歓迎
「ここが僕達のギルドだよ。」
街を歩いて数十分。
賑わいも耳に近い街の中心に、大きな大きな分厚い門が二人を出迎えた。
門扉にはギルド紋章が描かれており、ひとめ見てここが天使の誘惑のギルドだと分かる。
ただの人にはとても開けられそうにない扉をどうやって開けるのだろうかとおねえさんが見上げていると、ぼーやは少し逸れた方へ歩き出す。
「この門はギルドマスターだけにしか開けられないようになってるんだ。で、不便だから普通の出入口がこっち。」
巨大な門を開けられる程の強さを持つ者にしかギルドマスターが任されないのか、ギルドマスターだけが開けられるような魔法の術式が門に施されているのか。
一体どちらなのだろうと、まだ見ぬギルドマスターにおねえさんは少しだけ緊張を先走らせた。
ぼーやについて行けば人の高さに合わせられた、門と比べてしまえば小さい扉。
細い腕が押す、期待と緊張が待つその先への扉。
「すごい」
思わず口から漏れる単語。
広がったのは予想もしなかった光景。
目の前に真っ直ぐと伸びた真っ白な石畳は、青々とした芝生によく映える。
敷地内の庭と言うにはかなり広く、魔法の練習やスパーリング稽古をしている者達も居る。
おねえさんがさらに驚いたのは、目の前そびえ立つ大きな屋敷だけでなく、白い石畳はさらにその裏で控えている大きな建物にも続いていた。
ぱっと目に見えるだけで理解出来る広大な敷地、そしてサムエルという栄えた街でこのように大きいギルドを構えられる事が、天使の誘惑の功績を物語っていた。
ぺたりぺたりと、ぼーやの後をついて歩く。
その際にも周りをきょろきょろと見渡すおねえさん。
「天使の誘惑は結構有名だからね。専門雑誌とかでの特集もよくあることなんだ。」
自慢げに歩きながら語るぼーやは、えへんと胸を張る。
ぼーやが風神として紹介される雑誌をすぐに見つけられたのもそういう経緯があったのか、とおねえさんは納得する。
そう話しているうちに敷地内の一番大きい、目の前にそびえ立っていた建物まで来る。
「ようこそ。これからはここが、おねえさんの帰ってくる場所になるからね。」
長いまつ毛で大きな瞳を隠しながら、ぼーやは綺麗に笑う。
その笑顔がどこか感じたような優しさを覚え、お姉さんも思わず安堵の笑みをこぼす。
ぼーやの細い腕が、天使の誘惑のギルドの扉を開ける。
「カーッ、昼間っから飲む酒はうめぇなぁ!」
「ちょっとネリー!また机を焦がしたでしょう!?」
「ヒッ、何ですかその怪我!うぅ、治しますからじっとしていてくたさいね。」
「ご注文あったら伺うッスよ!」
「アンディ、今日こそ負けねぇ、飲み比べ大会だオラァ!」
「召喚術というのはネ、召喚に足りる魔力がナイと成立しないンだケド、君の場合は」
賑やかな声、声、声。
笑っていたり、怒っていたり、楽しんでいたり、怯えていたり、真剣に学んでいたり。
あまりの騒がしさに、キルド内の人物達は二人が入ってきた事に気がついていない。
「騒がしい所でしょ。」
ぼーやは眉を下げながら、前にすすむ。
けれど、小さな背中はそれが心地よいと語っていた。
「うん。色んな人が、種族が、楽しそうにしていて。すごい、夢みたいだよ。」
ぼーやの後ろについて歩きながらも、おねえさんはあたりを見渡していた。
幼少期は他種族と関わらないように育てられ、奴隷として使役されていた時も人以外の種族は物のように扱われていた。
だからこそ、天使の誘惑の皆が当たり前のように種族関係なく屋根の下で語らう姿は、おねえさんの胸を震わせる。
「たしかにウチのギルドは色んな種族が居るね。」
言われてみれば、というように、小さな指を顎に置いて思考するぼーや。
それが幸せの一つなのだと、今気がついたようで。
「ん、風坊おかえりッス。隣のお嬢さんはお客さんッスか。」
いつのまにかギルド内、奥のカウンターまで歩いていた。
カウンターをひっきりなしに出入りし、綺麗なブロンドの髪を揺らす受付嬢がぼーやに話しかける。
「ただいま。天使の誘惑に新しく入ってくれるんだけど、ティアは?」
ぼーやは高いイスになんとか座って、カウンターの中を覗く。
が、目的の人物は見つからないようで。
「ああ、ギルドマスターなら魔導会の方で出張があるとか。数日は居ないみたいッスよ。」
何とも間の悪いタイミングだとおねえさんの顔は悲観の色に染まるが、受付嬢とぼーやはそこまで気にしていない様子。
魔導会とは、この国の法に基づき裁きを下す国営の組織。
ここに訪れる前、ここのギルドマスターはそんな魔導会の幹部だと話にだけ聞いていたが、その忙しさはよくあることなのだろうか。
「やっぱりギルドマスターが居ないと、ギルド加入って難しいのかな」
おねえさんは不安げな顔で、ぼーやの顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ。ティアは忙しいから、居るタイミングを狙ってたらそれこそいつになるか分からないし。受付嬢であるイラーリが居てくれたら、ギルド加入の手続きは全部出来るから。」
やはり、その忙しさからギルドマスター不在は日常茶飯事のようで。
説明するぼーやに対して、イラーリと呼ばれた受付嬢が胸を張っている。
「そうッスよ、アタシが居れば問題ないッス。じゃあ、加入申請用紙持って来るんで、すこーし待ってて下さいッス!」
イラーリの満面な笑みに、おねえさんもつられるように笑い、ギルドへ加入出来ることに安堵する。
申請書類を待つ間、おねえさんは思いついた疑問をぼーやに尋ねた。
「ここのギルドマスターさん、どんな人なの?」
これからお世話になる人だ。どんな人物か予め知っておくにこしたことはない。
ぼーやの方は、質問にたいしてうーん、と唸る。
「ギルドメンバーの事が本当に大好きな人だよ。ちょっと変わってる。ギルドメンバーが好きすぎるのか、それ以外に興味がないのかは知らないけど、ギルドメンバー以外の人の顔とか名前を覚えられないんだって。」
はじめの言葉に安堵するも、補足事項に少しだけ不安を覚える。
「あと、結構陰湿。性格悪め。でもそれはここの皆に対しては絶対無いから、天使の誘惑に所属している限りはずっといい人だよ。」
果たしてそれは良いことなのか、悪いことなのか。
すぐに善悪の判断を下せないとおねえさんは頭を悩ませながら、未だ見ぬギルドマスターへのイメージを膨らませるのであった。
数分して、イラーリが戻る。
インクとペン、一枚の書類をカウンターのテーブルに広げる。おねえさんは数年ぶりに握ったペンの感触に緊張しながら必要事項を記入していく。
時折、分からない事はイラーリに尋ねながら。
「この、寮入居希望ってなんですか。」
おねえさんの傷んだ爪先は「寮入居希望 有・無」と書かれた欄を指し示す。
「ここギルド本邸に入る前、裏にもう一つ建物があったのは見えたッスか?」
イラーリの質問におねえさんはすぐさま思い出す。
白い石畳が本邸よりも先へ伸びていた事を。
「あの建物がうちのギルド寮になるッス。フロアで男女が別れているし、防犯の魔法もバッチリで安心ッスよ。でも、一人部屋しか用意して無いッス。それでもよければ、そこらのアパートより全然安い家賃で住めるから破格ッス!」
持ち物といえばあの雑誌ぐらいだったおねえさんはもちろん家も無く、かなり魅力的な物件に目を輝かせる。
寮に住みたいという旨を伝えると、イラーリはすぐさま寮に住むための申請書類も用意した。
そこへ、書類の記入中少し席を外していたぼーやが、おねえさんの元へ戻ってくる。
手には冷えたりんごの果実水が入ったグラスをふたつ持って。
おねえさんはグラスの一つを受け取り、礼を言って口に運ぼうとしたところで、ぼーやに制止される。
「まだだよ、おねえさん。ちょっと早いけどさ、天使の誘惑に入ったお祝いの乾杯だけでも、しよ?」
おねだりをするような上目遣いで尋ねられ、可愛らしさのあまりおねえさんの胸が締め付けられるように痛む。
決して不快感等はなく、むしろ幸福に満たされた痛み。
「うん、ありがとっ。」
もう一度礼を言うと、ふたりはグラスを鳴らした。
「あ、やっぱおねえさんも寮に入るんだ。」
果実水を喉に流し、その美味しさに感激していると、寮の入居申請書類とルームキーを持ってきたイラーリを見たぼーやは、そう言った。
少し含みのあるような物言いに、おねえさんはぼーやも寮に居るのかと尋ねると、笑顔で肯定した。
ぼーやの話によれば、所帯を持たないギルドメンバーの殆どが寮に入っているらしい。
ここの寮はかなりの低賃金、高待遇で有名らしく、それを目当てに加入希望をする人も居るとか、居ないとか。
それからイラーリやぼーやの助けも得ながら、書類の枠の中を字で埋めてゆく。
数分したところで、漸く全ての項目に記入し終えた。
「はい、お疲れ様ッス〜。この書類をマスターが受認すれば、正式加入になるッス!」
正式、という言葉に首を傾げるおねえさん。
イラーリだけで申請が全て終わったわけではなかったのかと、拍子抜けしたような気になる。
「ああっ、正式というのは依頼達成による給料の払い込みが始まるってだけで、依頼受注やギルドの設備は全部自由に使ってもらって大丈夫ッス!払い込み日である月末までには必ずこの書類もマスターに届くので、安心して下さいッス!」
残念そうな表情のおねえさんに、イラーリは慌てて補足説明をする。
あくまで書類がギルドマスターに受認されるまでは、形式上仮の加入にするしかないというだけの事だ。
ぼーやの紹介で加入したのであれば、書類だけでも加入拒否されることは無いだろうというのがイラーリの話であったが、正式な加入でないことは、やはりおねえさんの気持ちを宙ぶらりんにさせるものだった。
「じゃ、書類提出も終わったんで、楽しいギルド紋章を入れるタイムッスよ!」
空気を変えるようにイラーリは両の手のひらを叩き、声のトーンも上げて話す。
「いっぱいカラーバリエーションあるッスからね、好きな色のシールを選んで、好きなところに貼るッス!」
イラーリの言葉通り、カウンターにずらりと並べられた色とりどりのギルド紋章が描かれたシール。
魔法で作られた特殊なシールのようで、数分で身体に馴染み洗っても取れなくなるようだ。
おねえさんも先程の少しだけ沈んだ気分を忘れ、どの色にしようかと目を輝かせている。
ふと、目に付いたのが綺麗な水色のシール。
それは、ずっと探している風神と呼ばれていたあの男の瞳の色に似ていて。
「色を選んだ理由として多いのは、自分の瞳や髪の色から、自分の魔素の色から、など様々な理由があるんスけど、」
イラーリの話もそっちのけで、水色のシールへ指を伸ばすおねえさん。
「一番気をつけなきゃいけないのは、好きな人に纏わる色にした場合ッス!」
イラーリの話しは頭に入っていなかったはずなのに、今まさに自分の思考を読まれたような錯覚をしたおねえさんは、驚いて肩を跳ねさせシールに伸ばしていた指をひっこめた。
何故気をつけねばならないか聞いても、イラーリははぐらかしたような答えばかりで、はっきりとは言わない。
しかし、ぼーやは「心変わりすると後々面倒だから」と言いたいのであろうことを、察していた。
具体的に何が問題か分からないものの、あまり良い事では無いのだろうと、おねえさんは水色のシールを断念する。
そうすれば、次に目に止まったのは自分の髪色と同じ緑色のシール。
手にとってみると、普段見慣れている色に近いからか、肌によく馴染んで見える気がした。
蜂をイメージして作られたであろうその紋章は、緑色でも違和感が無い。
シールの色が決まれば、次は場所。
「ぼーやは紋章をどこにつけたの?」
どこにシールをつけようか思案していたところ、隣で果実水を飲みきったぼーやが視界の端に映る。
そこで、ぼーやのギルド紋章は見たことが無いとふと気がついて、おねえさんはそう尋ねたのだ。
「僕?僕はここだよ。」
そう言うと、ぼーやは首元のマフラーをするりと解き、細い首筋がその輪郭を見せた。
そこには青みがかったグレーのギルド紋章があった。
「わあ、素敵な色ね。ぼーやの魔素の色に似ていて綺麗。」
普段は見えない場所が特別な時に姿を見せる様にも、おねえさんは惹き付けられそのギルド紋章をまじまじと見ていると、ぼーやは驚いた顔してすぐ、照れたような困ったような笑顔に変わった。
「もう、おねえさん近いよ。」
ギルド紋章に魅入るあまり、近くなっていた距離を指摘された事で漸く気がつく。
可愛らしい見た目のため、つい気を抜いて距離を詰めすぎたが、年齢に関わらず異性に近寄られる事は問題があるのだろう、とおねえさんはぼーやへ謝罪しながら思い至る。
「でもなんか、普段見えなくて、特別な時に見えるのっていいね。」
ぼーやのギルド紋章を見たおねえさんは、自身につけるギルド紋章の場所を決めた。
「はい、シールが貼れたッス!」
イラーリの元気な声が耳まで届くと、おねえさんはシールを貼ってもらった場所に指を伸ばした。
武器をスカートの中へ装備して隠しているおねえさんは、戦闘時にその武器を手に取る際ちらりとギルド紋章が見えるよう、右の太ももに緑色のギルド紋章をつけることにした。
髪や瞳と同じ色をしたギルド紋章はゆっくりと肌に馴染んでゆく。
「これで天使の誘惑に入るためのアレコレは全部終了ッス!お疲れ様ッス!」
書類を提出しただけでは実感の得られなかったギルド加入が、ギルド紋章を肉体に刻む事で実態を得たようにはっきりとする。
風神さんの手がかりが全て無くなってしまった事は確かに悲観もしたが、今はそれよりも、新しいこれからへの楽しみの方が勝っている。
規格外な魔力の持ち主であるぼーやが共に手伝ってくれるのならば、心強い。
しっかりとぼーやの亜麻色の瞳を見つめ返して、頷く。
「はい、ありがとうございます!これからよろしくお願いします!」
とびきりの笑顔で、応える。
ぼーやも、イラーリも笑顔で応える。
「改めまして、ようこそ!天使の誘惑へ!」
二人の歓迎の声は、ギルドの高い天井に届く程に響いた。




