「貴方の鑑定技術を借りたいのよ」
苦労人のクレマリア。
クレマリア=パイエはクラスメイトからそう呼ばれていた。理由はリーチェッタの幼馴染だからだ。
とりあえずなんでも匂いを嗅ぐ上に、やることなす事いつも全力でブレーキの無い暴走トロッコのようなリーチェッタ。そんな彼女に振り回されていたクレマリアは、いつも事後処理に奔走していたのだ。
そんなクレマリアも、ようやく学校を卒業し就職が決まった。
読み書きと計算を身に着けて事務作業資格を取れば、とりあえず食いっぱぐれる事はない。その上でクレマリアは攻撃魔術資格に僧侶資格に鑑定士資格まで取得した。ここまですれば仕事は引く手数多だし、上級職になる事もできる。
「平和って素敵……」
朝の陽射しを窓越しに浴びながら、あたたかい紅茶を飲む。
昔からの夢だった安定した職。
多忙すぎず、そこそこ高収入で、需要が絶える事もない。そんな就職先として、魔道具作成工房を選んだ。火炎呪符などの魔道具は迷宮探索の必需品だし、軍備の為にも定期的に購入される。それでいて治癒職のように仕事量のムラも無い。安全で安定、定時退社。そんな平穏を壊す呼び声がノックの音と共に響き渡った。
「パーイーエーちゃん。ダンジョン行こ!」
「リーチェッタ?!」
玄関の前で大声をあげて呼ぶトラブルメーカーをとりあえず部屋に入れると、椅子に座らせ、紅茶を入れてお茶請けに羊羹をきる。そこまでしてから正気に戻った。なぜ持て成しているのだ。
「リーチェッタ。あなた迷宮組合に就職したのでしょう?」
「うん、したよ。あのねパイエ、あなた上級司教資格とったでしょ、これの鑑定して欲しいの」
「何言ってるの、私みたいな学校出たばかりの経験積んでないのができるはずないでしょ?! あと話を聞いて、私たちはもう学生じゃないのよ。研修でも無いのになんてダンジョンなんかに行くのよ!」
「貴方の鑑定技術を借りたいのよ」
迷宮から持ち帰る品物は全て魔力がこびりついている。元がボロボロに錆びた剣でも、魔力を大量に含めばかけた刃は埋まり恐ろしい切れ味になって蘇ったりするのだ。それは見た目ではわからない。魔力の流れを見る魔術師としての力と、魔力の逆流による呪いを防ぐための僧侶としての力が必要になる。その上で経験を積む必要がある。鑑定とは上級技術なのだ。
「私は、資格があるって言うだけ。これから組合の倉庫とかで沢山品物を見て分類して経験を積むの。迷宮出土品の鑑定なんて何年か後の話よ」
「それでいいのかしら、パイエ。今、私たちの持って来た物を触れる機会があるのに? 同僚より多くの経験を積めるチャンスを棒にふるの?」
「危険なのよ、品物に浸透している魔力に干渉するのは失敗するとその品物をダメにしてしまう可能性もあるし、もし呪いの品だったら取り返しのつかない事になるって」
「そう、教科書にかいてあったわね」
「でしょ?」
「でもそれは教科書にかいてあっただけ」
「リーチェッタ?!」
リーチェッタはピシりと人差し指を立てると、自分よりかなり成績の良いはずの同級生に向かって言い含めていく。
「考えても見てよ、1階層よ?そんな大それたものは出て来ないわ。ダメになってもあなたを責めたりしないし、怪我したらパーティ予算で寺院に駆け込みましょう、これでデメリットはほぼゼロ」
「いやいや」
「そしてメリットは、あなたが積める経験。そして鑑定済みの品は高く売れる。山分け。あなたは何のために学生時代に沢山資格を取ったの? 稼ぐ為でしょ? ここにあるのよ、宝の山が」
「え、ああ、でも」
「ダイジョウブ、バレないわ。迷宮の中でざっくり鑑定して、後はそれを根拠に交渉して売ってしまいましょう。大儲けしようよ、パイエ。あなたがうんって言うだけだよ……」
「危ないのよ」
「危なくないわ。むしろ早めに経験を積む事こそ安全なのよ。後手に回るのって安全?」
リーチェッタはこのパイエという友人の押しに弱い性質をよくわかっていた。
迷宮からの回収品は、もちろん安全ではない。それにほとんどの物がガラクタだ。苦労して持ち帰った武具もひどい場合には素材として鋳潰たりもする。だけど、見た目で判断はできないのだ。だから、魔力の浸透度を見極めて、ただの剣なのか魔力を帯びた剣なのかを判断する専門家がいる。店で頼むと高額は鑑定費用を取られて儲けはほとんど無くなる。安く鑑定を行えるツテは貴重なのだ。
「ついこの間まで学生だった貴方をパーティに入れてくれる熟練者にツテはある?」
「ないわよ、そんなの」
「なら、私と一緒に少しずつ迷宮に入る。そうして少しだけ鑑定を試して経験を積む。それはあなたにとって有利な事じゃないかな?」
「まって、考えさせて」
「待たない」
「待たないの?」
リーチェッタは知っている。時間をかけて考えてもろくな考えなど出て来ない。そして保守的な人間は『変化しない』選択肢を選びがちなのだ。さんざん時間をかけてもそんなものだ。だから時間を与えない。
「私もあまり時間は無いの。あなたにチャンスを上げられるのは今だけよ。明日にはほかのメンバーと迷宮に潜る。そしてその人は経験を積み、腕のいい鑑定士か司教になるでしょう。あなたより先に」
「まって、行くから!連れて行って!」
「そういってくれると思ったわ、クレマリア=パイエ!」
抱きつくリーチェッタ。引き締まった細い腕を首に回されてクレマリアは生命の恐怖を覚える。
「でもね、あのね、私は魔道具作成工房に就職したの、だから」
「お休みの日だけでいいわ。アンドレの酒場ってお店があるでしょ、仕事の後にあそこで合流しましょ。迷宮品を持っていくからそこで食事しながら鑑定の練習してよ。休みの日は迷宮に行って、それ以外は普通に仕事をすればいいわ」
「あ、ありがとうリーチェ!」
「気にしないで。私と貴方の仲じゃない。今日ダンジョンに行って、明日は訓練。その後は二日間休憩するシフトで動くから、休みが重なった時には一緒に潜ろうね!」
リーチェッタ。休みの日のパーティ候補と専属鑑定人の確保にニッコリである。
「じゃあ、ちょっと軽く迷宮潜ろうか」
「え、今から?」
友人には迷惑をかけても良い。リーチェッタはそう考えるタイプです。
クレマリアがどう考えているかはともかく……