仲間
歓迎の後イラーリはすぐに別の受付業務に戻ったため、ぼーやとおねえさんはそのままカウンターで暫く談笑を楽しんでいた。
これからどういった依頼を受けようか、まずは先程の依頼の報酬の分け前で、これからのおねえさんの新生活のための羊ゆを買いに行こうだとか、そんな他愛も無い話。
すると、レザーの手ぶくろがぼーやの華奢な肩を叩いた。
「オイ、坊。隣のお嬢ちゃんは何だ、ガールフレンドか?デートか?」
突然絡んで来たのは、パッションピンクの髪、赤いゴーグルとレザーの服がロックに決まった男だった。
ぼーやの肩に置いた手とは反対の手には酒の入ったグラスが握られている。
まだ真昼間だというのに出来上がったその派手な男に、おねえさんは絡まれてしまったことに慌てるが、ぼーやはうんざりした表情でため息をおおきかついた。
「鎌鼬」
ため息とほぼノータイムで風魔法の詠唱をしたぼーやは、躊躇いなくその風の凶刃を男にお見舞いした。
零距離の強烈な風魔法を喰らった男の首から上が勢いのまま吹き飛ぶ。
目の前で突如凄惨な現場に展開したおねえさんは、驚きや恐怖で大声をあげる。
「オイオイ冷てぇなぁ。オジさんにもっと構ってくれよォ。」
間違いなく、男の首はおねえさんの目の前で吹き飛んだ。
しかし男は首から血が噴き飛ぶわけでも、倒れるわけでもなく、わざとらしい寂しさを乗せたような声色でどこからか声をあげる。
すると、吹き飛んだ切断部から、炎がぼうぼうと鳴いて立ち上がると、みるみる男の顔のかたちを造りあげてゆく。
「おねえさんはそーゆーのじゃなくて、今日から天使の誘惑に入って、仕事でバディを組んでくれるヒト!変に茶化さないでよ、ネリー。」
炎が人のかたちになるような現象、魔法故にと分かっているが初見の衝撃におねえさんが固まっていると、派手な男はネリーと呼ばれ悪戯っぽく笑う。
「嘘つけ、おめぇみたいなデタラメな魔導師のバディが勤まる魔導師なんているわきゃねーだろ!」
ネリーはぼーやの言葉が信じられないといった様子で、おねえさんをしっかり見る。
おねえさんも、そこで漸くネリーと視線が絡み、軽く会釈すると口を開いた。
「はじめまして、カンナヅキです。今日から天使の誘惑の仲間になりました。よろしくお願いします。」
談笑の時とは打って変わり、少し堅苦しい言葉遣いと伸ばした背筋から緊張が伝わってくる。
そして、最後に誤解でぼーやへ迷惑がかからぬよう「恋人のような関係では一切ありません。」と補足する。
「本当にこんな純朴でいい子そうなコが坊のバディだと?やべぇ、祝いに飲むしかねぇ。」
ネリーは驚愕のあまり半歩後ずさる。
ぼーやはそんなネリーへ「いつも関係なく飲んでるでしょ」と冷静なツッコミを不機嫌そうに放つ。
こうして三人で繰り広げられていた会話に、もう一人の乱入者が現れる。
「ごきげんよう、お嬢さん。この下品な男に絡まれてお困りなのでは?」
爽やかな笑顔と共に、ネリーを押しのけておねえさんへ語りかけてきたのは、新緑のように若々しい黄緑の髪を伸ばした男。
おねえさんの白い指に己の骨ばった手を添え、手の甲へキスを落とす。
「俺の名前はラナー。何か天使の誘惑で困ったことがあればいつでも頼って。よろしく。」
まるでおとぎ話の王子様のようなキスに、おねえさんは顔を赤くしながら自己紹介を済ませる。
その反応を見たぼーやは焦りからラナーへ怒る。
「おねえさんの困った時はバディの僕が居るから!ラナーに出番なんてないよ。」
ぼーやの小さな手がラナーとおねえさんの繋いだ手を引き剥がす。
そこで、かなりの強い力です押しのけられたネリーが漸く戻ってきて、ラナーの額に自身の額を擦り付ける程の近さで睨みつけた。
「よォ、ラナー。誰が下品な男だコラ。テメェのナンパのダシに使うんじゃねェよ。」
ドスの効いた低い声、額に浮かぶ血管、ネリーは気迫たっぷりにラナーへ詰め寄る。
「…」
しかし、ラナーはおねえさんへ向けた王子様のように爽やかな笑みのまま、ネリーの言い分を全て聞いた後、
「あ"?」
今まで浮かべていた笑顔からは想像も出来ない、鬼のような形相を浮かべ、ラナーもしっかりとドスの効いた声で応えた。
張り詰めた糸のように、空気が剣呑なものへと変わる。
睨み合う二人の雰囲気のまれるおねえさんと、「相手にしなくていいからね」と呆れた態度のぼーや。
縄張り争いをする獣同士のような睨み合い、ネリーは全身から深紅の魔素を溢れさせ、ラナーは大気中からあつめた魔素を浅緑色に染め上げる。
どちらかが少しでも動けば、それが開戦のゴングになるであろう一触即発の緊張状態を破ったのは、ネリーだった。
「火炎魔法」
魔法詠唱の第一節。
炎の魔法を扱うならば、言わば点火した段階。
すぐに第二節を唱えるため魔力を放つネリー。
それは時間にして数秒の事だが、ラナーもただ見ているだけではなく、もちろん応戦するために彼も第一節を唱えた。
「火炎銃ッ」
「緊縛根」
ネリーは銃のかたちを模した指先の照準をラナーに合わせると、そう詠唱して魔法陣を展開させる。
ラナーは第一節の詠唱を飛ばし、第二節の詠唱を唱えるなり魔法陣を展開させ、しなる鞭のような植物の根が現れネリーに目掛けて飛んでゆく。
とうとう始まってしまった喧嘩におねえさんが狼狽えていると、女の声が響いた。
「こらーッ、ネリー、ラナー!また喧嘩して魔法ブッ放してンじゃないわよッ!」
あまり上品とは言えない言葉遣いではないが、よく通るその怒声は二人の行動を制止させる。
ラナーは邪魔をされたと納得していない顔をするが、ネリーは声の主を見ずとも誰かを察し「やべ」という呟きと共に、顔が青ざめてゆく。
おねえさんもその声の主へ視線をやると、そこに立っていたのはネリーと同じパッションピンクの髪で、肩や足を露出した派手な服に身を包んだ女だった。
美人は怒ると怖いとはよく言ったものだが、その派手な女も相当な気迫を醸し出しており、ネリーはすっかり気圧され引きつった顔をその人物へ向けた。
「ねーちゃん!ラナーから仕掛けて来たんだよ!」
派手な女はネリーからねーちゃんと呼ばれているのを見て、おねえさんは驚愕した。
ネリーは服装こそ若々しいものの、目元には皺があり髭も揃えていることから中年の男性ぐらいだと認識していたが、その男の姉である女はどう見ても二十代前半の若々しい見た目をしていたからだ。
魔法で見た目を細工する技術に触れたことがないおねえさんは、あまりにも異質な姉弟に驚きのあまり声が出ないでいた。
「チッ。レーヌ、邪魔するなよ。ネリー、逃げんのかよ。」
おねえさんへ語りかけた時の笑顔や言葉遣いとは遠く離れた形相と舌打ちで、ラナーはネリーの姉をレーヌと呼んだ。
レーヌは未だ挑発するラナーに何か言おうと口を開くが、それより早い何かがレーヌを横切り、そしてラナーの額に刺さる。
それは、クナイ。
挑発に乗ろうとしたネリーを見て、口の端を上げていたラナーだが彼の脳天に見事命中したクナイの衝撃に動きを止めた後、そこから鼻先まで垂れてくる己の血を指で掬うなり意識を失い倒れる。
「ラナーさんッ!?」
おねえさんは目の前でラナーが暗殺されてしまったことに驚愕し、喧嘩までは狼狽えながら見守ったものの、流石にカウンターの席を立ち上がった。
ちらりとぼーやの方を見ても特別感情を表に出す様子も無く、レーヌはネリーを叱っており気にも止めておらず、おねえさんは益々どうしてよいのかパニックになる。
とりあえずまだ命は助かるかもしれない、とラナーへ駆け寄ると彼の周りで紫紺の魔素が漂うなり、刹那にして小柄の女が現れた。
その女は魔素と同じ紫紺の髪を一つに結い、クナイの持ち主であろう事が忍の服装から分かる。
ラナーを暗殺した張本人が現れたと思い、おねえさんは半歩後ずさり臨戦態勢を取ると、女がおねえさんの存在に気がついた。
「む。見たことのない顔の女なのだ。」
落ち着いた声だが、臨戦態勢をとるおねえさんへ呼応するように女も緊張感を漂わせる。
「今日新しく入ったんだ。僕のバディだよ、トゥーヴァ。」
二人の空気を察してか、割って入って来たのはぼーや。
トゥーヴァと呼ばれた女は、事情を聞くなり後ろ手で取ろうとした暗器を収めた。
そして「そうか」とだけ言うとラナーを抱くようにして持ち上げ、紫紺の魔素を漂わせるなり、消えた。
「消えた、」
移動魔法、それも無詠唱で発動させて消えた事に驚き、おねえさんはただ目の前で起きた事象を呟く事しか出来なかった。
今日はひたすら驚いてばかりだ、と大きく息をつこうとすると、目の前で紫紺の魔素がちらりと泳いだ刹那トゥーヴァが今度はおねえさんの前にいきなり姿を現した。
「トゥーヴァ、忍の一族なのだ。自己紹介が遅れ、すまない。」
表情の無い面を被っているかのように淡々と手短に話終えるトゥーヴァ。
突然の再会に驚き情報過多で呆然としていたおねえさんだが、トゥーヴァが自己紹介を終えても無言で目の前に立っていることから、自分の自己紹介を待っているのだと気がつく。
「はじめまして、トゥーヴァさん。ツキビト族のカンナヅキです。今日天使の誘惑に入りました、よろしくお願いします。」
そう丁寧に自己紹介した後、頭を下げる。
「お前は良い人間なのだ。」
表情は大きく変わらないものの、纏う雰囲気が満足気で嬉しそう。
「あの、ラナーさんは大丈夫なんですか?」
空気が柔らかくなったところで、おねえさんは最後の記憶が酷い姿のラナーが気がかりでそう尋ねる。
移動魔法でこちらへ戻ってきたのもトゥーヴァだけで、ラナーの姿は見当たらない。
「大丈夫なのだ。主とはナンパしたら刺す契約をしているのだ。故に、これが初めてではないのだ。」
また表情は変わっていないのだが、トゥーヴァは怒ったような雰囲気を纏う。
おねえさんも、これで漸くラナーが倒れても誰も気にしなかった理由を察した。
日常茶飯事だったのだ。
「では。」
トゥーヴァは別れの挨拶を短く言うと、瞬時に姿を消した。
「ごめんね、うちの仲間はいろいろと濃いでしょ。」
トゥーヴァとおねえさんの間に割って入っから、おねえさんの隣で立っていたぼーやがぽつりとそう言った。
ネリーとレーヌはもうテーブル席で並んで何かを話している。
二人には話しかけてこないだけで、騒ぎ、笑い、飲み、食べ、学び、思い思いに楽しげなひとときを過ごす天使の誘惑の面々をおねえさんは目で追うなり、満足したように笑顔を溢れさせた。
「すごく、楽しいッ。」