12 遊郭あれやこれや
わあわあ騒ぐ二人の禿にもみくちゃにされ、すっかりボロボロになった私を見かねたのか浦風は彼らに『外の店で茶菓子でも買ってこい。』と小銭を握らせて追い出した。たちまち嵐のように去っていく禿を見送り、やっと腰を落ち着けて話を進める。
「んで?向こうの世界じゃあ居場所がなかったからこっちに来て楼主を頑張りたい…ってとこか?偉いなあ、ご楼主。こんな立派なご楼主に妖力をぶつけるなんざ、深雪も酷いことをするよなぁ」
私の生い立ちを真剣な表情で聞いて同情してくれる浦風だが、私自身は物珍しい花魁の部屋にそわそわしていた。朱塗りの箪笥、金と赤で描かれた川が流れる几帳、垂れ下がるランタンには出目金たちの群れ。なんだか…。
「赤が多いですね」
「え?ああ、言われてみればそうかもな。客から貰う着物もやけに赤が多いし、俺の印象色が赤なんじゃねえの」
そう言う彼の髪は、なるほど赤っぽい茶色をしている。
「初めて会った時の浦風の印象も『赤の派手な着物!』だった!」
「昨日は馴染みの客を迎える前だったからな。派手なのを着てたんだよ」
「浦風は顔立ちが華やかだから、着物負けしないね」
「お?俺褒められてる? ご楼主、のせるのが上手いな」
くるくると器用に煙管を指で回した浦風は、ふっと煙を細長く吐いた。ランタンの灯りの赤みが増し、出目金たちが部屋の中に飛び出してくる。
「わわっ?!」
まるでここが水槽であるかのように自由自在に泳ぎ回る出目金の一匹が、私の眼前でひらひら鰭を振った。つつくと、ビクッと震えて逃げる。
「本物だ…!?」
「くくっ、その反応新鮮でいいな。トキとは大違いだ。トキは俺が何しても冷たい顔で『そんなことより仕事して』って言い放つんだぜ??」
浦風が指を鳴らすと、シュルシュルと金魚たちは照明の中に戻ってゆく。一番最後に残った金魚の尾鰭を掴んで留めると、それはたちまちガラス細工へと姿を変えた。
「ほいご楼主。お近づきの印に」
泳いでいた形のまま生き生きと動きを止めている金魚を手に取る。
「いいの?」
「ああ。部屋にでも飾っとくんな、殺風景だろ」
「ありがとう……!」
浦風が人気な理由が分かった気がした。ぽんぽんとドッヂボールのように弾む会話、粋な計らい、深雪にはない親しみやすさ。万人受けする風雅、とでも言うべきか。こそりと名簿にメモをすると、たちまち見咎められる。
「ん?なんだそれ?不憫、親しみやすい、粋な計らい? これ俺のこと?」
「わー!見ないでください、恥ずかしい!」
「ちょっとご楼主、見る目があるんじゃないの? 『不憫』はいただけねえけど」
「あっはっは! さすがあまりだ! 見る目がある!」
「天霧サン?」
面布の下の涙を拭う天霧。
「あっはっはっは、まあでも、浦風の魅力は何よりその親しみやすさだね。華やかな外見とは裏腹にいい意味で大衆寄りな性格が万人受けするのさ」
「っ、確かに俺は万人受けするけどなぁ。それでもやっぱり深雪には勝てねぇよ。あの高い気位と意味深なところがお大尽様にはたまらんのだと」
ため息をつく浦風。お金持ちほど気位の高い女を好きになる、と水商売をやっていた母親も言っていた。それは男娼でも変わらないらしい。
「それに、深雪は『九尾の狐』だ。」
「その妖怪の種族? って人気に関係あるの?」
「あるさ。高位の妖怪ほど人気が高い。狐、特に九尾は妖怪の中でも妖力が特別に強くて高位の存在だからな。それに変幻自在で色気もあるときちゃ遊郭じゃ大人気よ」
「へえ……。じゃあ浦風は?」
「俺?俺ぁ『鵺』って妖怪だ」
「鵺?」
「まあ、鳥みたいなモンよ」
浦風は曖昧な返事をした。鵺もかなり妖力の強い妖怪だよ、と天霧が補足してくれる。
「深雪の方が後輩なのになぁ。あっという間に抜かされちまった」
「え、じゃあ深雪花魁の前は浦風さんがこの見世の一番だったんですか?」
「いんや?俺はずっと二番手さ。深雪の前は、天霧サンが一番手」
「天霧?!」
思わず、悠々と他人事のようにこちらを眺めていた天霧を振り向く。え?このひとが、一番手?
「天霧サン、男娼だった時は『天弓』って源氏名でさぁ。深雪と俺と…今この見世にいる全部の花魁が束になっても叶わないくらいの人気だったのさ」
その時、昨晩花魁道中につめかけていたひと達の会話が耳に蘇った。
__ちぇ、深雪がなんだい。どうせ天弓に比べれば大したことはないだろうさ。
__ 天弓は伝説になっちまったからねえ。私も一度会ってみたかったよ、天上の神様が降りてきたみたいだったって兄さんが興奮してたっけ。
_ま、いなくなっちまった娼の話をしても詮無いことだ。
「花魁道中にゃお偉いさんから庶民まで妖怪達がぎゅうっぎゅうにつめかけてさ。押すな押すなの大騒ぎで危うく死人が出るところで」
「ひえ」
「天弓に会いたいと皆が金を積むモンだから時間が足りなくって。天弓の価値だけが上がりつづけて最終的には国一つ買えるだけの金を積んでようやく初会…初めて対面できるってこともあったなぁ」
「く…に…?」
「あ、こっちの国はご楼主様んトコの国とはまた違う意味なんだけどよ。それでも高値には変わんねぇ」
「は……」
「んでもってその初会でさえ、天弓はちらと姿を見せて茶を飲んですぐに立ち去るだけときた」
「そんなのでお客さん、怒らないの……?」
「まぁ待ちなよご楼主。その初会を乗り越え、二、三度通って馴染みになると……」
「なると……?」
ごくり。引き込まれる浦風の語りに思わず唾を飲み込む。
「日常には二度と戻れなくなっちまうほどの、極上の」
パシン。乾いた音が響く。
「浦風。そこまで」
天霧が、扇を掌に打ちつけていた。
「全く……いつの話をしているのやら。あまり、聞かなくていいからね」
聞かなくていいと言われても、しっかり鼓膜に残ってしまっているのだが。けれど腑に落ちるものがあったのも確かで。
「天霧」
「ん」
「一回、一回その布取ってみない?」
そーっと天霧の目を覆う面布に手を伸ばすと、扇で額を抑えられて動きを止められる。
「こら」
「えー、ダメ?」
「恥ずかしいじゃないか」
「へっ、白々しいぜ。天弓だった頃は目なんか露出しまくり誇示しまくりの大盤振る舞い……」
「浦風」
「すいませんでした」
深々とため息をつく天霧に、もう一つの疑問がむくむくと湧いてくる。
「さっきさ、高位の妖怪ほど人気が高いって言ってたよね」
「うん?ああ、そうだね」
「天霧って何の妖怪なの?」
「え?何のって、天霧サンはむぐぅっ!!!」
言いかけた浦風の口の中に、何かが弾丸のように飛んでいった。
「しばらく口を閉じてな、浦風」
「……蜜柑?」
一瞬見えた色とほのかに漂う香りは蜜柑だ。一体どこから。
それにしても、天霧は何も教えてくれないなぁと思いながらその端正な骨格を眺める。仮にも私の親代わりというのなら、もう少し自分のことを教えてくれてもいいと思うのだけど。おばあちゃんはこのひとのことを知っていたのだろうか。もしそうだとしたら、自分だけ何も知らないのは寂しい。
「天霧は…何も教えてくれないね。」
ぽつりとこぼすと、驚いたように天霧は面の目をまあるくした。
「私が子供で頼りないから?」
「違っ……、」
慌てたように彼は目を文字通り白黒させる。どうにかこうにか逡巡して最終的に絞り出した言葉は、
「あまりに……嫌われたくないから」
だった。
「あっはは、天霧サン、それってつまり知られたら嫌われることがあるってふぐぅっっ!!!」
蜜柑を飲み込んだ浦風に向かって二つ目の弾丸が飛ぶ。次は蜜柑の色じゃなかった。何だか……鉄、みたいな色をしていたけど大丈夫だろうか。これ以上追及しない方がいいかもしれないと思い、話題を変えることにする。
「えっと、そういえばこの見世…というか男遊郭のお客さんってやっぱり女の人なの?でも昨日の道中じゃ男の人もいたんだけど」
「あぁ、両方だよ」
話題が逸れてどこかほっとした様子の天霧が答える。
「って言ってもうちは責めるのが基本で受け身はないけどね。受け身は陰間茶屋って呼ばれる場所があるから」
そこに、もう口の中の弾丸から回復した浦風が付け加える。
「そうそう。陰間茶屋の仕事を取らないように一応の線引きはしねぇと」
「そうか、他のお店のお仕事を奪うことになるもんね」
でもなぁ、と浦風は意味深に首を傾げた。
「深雪……俺ぁあいつは怪しいと見込んでる。妙な色気があんだろ」
「へ……」
「ご楼主はどう思う?昨日深雪に会ったろ?」
「いや、会ったって言われても……」
ちらと道中を見ただけなのだが。楼主ともなればそこら辺も一発で分かるようにならなければいけないのだろうか。なんて頭を悩ませていると。
りん。
聞き覚えのある鈴の音がした。




