会っても無視か嫌味を言って馬鹿にして笑う婚約者と結婚して幸せになれるか考えよう
私は鏡に映る自分の顔にそっとため息を吐いた。
珍しくもない濃い焦茶色の髪はグネグネと四方八方に広がり櫛を通すのもひと苦労。
同じく焦茶色の目は視力が弱く眼鏡をかけないとよく見えない。癖で目を眇めてしまうせいかその目つきはきつい。
肌は唯一母親ににて色白できめ細かいが薄らとそばかすが散っていて、幼馴染のジークはよくパンクズがついてるとからかってきた。
低い鼻に口角の下がった唇は相変わらず不機嫌そうに見える。
無理に笑顔を浮かべようとした鏡の中の私は、自分の顔ながら不気味だ。
体つきも痩せっぽで凹凸の差が殆どない。
こんな私は大嫌いだ。
私は再度ため息を吐いて適当に髪を一つに纏めると店に出た。
今日は王城の女官の仕事はお休みの日だ。
「今日はお店を手伝うわ」
「あら、姉さん。たまの休みなんだから休んでていいのに」
「今の時期はお店も忙しいでしょ?この商品を並べればいい?」
妹のアリスは私の3つ下の16歳だ。
明るい栗色の真っ直ぐの髪に、柔らかな栗色の瞳はまつ毛も長くぱっちり大きい、通った鼻筋にプックリした唇の母親とよく似た美しい容姿だ。
体つきも私とは比べ物にならないくらい胸もお尻も大きいのに、ウエストは私と同じくらいに細い。
「スーザン、あんたはお店に出ないでいいわよ?その顔じゃお客様に悪く言われて可哀想よ。帳簿の方を裏でやればいいからね」
40歳を超えても美しさの衰えない母親が優しげに声をかけた。
「ちょっと、母さん!」
「え?何でアリスは怒ってるの?」
母さんはキョトンと首を傾げる。
全く悪気はないのだ、この人は……。
そう、小さな頃からこの人の口から出る一つひとつの言葉がどれだけ私を傷つけたか何一つ気づいていない。
アリスに庇われれば庇われるほど惨めな気持ちになる。
この子は容姿はお母さんに似ているけど、中身は優しい父さんに似ているのだ。
父さんがいれば母さんが私を悪く言うとすぐに諫めてくれるが、他国との取引のため家にいないことが多い。
優しくて美人なアリス、大好きな妹なのに大嫌いな気持ちもある。
この子は心も綺麗で、私は心も汚い。
「そう。じゃ、裏で帳簿をやるわ」
「ええ。そうなさい。お店はアリスと母さんと他の従業員でやるから。あ、午後からジークが来るって言ってたわ」
ジークの名前に一気に気持ちが沈んだ。
ジークは幼馴染であり、口約束ではあるが幼い頃に結ばれた婚約者だ。
母さんとジークの母親が学生時代からの親友で、母さんが是非にと頼み込んだ婚約だ。
ジークは平民にしては背も高く、整った顔をしていた。
街の女の子達が周りを囲みジークにくっついているのをよく見かける。
「あんたのその顔じゃ母さんが頼み込まなければ結婚なんて無理だったわよ〜。結婚もできないで一人だなんて不幸だわ。あんたは母さんに感謝なさい」
「ええ、そうね。母さんの言う通りだわ」
言い返すだけ無駄だ。この人には通じない。
「母さん!いい加減にして!あんな女たらしのどこがいいのよ」
「アリス、羨ましいからってそんな事言わないの。あんたは母さんに似て美人なんだから自力で見つければいいでしょ?」
母さんは駄々をこねる子を宥めるようにアリスを見てクスクス笑った。
ほらね。何も通じない。
私はアリスに目をやって止めた。
アリスが泣きそうにくしゃりと顔を顰めた。
「こんにちは、おばさん。今日も美人すね!」
午後になりジークが来た。
クリクリした黒い瞳を人懐こく細めて母さんに挨拶をする。
「ジーク、こんにちは。相変わらず男前な子ね」
「アハハハ。そんな事ないすよ。お、アリス。また胸が大きくなったか?スーザンに少し分けてやれよ」
「もう、ジークったら」
母さんがクスクス笑い、アリスが嫌そうにジークを睨んだ。
「美人は睨んでも可愛いな。スーザンはあの顔だからなぁ」
「ごめんね〜。本当ジークがお嫁さんにもらってくれるから安心だわ」
「おばさん。本当は俺、アリスのが良かったんすよ〜」
「スーザンで我慢してやってね。あの子はあんなんだから、ジークがもらってくれなきゃ一生一人になっちゃう。可哀想でしょ?一応跡取り娘だから、スーザンと結婚すればゆくゆくはジークはこのお店の主になれるんだから、ね?」
「ま、他ならぬおばさんの頼みだしね。いいすよ、スーザンは俺がもらってやりますよ」
そんな会話を前に出ていく事もできない私と、その場にいるのを嫌がり裏に行こうとしたアリスの目が合った。
「あんな事言われて悔しくないの?」
「しょうがないわ。ジークがもらってくれなきゃ結婚できないのは本当の事だしね」
肩をすくめる私にアリスは悔しそうに怒る。
「そんな風に言わないで。姉さんは商業学校を首席で卒業してる。王城の女官だって立派に勤めてるわ。私の自慢の姉さんよ」
「ありがとう」
商業学校を首席で卒業したおかげで、貴族である学園長の推薦をもらえ王城の女官で勤める事ができた。
女官仕事は私の唯一の誇りだ。
「スーザン?そこにいるの?ジークを待たせないで早く来なさい」
アリスとの話し声が聞こえたのだろう。
母さんが私を呼んだ。
「じゃあ、行くわ」
「姉さん……」
アリスが心配そうに私を見るので、私は無理に笑顔を作ってその肩を叩いた。
「お待たせしました」
「相変わらず、辛気臭い顔だな」
ジークが嫌そうに眉を顰めた。
「ごめんね〜。この子、久しぶりにジークに会って緊張してるみたい。ほら、今からデートでしょ?いってらっしゃい」
「いってきます」
ジークは私を置いてさっさと店を出て行く。
私は慌ててその後を小走りで付いて行った。
彼が私の歩幅に合わせる事も、私の都合を聞く事もない。私の精一杯のオシャレも全く見もしない。
私はただジークの後ろを付いて歩いて行くと、ちょっと高そうなカフェを見つけ無言で入って行った。
さっさとお店の人に案内されてジークは席につき、メニューを見始めた。
「お一人ですか?」
「あ、いえ、彼と一緒です」
「失礼しました」
お店の人もジークが連れとは思いもしなかったのだろう。
ジークは一番高い料理を頼み、メニューを閉じてしまう。
私はいつもの事だけどそっとため息をついて、紅茶を頼んだ。
「お前さ、顔が貧相なんだからため息やめたら?ため息もアリスがついたら色っぽいんだけどなぁ」
ジークは馬鹿にしたように私を見て笑った。
「ごめんなさい」
その後はずっと無言だ。
「あれ〜、ジークじゃん。一緒いい?」
「あ、本当だ。ジークの隣私ね〜」
「え〜、私よ」
「しょうがねぇな、じゃ、俺真ん中ね。これで二人共俺の隣な」
「さすがジーク、優しい〜」
あれよあれよと言う間に濃い化粧で露出の多いワンピースの女性二人がジークの隣に座った。
ジークが鼻の下を伸ばして笑う。
「こんにちは〜、私達ジークの仲良しのお友達〜」
「そうそう、とっても仲良しのね〜」
二人がニヤニヤと笑った。
「こんにちは」
「こいつ、この顔で俺の婚約者」
「ああ、噂の〜」
二人はクスクスと顔を見合わせて笑った。
私はその視線から逃げるように俯いた。
「私これ食べたい〜」
「あ、じゃあ私はこれ〜」
「いいぜ〜、好きなの頼みな」
「さすがジーク」
ワイワイと騒がしく注文して、テーブルがあっと言う間に料理でいっぱいになった。
「や〜ん、美味しい〜。はい、ジーク、あ〜ん」
「こっちも美味しいよ〜。はい、あ〜ん」
ジークは二人に次々に食べさせてもらってご満悦だ。
私は静かに紅茶を飲んだ。
香りも良く美味しいはずなのに、何の味も感じなかった。
三人は食べるだけ食べて、ジークは二人を腕に引っ付けて店から出て行った。
ふくよかな胸が当たるのだろう、ますますジークの鼻の下が伸びている。
私はお金を払って、騒がしくしてしまった事をお店の人に謝った。
お店の人の何とも気の毒そうな視線が哀しかった。
店の外に出て、やっと遠くにいるジーク達を見つけ追いかけた。
「スーザン、俺これ。あと、これとこれね」
次のお店に入ると、ジークは服とアクセサリーを次々指差した。
「私が出すの?」
「は!?お前と婚約してやってるんだからそれくらい当たり前だろ?それとも、婚約辞める?」
「……払うわ」
私だって、ジーク以外の人が結婚してくれるとは思っていない。
結婚できないのは嫌だ。
私がお金を払っているうちに、また三人はどこかに行ってしまう。
私はジークを探して、見つけた後は後ろをトボトボ付いて行く。
これが私達のいつものデートだ。
こんなのがデートって言えるのか甚だ疑問だが。
母さんやアリスの顔を見るためではあるが、辛うじて家まで送ってくれるだけ良いと思うべきか……。
「スーザン、聞いた?例の婚約破棄された伯爵令嬢の話」
「第二王子殿下に婚約破棄されたのよね?お気の毒よね」
第二王子殿下の元婚約者はハウネスト伯爵家の令嬢ミリアム様だ。
おとなしく目立たない、そんなに印象に残る方ではない御令嬢だ。
貴族の御令嬢が婚約破棄なんてされたらまず結婚は無理だろう。
もしできたとしても、ずっと年の離れた貴族の後妻かどこか裕福な商会ぐらいか。
本当にお気の毒だ。
しかし気の毒と思う反面、私より辛い思いをしている人がいると思うとどこかホッとする自分もいた。
ジークといると馬鹿にされるし嫌な思いばかりだけど、それでも婚約破棄された伯爵令嬢よりは私はマシだ。
だって、私は相手はジークだけどちゃんと結婚できるのだもの……。
「その伯爵令嬢だけど、下級女官として王城に勤めるそうよ」
「え?第二王子殿下の婚約者だった方が!?」
それは縁談を諦め、渋々勤めるのだろうか。
王城の女官仕事は下級女官といえど私にとっては唯一の誇りだ。
そこに土足で踏み込まれるようで嫌な気持ちになった。
その後私達は、婚約破棄をされた悲劇のミリアム・ハウネスト伯爵令嬢の噂でもちきりとなった。
毎日泣き暮れているとか。縁談は全て断られているとか。商会の息子ですら縁談を渋るとか。
それはどれが真実か分からない様々な噂だった。
私は噂を聞くたびにホッとした。
私より辛い人がいると思うと自分の境遇がマシに思えた。
大丈夫。大丈夫。
私より不幸な人がいるから大丈夫。
そしてとうとう、噂のミリアム・ハウネスト伯爵令嬢が下級女官として王城に来た。
泣き暮れて目が赤く腫れ、世を儚みその顔色は青白く、その表情は生気を感じられなかった……みたいな御令嬢をみんな想像していた。
「ハウネスト伯爵が娘ミリアムです!どうぞ、よろしくお願いします!」
え!?とっても生き生き、目がキラッキラしている!?
同姓同名の別人!?
もちろんそんな訳はない。
婚約破棄されたご本人だ。
栗色の髪は確かによく見かける色だが肩ほどの長さで毛先がクルンとなっていて可愛らしく、焦茶色の瞳はパチリと二重でまつ毛が長く、唇は淡いピンクでちょこんとしていて、肌が白くてきめ細かい小さな卵型の顔。
ミリアムはパッと目を惹く訳ではないのだが、可愛らしい容姿であった。
そして、第二王子殿下の元婚約者らしく、その所作がとても品よく洗練されていた。
私より不幸な伯爵令嬢?
全然違う。
彼女は初めての王城での仕事にいつもワクワクした表情で仕事をしていた。
いつもニコニコして楽しそうで、明るく朗らかな彼女は他の女官ともすぐに打ち解けて、幸せそうで。
嫌だ……。
どうして?
だって婚約破棄されたのに、何で私より幸せそうなの?
私は泣きそうな気持ちで彼女を見つめた。
私の他にもミリアムを面白くなく思う下級女官の子達がいた。
いつの間にか私も一緒になって彼女に嫌味を言っていた。
「婚約破棄されるなんてお可哀想に」
「心配してくださってありがとうございます!」
「新しい縁談を探すのは大変ですよね。何かお手伝いいたしましょうか?」
「優しいお言葉嬉しいです!でも私は探してないので大丈夫ですよ〜。お気持ちだけ受け取りますね」
「お家で肩身が狭い思いをしてらっしゃいません?」
「肩身が狭い?いえいえ、全く。お陰様で家では伸び伸びしております」
全く彼女は気にしない。
というか、嫌味を言われている事にも気づいていないのではないか?
逆に嫌味を言う私達はどんどん苦しくなった。
心が黒く黒く染まっていくようだ。
苦しい。
悔しい。
哀しい。
辛い。
ぐしゃぐしゃと頭が心がこんがらがる。
私は一体何がしたいのだろう。
この喉の奥に詰まるような苦しい塊は何なのだろう。
「婚約者もいなくてお可哀想に!第二王子殿下と結婚できればお幸せになれたでしょうに!本当にお気の毒!」
私は堪えきれず叫んでいた。
そしてハッとした。
何て事を。
私は何て酷い事を。
自分が辛いからと人にぶつけていい事じゃない。
気づいたら私は泣いていた。
最低だ。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
私は本当に最低だ。
彼女の哀しそうな顔、怒った顔、呆れた顔、蔑んだ顔を想像すると顔を上げる事ができなかった。
「あのですね」
気の抜けた彼女の声に私は濡れた目をノロノロと上げた。
焦茶色の優しい瞳と目が合った。
彼女は哀しそうでも、怒っても、呆れても、ましてや蔑んだ顔でもなかった。
とても真面目で真剣な顔をしていた。
ミリアムがそっと私の涙をハンカチで拭いた。
「みなさん、いいですか?これは私の知り合いの話ですよ?この話に第二王子殿下は関係ないですよ?」
ビシッと一本指を立てるその勢いにびっくりして涙が止まった。
「その方には小さい頃に婚約者ができたんですがね、これが本当に酷くて。会えば無視するか、嫌味ばかり、エスコートの歩幅は合わせようとしない、しかも、こちらの粗探しをしてくるようになった上、言われた言葉がお前は普通だ。は?意味分かります?」
いつもと違って半眼となり淡々と話すミリアムに、私達は目を白黒させた。
え?知り合いの話?でも、どう聞いてもこれご本人の話のような……?
「しかも、卒業記念パーティーに贈られたドレスは暗い緑です。どう頑張ってもトップオブザ地味です。しかも、婚約破棄してすぐに他の女性にプロポーズ。そんな男性どうですか?」
どうですか?って最低だ。
ミジンコ以下だ。
あれ?でも会えば無視か嫌味ばかり、エスコートの歩幅を合わせない、粗探し、同じだ。
第三者目線で見るとジークは自分が思った以上に酷い。
見ると、私と一緒に意地悪を言っていた子達も何やら考え込んでいた。
「もしもですよ?そんな男性と結婚したら、一生一日中無視され、目が合ったら嫌味を言われ、エスコートされたらドレスなのに毎回小走りです。そんな男がずっと側にいるだけでもしんどいのに、子作りをしなくてはいけません。こんなに自分を大事にしてくれない男との子作り、恐ろしいですよね……」
ミリアムはブルブルと鳥肌の立った腕をさすった。
……これはまるで私の未来予想のようだ。
そしてあのジークと子作り?
あの手が私の体に触れる?
あの口と口を合わせる?
サーッと血の気が引いた。
絶対無理だ。
絶対嫌だ。
「さて、もう一つの未来です。そんな奴とはおさらばして私、じゃなかった、知り合いは働きます。それは素敵なおひとり様ライフのためです。お金を貯めたら、弟の家の近くに小さな家を建てます。そこには大好きな黄色い花を植えます。また、弟の子供が遊びに来たら遊べるようにブランコも作ります。一緒に遊ぶのです。そして、気が向くままに旅行に出かけます。食べ歩きショコラなんて良くないですか?他にも美味しい物を食べまくります。確かに一人で寂しいと思うかもしれません。でも、あんな男との結婚生活と素敵なおひとり様ライフ、みなさんはどちらが幸せだと思いますか?ちなみに、私は素敵なおひとり様ライフに向けてウッキウキです」
ミリアムが一点の曇りもない笑顔を見せた。
確かに。それはどこからどう見ても素敵なおひとり様ライフの方が幸せそうだ。
と思った時、ふと自分を思った。
私の幸せな未来って?
このまま母さんの言うようにジークと結婚すれば幸せになれるの?
今だってこんなにジークといると嫌な思いばかりなのに?
毎日馬鹿にされて?無視されて?浮気もされて?私ばかりがジークに合わせて?
何かがプツリと切れた。
いや、ない。
断言できる。
これのどこに私の幸せがあるんだ!?
そう思ったら思わず笑いが漏れた。
私だけではない。
周りの子達も笑い始めた。
私はお腹を抱えて、大きな口を開けて笑った。
「確かに、素敵なおひとり様ライフの方が幸せね!」
「そうでしょう、そうでしょう」
ミリアムも一緒にケラケラ笑った。
喉の奥の塊は笑ったら消えていた。
何だ、私は私が幸せにできるじゃないか。
そんな自分は素敵だと思った。
そんな自分ならいつかちゃんと好きになれるかもしれない。
次の休みの日に私は家に帰った。
そしていつものようにジークが来た。
「おばさん、こんにちは!今日も美人すね!」
「ジークは褒め上手ね〜。待ってて、スーザン呼ぶから」
「ここにいるわ」
いつも呼ばれるまで出てこない私に2人は驚いた顔をした。
「スーザン、相変わらず辛気臭い顔だなぁ」
「ごめんね〜。愛想なくて」
「隣歩くの恥ずかしいから後ろ歩けよ〜」
「もう、ジークはそんな冗談言わないの」
母さんがクスクス笑った。
「ジーク、そんなに嫌なら私と付き合う事ないわ。婚約は無しにしましょう」
「へ?」
「ス、スーザン?」
「だってお互い望んでないのに結婚なんて不幸でしょ?」
私はニッコリ笑って言った。
「へ?スーザン?望んでないって?俺の事好きだろ?」
私はコテリと首を傾げた。
「いいえ、全く、これっぽっちも。逆にあなたのどこに好きになる要素があるの?まさか顔?私は王城に勤めているのよ。お貴族様の整った素敵なお顔を毎日見ているのに、あなた程度の顔なんて何とも思わないわ。会えば無視する、口を開けば嫌味ばかり、エスコートもへったくそっていうよりあれはエスコートって言わないわね。私はあなたのママじゃないのに何で毎回欲しい物をねだるの?そういうのはママにお願いしたら?街で見かければ女の子を腕に引っ付けるし、その子の支払いまで私?あなたよりミジンコの方がまだ常識があるんじゃない?あなたお金持ってないの?毎日何してるの?まさか無職?成人して何年経ってるのよ?ほらね?どこにあなたを好きになる要素があるの?ああ、今まで私があなたに払ってあげたお金は婚約破棄の慰謝料でいいわ。だから、婚約はもう終わりにしましょう」
私は一息に言った。
はあ、すっきりした。
「え?え?何?どういう事?」
「婚約は終わり。結婚しない。さようならって事よ」
私は馬鹿でも分かるようにまとめてあげた。
「い、嫌だ。困る。俺、この店継ぐと思って何もしてない。捨てないで。ごめん。謝る。全部改めるから!」
「結構よ。就職がんばって」
「じゃあ、アリスと」
「アリスには恋人いるわよ。無理」
「そんな、スーザン。本当は愛してる。やり直そう」
「私は大嫌いよ。生理的に無理」
私は縋りつこうとするジークを避けた。
ジークはやっと私が本気だと分かったのだろう。
真っ青になって泣き崩れた。
店の入り口でよくジークに引っ付いている彼女が見えたが、首を横に振りながらサッサと出て行った。
多分、彼女はもうジークに引っ付く事はない気がする。
「ス、ス、スーザン!?」
「母さん、育ててくれた事には感謝してる。ありがとう。でも、容姿を貶して馬鹿にするばかりの母さんの事を好きになれない」
「え?私を嫌い?」
「好きになりたいのに好きになれないの。誰だって悪く言われたら傷つくでしょう?母さんを嫌いになりたくない。だから、私は家を出るわ。店はアリスが継ぐから。父さんもアリスも了承済みよ」
母さんが慌てて私の両手を握った。
「スーザンを傷つけるつもりはなかったのよ。愛しているわ。お願い。出ていくなんて言わないで」
母さんの手は優しく温かい。
ちゃんと分かってる。
嫌な事言う母さんだったけど、その手はいつも優しかった。
だからこそ。
「母さんが私を思ってくれている事はちゃんと分かってるから。今までありがとう。でも母さんが私に望む事は私の望みじゃなかった。母さんが思う幸せは私の思う幸せじゃなかった。母さんの事を好きになりたい。だから、距離をおきたい」
私は母さんに握られた手をそっと離した。
その美貌をぐしゃぐしゃにしながら泣く母さんの手を、いつの間に来たのかアリスが繋いで私に頷いた。
私は大きな鞄をヨイショと肩にかける。
「じゃあね!」
私は大きく一歩を踏み出した。
今までと違う道に行く事は怖い。
今までと環境が変わる事は不安だ。
でも、私は幸せになりたい。
自分を好きになりたい。
だから、この一歩から始めよう!