実技訓練
「はーい、午後からはいよいよ実習に移っていくぞ! みんな、武器は持ったな!?」
――小山先生、そんな銭湯行く前に「シャンプー持ったか」みたいな感じで生徒の武装を確認させないでください。
俺は喉元まで駆け上がった一言をすんでのところで飲み込んだが、異様なのは先生の言葉だけではなく、はーい、などという感じで相槌を打った生徒たちも一緒である。
午後は実習――てっきりその「実習」とは、体育館とかでモンスターを模した人形をポコポコ叩くぐらいのことを想定していたが、そんな俺の貧しい先入観を派手に裏切る事態が眼の前で展開していた。
まず、生徒たち。生徒たちは一着数百万はくだらないダイバースーツをまるで学校指定ジャージのように着こなし、手に手に剣だの弓矢だのメイスだの、物凄く剣呑な武器でゴリッゴリに武装しているではないか。
そして連れてこられた「体育館」とは――例のプロジェクタードローンとかいう最新機器がふわふわと浮いている真っ白い空間で、体育館というよりはなにかの実験施設に見えなくもない。
まだ専用のダイバースーツが届いていない俺は敢え無く今日の実技は見学ということになり、前の学校で来ていたアホみたいな青いジャージ姿のまま、体育館の隅に胡座をかいてその光景を見ていた。
「一人わからない奴がいるから改めて教えとくぞ! この学園の体育館には跳び箱やバスケゴールのような軟弱なものは一切ない! そんなもんは将来、生まれ持った身体能力だけでスポーツ選手になって女をとっかえひっかえする馬鹿な高校生専用の玩具だ! お前らが将来人生の舞台とするダンジョンは戦場だ! そんなお遊びに興じている暇があるなら強くなれ!」
小山先生は教師というより、貫禄の鬼教官というような声で怒鳴り散らした。
「いいか、お前らは覚醒者、つまり魔法が使える! もっとつまって言えば、選ばれた側の人間ということだ! 選ばれたのなら当然使命がある! この沈みゆくボロ船同然の日本から少しでも水を汲み出して捨て、延命させることだ!」
いくら目前に社会の荒波が待ち受けている高校の教師とは言え、もう少し明るい将来は語れないものか。
俺が密かに呆れていた瞬間、小山先生がパチンと指を鳴らした。
途端に――空に浮いたプロジェクタードローンが七色の光を放ち、俺の視界が真っ白に染められた。
うわっと声を上げて目を伏せた俺は――次の瞬間、飛び込んできた光景にあんぐりと口を開けた。
さっきの真っ白一色の空間は一瞬で消え去り、周囲の光景がゴツゴツとした岩壁に囲まれた、どこかのダンジョン内部の光景になっている。
なんだ、一体どうしたんだと思いかけて、数日前に藤堂アイリとラーメンを食ったときのことを思い出した俺は、これが現実ではなく、プロジェクタードローンが見せている幻なのだと思い当たった。
と――そこで、腰に手を当てて立つ小山先生の横に、ノシノシと歩み寄ってきたものがある。
直立歩行の牛、と、一言でその風貌が説明できる魔物――ダンジョンではそこそこ危険なモンスターとして知られるミノタウロスが、物凄く錆びついた大斧を両手にしながら小山先生の横に立った。
「約一名以外はわかっていると思うが、これはD Live社が開発したプロジェクタードローンが見せている幻であり、実体ではない! だが魔素で練られたこの映像は現実にも作用する幻だ! だからナメてると――」
そこで小山先生が視線だけで命令すると、ミノタウロスが大上段に振りかぶった大斧を振り下ろした。
バキャッ! と音がして、ミノタウロスの大斧が石塊を巻き上げながら地面にめり込んだ。
「……このように、痛いでは済まない。実技訓練とは言え、決して気を抜かぬように!」
……これ、授業で死人が出るわけだよなぁ。
俺はこの学校に転校する前、藤堂アイリにサインさせられた書類の一枚を思い出していた。
その書類の中身は要約すると「私は授業で死んでも決して訴え出ません」という内容で、嫌な予感はしていたのだけれど――要するに、ここに居並んだ連中はそれだけの覚悟があってここに通っている、ということか。
まぁ、基本的にどんな職業の訓練であっても事故は起こるだろうし、そんなに心配することはないか、と俺は楽観することにしていたのだけれど、人一人が怪我しただけで保護者と学校を巻き込んだ大騒動に発展する一般的な高校とはまるで違う校風と言えた。
俺がそんなことを思っていると、よし、と小山先生が再び指を鳴らした。
途端に、小山先生の横に複数体のミノタウロスが現れた。
「さぁ、出席番号順にこのミノタウロスと闘ってもらうぞ! まずは――」
そこで名前を呼ばれた男子生徒の獲物は大ぶりの剣である。
その構えを見た俺は、ああ、これは負けるな、と早々と勝負の行く末を見切った。
まず、この生徒は剣の訓練をそれほど積んでいない。重心が上すぎるし、肩にも足にも余計な力が入っている上、何度も何度も構えを解いて己の手を見つめている。大方、遠距離から魔法で撃破しようと考えているのだろう。
だが――俺が今まで素手で闘ってきたミノタウロスたちは、それほど甘っちょろい魔物ではなかった。
小山先生が「始め!」と号令した瞬間、案の定、男子生徒は向かってくるミノタウロスに向かって右手を掲げた。
途端に、ゴウッ! と音がして男子生徒の掌から火炎が迸り、ミノタウロスを直撃した。
やった、という表情になった男子生徒だったが――その直後、斧の一振りで火炎を掻き消したミノタウロスが一瞬で間合いを詰めてきた瞬間、その喜色満面の表情は恐怖の表情に変わった。
まるでコマ落としのような速度で男子生徒に肉薄したミノタウロスが、ドスッ! と音を立て、斧の柄で男子生徒の腹部を一撃した。
ダイバースーツは下級の魔物の攻撃ぐらいなら防いでくれるが、痛みはその限りではなく――男子生徒はくぐもった声とともに崩れ落ちた。
「馬鹿者、せっかく武器を持ってるのに魔法に頼って戦闘を始めるやつがあるか! 最初は斬りかかれ! 相手の力量もわからないうちに戦闘を始めるなんて愚の骨頂だ!!」
小山先生、なかなかいい事言うなぁ。見た目は風俗店勤務にしか見えないけど。
俺が内心笑っているうちにも実技訓練は進んでゆき、早くも複数人の生徒がミノタウロスの餌食になっていった。
どれもこれも、魔法だけを頼って武器での攻撃の訓練を疎かにしているのが丸わかりの生徒ばかりで、少々退屈になってきた。
俺は遠慮なく大あくびを掻き、頬杖をつきながらいまいち頼りない生徒たちの実技を見つめていた。
「全く、どいつもこいつもCランクの魔物相手に手も足も出ないとは……藤堂! 見本を見せてやりなさい!」
そこで小山先生が藤堂アイリを呼び、はい、と応じた藤堂アイリが前に進み出ると、男子生徒たちの間から歓声が上がった。
「おい、藤堂さんが戦うぞ!」
「マジかよ、これはラッキーだ……!」
「みんな、目に焼き付けとこうぜ!」
そんな声が上がったところを見ると、藤堂アイリはこの中でもかなりの優等生であるらしい。
そう言えばあの人、まともに戦闘してるところを初めて見るなぁ、と俺が今更ながらに思っていると、まず最初にミノタウロスが仕掛けた。
その蹄で地面を蹴り、咆哮を上げながら殺到してきたミノタウロスを――藤堂アイリはたった一歩で躱し、ミノタウロスの背後に回った。
おおっ、これはなかなかの体捌きだ――と俺が感心した、その瞬間。
ばるんっ! とばかりにダイバースーツに包まれた藤堂アイリの胸部が派手に揺れ――同時に、男子生徒たちから歓声が上がった。
うぇ? と俺が驚いて男子生徒たちの方を見る間にも、藤堂アイリは熟練した足さばきと、それによる最低限の動きでミノタウロスの猛攻を躱し続けるが――その間にも、その人並み外れて巨大な胸部がぶるんぶるんと縦横無尽に暴れ回る。
男子生徒たちは血眼でその光景を食い入るように見つめ、中には生唾を飲み込んだり、股間を押さえて前かがみになるものまで――。
まさか、と、俺はあることを納得した。
まさかこいつら、藤堂アイリの強さそのものではなくて、もしかして《《アレ》》が目的――?
俺が呆れていた、その瞬間。
ちょこまかとした動きに業を煮やしたらしいミノタウロスが一度間合いを切って離れ、斧を横薙ぎに振り上げた。
そのまま、藤堂アイリの細い体を両断する構えを見せて突進してくるのとほぼ同時に、藤堂アイリが地面を蹴り――トン、とミノタウロスの額に置いた手を中心にして虚空を一回転した。
虚空で身体を一捻りしつつ、藤堂アイリが腰から抜き放ったもの――それは銀色に輝く、大ぶりの魔導製拳銃。
その拳銃を空中で構えた藤堂アイリは、ミノタウロスの後頭部に向かって正確に引き金を引き絞った。
白い閃光が迸り、ボンッ! という轟音とともに、ミノタウロスの頭部が赤い煙となって消失する。
途端に力を失ったミノタウロスの手を離れた大斧が空中をすっ飛んできて、あろうことか体育館の隅で見学している俺に向かってきた。
ぎょっ、と目を見開いた俺は、とっさに胡座を掻いた体勢のまま後ろに倒れ込んだ。
その目線のすぐ上を飛んでいった大斧が――ドカッ! という轟音とともに、俺のすぐ背後にある石壁に突き刺さった。
「藤堂、お見事! やっぱり近接戦闘でお前に敵う生徒は我がクラスにはいないなぁ。獲物が魔導拳銃なのに間合いを過信せず、あそこまで敵を引き付けて確実に急所を狙うとは――先生はお前の将来に期待してるぞ!」
小山先生が満足そうに言うのを、俺はひっくり返った体勢のまま、犬の糞を踏んづけたような表情で聞いていた。
ようやく、突き刺さった斧の刃を避けながら身体を起こした先で、例の男子どもがスケベ丸出しの表情で何やらゴニョゴニョと話し合っていた。
「見たな? やっぱり藤堂さんは最高だぜ――!」
「戦闘そのものも凄いけど、あれはもっと凄いからな!」
「くっそー、盗撮用カメラでもあれば絶対に撮ってんのになぁ! そんで何回もお世話になるのに……!」
そんな猥談を繰り広げている男子連中を、女子生徒たちはゴミを見る目つきで睨みつけている。
当の藤堂アイリはというと、【配信者】でありながら目立つのが嫌いらしく、少しはにかんだような表情で列に戻っていった。
――やれやれ、如何に覚醒者とは言え、やっぱりみんな普通の男子高校生なんだなぁ。
俺はなんだか失笑したくなるような気持ちで、再び体育館の隅で頬杖をついた。
すみません……正午に更新されてませんでした……。
夕方の更新で許してちょんまげ。
「面白い」
「続きが気になる」
「ばるんばるん」
そう思っていただけましたら評価の程をよろしくお願いいたします。




