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四章 帝国軍との決戦

 次の日、ユーカリの元に行くと少し浮かない顔をしていた。

「どうしたの?ユーカリ」

「ん、あぁ、いや……」

 いつも通り、右目に眼帯をつけているが、彼は「実はな……」とその眼帯を外す。そこには傷が残っているものの光が灯っていた。

「え?右目、見えなかったんじゃないの?」

 それはヴァイオレットからも聞いていたのだが。

「シンシアが治してくれたんだ。……自分の、身をもって」

「ヴァイオレットが?」

「……女神の力を使ったらしい。自分の右目と引き換えに、俺の右目を治したんだ」

「女神……」

 そういえば、ヴァイオレットは女神の血を引いているのだった。女神の力が使えてもおかしくはない。

「その……今はまだ、他の人には言わないでくれないか?」

「分かった」

 ヴァイオレットも同じことを言うだろう。ユーカリは「ありがとう」と眼帯をつけた。



 その後、次の行軍のために皆がオキシペタルムクラッスの教室に集まる。アイリスがチラッとヴァイオレットを見てみると、仮面の奥にある右目に光が宿っていないことに気付く。少女はその視線に気付いたようだが、あえて触れなかった。

「今度の行軍は帝国の重要要塞を攻め落とします。作戦としては……」

 皆がヴァイオレットの説明を聞いている間、アイリスは少女をずっと見ていた。

「どうしたんですか?」

 軍議後、二人きりになったところでヴァイオレットが聞いてきた。アイリスは「あ、いや、何でもない」と戸惑ったような声で答える。納得していないようだったが、無理やり聞く気もないのか「先輩がそういうのならいいんですけど……」とため息をついた。

「すみませんね、この後はフィルディアさんに手合わせを申し込まれているので先に失礼します」

 頭を下げ、ヴァイオレットは教室から出る。アイリスはその後ろ姿を見送るしか出来なかった。


 ヴァイオレットは訓練場でフィルディアと手合わせをしていた。前と全く変わらない動きで右目の視力がなくなったとは思えない。

「くっ……!やはりお前は強いな」

「いえ、前より強くなっていると思いますよ。この調子では私が負ける日も近いかもしれませんね」

 視界が狭くなって大変ではあるが、これぐらいなら乗り越えられる。今は仕事と鍛錬さえ出来ればいい。

「ヴァイオレット、教えてほしいところがあるんだけど、いいかな?」

「大丈夫ですよ。……すみません、すぐ戻ってきますから」

 サライに呼ばれ、ヴァイオレットはそちらに向かう。本を見ると、それは魔導書だった。

「あぁ、これは……」

 少女にとってそれは簡単だが、普通なら解くことすら困難なものだ。

「なるほど、ありがとう。よく分かったよ」

「これぐらいならいつでも聞いてください」

 ヴァイオレットやアイリスは一度訓練場に行くと引っ張りだこになる。なぜなら頭がよく、武術も人よりはるかに上だからだ。

 ――彼らのためにも、もっと高い壁でいないといけないな。

 そうしてヴァイオレットのモチベーションにもなるのだ。

(……まぁ、どうせ意味ないのだけど)

 心の闇は、少女を蝕んでいた。



 六月最終週、王国軍は帝国の重要要塞に進軍した。

「ここさえ攻め落とせれば、後はこちらのものです!」

 ヴァイオレットの言葉に軍の中で雄叫びがあがる。思えば少ない人数でよくここまで来ることが出来たものだ。

 魔獣がはびこっていたが、それを難なく倒す。何度も倒し方を教えてもらったのでヴァイオレット一人に頼らず戦えるようになったからだろう。

 帝国軍にはモルスがいた。ヴァイオレットは知っている、彼が元実技教師で本来なら同士になるハズだった「エペイスト」であることを。

「先輩、行きましょう」

「そうだね」

 しかし、それを悟られぬよう槍を持つ。彼が望む、彼自身の命を刈り取る「死神」になるために。

「久しぶりだな、ヴァイオレット」

 前に立つと、モルスが少女に言った。ヴァイオレットのような目元だけを隠す仮面ではないので表情をうかがうことは出来ない。だが、心なしか嬉しそうだった。

 ――あぁ、死を待ち望んでいたのか。

 まるでそれが救いであるかのように。……実際、そうなのかもしれない。こんな「女神に支配されている世界」では、それだけが「人間」としての威厳を保っているのではないか。

 ――自分は、二つの刻印に人生を壊されたから。

 仮面の奥の赤い瞳に、寂しさを宿す。「光と正義を司る者」の刻印と、アモールが一番愛した眷属「ジェニー」の刻印。敵同士の血を引いた自分は死ぬことすら許されない。ただ、どちらかのために、もしくはそれ以外の選択をするために生きなければいけないのだ。透明な鎖にはりつけにされたこの身は天罰を待ち続ける。何百年も、何千年も。それだけが、ヴァイオレット……いや、「シンシア」がこの世に生を受けた唯一の「理由」だ。

 ヴァイオレットは槍を振るう。こうやって正面から正々堂々と戦うことこそが、彼への誠意だと信じて。

 槍と剣の打ち合う音が響く。それはまさに、帝国の人間同士の戦いだった。しかし、目的のために槍を振るう者とただ死を求めて剣を振るっている者、どちらが勝つかは火を見るより明らかで。

「ぐっ……!」

 ヴァイオレットの槍がモルスのお腹を刺す。抜くと、彼は膝をついた。

「あぁ、これでやっとあいつらの元に……」

 言葉を言い終える前に、彼は倒れた。これでよかったのだと、ヴァイオレットは自分に言い聞かせていた。

 帝国軍が撤退していく。将がいなくなったからだろう。深追いするつもりもないのでそのままにする。

 これで要塞を陥落させることが出来た。あとは帝都だけだ。

「アヤメ様はどこに……」

 要塞内を探していたアンドレアが心配そうに聞いてくる。サイラスも不安そうな瞳をしていた。ここにいないということは、恐らく帝都に閉じ込められているのだろう。


 修道院に戻り、最後の進軍に向けて作戦を立てる。

「ヴァイオレットは、帝国に詳しいんだな」

 説明していると、ガザニアが不思議そうに聞いてきた。確かに彼女は皇帝の血を引いているが、王国で育った。その後も旅をしていたのでそこまで詳しいのは不思議に思うだろう。

「あぁ。まぁ、一応帝国も自分の国ではありますし……ある程度調べたので、少し詳しいだけですよ」

「……そうか。悪かったな、辛いことを聞いてしまって」

「大丈夫ですよ、気にしていませんし」

 謝る彼にヴァイオレットは本当に気にしていないような笑顔を向ける。

「……シンシア、本当によかったのか?」

 それを見ていたユーカリの突然の質問に、少女は疑問符を浮かべる。

「……何が?」

「王国側についてよかったのか、と聞いているんだ。アネモネはお前の実姉だろう?」

 あぁ、とヴァイオレットは思った。不安そうな兄の顔。そんな彼の頭を彼女は撫でた。

「私はこの選択を後悔していませんし、後悔するつもりもありませんよ。それに、姉の間違いを正すのも、妹の役目ですから」

「……シンシア」

「私はあなた達と違って姉の意見を完全に否定は出来ません。だけど、彼女のやり方では多くの犠牲者が出てしまう。どうして戦争という選択を取らなければいけなかったのか、それを聞くのも元公国の王の役目です」

 彼女の隣に、柔らかな光が見えた気がした。それは女神が少女の傍にいるような、そんな光で。

「女神は、なんと言っているんだ?」

 思わず、尋ねてしまった。ヴァイオレットはキョトンとした後、微笑んで、

「少なくとも、早くこの戦争を終わらせてほしいと言っていますよ。この殺戮を終わらせてほしい、と」

 そう、答えた。そして光が見えた方を見て、

「で、いつまで皆の前に現わさないの?ユスティシー」

 腕を組みながら告げた。すると、ヴァイオレットと同じ髪色と目の色の女性が現れる。

「……シンシア、なんで……」

「ユスティシーは一応軍神でしょ?僕はあなたのかわりにこの軍を勝利へと導く。それは約束するよ。でも、あなたがついているということは知っていてもらった方がいいんじゃないかなって思って」

「でも、こうして実体を現しているとあなたの負担が……」

「数年もすれば、それぐらい軽くなるよ。……ほら、フィルディアさんがあなたと鍛錬したがっている」

 女神と手合わせなど一生に一度出来るかどうかとフィルディアが目を輝かせていた。ユスティシーは困ったようにため息をつき、

「……本当に、あの子達に似ている」

 そう呟いた。「眷属達のこと?」と笑うと女神は「えぇ」と頷く。

「あなたも、私の一人娘にすごく似ているけれど」

「そりゃあ、一応あなたの娘の生まれ変わりなんだし?」

 その言葉でユーカリは思い出す。大戦争が起こる時、「女神の生まれ変わり」なる者が出てくると。

 ――女神ユスティシーの子供は、齢十八にしてアリシャと共にネメシスと戦ったらしい。その後、グリュックリッヒ公国の初代公王になったと言われている。性別も名前も不明の、伝説上の人物だ。その王ものちに女神と呼ばれ、慕われたという。そしてその子孫が、ユースティティア家だった。これはただの伝説だと思っていたのだが……。

「ユスティシー、手合わせしてくれ!」

 とうとうフィルディアが我慢出来なくなり、ユスティシーは笑いながら手合わせにつき合うことになった。


 訓練場で女神と人間の手合わせを見ていると、ユーカリが「なぁ、少しいいか?」とヴァイオレットの隣に来た。

「なんですか?」

「ユスティシー様はずっと、お前の傍にいたのか?」

「そうですよ。生まれた時からずっと、傍にいてくれたんです。先輩が姉であるなら、ユスティシーはもう一人の母なんですよ」

 幸せそうに、ヴァイオレットは笑う。――やはり、金髪碧眼に見えることがあると思う。それを知ってか知らずか、ヴァイオレットは「昔は」と話し出した。

「ユスティシーが力を貸してくれるまでは、金髪碧眼だったんです。母は初代ユースティティア大公爵のようだと私に言っていました」

「初代……?」

「ユスティシーの娘にあたる人ですね。初代公王で、アリシャに手を貸した者。彼女はユスティシーとは似てなく、金髪碧眼だったと言われています」

「……その、初代大公爵の名は……?」

 何となく尋ねると、ヴァイオレットは何の感情もない表情で答えた。

「「アスルルーナ」」

 と。五年前、担任に聞かれ、分からないと答えた人物。「蒼い月」という意味を持った、名前。

 少女は笑みを浮かべていた。だが、それはいつもの少女のものではなく、他の少女のものに見えた。何の感情も抱いていない、ただ口角だけをあげている笑顔。

 ――あぁ、本当にこの子は……。

 「アスルルーナ」の魂を引き継いでいるのだと。彼女とは違う者の意志も継いでいるのだと、そしてそれを叶えるための覚悟を決めているのだと分かった。

「……シンシア」

「どうしました?」

「この戦争、必ず勝とう」

「……えぇ。絶対に、勝利に導きますから、兄様」

 柔らかく笑った少女は本当に、彼女自身のものだっただろうか?



 夜になってもユスティシーが他の人達と鍛錬してくれているので部屋着に着替えたヴァイオレットは部屋で書類を片付けていた。そこに扉を叩く音が聞こえてくる。

「どちら様?」

「私だ、アイリスだ」

 来客は敬愛する先輩だったようだ。すぐに部屋の中に入れると、アイリスは浮かない顔をしていた。勝利を約束されたような状況なのに、この場にそれは似合わない。

「どうしたの?アイリス」

 いくら尋ねても目の前の女性は答えない。ただ、ヴァイオレットに抱きついてきた。

「わっ。……疲れたの?それならベッドを使っていいよ」

「そうじゃない」

 ベッドで抱えようとすると、アイリスは首を横に振った。疲れたわけではないのなら何だろうか。

「……怖いんだ」

「怖い……」

 彼女の口からは聞いたことのない言葉だ。そしてその理由を、ヴァイオレットは既に分かっている。

「……アネモネを手にかけることが?」

「……そうだよ。関わってきた時間は短いけど、あの子だって、私からすれば……大切な教え子なんだ」

 あぁ、彼女をここまで変えてくれるなんて。我が姉に感謝しなければいけない。姉だけではない、兄にも、仲間達にも。彼女に感情を与えることが、自分には出来なかったから。

 ヴァイオレットは優しく、ただ優しく彼女の頭を撫でた。

「ヴァイオレットは……辛くないの?実の姉を手にかけることが」

「……辛くない、と言えば嘘になるよ。でも、僕は前に進まないといけない。姉の暴挙を止めなければいけないんだ。賛同出来ないのなら、そうするしかない。正義の歴史なんて、そんなものなんだよ」

 綺麗ごとだけではこの世は成り立っていかないのだと、ヴァイオレットは知っている。悪役がいるから、正義は成り立っている。人間の世界はそんなものなのだ。

 この世はいわば大きな「舞台」、そして皆は「役者」だ。この世の人達は皆、決められた役を演じるのだ。――唯一の「イレギュラー」である自分以外は。それを、知っている。そしてだからこそ、勝手に大きな行動を起こせない。

 アイリスの頬に伝う雫を、ヴァイオレットは拭う。今の自分には、それしか出来ないのだと寂しさを含ませながら。



 ――久しぶりに、あの玉座の夢を見た。キョロキョロと周囲を見渡すと、緑髪の女性がいることに気付いた。大きくなっているが、面影のある彼女は……。

「アモール……」

 そう、創造神だ。アモールはアイリスを見て、パァア……と顔を輝かせる。そういうところはまだ子供らしい。

「アイリス、久しぶりじゃのう」

「よかった……消えたわけじゃないんだね」

「当たり前じゃ。わしらは一体になっただけだからの、「消えた」とは違うのじゃ」

 なるほど、確かにその通りだ。彼女の力はアイリスにちゃんと受け継がれているのだから。

「それにしても、ユスティシー……か」

「アモールの妹だよね」

「そうじゃ。わしより身長が高いんじゃ。彼女は軍神と言われておるが、人を思いやる優しい子でな、勇ましくもあるんじゃ。わしより頭もいいし……挙げていけばキリがない」

 妹自慢はかなり続くようだ。アイリスから見たヴァイオレットも同じようなものなので止めることはしないが。

「ヴァイオレット……いや、シンシアか。あやつもユスティシーに似ているのう」

「私達と同じようなものだからね。ユスティシーの血筋でもあるわけだし」

「そうじゃな」

 二人は笑い合う。まるで姉妹のように、家族のように。

 ――幸せな日々が、この先にあると信じて。



 七月も最終日を迎え、王国軍は帝都の城下町まで来ていた。そこはユリカが所属していた歌劇団の活動場所でもあった。

「あぁ……舞台が燃えて……」

 ユリカが嘆きを声に出していた。しかし、それが誰かに届くことはなかった。

 ヴァイオレットは槍を天に掲げ、「進軍せよ!」と振り下げた。かつてのアネモネと重なって、あぁ、本当にアネモネの妹なのだと思わされた。

 両軍が混戦する中、キキョウも前線に現れた。

「先生、あなたならアネモネ様を理解してくださると思っていましたが……やはり、こうなってしまうのですね」

 心底残念そうにしながら、キキョウは魔力をためる。それが本心なのか分からないし、分かってももう意味がない。

 闇魔法が放たれる。アイリスに当たりそうになったところで、後ろから飛んできた光魔法がそれを相殺した。振り返ると、ヴァイオレットが魔法を使った余韻を残しながら他の敵にディルエロヒームを構えていた。彼女の使った光魔法――「オーラ」はほんの一握りの人にしか使えないという、超強力な魔法だ。

 援護に感謝しながら、アイリスはキキョウの懐に忍び込んだ。

「しまっ――!」

 キキョウが魔力をためる前に、アイリスは剣で斬る。彼は傷を押さえながら膝をつき、教師を見つめた。

「まさか、私がアネモネ様以外の誰かに膝をつくことになろうとは……あなたは本当に興味深い……本当に、味方であった、なら……」

 最後まで言い終わる前に、キキョウは地に伏せた。生徒を自らの手にかけてしまったのは悲しいが、これでアネモネを守る砦はなくなった。

 キキョウの死により、帝国軍が散っていく。

「深追いはしなくていい!このまま攻め込むぞ!」

 ユーカリの指示に王国軍がエンハンブレ城に攻め込む。

「……来たわね」

 アネモネはその軍勢を見て、悲しそうな顔をする。なぜそんな顔をするのか、それを知っているのはアネモネの妹だけだ。

 ――この大陸に伝わっている神話は偽りばかりだ。

 真の歴史を知っているのは、皇族とユースティティア家の血筋の者だけ。だが、両家とも教団の手駒となってしまっている。教団に歯向かうのはデメリットしかない。アネモネはそれを覚悟してこの戦争を起こしたのだろう。

 今のアネモネはネメシスと同じだった。ユスティシーの記憶にある、あの大戦争。あれは、「女神の世」から「人間の世」に戻すために起こったものだった。力に焦がれたのはアリシャを倒し、他の人達を救おうとしただけ。だが、人間とは愚かなもので負けてしまったネメシスだけが悪となってしまった。アリシャの言葉だけを、信じてしまったのだ。

 ――彼女が、女神の復活を望んでいるとは知らずに。

 あぁ、何人の女性がアリシャの狂ったエゴのせいで死んでしまっただろう。そしてその果てに、女神達が生まれてしまった。いや、女神と「させられて」しまったのだ。アネモネもその被害に遭ったのだろう。

 アリシャが作った偽りの歴史が、こうやって大戦争を起こしてしまった。ならば、それを終わらせるのが女神として、妹として出来ることだ。

「ユーカリ様、先輩、私達が道を作りますから二人はアネモネの元に」

 ヴァイオレットが率先して前衛に出る。仲間になっていたかもしれない人達を躊躇うことなく斬り捨てていく姿を見て、彼女が仲間で本当によかったと思った。

「シルバーさんとフィルディアさんは右を、ガザニアさんとメーチェさんは左をお願いします!」

「了解!」

「あぁ」

「分かった」

「従います」

「アドレイさんは左の後衛を、サライさんは右の後衛を、アンナさんは怪我をした人がいたらすぐに回復魔法を」

「分かったよ」

「任せて!」

「分かったわ~」

「騎士団の方々は大司教の捜索をお願いします」

 それぞれが定位置につき、戦い始める。連戦できついかもしれない、と思ったがやはり天才軍師、それを見越してかそれぞれの体力が持つ場所に配置している。

 アイリスはユーカリと共にアネモネのところに向かった。

「アネモネ様には指一本触れさせんぞ!」

 そんな風に妨害されるが、帝国軍に光の矢が的確に刺さる。

「悪いけど、僕達はここで負けるわけにはいかない」

 ヴァイオレットが後ろから援護してくれている。相手は約五十人と一人で戦うにはかなりの大軍だが、ヴァイオレットは元々一人で戦っていた義賊。これぐらいなら慣れている。

「さぁ、ショーを始めましょう」

 槍を片手に、ニヤリと右手で髪を払った。大胆不敵な義賊様のお出ましだ。

 後ろから剣が振り下ろされる。それをヴァイオレットは側転で避け、槍のリーチで斬った。そのまま後ろに来ていた帝国軍を蹴る。流れるような動作に感心しながら、二人はアネモネの前に立つ。

「アネモネ、なぜ戦争などという手段を取らねばならなかったのか」

 ファヴールを片手に持ちながら、ユーカリは尋ねる。アネモネは鼻で笑った。

「あなたには分からないわ。この大陸の、血塗られた歴史なんて」

「血塗られた歴史?」

「価値観の固まっていないあなたなら分かるんじゃないかしら?先生」

 血塗られた、歴史……女神達のことぐらいしか思いつかない。もしそうだとして、アモールとユスティシーが何を……?

 ……いや、この二人ではなく、まさか……。

「何か分かったみたいね」

「……でも」

「知りたいなら、義賊様に聞いてみたらいいんじゃないかしら。あなた達の軍にいるんでしょう?」

 義賊……ヴァイオレットのことか。やはり、彼女は何か知っているのか。

「さぁ……無駄話は終わりよ」

 アネモネは剣を持つ。彼女の得意な武器は斧だった気がするのだが……。

「先生、下がっていてくれ。俺が戦う」

 ユーカリがアイリスの前に出た。その背は大きく、成長したのだと痛感する。

 剣と槍の打ち合う音が鳴り響く。いつでも援護に入れるよう準備はしているが、助太刀に入る間もなさそうだ。

 アネモネの持っていた剣が飛ばされる。それと同時にしりもちをついた。周囲にいた帝国軍も殲滅されていた。アネモネは乾いた笑みを浮かべる。

「……私の負け、ね。早く討ちなさい、ユーカリ」

 素直に認めた彼女に、ユーカリは手を差し伸べる。それを見て、アネモネは微笑み、短剣をユーカリの肩に突き刺した。それと同時にユーカリは彼女のお腹を槍で突いた。

 引き抜くと、アネモネは倒れる。アイリスは剣をおさめ、出口に向かって歩き出す。ユーカリもそれに続くが、不意に足を止めた。どうしたのだろうとアイリスも止まると、ユーカリが後ろを振り向こうとした。その手をアイリスは握る。

 ――もう、死者に囚われてはいけない。

 そう、告げるように。それが伝わったのか、ユーカリも前を向いて共に歩き出した。

 二人の前には、光が差していた。



 こうして、五年に渡る長い大戦争はベネティクト神聖王国の王子ユーカリによって終結した。

 彼は王位に就き、国王になった。傍には彼を導いた教師と義賊の姿があった。


 帝都に監禁されていたアヤメは衰弱していたが、命に別状はなく、近い内に公務に戻るらしい。

 一つの国となった王国はよりよい国を築き上げようと皆、一団となって復興のために全身全霊を注いでいた。


 ――これで、物語が終わる……ハズだった。

短いですが、これで第二部は終わりです。

第三部は少しストーリーが変わってきます。近いうちに第三部も投稿するので楽しみにしていてください。


追記 第三部を投稿しました。そちらも楽しんでください。

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