合意できて嬉しいな
リーチェッタはパイエを迷宮組合に連れて行き、登録申請を行う。迷宮立ち入り許可証とドッグタグを発行して貰い、ついでに新品の宝箱を受け取る。
年齢も資格も足りている為、何の問題も無く登録は完了した。
「あれ、家名の方で登録したんだ?」
「うん。念のため、ね」
クレマリア=パイエは貴族籍を持つ家で育っている。危険極まりない迷宮への立ち入り許可証を発行するにあたって、自分の名前ではなく家名での登録をしていた。
「迷宮に入る人が着用を義務付けられるドッグタグは、死体になった時に誰なのかを確認するためって貴方に聞いたのですもの」
「そうそう。死体がもしも腐りきっていなければ、神殿に持ち込んで高い寄付金を払うとラーヴァ神の加護により蘇らせる事ができるんだって。安心だよね」
「そんな目にはあいたくありませんわ!」
クレマリアが言うように、迷宮での死は神の奇跡により覆る。しかし、死体を持って運ぶのは大変なので、見知らぬ冒険者に回収を期待する事はできない。
そこで役に立つのがこのドッグタグなのだ。
このタグは魔法に強く反応する金属をごく少量使うことで、【探知】の魔法で場所を調べる事ができるようになっている。
二枚セットになったタグの一枚を誰かが持って帰れば、知らせを受けた知り合いが座標を調べて救助に行くことができる。
ただの学生あがりの若者であるパイエとしてではなく、クレマリア家の令嬢としての名前の方が謝礼目当てに救助されやすいと判断したのだろう。さすが親友、慎重で頼りになる。
「じゃあ、クレマリア、って呼ぶね。まずはこっちから行こうか」
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「平気平気」
腰に父さんの形見の剣を吊るし、左手に小型の盾。体を覆う革鎧。準備は完璧。
私は迷宮から漏れ出るイイ匂いをクンカクンカしてニコニコしながら親友の手を引いて迷宮に入る。手をつなぐのは逃がさないためだ。
「え、何あなただけ鎧とか盾とか持ってるの? 私、普段着なんだけど?」
「これ、買っておいたから使って」
「ありがとう!」
迷宮一階の階段を下りた所で荷物を広げ、小型の盾と杖を渡す。
「盾はわかるけど、棒……?」
「お金ないから、とりあえずそれ持ってて。戦うのは私やるから」
「そんなのでいいの?!」
真っ青になって詰め寄ってくるクレマリア。
「なぁ、お嬢ちゃん達、そんなとこで店広げてたら邪魔だろうよ」
「ごめんなさーい、いま退きますね。ほら、早くそれ持ってこっちこっち」
「ホントに平気なの? 迷宮を舐め腐った新人が死んだりするの、こういう時じゃないの? 迷宮危険予知講習で私見た事ある……」
ぶつぶつと五月蠅い事をいうクレマリアをちょっと壁際に寄せると、荷物をてきぱきと片付けて迷宮の壁沿いに移動を開始する。
「まって、まって、置いていかないで怖い!」
「平気よ。迷宮一階はヒカリゴケがいきわたっているから明るいし。松明もいらないのよ」
ドアを乱暴に蹴破る。壁から外れてバタンと倒れる扉板。部屋の中には何もいない。
「ねぇ、普通に開けたら? ドア壊れちゃったわよ、迷宮の中のもの壊していいの?」
「いいのいいの。元々蝶番なんて無いんだから」
「どういうこと?」
「もう~、授業ちゃんと聞いてた?」
「聞いてたわよ! あなたは私のノート写してたんだから、私がきいてなかったら貴方も試験受からないじゃない!」
「じゃあ授業じゃないか……」
「どこで聞いたのよ」
ブツブツと呟くリーチェッタに、血圧が上がっていくクレマリア。二人は授業の成績優秀者だったが、クレマリアがリーチェッタに教える事で成績をあげていたのだ。教えるのは自分の知識の整理にもなるからそれは構わない。けれど、自分が授業をサボっていたかのような言い方は納得できない。
「このドアはね、ただの仕切りなのよ。犬とかゾンビとか、ほとんどの魔物はドアを開けられないの」
「まぁ、それはそうね」
「だから、通路の狭くなっている部分に板を立てかけて塞ぐだけで、魔物の移動経路を制限できるのよ。でも探索者の移動で匂いとかはついているから」
クンクンと匂いを嗅ぐ仕草。
「扉を開けると、大抵そこには何かいるっていうワケ」
「それがどうして手で空けない理由になるの?」
きょとんとするクレマリアに笑顔を向けると、リーチェッタは部屋の中にある次の扉を勢いよく蹴破る。
大きな音に反応して飛び掛って来る野犬。
首を狙って飛び上がり、逃げ場のない犬の口の中に剣を深々と突き刺す。
「こういうのが襲い掛かって来るのに、片手を塞ぎたい? 剣か盾を置いて」
「ごめんなさい。足で開けて良いわ。お行儀が悪いとか言ってる場合じゃないわね」
「合意できて嬉しいな」
ドカン! 蹴破る。
人型の腐った何かが二体。
「ヒッ! 腐ってる!」
「解呪してもいいよ。僧侶資格持ってるでしょ」
「できるはずないでしょ!試験に受かっただけのペーパー僧侶なのよ!」
一体の頭蓋に剣を叩き込む。カッという甲高い音と共に動かなくなる。
しかしもう一体の死体がクレマリアに抱き着くように掴みかかる。
「いやぁっ!」
「盾で突き飛ばすんだよ。あと、その棒で叩いてれば死ぬよ」
「呑気に言ってないで! 助けて!」
勢いよく動く死体の横腹を蹴り飛ばす。
壁に叩きつけられて半分ほど顔が崩れながらも、ゆっくり立ち上がって再び向かってくる。
「うへ。靴越しでもヌルッとした。ね、よく見ててね、犬より動き遅いからこうやって盾で壁作ると」
「いいから!いいから倒しちゃって!」
座り込んで悲鳴を上げるクレマリア。少しいい所を見せたかったリーチェッタは少し不満そうに剣を振り回し、残りの半分の頭を吹き飛ばした。
「も、もう無理よぉ」
「じゃ、今日は帰ろっか。でも見て、こんなの持ってた」
動く死体とはいえ、頭が無ければ動きを止めるようだ。今はただの躯に戻った身体が、小さな小箱を抱えていた。
生前の執着からなのか、人型のアンデッドは箱や荷物袋を抱えている事が多い。少しだけ心が揺れたが、鍵開けの専門家のいない時に箱を空ける危険は散々聞かされている。勿体ないがこれはこのまま触れずに放置しよう。すぐに他の魔物が拾っていくだろう。
腐汁を浴びて泣き顔のクレマリアの手を引き、ダンジョンの外へ連れ出す。洗い場で靴と剣を軽く洗い、両手を前に出したまま固まっているクレマリアの服を濡らした布でトントン叩いて臭い汁を多少落とす。気持ち程度。
「これ、私の予備のローブあげるから着替えてから帰ろう?」
「うん」
「次は最初からこのローブ着てこようね」
「うん」
「アンドレの酒場で待ち合わせね」
「うん」
家まで送り届けられたクレマリアが『次?! また潜るんですの?!』と叫ぶのは数時間後の事だった。