16 消えた禿の謎
「大変だ! 浦風花魁とこの禿がいなくなっちまった!」
男衆がそう叫びながら勢いよく座敷に駆け込んでくる。
「はっ?!」
素っ頓狂な声を上げて立ち上がったのは、浦風だ。
「どういうことだ」
男衆の両肩を掴み、低い声で問いかける。
「浦風花魁が、禿たちの帰りが遅いから茶屋まで迎えに行くようにって言いなすったじゃないですか。それで、茶屋まで行ったらとっくのとうに出て行ったと言われまして。で、見世に戻ってみてもいない。もう一度、花街中を血眼になって探していてもいない。そんな中、禿の風呂敷包みが道端に落ちているのを発見した次第で……。」
男衆が掲げたのは、橙色の風呂敷包みだ。浦風花魁の禿たちが茶屋に菓子を買いに行くといって出て行ったのは覚えている。けれど確かに、その後姿は見ていない。
ざわりと座敷に動揺が走る。子飼いの大蛇の仕業だ。誰かが呟く。
「馬鹿なことを言うな。子飼いの大蛇なんて伝説だ、本当にいるわけがないだろう」
ぴしゃりと浦風が言い放った。
「とにかく番屋に……」
「いやいや、まず男衆たちで捜さなくちゃあ……。」
「手遅れになったらどうすんだ!」
手遅れ、という言葉に皆の肩がびくりと震える。
「ご楼主……。」
浦風はこちらに視線をよこした。焦りを無理矢理腹の底に押しこめたような真顔を貼りつけて、私に問う。
「どうすればいい。指示をくれ」
一斉に娼たちがこちらを向く。不安と、動揺と、好奇のようなものがそれぞれの顔にそれぞれ浮かんでいる。
「えっと……」
私は困惑していた。息を吸って、吐く。何と言おうかと逡巡し、結局出てきたのはありきたりな言葉だった。
「これ、何の茶番ですか?」
○●○
「これ、何の茶番ですか?」
新しい楼主、あまりは男娼たちの前でぽかんとした表情を浮かべてそう問いかけた。
「「「「は?」」」
娼たちは、訳がわからないという顔をしている。
「あまり」
浦風は、厳しい顔であまりに言った。
「真剣なんだ。ふざけないでくれないか」
「だっておかしいから」
「おかしい?」
首を捻る浦風の側を通り越して、あまりは立ち尽くす男衆から風呂敷包みを受け取る。
「道端に落ちていたにしては、やけに綺麗。中に入っているだろう茶菓子も形が全く崩れてない」
「そ、……れは」
「おかしいよね。でもそれより気になるのは」
楼主は浦風の手にしていた煙管を取り上げた。
「今日一日みんなのことを見ていて思ったのが、娼たちはそれぞれの調度品や持ち物にこだわりがあること。部屋のデザイン……装飾も、全部自分たちでしているよね」
「待ってくれご楼主。今、それが禿たちが消えたことと何の関係があるんだい?」
「それが関係あるの」
眉を顰める辻占にそう言って、彼女は説明を続ける。
「例えばこの浦風の煙管は、朱塗りで金の松の装飾があるよね?それでこの雁首……火皿と持ち手を繋ぐところに刻印がある。大ぶりで、すごく長い」
「……よく見てるな」
感心したように浦風が呟いた。あまりは次に、部屋の隅で他人事のように外を眺めている花魁の方を向く。
「時雨花魁」
「何?」
どこかぼんやりとした眼差しでこちらを振り向くのは、見世の三番手の時雨だ。
「時雨花魁のは、薄青で蜘蛛の装飾の煙管ですよね?」
「そうだけど」
「叢雨花魁のは、銀に桜の装飾。座敷持ちの夕霧は、持ち手は白一色だけれど雁首に鷹が彫られてる凝った作りのもの。部屋持ちでこの間見世に入ったばかりの朝凪は、黄緑の小ぶりな煙管」
男娼たちがどよめく。
「まさか、全部覚えているのか?!」
浦風の問いに、あまりはこくりと頷いた。
「それで思ったの。男娼は、地位が高ければ高いほど立派な煙管を持つって。特に分かりやすいのが、長さの違いかな。花魁のみんなの煙管はすごく長いよね」
「確かにそうだな。遊郭にゃ、長い煙管を持てるのは花魁だけって暗黙の了解があるなぁ」
「なのに」
少女は、つかつかととある男娼たちに歩み寄る。
「あなた達は部屋持ちだけど、やけに立派で長い煙管を持っている」
「……おいおい、それが何だっていうんだいご楼主」
ニヤニヤと悪戯っ子のような、それでいて決まり悪そうな笑みを浮かべるのは辻占と桃山だった。
「初めから違和感があったの。あなた達の持ち物は、どこかちぐはぐで統一されていない感じがして……。」
あまりは桃山の手から煙管を取り上げた。
「ほらこの煙管、浦風花魁のと同じ刻印がされてる」
「!」
「あとね、桃山。あなたの着物、見たことがあるの」
「浦風花魁の部屋の衣紋掛けにかかっていた」
「……」
桃山はあまりが開きっぱなしで地面に置いていた名簿に目をやった。描かれた生き生きとしたウグイスに、もしかして甘く見ていたこの楼主は油断ならない人間だったのかもしれないと思う。
「それとあなた達から立ち上るお香の匂いも、浦風の部屋で焚いていたものと同じ匂いなの。つまりあなた達には、自分のものが一つもない。そこでもう一度、覚えた名簿の名前を思い返してみたんだけど」
「辻占、桃山、なんて名前の娼はいなかった」
あまりは二人の肩に手を置いてゆっくりと告げる。
「あなた達が浦風の禿。そうだよね?」
○●○
「あなた達が浦風の禿。そうだよね?」
そう告げた瞬間、ボンっと白い煙が辻占と桃山が立っていた場所から立ちのぼる。二人の部屋持ち男娼の姿は掻き消え、代わりに現れたのは
「せいかーい!!」
「あまり様、鋭いねぇ!!」
今朝、浦風の部屋で出会ったあの禿たちだった。
「まさかバレるとは思ってなかったよぉ」
「あまり様のこと、見直しちゃった! ただの優しいお姉ちゃんじゃなかったんだ!」
「え、私見直されるほど馬鹿にされてたの?」
「違うよぉ。トキ様の孫にしてはぽわぽわしてるから、ちょっと試したかっただけ!」
「だって、『ご楼主様』が腑抜けじゃ嫌だもん!」
ぽんぽんと二人の禿の口から飛び出る本音に目眩がする。え、何この子たち怖いんだけど。
きゃらきゃらと無邪気に纏わりついてくるが、もう朝のように純粋に可愛がることはできない。ぐりぐりと掌に擦り付けられる二つの頭に恐怖すら覚える。
「いやーバレちまったか。意外とやるんだなぁ、あまり」
浦風は呑気に頭をかいていた。じとりと睨みつけると、決まり悪そうに笑う。辻占と桃山_否、禿たちとまるっきり同じ笑い方をするんだなと思った。
「全部演技だったってこと? 全部知ってて私を騙してたの?」
「悪かったって。仕組んだのはあいつらだけど、これもあまりのためを思って……」
「っしゃ、賭けは俺の勝ちだな! ほらお前ら、さっさと賭け金寄越しな」
「っち、まさか気づくとは思わねえよ。右も左も分からないって顔してるのにあんな特技があるなんて思わないじゃねえか」
金が飛ぶ。舌打ちと歓喜の声。
「……ねえ、私が気づくかどうかで賭け事してない?」
「しっ、してないしてない! 俺は断じて……。」
「浦風花魁も負けたんですから賭け金寄越してくださいね」
「浦風?」
賭けてるじゃないか。しかも、ちゃっかり私が負ける方に賭けてるし。
「いっ、いや、これはほら、あれだ、あえてあまりが負ける方に賭けることによって、あまりの運をだな……上げておくというか」
何だそれ。フラグでも折ったつもりか。
「はあーーー……みんな優しいって思ってたのに裏切られた気分……酷いよぉ」
「悪かった悪かった。あいつらは悪戯っ子なんだよ」
「……」
「かっ、菓子でも食って機嫌直せ!な?」
浦風が禿たちの風呂敷包みから菓子を引っ張り出して私の手に握らせる。菓子の包みを見て、私はさらにぐったりとうなだれた。
「辻占と桃山って……これのことだったの!?」
辻占煎餅と桃山。紛れもなく菓子の名前だ。辻占煎餅は言うなればフォーチュンクッキーで、薄く焼いて曲げた煎餅の中におみくじが入っている。桃山は饅頭のような見た目の菓子だ。やけくそでフォーチュンクッキー……ではなく辻占煎餅を噛み砕く。
「あ、末吉」
「いい事あるといいね、あまり様」
やけくそで二人の禿の頭を撫でる。わーい、とさっきまで迫真の演技をしていた子供とは思えないほど気の抜けた声が上がった。
「そういえば、結局『子飼い大蛇』が出て子供が攫われるっていうのは嘘だったの?」
菓子を咀嚼しながら浦風に問うと、何故か目を逸らされた。
「あー……それなんだけどよ、実はそれは嘘じゃねえんだ」
「へ?」
ぽろりと二個目の辻占煎餅からおみくじが落ちる。あ、凶だ。禿たちの声が聞こえる。
「禿と娼が何人か消えてるのは格下の見世に移されただけで別に何てことはねぇ。ただ、大蛇の影を見たって不可解な噂があるのは本当だ」
「だいじゃ、正体知ってるよ」
「!?」
おみくじから顔を上げて、禿たちはあっけらかんと言った。
「えっとね、誰かは忘れたけど誰かの禿がこっそり飼ってる白蛇だよ」
「最初は花籠に入るくらい小さかったんだけどね、どんどん大きくなって餌もたくさん食べるようになって」
「昼は寝てるけど夜は餌を探して這いずり回ってるって」
「だから多分、それじゃないかな」
さーっと浦風の顔から血の気がひく。
「馬鹿野郎! どうしてそれを今まで黙って……」
がしゃん。部屋の外から、大きな音がした。




