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「あれ、いない…」

百十二階の深雪(みゆき)の部屋を尋ねるも、どうやら留守のようだった。もぬけの空な部屋を覗いていると、階下からこちらに上ってくる足音がした。


「深雪は客と出かけたよ。茶屋で朝餉をとるんだってさ」

現れたのは、見世の二番手だという浦風(うらかぜ)だった。

「へえ、あの深雪が?珍しいな」

天霧が顎に手を当てて首を傾げる。

「もしかして私、避けられて…ますかね…?」

「いや、そんなことは…なきにしも、あらず…?」

天霧と同じように首を傾げる浦風花魁。さーっと青褪めた私を見て、慌てたように顔の前で手を振った。

「わーっ! ご楼主、うそうそ! 冗談! 会ってもないのに避けるなんてないだろ!」


「でも私、昨日何故か牽制(けんせい)されたんですよね。道中で」

「妖力あてられて倒れたよね。あれは焦ったなあ」

「え?」

顔を見合わせてうんうんと頷き合った私と天霧に、浦風が固まる。


「あー、ご楼主、とりあえず俺の部屋に来ねえか。色々と話そうぜ」


○●○


 百十一階にある浦風の部屋の障子を開けた途端、何かが突進してきた。

「わっ?!」

「新しいごろーしゅさまだあ!!」

「ごろーしゅさま、遊んでえ! 構ってえ!」

きゃらきゃらと笑いながら着物にまとわりついてくる二人の子供。


「こらお前たち! 三味線の稽古はどうした!」

「えーつまんない」

「えーあきた」

揃いの橙色の着物を着た男の子たちは、ぷくりと頬を膨らませる。見ると部屋の隅には三味線が二つ、ゴロリと放り出されていた。


「それよりー、新しいごろーしゅさま名前なんていうの?」

「えっと、あまりっていいます。浦風さん、この子たちは?」

「浦風でいいって。こいつらは俺の禿(かむろ)…まあ見習いだ。将来、花魁として見世に出すために俺が色々と稽古をつけてやってる」

二人の禿は、私に興味津々なようで着物の袖を引っ張ったり手を引っ張ったりしている。まだかなり幼く、人間ならば6、7歳ほどの見た目だ。


「禿を持てるのは上級の男娼だけ。禿になれるのも、将来を見込まれた男児だけ。この子たちは浦風につかせているから、その中でもかなり有望な子達だ」

「普段こんなだけどな、一応顔と芸はそれなり…ってアタタタタタタ!!!」

私に構い飽きたのか、浦風の身体によじ登って髪を引っ張る禿たち。


「痛い痛い! ちょ、禿()げるって!勘弁しろ!天両屋の二番手が禿げは洒落になんねえから! 天霧サン、笑ってないで助けておくれよ!」

「はいはい。お前たち、抱きつくなら俺にしな。おいで」

天霧が子供たちに向かって両手を広げるも、彼らはやんやんと頭を振ってむずがった。

「天霧様、怖いから、や!」

「天霧様、怒ると鬼みたいだから、や!」

「ぶっ、あはははは!天霧サン、相変わらず子供に懐かれないの笑える!」

「浦風」

「すいませんでした」


 子供に懐かれない天霧を意外に思いながら、私は浦風の背後で手綱を持つように髪を引っ張っている方の禿に話しかけた。

「じゃ、じゃあお姉ちゃんと遊ぶ?なーんて……」

「「いいの?!」」

「うん。だから浦風花魁の髪から手を離してあげて」


 すると、わーいと声をあげた禿二人から同時にのしっと抱きつかれた。

「おもっ……!」

「あまり様、トキ様と違って優しいね」

「おばあちゃ…トキ様は怖かったの?」

「うん。おにばば」

「こらっ!お前たち、なんてこと言うんだ!」

「って浦風兄さまが言ってた」

注意した浦風を禿たちが指差す。


「浦風?」

「すいませんでした」

私はこっそりと名簿を取り出すと、浦風の名の下に『不憫』と付け加えておいた。




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