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大空で風を掴む。  作者: 水族館イコー
王家の谷編
11/15

依頼




「今朝の()()はビビったなぁ。」


 天使の誘惑(ハニーエンジェル)ギルド本邸。

 ギルドでは寮に出現した怪物(クリーチャー)の話題があちこちで聞こえている。

 おねえさんの部屋には小さくて十五センチ、大きくて二メートル程の似たような怪物が部屋に侵入していた。

 それは害こそ無かったものの、見た目が見た目というだけに数々の悲鳴が上がったようだ。


「いやぁ、スマン!昨晩酒を飲んでいた事までは覚えてるんだが、その後の記憶が全く無いッ!」


 そして寮の怪物騒ぎを起こした張本人は快活な笑顔で謝罪をしていた。

 藤色の髪に深紅の瞳が印象的な美人。

 身につけているドレスも、昨日訪れた高級ブティックで売っていたようなレースと刺繍がふんだんにあしらわれた上質な物。

 見目だけで言えば貴族家の令嬢のように美しいはずだが、言葉遣いは荒々しく立ち振る舞いも男のように足を開いて座ったりしている。


「お前は毎日べろべろになるまで飲んでるじゃねーか」


 寮に住んでいる被害者の一人、ラナーがその美人へ苦々しい態度を取る。

 その美人の名はアンドレア。

 もちろん天使の誘惑(ハニーエンジェル)に所属する魔導師で、昨晩酒を飲みすぎた勢いで魔法が暴走してしまったと言う。

 アンドレアが喚び出した怪物はおねえさんの部屋だけでなく、寮のほぼ全部屋がその被害に遭ったようだ。

 ラナーからのあからさまな毒々しい態度にも、アンドレアはガハガハと大口開けて笑っている。


 どうやらアンドレアは相当な酒豪らしく、同じく酒飲み仲間のネリーと毎晩飲み明かしているらしい。

 ネリーも件の事件は被害者であるはずだが、アンドレアの横で笑っている。

 そこから話は広がり、寝ている間に魔法が暴走し寮全体が被害に遭った過去の話で盛り上がる。


 レーヌは悪夢を見た日の晩に魔法が暴走し、寮の一階全域が浸水した話だとか、珍しく酒を飲んだギルドマスターが夜中寮の部屋の扉を一つ一つ叩いて周り皆に絡み酒をした話だとか、トゥーヴァがラナーの部屋を覗くために寮に秘密の通路を作っていたせいで何部屋か崩れ落ちた話だとか、ネリーとラナーの喧嘩で寮が半壊した話だとか、寮が壊れた話が次から次に出てきては皆笑っている。

 おねえさんもその会話には入れないものの、耳だけで天使の誘惑(ハニーエンジェル)の愉快な歴史を楽しむ。


「おはよぉ。」


 ぼーやが朝から疲労感の漂う顔でおねえさんに朝の挨拶をすると、隣へ座る。


「あのキモいの見た?ホント意味わかんないんだけど。」


 疲労感はアンドレアの怪物によるものだと、おねえさんは聞かなくても察する事が出来た。


「僕びっくりしすぎて窓割っちゃったんだけど。」


 肩をがっくりと落とし、机に突っ伏しているぼーやをまあまあと励ましながら、ちらりとアンドレアの方を見ればもう既に酒を飲もうとグラスを手にしていた。

 事件の犯人がお気楽な様を見てしまうのは悲しいだろうと気遣ったおねえさんは、ぼーやに提案をする。


「朝ごはん、食べに行かない?」


 急すぎる提案だったかもしれないと、内心焦りつつぼーやの反応を待つ。

 ぼーやは先程まで憂いを帯びていたその亜麻色の瞳を大きく輝かせて、頷いた。



 選んだ店はギルドからそう離れていない、カフェ。

 焼きたてのパンが背の低いショーケースに並べられ、珈琲の香りが店内に広がっている。

 内装は黒を貴重とした落ち着いた風合いになっており、客層も品の漂う人達が会話と食事を楽しんでいる。

 おねえさんはセンスのある店を選んだかもしれないと自画自賛し、椅子へ腰掛ける。

 ぼーやは紅茶とパンのセットを頼み、おねえさんは珈琲とパンのセットを頼んだ。

 昨夜の夕飯のような賑わいのある場面で供する食事とはまた違って、お洒落な雰囲気を楽しむ食事も悪くないと、二人は上機嫌で朝食を摂った。




 朝食を終え、ギルドに戻った頃には今朝の事件も話題に登らないほど落ち着き、日常の騒がしさを取り戻していた。

 早朝には姿の見えなかったイラーリも、出勤している。


「じゃあ、今日から早速依頼受けてみよっか!」


 そう言ったぼーやは、依頼が張り出されている掲示板までおねえさんを案内する。

 畑を荒らす魔生物の討伐依頼や、とある貴族の警備依頼、ペット探しから家事の手伝いとジャンルを問わず沢山の依頼書が張り出されていた。


 その依頼書にはランク付けと推奨魔法が書かれている。

 AからEにランク付けされ、Aに近いほど難易度が上がるようになっている。


 魔導師自身もその実力に応じてランク付けされ、自身のランクより下のものはランク問わず依頼を受け付けられるが、上のランクは一つ上以上は受けられないようになっている。

 おねえさんはギルドに登録したばかりなので、一番下のEランク。


 依頼をこなしていくことで、実力が認められていくのだ。

 ぼーや、トゥーヴァはAランク、ネリーとレーヌは共にCランクらしい。

 バディで依頼を受ける場合は、一番下のランクを基準にしなければいけない。

 ぼーやとおねえさんの場合、おねえさんのランクを基準にするため、今回受けられる依頼のランクはDかEとなる。


 推奨魔法は「こういった魔法が使える人が居れば楽だよ」程度のもので、無ければ依頼を受けられないというものでもない。

 例えば、掃除の依頼ならば水系統の魔法を推奨される事が多い。


 おねえさんはDランクとEランクの依頼書にざっと目を通す。

 初めての依頼はどういうものが定番か分からないが、ふと目に付いた依頼書に手を伸ばす。


『王家の谷に眠る遺物調査の依頼』


 ランクはD。

 探し物クエストという分類に分けられており、同じランクの依頼の中では報酬金額が飛び抜けていた。


「あ、その依頼また来てたんだ。」


 おねえさんが興味深く依頼書に目を通していると、ぼーやが意味知んな発言をするので、尋ねる。


「これ定期的に来てるんだよね。王家の谷まで行けなくなったおじいちゃんが、どうしても見つけたいお宝があるって。でもそんな遺物自体存在が眉唾ってかんじらしくて、難易度は高くないのに何回も依頼失敗になってるらしいよ。」


 ぼーやによれば、この依頼は天使の誘惑(ハニーエンジェル)以外のギルドにも出回っており、ラナーやネリー、他数名もチャレンジしたようだが、全員見つけられる事無く終わったそう。


「調査の場所自体は観光地で危ない事もないし、成功すればラッキーみたいなかんじで、初めての依頼には丁度いいかもね。」


 決して少なくない人数が挑戦するも、未だ誰も達成したことの無い依頼。

 それだけでおねえさんはやる気に溢れ、ぼーやの同意も得られたので依頼書をイラーリのもとまで持っていく。

 そして、依頼受注の手続きが終わる。




「はい、これで完了ッス!場所はパピルスになるので遠出になるッスね!いってらっしゃい!」




 サムエルから列車を乗り継ぎ移動して約四時間でパピルスの街に到着する。

 パピルスは砂漠に流れる川を中心に栄えた街で、パピルスがヨハン王国の領土となるはるか昔、数千年前にはパピルスを王都として立派な王国は築かれていた。

 現在、その王国の名残は砂漠を超えた先にある渓谷に作られた、当時の王族の墓が遺っている。

 そこは王家の谷と名付けられ、観光名所としてヨハン王国では広く知られている。


 二人は数日間の旅の支度を終え、列車に並んで揺られていた。


「船っていう空飛ぶ乗り物にも驚いたけど、この列車もすごいね。」


 おねえさんは列車という乗り物に初めて乗車する。

 人や貨物を引っ張りながら早く駆ける金属の塊の不思議さに興味が尽きない。

 列車は乗り心地も悪くなく、向かい合わせの席は荷物を置いても広々としており、軽食であれば問題なく摂ることができる。


「どっちも魔石っていう、魔力を含んだ鉱物を加工して出来る魔器(マキ)を原動力にしているんだよ。」


 おねえさんは聞いた事のない言葉で説明され、へえ、と分かったように返事をする。

 ぼーやはそんなおねえさんの反応を見て、くすりと笑うと魔石と魔器について補足を始めた。


 鉱山で発掘できるその魔石はただ魔力を帯びているだけの宝石で、それ自体に価値は無い。

 魔石に発生させたい魔力事象の情報と、それを発生させるための条件を与え加工したものが魔器となる。


 発生させたい魔力事象には様々な応用が利くため、火を起こす、水を精製するといった単純な魔法事象だけでなく、船や列車といったエネルギー変換にも用いられる。

 発生させるための条件は、使用される環境の用途に応じて作られ、枝を折る、スイッチを押す、強い衝撃を受ける等複雑な条件から簡単な条件まで与えられる。


 この魔法事象を発生させるのは、魔石による魔力のため、条件で指定されない限り使用者に魔力を必要としないため、魔器の開発は大変な功績となり、今では生活に欠かせない代物となった。

 魔器が広く使われるに至った理由の大きな特長が、その効果は半永久的に保たれるというものだった。

 短期間に多くの魔力を消費してしまうと魔石内の魔力は枯渇してしまうが、それも半日程度でまた使えるようになるという、まるで魔導師たちと同じように魔力を回復する機能を備え合わせていた。


 半永久的なエネルギー資産は比較的安価で手に入れられるものとなり、ヨハン王国の繁栄は魔器無しにして非ずと言われるほどのものであった。

 現在、魔石の発掘、加工、魔器生産、販売等は錬金術ギルドに集まる錬金術師達が担っている。


「要するに、魔法が使えるすごい石って事ね。」


 おねえさんは何とかぼーやの話を咀嚼して得た理解を話す。

 ぼーやも「だいたいそんな感じ」と否定しないので、ガッツポーズをする。


「そうこう話してるうちに、もうサムエルの街を抜けたよ。」


 ぼーやに言われて窓を覗き込むと、賑やかな街並みはもうそこにはなく、長閑な田畑の風景が流れていく。

 少しだけ、風神と共に過ごしていた時間の事を懐かしんでいると、列車の揺れる規則的な音と共に女の悲鳴が上がる。



「人が倒れているんです!回復魔導師の方はいらっしゃいませんか!」

 


 パニック状態になり叫ぶ女のすぐ側には、青白い顔でぐったりと椅子にもたれかかっている青年。

 呼吸は荒く、意識もはっきりとしていない。


 ぼーやは何も出来ることは無いだろうと自身の席で落ち着くまで待っていようと考えていると、おねえさんが席を立って悲鳴のした方へ急いで向かった。

 見に行っても仕方がないだろうにと思いつつも、おねえさんが行くのならばとぼーやが後ろから着いていこうとすると、ぼーやの後ろで女が声を張る。


「すみません、通してください。私は回復魔導師です!」


 女はうねるブロンドの髪を腰まで伸ばし、エメラルドグリーンの瞳でとても整った顔立ちをしている。

 急病人の元へ急がんと人混みを掻き分け、なんとか抜け出した先で手の甲を見せる。


「魔導師ギルド星幽体の歌姫(アストラルディーヴァ)に所属する魔導師です。」


 手の甲には鮮やかな海色のギルド紋章が刻まれており、回復魔導師の女は素早く身元を証明するなり、淡い檸檬色の魔素を周囲に集めた。


回復魔法(ヒール)


 第一節の詠唱を終えるだけで、回復魔導師の周囲は魔素の輝きに包まれる。


聖なる診断(サーチライト)。」


 第二節を唱えると、漂っていた魔素が回復魔導師に集約され、その光は倒れている青年を照らす。


「ふむ、これは魔力欠乏症ですね。このような列車で、なぜ?」


 青年の倒れている原因を突き止めた回復魔導師は、怪訝な顔をする。

 扱える魔法は個人が体内に有すると言われている、魔力の器の大きさに影響される。

 その魔力の器に貯めた魔力を使い、魔法を展開させるのだが、全て使いきってしまうと一時的な昏睡状態を引き起こしてしまうのが魔力欠乏症と呼ばれる病気だ。

 一般的に、生活している上では魔力を使い切る機会などあるはずが無い。

 そのため、列車に揺られ移動していただけの青年が魔力欠乏症で倒れているのか、その理由がわからず回復魔導師は困惑していた。


「ガレオ病だよ…それ…。」


 ぼーやとおねえさんが居た野次馬とは反対方向にある野次馬の島から、オレンジ色の髪を二つ束ねた女が声を上げた。

 女は今の季節にしては珍しいほどの厚着をしていて、マフラーにニットセーター、腰には暖かそうな毛布を巻いている。

 全員の視線がざっと集まり、女は少し戸惑うも話を続ける。


「ただの魔力欠乏症なら…そんな呼吸…ならない…。」


 オレンジ色の髪の女が指摘するのは、荒い呼吸。

 回復魔導師もはたと思い出し「確かに」と声を漏らす。


「あなたも回復魔導師ですか?ガレオ病は報告の少ない希少な病気だと聞きます、治療法に思い当たりがあるのでしたら是非力添えを頂きたいのですが。」


 ガレオ病という病に、野次馬達はざわざわと騒ぎ出す。

 おねえさんはもちろんそんな病について知らないが、ぼーやは眉根を寄せ、真剣な表情でオレンジの髪の女と回復魔導師のやり取りを見ていた。


「いや…回復魔導師じゃないし…治す方法も知らない…」


 野次馬達の期待はずれだと言いたげな反応を察したオレンジの髪の女は、自分の腕を抱いてバツが悪そうに下を向く。


「いえ、貴重な意見をありがとうございます。」


 回復魔導師はにこりと笑うと、自分のやるべき事に集中する。

 回復魔法の詠唱を、次は第二節を変えて唱える。

 魔力欠乏症の治療法としては、昏睡状態をどうにかする対象療法は存在しないため、魔力の器に魔力を満たす根本療法のみが治療に有効である。

 回復魔導師もガレオ病という奇病の治療方法を知らずとも、ガレオ病によって併発した魔力欠乏症の方をどうにかしようと、自身の魔力を分け与える魔法で懸命に治療する。


 が。


 青年の意識は戻らず、呼吸も段々と早くなり青白かった顔はさらに紫色に近く変色しようとしていた。


「どうして、これ以上は私の魔力が、」


 保たない、という言葉は濁しているものの、回復魔導師に現状打つ手は無くなってしまった状態。


「回復魔導師さん…私の魔力を…その人にあげる魔法…使える?」


 空気は重く緊迫する。

 オレンジの髪の女は息がしにくそうに、けれど人命のためとおもたそうに腕を挙げて主張した。


「それ…ガレオ病の…発作…なかでも…凄く酷い。…かなりの膨大な魔力…必要。貴方一人は…無理。」


 その言葉に明確な証拠も無いが、少し注目されるだけでも気圧されていた人物が、周囲のプレッシャーに耐えてでも救おうとするその姿勢が信憑性の高さを物語っている。

 回復魔導師は強く頷くと、周りの野次馬に声をかける。


「お願いします、皆さんの魔力をください!御協力お願いします!人命が懸かっているんです!」


 野次馬達は、回復魔導師の必死な訴えに顔を見合わせ、先程まで騒がしくしていた口を閉じた。

 誰もがしり込みをしている中、白い腕がピンと伸びる。


「はい!私の魔力を使ってください!」


 特徴的な緑の髪を揺らし、野次馬の中から出てきたのは身軽そうな服装に身を包んだツキビト族。







「私、天使の誘惑(ハニーエンジェル)に所属している魔導師、カンナヅキっていいます!」












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