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大空で風を掴む。  作者: 水族館イコー
王家の谷編
10/15

買い物



「でも、現人神を祀るなんて、ツキビト族が凄い力を持ってるから可能なんだろうね。」


 涙で濡れて乾いた後よれよれになったノートを掌で伸ばしながら、ぼーやはそう言った。

 おねえさんはその言葉の真意が分からずに、首を傾げる。


「ああ、この国は王様が神の末裔だって言われてるんだ。だから王様以外の神を作ったり、それを信仰したらダメなんだって。ツキビト族の村があるって言われてる場所もこの国の領土に入ってるんだけど、村が王国に取り締まられないのはやっぱりツキビト族が強すぎて手出し出来ないからなんじゃないかやぁって。僕の見解だけど。」


 何の気兼ねもなく風神と呼んでいたものが、この国では禁忌であったことに驚く。

 これからは風神の話題を出す時は慎重になろうと背筋を伸ばしたところで、ふと疑問を抱いた。


「ぼーやも風神って言われてるって雑誌に書いてたけど、あだ名に神様の字を使うのは大丈夫なの?」


 同じ「風神」の名を冠する目の前の少年に素朴な疑問をぶつけてみる。

 それを聞いたぼーやは「ああ」と言うとため息をついた。


「その雑誌は王室の不祥事について取り上げたり、ちょっと反王室の思想がある会社の雑誌だから。風神ってのもその記者が勝手に書いてる事なんだ。」


 ぼーやの衝撃的な言葉に、おねえさんは白目を剥く。

 こんなにも情報源が不確かな雑誌に頼って自分はここまで来たのか、と情けなさを含めて。


「そうそう、これから依頼でしごとを受けるならさ、三つの秩序維持組織について話しておいた方が良さそうだね。」


 そう言うと、ぼーやはぎりぎり書ける程度には伸びたページに筆を走らせた。


 この国には秩序を維持するための組織が三つ存在する。


 魔法警備院。

 バルドの所属している、この国の警察組織。

 国王の定めた法において、それに反する存在を対象に逮捕、捜査、警備等を行う組織。

 通称魔警と呼ばれている。


 魔導会。

 天使の誘惑(ハニーエンジェル)のギルドマスターが所属している、この国の司法組織。

 国王の定めた法において、それを適用する組織。

 魔法警備院から引き渡された、法を犯した人物がどのような罪にあたるのかを決定する組織。

 幹部クラスともなれば、現場で罪を決め罰を執行する特権が与えられる。


 王宮教会

 主に王室信仰の全てを担っている。

 日々の感謝を王室へ祈るための教会の建設や運営、王宮内と王族の警備、異教徒の排除等が主な仕事。

 トップが国王の側近として仕えているため、王の意志を直接遂行する事が多いため、秩序維持組織の中で一番の権力を持っている。



 魔導師が一番関わる機会が多いのは魔法警備院になる。

 長期的に捜査が難航している事件ではギルドへ依頼が来たり、被害が甚大で急速に事件解決を求めている場合はギルドへの応援要請がある。

 どちらも、ある程度実力を認められた魔導師でないと関わる機会が無く、天使の誘惑(ハニーエンジェル)ではぼーやを含めた複数人がそれに該当する。


 魔導会は罪を犯さない限り滅多に関わる機会が無い。

 魔導会はかなりの実力のある魔導師でなければ入ることすら適わないエリート集団なので、魔警のように魔導師ギルドへ協力要請等をする必要性が生じないためだ。


 魔導師ギルドに所属し生活していく上で最低限必要な知識を叩き込まれたおねえさんは、頭から煙が登ったような錯覚に陥るほどの疲労感に襲われる。

 勉強はずっと苦手だったな、と昔を懐かしみながら新しく頼んでおいた果実水を喉に流した。


「依頼をこなしていけばお金が貯まって、そのお金で捜索の依頼を頼めるし。魔導師として名前も売れれば、風神さんって人からも見つけてもらえるかも。」


 ぼーやはそう言ってにこりと微笑む。

 おねえさんは、目の前の幼い少年に励まされているのだと気が付き、このままではいけないと突っ伏していた頭を持ち上げる。


「うん、やるべき事が分かってきて元気出てきたよ。ありがとう。」


 ぼーやは刹那呆けた顔をした後、照れて赤くなった頬を隠すように顔ごと視線を逸らした。







───────────────────



 場所は変わり、サムエルの中心地。

 太陽は頂点から下がり初めているものの、まだまだこの街は賑やかさを失っていない。

 二人はおねえさんが生活に必要なものを揃えようと、街へ繰り出していた。


 軍資金は、シュベロ討伐の報酬である二十五万カネー。

 物価をイマイチ理解していないおねえさんは、報酬金額を聞いた後にパンの値段十カネーを見て、パンがいくつ買えるくらいのお金を貰えてしまったのかと狼狽えていた。


 ボロ布のようなワンピースが、華やかな街では不釣り合いのように感じ、おねえさんはガラスに反射して自身が映るたびにそわそわとあたりを気にしていた。

 そんなおねえさんを見兼ねたぼーやは、手始めにブティックへ案内した。


「いらっしゃいませ!」


 入店すると、綺麗なドレスに身を包んだ女が二人を出迎える。

 店員の女は二人の身なりを見て、あからさまに困った態度を匂わせた。


「あのー、お客様、ここは紳士淑女の服しか用意しておりません、こども服でしたら別のお店に、」


 女はぼーやだけに語りかける。

 どうやら、奴隷を連れて回しているどこかの貴族の子息に見えたらしい。

 そして、当たり前のようにおねえさんの存在は無視している。


「僕じゃなくて、おねえさんの服を買いに来たんだ。ほら。」


 そう言うと、ぼーやはリュックから黒いカードを店員に見せる。


「そ、それはッ!天使の誘惑(ハニーエンジェル)の!これは失礼しました、どうぞ奥の応接間でまずお待ちください!」


 黒いカードを見るなり女は深々と頭を下げ、慌てて応接間へ二人を案内すると、カタログを用意すると言い残し逃げるように姿を消した。

 今まで座った椅子の中で一番柔らかいソファの感触におねえさんは感動しながら、黒いカードについて尋ねた。


「僕もよくわかってない。僕は見た目で色々不便な目に逢うだろうからってティア(ギルドマスター)がくれた。」


 ぼーやは黒いカードをひらひらさせながらリュックの中へしまいこんだ。

 内装から察するに、かなり格式の高いであろうこのブティックでさえ、カードを見せるだけでVIP対応させる衝撃に、おねえさんは未だ見ぬギルドマスターへの想像を膨らませる。


 そうこう話しているうちに、デザイナーと名乗る女がカタログを持ってやって来た。

 デザイナーはおねえさんの体型を褒めそやし、何を言っても太鼓持ちのように盛り上げ、全てを肯定する。

 逆にそれが居心地悪く感じ、勧められる服は全てパーティで着るような豪奢なドレスばかりで、おねえさんの趣味にも合わなかった。

 もう少し動きやすい服が欲しいと頼むと、特注品になると言われたのでだいたいの見積もり価格を聞けば、なんと軍資金の役十五倍の値段という結果におねえさんは白目を剥いた。

 ぼーやは肩代わりをすると提案してくれたが、おねえさんは激しく断ってなんとか退店するに至る。


 未だ何も買ってないにも関わらず、おねえさんは精神的に疲弊していた。

 高級ブティックに最初こそ感嘆の声を漏らしていたものの、高すぎるドレスや小物に気圧されてしまった。

 次はぼーやになるべく庶民的なブティックをお願いして、中心地の大通りから少し外れたブティックの扉を叩いた。


「いらっしゃい。」


 来店した二人を店の脇で座ったまま出迎える店主が一人だけの、こぢんまりしたブティックだった。

 店主は挨拶だけ済ませると、すぐに手元の雑誌に視線を落とし、鉛筆でごりごりと何かを塗りつぶしている。

 先程との落差に驚きつつも、これぐらい干渉の無い店であればストレスも少ないと、おねえさんは足取り軽く店内を回った。


 一応男女で領域が分かれているものの、女性ものであれば流行り廃りも、サイズでさえもごちゃまぜに吊るされていた。

 僅かに見える服の端から、ビビっときたものを引っこ抜いて全体的に見ては、直しての繰り返し。

 かなりの量の服がぎゅうぎゅうに吊るされているため、それはさながら宝探しのようで、おねえさんはかなり上機嫌で服を探し続けた。


 運命的な出会いを感じた数着を、試着室で袖を通す。

 今まで一度も自分で服を選んで着るという経験をした事がなかったため、自身の服飾センスを疑いながらも試着した姿をぼーやに見せる。

 ぼーやはどれも似合っている、かわいい、かっこいいと褒めるので本当のことを言って、なんてじゃれあいながら試着を楽しんだ。


 おねえさんは、太ももに武器をしまうホルダーをつけており、それは極力隠したいため必然的にスカートになってしまう。

 邪魔にならない程度の長さのスカートを選び、それに合わせてトップスと靴まで選ぶ。


 黒いインナーを見せるようなかたちの銅が短いトップス、タイトなミニスカート、靴は足首までのショートブーツを選んだ


「あい、全部で十七万カネーだよ。」


 服は基本的にオーダーメイドのものが主流で、既製品という概念が無いため基本的に割高となる。

 庶民的なブティックは所謂中古品の服を売っており、費用は抑えられるがそれでも割高になってしまう。

 先程の高級ブティックにてとんでもない金額を聞いた後では安く感じつつも、かなり予算に食い込む出費となった。


 服の次は生活に必要な日用品を諸々買い揃え、大体の買い物を終え屋台で売っていたクレープと呼ばれるスイーツを食べながら二人は歩いていた。


「そのリュックって異空間収納になっているのね。」


 買い物中、おねえさんが驚いたのはぼーやの背負っているリュックが何でも入ってしまう便利グッズだったこと。

 かなりの量の日用品を買ったにも関わらず、こうしてクレープ片手に食べ歩きが出来るのは、荷物を全てリュックの異空間収納にしまっているからだ。


 異空間収納というものに馴染みが無いおねえさんは、はじめリュックを使っていいという申し出を理っていたが、リュックとはとても比率の合わないほど大きなものが出てくる様子を目の前で見せられたり、それをまた収納する様に興味を持って買い物の荷物をリュックの中に入れてもらうことを頼んだ。


 おねえさんも自分だけの異空間収納に憧れを抱き、何処で買えるのか尋ねてその店を覗いてみると、当初の予算額の約三倍程の値段に打ちのめされたおねえさんはそのまま店を後にした。

 いつか依頼をたくさんこなして、余裕がある時に自分へのご褒美に買おうと誓いながら。





──────────────────



 買い物を全て終えた頃、レンガ色の街並みは夕焼けに照らされて燃えるように赤く染まっていた。

 賑わいも落ち着きを取り戻したサムエルの様子に、人々全てに数々のドラマがあるのだと、おねえさんはうっとりと街を眺める。

 ショーウィンドウのガラスに自分が透けて見える度、新しい服に身を包んだ自分に浮かれ、おねえさんは靴を軽快に鳴らし帰路についた。


 天使の誘惑(ハニーエンジェル)本邸では食事を摂ることもできる。

 夕飯は本邸で何かを食べる事に決めた二人は、向かい合わせに小さなテーブルを囲う。

 膝と膝がぶつかりそうな程に小さなテーブルでは、二人の頼んだ料理ですぐに埋め尽くされた。

 いただきます、と二人で手を揃えてから食事を口に運ぶ。

 おねえさんは一口目であまりの美味しさと、久しぶりの食事に感動の涙を流した。


「えッ、おねえさん三ヶ月間何も食べていなかったの!?」


 食事中、ナイフの手を止めてぼーやが驚いたのは、おねえさんの驚きの体質による話であった。

 大気中の魔素があれば食事をせずとも生命維持に問題が無いと言う。

 ツキビト族は傭兵部族の中でも特に謎に包まれており、固有の特徴として知られるのは髪色と髪型程度。

 食事に困らないという超人的な体質に、ぼーやはただ驚く事しか出来なかった。


「食事は無くても死なないってだけで、摂った方が幸せな気分になれるから私は好きで食事を採ってるの。」


 目の前のおよそヒトと変わらないかたちをしたおねえさんが、食事を「摂らなければならない」という理由ではなく「摂りたいから摂っている」という理由で口に運んでいる姿は、ツキビト族がヒトの完全上位種族である事を物語っているようであった。

 しかし、その味覚はヒトであるぼーやと変わらないもので。

 同じスープを美味しいと言って微笑むおねえさんが、恐ろしい存在には思えなかった。


 それから二人は食事を済ませ、明日何時に本邸で待ち合わせるかの時間を決めてから、寮にあるそれぞれの部屋へと帰った。



 寮の部屋は至ってシンプルな作りで、バスルームとキッチン、リビングが用意されていた。

 今日の買い物が予算内に抑えられたのは、寮にひととおりの家具が備え付けられているおかげだった。

 ベッドとテーブル、二組のチェアは一人で暮らすのにじゅうぶんな大きさ。

 キッチンは魔力を入れる事であらゆる料理が可能な最新式のものが揃えられていた。

 バスルームにはトイレとシャワー、バスタブ。

 おねえさんは人生で初めてのシャワーに感動しつつ、バスタブにもしっかりとお湯を溜めてバスタイムを存分に楽しんだ。


 食事を終え、身体も暖まり、緊張の糸が切れたようにベッドベッドへ倒れ込む。

 柔らかなベッドは痛みを感じさせることなく、おねえさんをしっかりと包み込んだ。

 この天国のような居場所を得るまでの事を、思い出していた。


 風神さんと別れてから、毎日生きるだけで過ぎていった時間。

 突然放り込まれた地獄のような奴隷としての日々。

 解放され、宛もなく彷徨い歩いた日々。


 そして、いきなり現れた風魔法を使う不思議な少年。


 この少年に出会ってから急激に進んだ物事を思い返せば、情報処理の多さにだんだんと眠気がやってくる。

 明日はどんな一日になるんだろう。

 そう、頭の中で独りごちると夢の世界に意識を落とした。







─────────────────────




 朝。


 窓から差し込む容赦ない陽の光に、眉根を寄せ小さな呻き声を漏らしながら寝返りを打つ。

 陽の光に背を向けて、もう少し寝ようと体勢を整えるために腕を伸ばすと。


 ぽよん。


 冷たくて、弾力のあるナニカがおねえさんの腕に当たる。

 昨晩には無かったソレに未だ気が付かないまま眠ろうとすると、ナニカがうぞうぞと動き出した。

 無数に生えた毛が蠕動運動をしながらゆっくり、ゆっくりと動く違和感に寝惚けた瞳を開けた。


 それは体長にして十五センチ程。

 目や口だと思われる器官が見当たらない代わりに、透けて見える体内がぎょろぎょろと流動的に動いている。

 手や足が無い代わりに、全身に毛が覆うように生えており蠕動運動を繰り返し蠢いている。


「なッ!」


 寝起きのせいか、目の前の奇怪な生き物のせいか、おねえさんの悲鳴は掠れて飛んでゆくのだった。


 










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