匂いフェチのリーチェッタ
JAVARDRYにて、今作のダンジョンを作成してあります。
ウィザードリィライクのゲームとして遊べるものです。この迷宮でリーチェッタ達は罠にはまり、このゲームに出て来るアイテムに一喜一憂します。
セルフ二次創作!
https://drive.google.com/drive/folders/1vhlRn6LFNCsA-UkCI3dFzGa0NEWq213e?usp=share_link
『リュウノス迷宮保全組合 三級宝箱設置回収員リーチェッタ』
今日からこれが私の身分になる。やったね!
首から下げるキラキラのタグも嬉しい。
「うへへ」
もうすぐあの迷宮の匂いが嗅ぎ放題かと思うと涎が止まらない。
溢れるヨダレは新品の革鎧の小手で拭う。お母さんは辞めて欲しいと言っていたけれど、私はお父さんみたいにかっこいい冒険者になりたい……という建前で、迷宮に入りたいのだ。
だって私は狭いところ大好き、暗いところ大好き、そしてなにより迷宮独特のあの香りが堪らない。
ほかの人はそんな匂いはしないというのだけれど、私には湿った石の生臭さ混じって、なんというかピーナッツバターのように甘く、焦がしたバターとベーコンのように食欲をそそる濃厚な匂いがするのだ。
「おいリーチェ。顔引き締めろ。年頃の女の子としてヒトサマに見せられない顔になってるぞ」
新人指導員のライゼルさんに呆れたように言われてしまうが仕方がない。
「しかし、バルトのあの小さな娘がなぁ。ステラさんに合わせる顔がねぇよ、俺はよ」
「お母さんは反対してますけど、ライゼルさんが一緒なら平気でしょうって!」
朝から一緒に迷宮を歩いているのは、私の先輩指導員で二級宝箱設置回収員のライゼルさん。彼は天を仰ぐと、髪の毛をグシャグシャと掻き回した。
「もっと安全で稼げる仕事につけただろうに。成績かなり優秀だったじゃないか」
「迷宮に入る為に勉強頑張ったんですよ。昔から、冒険から帰った後のお父さんの匂いが好きだったんです。あれ嗅ぎたくって。ではさっそく」
「そうか、バルトの……って、何やってんだ?」
髪の毛をかき回されながら、腰のポーチから取り出したのは大きめのオニギリ。
大きく息を吸い込んでから、齧り付く。
「まて、休憩はまだだとか、迷宮でそんなもの食ったら吐くぞとか色々言いたいが……臭くないのか?」
ライゼルさんは奇妙なものを見る目で私の顔を伺う。
「シロップのような、焦がしたバターのような、脂の弾けるような。そんな感じの美味しい匂いです」
「わからん」
「このあたりの壁はバターたっぷりのオムレツのような」
「やめろ、食べ物を迷宮の壁に擦り付けるんじゃない!食べるな!腹壊すぞ!ペッてしろ、ぺって!」
迷宮の石垣のような壁にオニギリをチョンと付けて食べるとライゼルさんに羽交い締めにされる。
「ふぇいひでふよ、ほんなひいひほい」
「食べるか喋るかどっちかにしろ!」
「…………」
「食べるのに集中しろと言ったわけじゃないんだぞ」
迷宮の匂いをオカズに大きめのオニギリ一つをペロリと平らげる。
「でもですね、ライゼルさん。あれはお父さんの匂いじゃなかったんですよ!」
「え?」
「お父さんよりも、鎧の匂いの方が甘いんです! だから剣術道場を見学に行って鎧の匂いを嗅いだのにイマイチで。それに新品の鎧を嗅いでも匂わないから、使い込んだ革鎧じゃないとあの匂いは出てこないんですよ」
「何だそれ、中古鎧の匂いフェチってコト?」
「学校でも同じこと言われました」
護身剣術の授業でお父さんの形見の革鎧を使ったときに、あんまりイイ匂いなので革鎧の小手をちょっと舐めながらパンを食べていたら、付けられたあだ名は『匂いフェチ』。
「でもですね。ライゼルさん達がうちに来て朝までお酒飲んでた事あったじゃないですか」
「ああ。バルトが生きてた頃は良く……まだ小さかったのにうるさかっただろ。すまなかったな」
「いいんですよ。あの時にライゼルさんに迷宮産の宝箱を見せて貰って、あれで確信しましたから」
これの匂いだと。宝箱からは鎧よりもっと芳醇な匂いがした。つまり迷宮の中はあの匂いでいっぱいなのだろう。そんなの我慢できるはずがない。私はこの匂いを嗅ぐ為に迷宮に入る人になろうと決意した。リーチェッタ8歳の頃の決意であった。
「俺の持って行った宝箱が? 甘い匂いだったって?」
「はい!」
座り込むライゼルさん。小さく『本当に顔向けできねぇ』と呟いている。私にとっては恩人だ。
ライゼルさんの言いたい事はわかる。
普通、学校を卒業した読み書きのできる市民はあまり迷宮には潜らない。だって危険だから。
事務員や管理職の仕事につけるのになぜ宝箱設置回収員になるのかと、同じ年に学校を卒業した友達のパイエに言われたものだ。
私は、あの匂いを嗅ぎたい。あの匂いのする迷宮の中に入り、思う存分深呼吸がしたい。
その為に! その為だけに剣と魔法を覚え、侍と呼ばれる上級職の資格を得て迷宮保全組合に就職したのだ。
宝箱設置回収員というのは世界各地の六つの迷宮全ての迷宮組合でそれぞれに存在するらしいけど、世間では冒険者なんて呼ばれている。
危険な迷宮にこもって宝箱を持ち帰り収入を得る、『冒険的』な職業と思われている。
でも、実際は違う。
だって、冷静に考えればおかしいでしょう?
なんで迷宮の中に宝箱があるのか。
「私、子供の時にライゼルさんにも聞きましたよね」
「あ? なんかいつもナンデナンデって纏わりついてたな」
「なんで迷宮に宝箱があるのって聞いたらライゼルさんが教えてくれたんですよ」
「迷宮保全組合が置いてるんだよっていったんだっけ?」
ライゼルさんは覚えていないようだ。あの時、このおっさんはこう言ったのだ。『迷宮に箱を置いておくと、竜の魔力が溜まって宝物になるんだよ』と。
ほんっとーに不思議なのだけどね。迷宮の中に空の宝箱を置いて放置すると、中身が詰まってるんだ。
竜の魔力が満ちた迷宮に、欠けた皿を放置すると欠けた部分が塞がる。これは子供でも知っている有名な話だ。木材や紙や肉など劣化しやすい物は数日でボロボロに風化する。けれど骨や金属などの頑丈な物は魔力を帯びてより頑丈になる。そして欠けたものは埋まる。欠けた皿は直り、折れた剣は繋がり、穴の開いた服は塞がる。
この性質を利用して、空の箱を置いておくと中身が埋まる。そういうものらしい。
この迷宮を効率よく利用して大量の財貨を得る為、宝箱の設置と回収を行うのが迷宮保全組合。
冒険はしない。安全に迷宮に宝箱を設置し回収。その中身の売却益から利益を受け取る。
この上なく怪しい、でも身元のキチンとした人しか着けない堅い仕事なんです。
「リーチェ。そっち行くと罠があるからな。地図にだけ書いておけ」
「了解。行き止まりですよね、行きません」
「バカ。余裕がある時に一度踏ませるよ。体験しないとわからないものもあるんだ」
「なんで罠ってわかってて踏ませるんですか!」
「罠踏んだことが無いと危険だからだ」
ライゼルさんはわかりやすく教えてくれる。でもたまにわからない事を言う。こういう時は私の理解力が追い付いていないのだ。地図とは別の紙に小さくメモする。
きっと、罠を踏む経験をしておいた方がいいのだろう。生存力をあげるためには。なんて危険な職業なのだろう!
パイエには、ゴロツキみたいな所に就職するのやめたら? とか、私の入った火炎呪符工房に入れないか聞いてあげようか? なんて心配されているくらいだ。
けれど、税金も給与天引きだし、アットホームな職場だって聞くし、歩合でたっぷり稼げるし。現に低層階を専門にしているライゼルさんは金回りがいい。ただ、支出も多いとか聞くので、そこが少し怖い。
「ねぇ、ライゼルさん。備品の火炎呪符って使いすぎると給料から引かれるって本当?」
ライゼルさんの脇腹を突っついて聞いてみる。
「なんだリーチェ。もう罰金の心配か。火炎呪符なんてオオムシやトビムシの群れにでも会わなきゃ使わねぇよ。二階までなら持ってたって腐らせるだけさ。規則だから携帯しているだけだ、バックパックの底にしまい込んどけ。無くしたらそれこそ罰金だぜ」
私が二階までしか行きたくない理由の一つがこれだ。オオムシ。迷宮ではどんな生き物も大きく育つというが、蛾や蜘蛛は苦手だ。あとやっぱり罰金制度はあるんだね。
ライゼルさんと話をしようとすると首をかなり上まで曲げないといけないので、だいたい少し弛んだお腹に話しかける。私の背も低いけれど、ライゼルさんはかなり長身だ。その為、三階以降では蜘蛛の巣に顔を突っ込んだり、オオコウモリに髪を毟られたりするらしい。だから低層階専門なのだとか。
私の父さんと同期の大ベテランなのに低層階専門なので、ライゼルさんは陰で『オールド・ニュービー』なんて言われている。本物の新人である私ですら聞いている。けれど、ライゼルさんは帰ってくる。
一級だったお父さんですら帰らなかった最下層からも帰ってきた事がある、生存の達人だ。だから私は新人に付いてくれる指導員をライゼルさんに依頼したのだ。
二階までの安全な低層階のみを戦場として、私は絶対に帰ってくる。そして学園の奨学金を返し、パイエより稼ぐんだ。めざせ回収率ナンバーワン! 歩合王に私はなる!