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大空で風を掴む。  作者: 水族館イコー
王家の谷編
15/15

何故





「ハァ?風神さん?誰だいそれ。」


 全て、思い出した。

 忘れるはずがない、その姿。

 彼の影を追ってずっと生きてきたのだから。


 驚きで固まるアミュニットを前に、風神と全く同じ容姿をした男が気だるげに答える。

 カンナヅキには見せた事が無いような、粗暴な言動。


「てか、どうやって()()の魔法を解いたわけ?」


 男は指先を横たわるトトに向ける。

 動揺や失望よりも先に、怒りが沸いた。

 この男は、自身が追い求めていたそのヒトではないと判断した。

 トトを抱いたまま立ち上がる。

 あまりにも軽すぎるその身体を抱きしめ、口を開こうとしたその時。


「それは、繰り返し続けるこの過去をこの子が変えたからだよ。」


 さらりと頬を撫ぜる風。

 幾数年経っても忘れることがない、優しい風。声色。懐かしい香り。

 すぐ隣で、ずっと会いたかったあの人の存在を感じる。


「風神さん──!」


「久しぶりだね、カンナ。」


 あまりにも懐かしい呼ばれ方に、涙が零れそうになる。

 何処かも分からない世界で、誰かも分からないような姿になってしまったのに、自身を見つけてくれた喜びで。

 姿かたちだけが似ていた偽物の男とは全く違う、優しげな微笑み。


「は、俺が二人……?」


 風神に似た男は、自分にあまりにも姿が似ている人物の登場に驚愕を隠せないでいた。

 そんな彼を放って、風神は口早にカンナヅキへ告げる。


「この世界は三千年前、実際に起きた出来事を追体験するために作られたものなんだ。」


 じっとアミュニットの瞳を見つめる風神の表情からは、嘘や冗談といったものは感じられず、それを事実なのだとカンナヅキは受け止める他無かった。


「本来の歴史で女王は妹に刺される。それを計画したあの男は妹を魔法によって傀儡とし、王国に君臨する。弱った女王は王家の谷に作った神殿へ生きたまま封印されたんだ。」


 今はもうぐったりと力の入らなくなったトトを抱く指に力が篭もる。

 アミュニットのみならず、妹迄をも永く苦しめる算段だった目の前の男に、身体と心から怒りが溢れ出る。


「現代にまで続く悠久の時を生きたまま封印された女王は、王家の谷に訪れた人間をこの過去に引きずりこむ呪いを作り出してしまったんだ。」


 この世界に引きずりこまれてしまう前、カンナヅキは王家の谷で女の声を聞いた事を思い出す。

 それは悲痛な叫びのようで、今思えばあれがアミュニットの呼び声だったのかと思うと、三千年という時間の重さの片鱗を感じる。


「僕が出来たのは君がアミュニットではない自覚を与えるぐらいのものだったが、君自身の行動で結末が変わったことによって女王の呪いに綻びが出来た。」


 真剣な眼差しだった風神の表情は、少しだけ柔らかい笑みを浮かべる。

 もうずっと会っていなかったはずなのに、その表情、仕草全てが忘れられずにずっと覚えていたせいで、久々に会えた感覚が無い。

 そして、トトへの接し方は間違っていなかったんだと言われたようで、安堵感に背筋の緊張が緩む。


「僕ばかり話してごめんね。でも、時間があまり無いんだ。」


 風神はそう言って視線を外す。

 その視線の先を見ると、無限に広がっているように見えていた景色が融けるように綻びを見せ始めていた。

 風神の姿も、アミュニットの褐色の長い手指も、トトの綺麗な黒い髪もゆっくりと透けるようにして消えてゆく。


「待って、風神さん!聞きたい事はもっとあるの、」


 また、突然迫られる別れに喉の奥が痛くなる。

 声なんて出そうにもないほど痛くて、もっと見ていたいのに視界は霞むが、なんとか声を振り絞って彼を呼ぶ。


「何処に居るの、何処に居たの!?あの似た人は誰、どうして助けに来てくれたの!?」


 思いつくままの疑問を全てぶつける。

 しかし、風神は困ったように眉を下げて微笑んだ。


「どうか、今も苦しんでいる女王を救ってあげて。」


 世界も輪郭も融けて混ざって、真っ白な世界でその言葉だけが響く。






──────────────────────




「────さん、」




「──え──ん──おねえさん──!!」




「おねえさんッ!!!」


 ぱちりと目を開ける。

 視界に飛び込んだのは、見知った顔のぼーやと、知らない顔の男女。

 おねえさんが目を開けるなり、男女は安堵の息を漏らし、ぼーやは涙をうっすらと浮かべながらおねえさんを強く強く抱き締めた。


「もうほんとに、目を覚まさないんじゃないかって、すごく心配したんだよッ!」


 長い夢から覚めたような微睡みがゆっくりと現実に変わってゆく。

 自身を抱きしめる優しさと、夢で見た少女の姿を重ね、ぼーやの背中に腕をゆっくりとまわした。


「ごめんね、ぼーや。もう大丈夫だよ。」


 栗毛の髪をゆっくりと撫ぜると、目と鼻が真っ赤になった顔をあげてじっとおねえさんを見つめる。


「ここは?それに、知らない人が居るけれど。」


 夢の中で感じた怒り、受け取った想い。

 今すぐ行動におこしたくて、すぐに状況を理解しようと尋ねる。


「ここは依頼者である町長の屋敷だよ。」


 どうりでベッドが柔らかく内装が豪華なわけだと納得する。

 ぼーやはここまでの経緯をざっくりと話す。

 ここ数年で王家の谷へ訪れる観光客の行方不明事件が頻発しており、度々魔法警備院による調査が行われていたが、崖からの転落や遭難といった事故で処理されていた。

 しかし、改善対策が行われないどころか、調査に向かった魔法警備院の人間までもが行方不明になってしまう現状に不信感を抱いた魔法警備院は、一騎当千と呼ばれるほどの魔導師のみが所属できる魔導会に協力要請をする。


 それに従って王家の谷にやって来たのが、ぼーやの隣でおねえさんの眠りが覚めるのを待っていたイレネーという優男と、ネシピという女だった。

 魔導会と魔法警備院による合同調査の権限をもって、王家の谷をしばらく封鎖する通知を町長に出していたにも関わらず、こうして事件に巻き込まれた二人を知ったイレネーとネシピは、倒れたおねえさんを連れてぼーやと共に町長の屋敷へ訪問することとなった。


 町長を尋問した結果、何も知らないの一点張り。

 それどころか、ぼーやとおねえさんの顔すらも覚えておらず、女王の妹のナイフを探して欲しいという依頼を出した事なんて一度もないとまで言う始末。

 とぼけているにしてはあまりに嘘の色が見えず、イレネーが自身の魔法で町長を詳しく調べたところ、かなり高度な精神に干渉する魔法がかけられていた事が分かった。


 精神に干渉する魔法、心入魔法(マインベート)と広く呼ばれるようなものはヨハン王国では禁忌とされているため、長期に渡って人を完全に操る高度な精神干渉魔法はこの国に存在しない。

 グァン町長が魔法によって操られていた間、かろうじて覚えていた記憶は、女王への生贄を捧げなければいけないという強い思いだけだったと言う。


 何者かの魔法によって操られていた町長は、王家の谷への生贄を観光客の中から捧げ、さらには魔法警備院の者には賄賂を贈り行方不明の事件を事故として処理するように取り計らった事が、魔法警備院での内部調査により明らかとなった。

 これらの事が起きるまで、おねえさんは数日間も眠り続けていた。


 昏睡状態にある中、衰弱を避けるために回復魔法で命を繋いだ。

 王家の谷へ生贄を捧げる為の儀式の犠牲になった事は分かったが、おねえさんをその儀式から救うための情報は何も無く、ぼーやは手掛かりを探すために王家の谷へもう一度訪れようと話していたところで、突然とおねえさんが目を覚まし現在に至る。


 自身が眠っていた間に進んだ時間の速さに驚きつつも、おねえさんは眠っていた間に見た夢を三人に話した。



「三千年前の女王が今も生きているだって!?」



 大声をあげ、そう驚いたのはイレネーだった。

 おねえさんが見た夢は所詮夢だと一蹴できそうな程に突拍子も無い内容ではあるが、王家の谷で起きている行方不明事件を解決するための少ない手掛かりでもある。

 おねえさんはすぐにでも王家の谷へ向かって女王を救いたいと話すと、イレネーはネシピに命じてすぐに出発するための準備を始める。

 風神が出てきた事まで全て話したが、おねえさんはぼーやの様子をちらりと伺う。


 女王が今も生きているかもしれないという話にも驚いていたが、なによりぼーやは風神が現れたという話を聞くなり深く考え込むように俯いたままだ。

 珍しい風魔法を使う男の存在に何か思うところがあるのか、亜麻色の瞳は床をじっと見つめている。


「ぼーや?」


「あ、ごめんね、おねえさん。ちょっと考え事。」


 おねえさんの声ではっと我に返ると、ぼーやは眉を下げて笑う。


「風神さんが出てきた事を話してから、考えてるよね。」


 おねえさんがそう言うと、ぼーやの小さくて柔らかな唇が堅く結ばれると、すぐにその端を緩めた。


「気がついてたんだ。うん、そう。その話を聞いてから、なんだか心がざわつくというか。何か思い出せそうな感じがして。」


「記憶が!?」


 慌ててぼーやの方へ前のめりになって記憶が戻りそうなのかと確認する。

 風神と同じ風魔法を使うだけでなく、どこか雰囲気も似ていると思っていたおねえさんは、ぼーやが忘れているだけで実は風神の関係者ではないかと推測する。

 もし、思い出す事が出来れば風神を探す手掛かりになるのではと焦る心を抑える。


「風神さんは私が色々尋ねた後、ただ女王を救うようにと言ったの。きっと、彼女を救う事が色々な疑問を解決出来る手段なのかも。そうなったら、ぼーやの記憶も。」


 そこから先は、言葉を濁した。

 それ以上の言葉を、ぼーやも必要としていないから。


「そうだね。」


 ぼーやもまた、明言を避けた。


 言葉にしてしまうと、そうならなかった時に傷つくような気がしたから。


「どちらにせよ、依頼が無くなったからこのまま帰るってのも味気ないもんね。」


 茶化すように話すぼーやに、おねえさんは笑顔で頷いた。

 王家の谷へもう一度行く決意を固め、ベッドへ伸ばしていた足を床へ落とした。








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