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13 深雪

「おかしな言いがかりはよしてくんな」

音もなく開いていた障子の(さん)煙管(きせる)を手にもたれかかっていたのは、件の深雪(みゆき)だった。

「客なんざ、抱くのは辛うじて出来ても抱かれるのは死んでも御免(ごめん)だよ」


 吐き捨てるように言って、白い煙を吐く。それだけで部屋の温度が下がった気がした。初めて聞く深雪の声は、凛としているようでところどころ低く掠れている。紫の着流し姿のその花魁は、すべるように部屋に入ってくると私の目の前でしゃがみこんだ。


 道中で見た、金色(こんじき)の瞳と至近距離で目が合う。それが突如きゅうっと細まって、形の良い唇が開かれた。


「トキとは似ても似つかぬ小娘じゃアないか」

その言葉に含まれた(あざけ)りの色に、息が止まる。やっぱりこのひとは、私のことを嫌っている。道中で妖力をあてられたのを思い出し、勝手に身体がカタカタ震えだした。


「トキも大概、人間のクセに生意気だったけどねぇ、ははは」

ふうっと私の顔に煙を吐いた深雪は、そのまま火のついた煙管(きせる)で私の顎を持ち上げた。熱いはずなのに、皮膚が凍りついてしまいそうなほど冷たい。煙管も、彼の息も。


「お前に楼主なんて務まるのかい?」

そのまま顔が近づいて、唇が触れそうな距離で侮蔑(ぶべつ)を吐かれた。


「男のいろはも知らない生娘(きむすめ)が」

「ッッ!」

その手が首筋に触れ、背中から腰帯へと回って背骨が折れそうなほど抱き込まれる。


「いっ?!」

痛い、冷たい。りん、りん、りん。頭の中で鈴が五月蝿(うるさ)く鳴り響く。抵抗しなければと思うのに、身体が動かない。この鈴の音を聞くと思考が霞みがかったようになるのだ。


「なぁ、手ほどきしてやろうか」

低く(ささや)かれてぎゅっと目を(つむ)った瞬間。バチッと脳みそに電気が走ったような心地がして鈴の音が掻き消えた。


深雪(みゆき)。度がすぎる」

しいんと静まり返る空気の中目を開けると、私と深雪の間に天霧が割り込んでいた。こちらを庇うように深雪と向き合う彼の表情は見えない。


「……(あま)サぁン、」

打って変わって深雪は、わざとらしい猫撫で声で天霧を『(あま)サン』と呼んだ。


「こんな小娘に目をかけるなんて、らしくもない。やっぱりトキのせいでおかしくなっちまったんだね」

「……あまりに手を出したら二度とここの敷居は跨がせない。俺の前から消えてもらう」

「はは、酷いねぇ。一緒に国を傾けた仲じゃァないか」

深雪は傾国(けいこく)らしく、天霧の胸元を煙管で叩きさっと立ち上がった。


「それにしてもこの部屋は獣臭くてかなわない。どこぞの(ぬえ)は掃除も香も知らないようで参っちまうね」

わざとらしく、手で空気を払い除けながら部屋を出て行く。

「嫌な、妖怪……」

脳裏に浮かんだ独り言を、気づけば口に出していた。


○●○


「何ですかあの人! 傲慢、性悪、悪趣味、変態!」

「掃除もしてるし香だって焚いてるっつーの! 傲慢、性悪、悪趣味、変態!」

深雪が去った後、浦風と一緒になってぼろくそに悪口を言い合う。


「おいあまり、さっきの名簿にそれ書いてやれ」

「もちろん書きますとも。傲慢、性悪……」

浦風の口調が乱暴になって私をあまりと呼び捨てにしているのにも気づかないくらい、私は憤っていた。


「俺ぁね、新造(しんぞう)だった頃……花魁になる前からあいつのことは気に食わなかったんだ。無駄に偉そうだしよぉ、何かと俺に食ってかかってきやがる」

カン、と香炉に煙管を打ちつけてあぐらをかく浦風は、二番手の花魁にあるまじき姿だ。

「昔っからあんなだったの?」

「そうともさ。鼻につく野郎だぜ」

「まあまあ、二人とも。そこまでにしてやってくんな」

天霧が、熱くなり始めた場の空気を宥める。


「天霧サンはあいつの肩を持つのかよ?」

「いいや? 今回のはちょいとやり過ぎだね。昨夜の道中のことも含めて、少し深雪と話をしてくるよ。浦風、あまりを頼む」

天霧はそう言って腰を上げ、部屋を出て行ってしまった。あまりにも呆気なく出て行くものだから、私はぽかんとその後ろ姿を見送るしかできない。


「……まっずいな。天霧サン、そこそこ怒ってやがる。あのひと、怒ると恐ろしいんだよなぁ」

禿達と同じことを浦風は呟いた。

「私は、そんなに怖いひとだとは思わないけど……」

「いやいや!伊達(だて)内儀(ないぎ)やってねえよあのひとは。泣く子も黙る、うちの禿達も黙る、今に深雪もしょぼくれて謝りにくるだろうさ」

ふふっと笑い声が漏れた。それはちょっと見てみたいかもしれない。


「なああまり。その名簿を見る限り、今日は男娼たちに挨拶に回って名前と顔を覚えるんだろ? 俺が案内してやるよ」

「え、いいの?」

「一人で回るより、娼のことをよく知ってる俺がいた方が頭に残るだろ」

「確かに。それは助かるけど、いいの?浦風も花魁の仕事があるんじゃ……」

「一日怠けたところで痛くも痒くもないさ。それに、俺も深雪も今夜は貸し切られてるから実質暇なんだ」

「貸し切る?」

「見世には来られないけど他の客について欲しくない。あとは、俺たちにゆっくり休んで欲しい。そんな酔狂な馴染みの客が、金だけ出して花魁の夜を買うんだよ」

「えっ! 大金を出してるのに会わないってこと?!」

「そういうこった」

「……信じられない……」

先ほど、国一つで夜を買うという話を聞いたばかりだから余計気が遠くなりそうだった。どうやら廓遊(くるわあそ)びは、想像以上に壮大なものらしい。


「ま、廓遊びなんざどっか気が狂ってねえと出来ねえよ。たまに廓遊びのなんたるかを理解していない無粋な客もいるけどなあ。うちは厳しいから、すぐに男衆がつまみ出して出禁だよ」

浦風はそう言ってからからと笑った。


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