョン? あそこは鉱石が多く採れるから、いろんな人が行くよ。でも最近は一部立ち入り禁止になってるらしいね?」
情報収集を進めるうちに、私たちは地下ダンジョンの存在に何度かぶつかった。
この町の石材のほとんどが、地下にある採石場から来ているらしい。
詳細はまだわからないが、もし「石の密議」がダンジョンの一部封鎖に関係しているのが真実ならば、その封鎖された道の先が怪しくはないだろうか?
「ねえ、ミュウちゃん。地下ダンジョンっての、実際に行ってみない?」
シャルの目が輝いている。
そういえば昨日、地下に宝があるかもって話に興奮してたっけ……。
私は少し躊躇したが、結局頷いた。
地下迷宮の入り口は、町の南部にあった。
大きな石のアーチが、地下への入り口を示している。
入り口付近の階段には、観光客らしき人々が集まっていた。
人々の話し声や足音が入り交じる。彼らは皆武器も防具も身に着けていなかった。
「へぇー、思ったより人気みたいだね。でもなんで人だかりができてるんだろ?」
シャルが感心したように呟き、首を傾げる。その声に反応して、1人の男性が声をかけてきた。
「これはね、観光ツアーのお客さんたちだよ。
このダンジョンは町と共生しているからね。途中までは魔物も出ないし安全なんだ」
男性は探検家のような出で立ちで、大きなリュックを背負い、丸い帽子を被っている。
彼のカールしたヒゲが胡散臭さを増している気がする。タバコの匂いが、かすかに漂ってくる。
「なーるほど! それで、冒険者じゃない人もダンジョンに入れるってわけ。まぁ気持ちはわかるよ。1回くらい入ってみたいもんねー、ダンジョン!」
「はは、そうだな。お嬢さんたち、ダンジョンに興味があるのかい?」
「そうなの! 色々と調べたいことがあって。
でもこんなに人がいるんじゃ、調査は無理かもなー……」
「そうかい。実はね、このダンジョンには最近見つかった新しい通路があるんだ。
まだ一般には公開してないんだけど……冒険者なら案内してもいいぞ」
男の人は私たちの腕章をチラリと見てそう言った。
なるほど。腕章があれば、この町では身なりから判断せずとも、相手が冒険者だとわかるみたいだ。
シャルは目を輝かせたが、私は少し警戒心を覚えた。
この人があまり信用できない。ヒゲも変だし。
「その新しい通路ってどんな場所? 他に誰も入ってないの? もしかしてお宝が眠ってたりする!?」
「まぁまぁ、詳しいことは中に入ってからのお楽しみさ。どうだい、行ってみるかい?」
私はまだ迷っていたが、シャルは即座に頷いた。……。
まぁ、仕方がない。もし何かあったらシャルをきちんと守れるようにしよう、と杖を握った。
杖から、かすかな魔力の温もりを感じる。
男性の案内で、私たちは通常の観光ルートから外れた通路に入った。
石壁に刻まれた古代の文字や絵が、かすかな松明の光に照らされている。
湿った空気が肌に触れ、かすかに石の匂いがする。
「これ何? なんて書いてあるの?」
「古文書の学者が研究中だよ。でもなかなか解読が進まなくてね。魔法学園あたりから権威が来てくれれば読めるのかもしれんが……」
しばらく舗装されていない土の道を歩くと、そこには「この先進入禁止」と書かれた看板があった。
地下ダンジョン管理会、という組織のものらしい。
しかし彼はそんな看板を思いっきり無視して先に進んでいく。……大丈夫なの?
さらに進むと、突然通路が広がった。そこは大きな空間で、中央に巨大な石像が立っていた。
足音が反響し、空間の広さを実感させる。
それは作りかけの石像のようだ。おそらく鎧を着た騎士のようなものだと思うが、細部がまだ出来上がっていない。
剣らしきものを掲げているが、今はただの長い棒だ。石像からは、かすかに魔力の残滓を感じる。
「ここが新しく発見された場所だ。さて、お嬢さんたち。実はね、僕は……」
男性は振り返りながら帽子を外す。それから、黒いフードのようなものを被った。
それによって顔が隠れる。突然の変化に、空気が緊張感に満ちる。
「『石の密議』の一員、だよ」
その瞬間、私たちの後ろで大きな音がした。振り返ると、来た道が大きな石で塞がれていた。
石がぶつかる轟音が、空間に響き渡る。
「さあ、君たちにはしばらくここで過ごしてもらおうかな」
男の冷たい笑い声が、空間に響き渡った。私たちは閉じ込められてしまったのだ――!
面白い、続きが気になると思ったら、ぜひブックマーク登録、評価をお願いします!




