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大空で風を掴む。  作者: 水族館イコー
王家の谷編
13/15

王家の谷




「さぁ、王家の谷へ出発!」


 夜の寒さがまだ残っている早朝、二人はゲムズボッケを二頭、そしてグァン町長からの好意として贈られたパピルスでの伝統的な衣装を着て王家の谷へ出発した。


 朝になって急遽届いた衣装はターバンやフェイスベール、マント等パピルスの気候に適した服だそう。

 それにしてはおねえさんの服が派手な造りになっていると訝しんでいたが、貸しゲムズボッケの人曰くグァン町長の親戚がやっている貸し衣装屋の宣伝だとか。


 グァン町長の商魂に驚きつつも、依頼主からの品だという事でそのまま王家の谷へ向かう事になった。

 王家の谷の場所はパピルスから続く川をずっと上がっていけば辿り着くという事で、特にガイドがつく訳でもなく二人きりで目指す。


 慣れない砂漠の地を進んでいるが、おねえさんはゲムズボッケに乗れたという事に感動し、ずっとゲムズボッケを構い倒している。

 ぼーやはそんな様子に苦笑いしつつも、先を走らせていた。

 砂漠での旅は事前に知らされていた通り、一時間程で終わった。


「これが王家の谷なのね。」


 おねえさんは落ち着いた口ぶりだが、その瞳はキラキラと輝き興奮をただどう現して良いか分からないだけだという様子で、ぼーやも初めて見る遺跡に圧巻され言葉を失っていた。


 目の前に広がるのは、川を挟んで睨み合うようにして向かい合った岩肌と岩肌。

 それは山のように高く空へと伸びており、苔や身の細い木々が自生し、谷の間を縫って入ってくる僅かな陽光をたっぷり含んだ川が煌めき、神聖な雰囲気を漂わせていた。

 二人は言葉を交わす事もなく、王家の谷に魅了されたままゆっくりとゲムズボッケを歩かせていると、おねえさんはゲムズボッケに静止の合図をして立ち止まる。


「あれ、あっちで声が聞こえる。観光客の人かな。」


 早朝に出発するので観光客は殆ど居ないと聞いていたが、おねえさんは谷の上の方から声が聞こえてくると指をさした。

 ぼーやも耳をすませてみるが、何も聞こえない。

 ツキビト族は聴力まで良いのかと感心していると、おねえさんはゲムズボッケに足で走れと合図をする。


「観光客の人なら知ってる事ないか聞いて来る!よぉし、ゲムちゃん、自慢の足で谷を登る所を見せて!」


 そう言っておねえさんは急斜面をゲムズボッケに走らせて、声がする方までの最短ルートを目指す。

 ゲムズボッケの背中にはほぼ座っておらず、揺れや急斜面に合わせて体勢を変えており、ツキビト族の天性の運動能力を活かして猪の如く真っ直ぐに走っていってしまった。


「…僕達はゆっくりおねえさんの所へ向かおうか。」


 ぼーやは自分の乗っているゲムズボッケにそう言うと、まるで返事をしたかのように鼻を鳴らす。

 それはまるで「自分もイケますけど!」と言っているようだったが、おねえさんのような運動能力は無いから無理だよと言ってゲムズボッケを宥めた。

 そうして、数分ゲムズボッケを歩かせていると頭上から優しげな男の声が飛んできた。



「ちょっと!キミ、王家の谷は今立ち入り禁止だよ!」



 思ってもいなかった言葉に、ぼーやは弾かれるようにして上空を見上げると、深紅の翼を広げる女と、その女に姫抱きにされている男の二人組が上空から降りてきた。


「イレネーさん、ネシピさん!」


 ぼーやは二人の顔を見るなり、名前を呼ぶ。

 イレネーと呼ばれたのは男の方で、若草色の髪で片目が隠れるほどに前髪が長く、高身長で物腰の柔らかい優男だ。

 ネシピと呼ばれたのは女で、金髪を下の方で二つに結び、厚い唇と三白眼が特徴的。

 二人はバルドが着ていたような、白を基調としたゆとりのある隊服に身を包んでいる。


「おや、キミはティアさんの所の風魔導師くんじゃないか。」


 二人は天使の誘惑(ハニーエンジェル)のギルドマスター、ティアと同じ魔導会に所属している。

 ティアを経由して何度か顔を合わせていたぼーやは、わざわざ魔導会の二人が何故王家の谷に来たのか、嫌な予感に胸がざわつく。


「うん、久しぶり。それより、立ち入り禁止ってどういうこと?」


 焦燥のまま本題を尋ねると、イレネーはこの王家の谷で行方不明事件が数件発見しており、その捜査のために魔警の捜査監督として訪れた事を話した。

 ぼーやも王家の谷へはグァン町長からの依頼でやって来た事を伝えると、町長には既に捜査のために王家の谷への封鎖の協力要請をしたはずだと答える。


「それならこの行方不明事件に町長も関わってる可能性があるンじゃないスかね、イレネーさん。」


 愛想の無い態度でそう言うのは、ネシピ。

 イレネーが上司でネシピが部下のようだが、どうも部下というにはふてぶてしさがある。

 ネシピのそんな態度もイレネーは気にしていない様子で、指を顎に置いて考え込む。


「ティアさんとこのガキに何かあったら、ウチらは合わせる顔が無いスよ、今から街まで連れて帰って町長に事情聴取するのはどうスか。」


 考え込んでいる様子を見かねてネシピが提案すると、イレネーは頷く。


「そうだね、結局は風魔導師くんにはここを立ち退いて貰わないといけないし。じゃあ、悪いけどそういう事だから暫く同行してもいいかな?」


 二人だけでトントンと進んでいく話を慌てて止める。


「待ってください、今回の依頼は僕のバディも一緒で。上の方で声がするって言って向かったので、きっと魔警の捜査員さんと会ってると思うので戻るならその人も一緒に、」


 おねえさんを放ったらかして、自分だけ立ち去る訳にはいかないのではぐれた事情を説明し、一緒に連れて行って貰おうと頼む途中でぼーやは言葉を止める。

 イレネーが制止したからだ。




「捜査員は、上へ向かわせていないはずなんだけど。」







────────────────────




「だんだん声が近づいてきたわね。ボッケちゃん、もう少しあっちよ。」


 ほぼ崖のような岩肌を跳ぶように進みながら、おねえさんは声のした方へとゲムズボッケを向かわせる。

 慎重に声の方角を探りながら進んでいると、岩肌を削りとったような洞穴が見えてきた。


「きっと声の主はあそこに居るわ!」


  洞穴へゲムズボッケの白い脚が踏み入れると、おねえさんは目の前の景色に言葉を奪われた。

 洞穴と思っていたそれは、ほら穴と呼ぶには縦に広く広大で、すぐに大きな岩の壁に直面していた。

 そこには巨大な女性を模したと思われる絵が描いてあり、これが所謂壁画なのだろうと確信した。


「すごい。」


 やっと出てきた単語はそれだけであった。

 あまりにも神秘的で芸術的なものを見てしまうと、かけられる言葉など無いに等しい。

 大きな壁画に感動していると、おねえさんは突如背中を丸めて頭を抱え込む。


「痛いッ、誰、この声!あなた、誰なの!?」


 頭の中で響く騒音のような声に見悶え、身を捩り、ゲムズボッケの背中から転げ落ちる。

 岩肌を切り取られた場所のそこは僅かな足場に落ちたおねえさんは背中を地面に強打し、息が刹那止まる。

 しかし、そんな痛みをかき消す程の声におねえさんは堪らずまた身を捩って逃げようとした。

 女の声のようだった。

 怒り、悲しみ、どちらともとれるものであったが、何を訴えているのかは理解出来なかった。

 おねえさんがその声に何かを尋ねても、返事に値する騒音を探すことは出来なかった。


「嫌、頭が、痛、割れ、ア、ァ、ァァァアアアッ!」


 おねえさんは取り除くことの出来ない、脳の内側から破壊されるような声に、次第に正気を奪われていく。

 最早言葉を紡ぐことは出来ず、丸めていた背中が跳ね返り、海老反りになり手先と足先が痙攣し、王家の谷全てに響くような絶叫を吐き出す。


 そこで、意識が糸のようにぷつりと切れた。




─────────────────────




「ごめんね、ゲムズボッケ。おねえさんを探しに行くから少しだけここでいい子にしていて。」


 声がすると言って岩肌を登って行ったおねえさん。

 王家の谷の上には捜査員を向かわせていないと言うイレネー。

 どちらかが勘違いで、杞憂に終わるのならそれでいい。


 しかし、ぼーやの中で点在していた不安要素が繋がったような気がして、ゲムズボッケに乗っての捜索を諦め、両の手のひらを胸の前で合わせた。


「風魔法。」


 第一節を唱えるだけで無色の魔素がぶわりと舞い、その魔力の強さにイレネーとネシピは息を呑んだ。


「風の羽衣」


 そう唱えると、ぼーやの腕から首にかけて可視化された羽衣のようなものが現れる。

 風魔法によってふわりと数センチ飛ぶと、そのまま勢いをつけて王家の谷の頂上まで飛ぶ。


「ァァァアアアッ!」


 反響しているが、その声はおねえさんのものだとすぐに分かった。

 悲鳴混じりの絶叫に、ぼーやの目の前は真っ白になる。


()()()()()()()()()()()。」


 ぼーやはそう無意識に口走ると、声の方へと飛んでいった。











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